
後継者不在が叫ばれる中、事業の承継を検討されている個人事業主の方は多いのではないでしょうか。事業を引き継ぐ方法には、親族承継や合併・買収を意味するM&A(Mergers and Acquisitions)など、いくつかの手段があります。
M&Aと聞くと上場企業や大企業同士の事業再編といったイメージを持たれる方も多いですが、近年では中小企業や個人事業主の間でも活発に行われています。ここでは、個人事業のM&Aを行うにあたり、どうすれば成功するのか、その具体的な方法や流れについて解説します。
M&Aを検討している個人事業主の方は、ぜひ参考にしてください。
▷関連記事:会社を買う方法とは?個人による買収のメリットと手順
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。

・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
個人事業のM&Aとは
個人事業のM&Aとは、その名のとおり、個人事業主が行うM&Aを指します。
個人事業であっても、独自の技術やビジネスモデル、安定した顧客や優良な取引先がある場合などは、譲受企業にとって魅力的なM&Aの相手といえるでしょう。
個人事業のM&Aのように、比較的規模の小さいM&Aは「スモールM&A」と呼ばれます。スモールM&Aの詳しい内容を知りたい方は、以下の記事も併せてご覧ください。
▷関連記事:スモールM&Aとは?メリット・デメリットや事前に検討したい2つのポイントを解説
個人事業のM&Aが増加している背景
近年、個人事業のM&Aは増加傾向にあります。主な背景は以下のとおりです。
・経営者の高齢化と後継者不足
・マッチングサイトの普及
・働き方の多様化
日本は「経営者の高齢化」が進んでいることから「後継者不足」が深刻な課題となっており、個人事業主も例外ではありません。事業を次の世代へ引き継ぐための手段として、第三者へ個人事業を譲渡するM&Aは有効な選択肢となっています。
また、現在は個人事業を譲渡したい方と譲受したい方をつなぐマッチングサイトが増え、個人でM&Aの相手を探しやすい環境が整いつつあります。このような利便性の高いサービスの登場も、個人事業のM&Aが増えている背景の1つです。
その他、働き方の多様化が進んだことを受け、副業やセカンドキャリアで個人事業を買収する方も増えています。
個人事業のM&Aのスキーム
M&Aのスキームには株式譲渡や会社分割など複数の種類がありますが、個人事業主がM&Aを行う際は「事業譲渡」の手法を取るのが一般的です。
事業譲渡では、個人事業の資産・負債・契約・許認可などを譲受側へ個別に移転します。譲渡する対象を選べるため、簿外債務や偶発債務などのリスクが少ない点がメリットです。一方、資産や負債を個別に譲渡するため、手続きが煩雑になりやすいというデメリットがあります。
個人事業のM&Aのメリット
個人事業のM&Aでは、譲受側と譲渡側の双方にメリットがあります。以下では、それぞれの視点からメリットを紹介します。
譲渡側のメリット
2024年11月に株式会社帝国データバンクが公表した『全国「後継者不在企業」動向調査(2024年)』によると、全国・全業種27万社のうち、52.1%の企業が後継者不在に直面しています※。この状況の中、譲渡側には以下のメリットが考えられます。
・後継者問題を解決できる
・個人保証からの解放
・事業を譲渡して、創業者利益を得られる
これから事業を始めたいと思っている方や同業者、競合会社など、自身の事業に興味を持ってくれる相手に事業を譲渡することで、後継者問題を解決できます。
また、M&Aによって事業を譲渡すれば連帯保証を含めて譲受企業に引き継ぐことができ、個人保証を解消できる可能性がある点もメリットです。
さらに、事業を譲渡した対価として創業者利益を得ることも期待できます。M&A後は「創業者利益を元手に新しい事業を始める」「そのまま会社に残って仕事を継続する」「自由な時間を楽しむ」など様々な選択肢があります。
※ 出典:帝国データバンク「全国「後継者不在率」動向調査(2024年)」
譲受側のメリット
個人事業のM&Aは、以下の点で譲受側にもメリットがあります。
・起業に伴う手間や労力を削減できる
・許認可を引き継げる場合がある
・取引先や顧客を引き継げる
個人事業を一から起業すると、店舗や設備の購入、従業員の確保など多くの手間と労力がかかります。M&Aで事業を譲受すれば、必要な設備や人材の多くを引き継げる点がメリットです。
場合によっては、事業に求められる許認可や取引先、顧客も引き継げるため、事業を立ち上げる際のリスク軽減につながります。
個人事業のM&Aで仲介業者を利用する時の具体的な手続きの流れ

以下では、個人事業のM&Aの相手探しから、契約締結までの具体的な手続きの流れを説明します。
ここではM&A仲介会社を介して、スムーズで確実な取引を進める方法を解説します。
1.M&A仲介会社を探す
まずは、経験と実績のある仲介会社を探します。
仲介会社を利用する際は、財務・法務など、多岐にわたる専門的な知識を有するM&Aアドバイザーがいる仲介会社に任せることが重要です。また、事業の価値を適切に把握し、締結まで任せられる仲介会社を探すことが成功の秘訣といえるでしょう。
譲渡側も譲受側も、仲介会社に依頼することで自身の事業に集中できます。仲介会社が見つかったら、秘密保持契約(NDA)とアドバイザリー契約を締結します。
契約の締結後、譲渡側は譲受企業を募るための事業内容がわかる書類を用意します。必要な書類は事業形態などによって異なるため、M&Aアドバイザーに相談して用意しましょう。
併せて、仲介会社では事業価値の算出と結果に基づいた企業概要書(IM)を作成します。事業の優位性や将来の収益性を含め、譲渡側と譲受側の交渉のベースとなる譲渡金額を客観的に算出し、譲渡側の条件を添えた打診書類としてまとめます。
M&Aにおいて必要な書類は以下の記事で詳しく解説しています。
▷関連記事:【M&Aの必要書類と契約書】M&Aの書類作成手続きをプロセスに沿って解説
2.候補先を選ぶ
候補先を選ぶ段階では、アドバイザーと相談し、仲介会社に紹介を受けたリストの中から業種・事業内容・経営状態などの観点で候補先を絞り込みます。
その後、「ノンネームシート」と呼ばれる社名が特定されない範囲で企業情報をまとめた匿名の資料を用いて、譲受側と譲渡側のマッチングを開始します。
▷関連記事:M&Aの交渉において重要となる「ノンネームシート」とは
3.譲受側と譲渡側で面談する
ノンネームシートを見て興味を持った企業と秘密保持契約(NDA)を締結後、より企業の詳細な情報がまとめられた「企業概要書(IM)」を相手方に開示します。
候補先が数社に絞り込まれた時点で、トップ同士の面談(トップ面談)を実施します。ここで、互いの将来の方向性や価値観などを確認し合い信頼関係を築くとともに、M&Aの相手に相応しいかどうかを見極めます。
一般的に、トップ面談の場では事業や詳細な条件交渉についてではなく、お互いの価値観や事業の方向性についてすり合わせます。
▷関連記事:企業概要書(IM)の作成方法|M&Aを成功させるために
4.基本合意書を作成し締結する
最終的に候補先が1社に絞り込まれた時点で、基本合意書を締結します。その後、M&A成立までのスケジュールや従業員・役員の処遇など、具体的な内容を取り決めます。
▷関連記事:M&Aにおける契約書の内容とは?意向表明書や基本合意書についても解説!
5.デューディリジェンス(DD)を実施する
譲渡企業が開示した情報に基づき、譲受企業による譲渡企業の企業調査(買収監査)が実施されます。譲受企業は、譲渡企業がそれまで伝えた財務・労務・法務などの裏付けを取り、M&Aに際するリスクの洗い出しを行います。
なお、調査は、譲受企業または依頼を受けたM&Aアドバイザーが出向いて行います。開示内容と差異が生じた場合は、基本合意書の合意条件の変更や交渉が行われる可能性があります。
譲渡企業は、デューディリジェンスが実施される前に、「個人と会社の関係を整理・分離しておく」「経理部門責任者や顧問税理士の協力を得る」などの対策をしておくといいでしょう。
▷関連記事:M&Aで重要なデューディリジェンス(DD)とは?目的や種類別の費用・特徴を解説
6.最終合意を締結する
最終的な合意内容を基にM&Aの契約書を作成し、両者の署名・捺印を経て契約を締結します。なお、多くのケースで同時に決済も実行されます。
▷関連記事:M&Aの手順・流れは?売却検討からクロージングまでの進め方を徹底解説
個人事業のM&Aを成功させるために有効な方法

M&Aを成功させるためには、自身の事業に合った有効な方法を選択する必要があります。
譲受企業が少しでも自分の事業を高く評価してくれて、有利な条件の下でスムーズにM&Aの手続きが進められる状況が理想です。相手探しには以下の手段があります。
信頼できるM&A仲介会社に取引相手を探してもらう
まず、M&Aを具体的に進めようと決断しても、どのような会社が興味を持ってくれるのかわからない場合が大半です。より良いM&Aの相手を見つけるためにも、経験と実績のある仲介会社とともにM&Aの相手先を選定しましょう。
M&Aでは大きな金額が動くため、その分リスクも伴います。仲介会社は、相手探しだけでなく多岐にわたる実際の手続きまでサポートしてくれるため、仲介会社を利用する場合は、「いくつかの会社と話をして、信頼できる専門性の高い会社を探すこと」が重要なポイントです。
なお、親身になって寄り添ってくれるかどうかだけでなく、その仲介会社が過去に問題を起こしていないか、責任範囲をどこまで明確にしているか、なども確認しておくと安心です。
▷関連記事:M&A仲介会社とは?FAとの違いや選び方、メリットや手数料の相場を徹底解説
マッチングサイトで取引相手を見つける
近年は、小規模企業や個人事業主のM&A需要が増えている背景から、インターネット上で相手探しをするための「M&Aマッチングサイト」が増えています。
利用するメリットとしては、手数料が比較的安価で手軽なことや、多くの相手候補に自社をアピールできる点などが挙げられます。
ただし、マッチングサイトでできることは相手探しに留まり、手続きなどのサポート業務は提供行っていない場合が大半です。前述のM&A仲介会社と同様に、信頼できるマッチングサイトを見極める必要があります。
また、譲受側と譲渡側がM&Aの合意に至るまでは、直接交渉するリスクや時間がかかる点はデメリットといえるでしょう。
▷関連記事:M&Aマッチングサイトとは?メリット・デメリットやおすすめの比較方法を紹介
事業承継・引継ぎ支援センターを利用する
後継者不足は深刻な社会問題であり、国も事業承継やM&Aのための支援を行っています。
国の機関である中小企業基盤整備機構は、全国47都道府県に、事業承継の相談窓口である「事業承継・引継ぎ支援センター」を開設しています。事業承継やM&Aに関する基本的な知識、スムーズな取り組み方法、セカンドオピニオンなどを無料で相談できる公的な機関です。
▷関連記事:事業承継と事業継承の違いとは?使い分けや成功させるためのポイント、最新動向を解説
後継者人材バンクを利用する
「後継者人材バンク」は、後継者不在の小規模な事業者と起業を目指す個人をマッチングする仕組みです。前述の事業承継・引継ぎ支援センターが事業を展開しているため、利用したい場合は事前にセンターへの相談や登録を行いましょう。
個人事業のM&Aの注意点
M&Aでは、実施に際していくつかの注意点が存在します。以下では、特に個人事業主がM&Aを行う際に押さえておくべきポイントを解説します。
従業員の離職や顧客離れが起きる可能性がある
M&Aには株式譲渡・事業譲渡・合併などの手法があり、個人事業のM&Aで主に採用される手法は事業譲渡であることを説明しました。
事業譲渡の場合、従業員を引き継ぐ際に新たな雇用契約を結ぶ必要があり、取引先との契約も同様に結び直さなければなりません。新たな契約の合意が得られなければ、従業員の離職や顧客離れにつながる可能性があります。
M&Aによって経営者が変わるため、今後もこれまでと同様の関係を続けられるかどうか、従業員や顧客が不安を感じる場合もあります。譲渡側・譲受側ともに、M&A成約後の速やかな説明や、経営者変更に伴う環境変化への丁寧な対応が必要です。
資金面の準備不足が交渉の妨げになる可能性がある
譲受側は、法人のM&Aと比較すると少額ではあるものの、事業を取得するための資金が必要です。資金不足が原因でM&Aが不成立にならないためにも、計画的な資金の準備が求められます。
自己資金のみで賄えない場合は、金融機関からの融資や公的機関の補助金の活用も有効な選択肢です。例えば、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金や国の事業承継・M&A補助金は、個人事業のM&Aも対象としています。
個人事業のM&Aに関する税金
個人事業のM&Aでは、譲渡側に売却益が発生した際に、事業所得や譲渡所得として「所得税」が課されます。課税対象となるのは、譲渡価格から取得費や譲渡費用を差し引いた金額です。譲渡した資産の種類により、「総合課税」または「分離課税」が適用されます。
また、個人事業のM&Aは事業譲渡の手法で取引されるため、減価償却資産をはじめとした課税資産に消費税が課されます。消費税が課される点は、非課税取引である株式譲渡との大きな違いです。
なお、消費税の納付は譲渡側で行います。ただし、消費税分の金額が譲渡価格に含まれることが多く、実質的な負担は譲受側となるケースが一般的です。
個人事業のM&A需要が高い業種
個人事業のM&A市場では、多彩な業種の案件が取引されています。中でも、需要が高い代表的な業種を紹介します。
・飲食店
・ヘアサロン・エステサロン
・ECサイト
・学習塾
上記以外では、近年の健康志向や民泊ブームから、フィットネスジムや民泊施設、古民家施設などがM&Aの活発な業種です。その他、整体師の資格を持つ方を中心に整体院も人気を集めています。
飲食店
飲食店は、比較的開業にかかるコストが低く、個人事業を始めようとする方に人気の業種です。譲受側にとっては、調理に必要な設備や従業員、ノウハウ、営業権を取得できることもあり、個人事業の飲食店にも一定の需要があります。
ヘアサロン・エステサロン
ヘアサロン・エステサロンなどの美容系の業種は、新規で参入しやすいこともあり、M&Aの需要が高い業種です。M&Aによる再編が進んでおり、営業エリア拡大のために他店舗の譲受を目指す企業も多く存在します。
ECサイト
ECサイトは、アクセス数を獲得するまでに時間と労力がかかります。M&Aを活用すると、一定のユーザーが付いている状態で事業を開始できるため、譲受を希望する方も多い業種です。
学習塾
学習塾は、個人事業のM&Aで人気のある業種です。少子化の進行で子供の数自体は減少していますが、事業への参入がしやすく、保護者の教育へのニーズは底堅く推移しているため、M&Aを希望する方が一定数存在します。
個人事業のM&A事例
近年、多くの個人事業がM&Aを活用して第三者に引き継がれています。以下では、2つの事例をピックアップして紹介します。
個別指導学習塾の事例※
ある個別指導学習塾では、経営者が年齢や体調などの理由から廃業を検討していました。その個別指導学習塾は地域密着型の教育サービスを提供しており、廃業してしまうと塾に通う生徒に影響を与えてしまうという状況がありました。
塾の経営者は、M&Aプラットフォームを通じて学習塾の起業を検討する30代の会社員と知り合います。会社員には学習塾の経営経験はありませんでしたが、前経営者のサポートを受けながら経営を開始しました。
このM&Aは、譲渡側と譲受側のニーズが合致し、双方にメリットのある事例といえるでしょう。
※ 出典:中小企業庁「中小 M&A ガイドライン(第2版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-参考資料4「中小 M&A の事例」」
コンビニエンスストアの事例※
コンビニエンスストアは、大手チェーンのフランチャイズ展開のもと、個人経営の多い業種です。ある60代の方は、定年退職後のセカンドキャリアとして、体調不良で引退を考える経営者から、M&Aでコンビニエンスストアを取得しました。
M&A後、譲受した方は管理職に従事していた経験を活かし、従業員が離職することなく事業を継続しています。
個人事業のM&Aは、キャリアを活かしたい個人事業主の方にとっても役立つ手法です。
※ 出典:中小企業庁「中小 M&A ガイドライン(第2版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-参考資料4「中小 M&A の事例」」
まとめ
かつてはM&Aと聞くと大企業同士のものというイメージがありましたが、近年は深刻な後継者不足を背景に、企業同士のM&Aのみならず、個人事業のM&Aへの注目が高まっています。
メリットを理解しておくことも重要ですが、個人事業のM&Aにおいて、仲介会社・マッチングサイトの選定が成功の秘訣といっても過言ではありません。
M&Aを行うためには財務・税務・法務など様々な分野の専門知識が必要です。経験豊富な仲介会社に相談しながら、譲受企業の選定から契約締結までの一連の手続きを依頼することをおすすめします。
M&Aの質を追求するfundbookでは、豊富なネットワークと業界に特化した専門チーム、高度な知見を持つ士業専門家がサポートします。M&Aを検討している方は、ぜひfundbookにご相談ください。