日本でのM&Aの件数は年々増えており、特に中小企業では事業承継の手段として前向きにM&Aをとらえている経営者も少なくありません。
しかし、M&Aの契約や手続きは複雑で、円滑に実施するには様々な注意点を理解しておく必要があります。
プロセス | 主な注意点 | 主な対象企業 |
検討時 | 信頼できる仲介業者に依頼する | 譲受・譲渡企業 |
交渉時 | 秘密情報を漏らさない | 譲受・譲渡企業 |
正しい情報を開示する | 譲受・譲渡企業 | |
譲渡制限がついているか確認する | 譲受・譲渡企業 | |
チェンジオブコントロール条項の有無や内容を確認する | 譲受企業 | |
デューデリジェンスを徹底する | 譲受企業 | |
成約後 | 統合プロセス(PMI)を適切に実施する | 譲受・譲渡企業 |
本記事では、M&Aを無事成功に導くために重要な各プロセスにおける注意点とリスクをご紹介します。
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年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
M&A契約の流れ
M&A検討時~成約後までの注意点を理解するために、まずはM&A契約の流れを知っておくと良いでしょう。
M&Aを進めるプロセスでは、譲渡側・譲受側の間はもちろん、仲介会社との間で様々な契約を取り交わします。一般的な流れは、以下のとおりです。
手順 | 内容 | 契約書・書類 | |
1 | M&A専門会社への相談 | 譲受・譲渡企業の選定や手続き、契約書などに関するアドバイスやサポートを受けるために専門会社とアドバイザリー契約を結ぶ | アドバイザリー契約書 |
2 | 譲受・譲渡候補の選択 | 譲渡側は譲渡条件、 譲受側は買収戦略を検討する | |
3 | 会社概要(ノンネームシート)による検討 | 譲受企業は譲渡企業の会社概要をもとに、M&Aの交渉を開始するかどうかを検討する | ノンネームシート |
4 | 秘密保持契約の締結 | 譲受企業が譲受対象にたりると判断した後、詳細な資料を入手するために双方の名前を公開し交渉を開始する | 秘密保持契約書 |
5 | トップ面談 | 譲受・譲渡企業の経営者同士が理解を深めるために顔を合わせる | 意向表明書 |
6 | 基本合意締結 | 相当程度の譲受意思を持つ譲受企業に対し、 買収監査の調査権 や独占的交渉権を与える | 基本契約書 |
7 | デューデリジェンス | 譲受側ないしその代理人が、譲渡企業をあらゆる面で調査する | |
8 | 最終契約締結 | 買収条件を合意の上、 買収を決定する | 最終契約書 |
9 | 契約実行 | 株式の譲り渡し、 代金の支払いなどを行う クロージング監査や譲渡価格の修正を行うこともある |
M&Aの各段階で必要となる契約書・書類の種類を以下で解説します。
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M&Aで使用する契約書・書類の種類
M&Aで使用する主な契約書・書類は、以下のとおりです。
契約書・書類 | 概要 |
アドバイザリー契約書 | 当事者(譲渡企業・譲受企業)がM&Aの専門会社と締結する契約書 |
秘密保持契約書(NDA) | 交渉や取引の過程で開示する情報を外部に漏らさないことを約束する契約書 |
意向表明書 | 譲受企業が譲渡企業に対してM&A実施の意向や希望条件を伝える書類 |
基本合意書 | 譲渡価額、譲渡日などの条件や双方の基本的な義務と権利について、その時点までの合意内容をまとめた契約書 |
最終契約書(DA) | M&Aの正式かつ最終的な契約書 |
契約書の内容によっては、契約後にトラブルになるケースもあるため、必要な契約書を正しく理解し、慎重に作成しなければなりません。ここでは、基本合意書と最終契約書に関して詳しく解説します。
おおよその合意点を示す「基本合意書」
基本合意書とは、譲渡価額、譲渡日などのM&Aの条件や双方の基本的な義務と権利について、その時点までの双方の合意内容に関する事項をまとめた契約書です。
基本合意書は、経営者同士が対面する機会であるトップ面談を経て、前向きにM&Aのプロセスを進める相手が見つかったタイミングで結びます。細部はのちの交渉で詰めるものであり、「この企業とこのような条件でM&Aを進めていく」という双方の認識に相違がないかどうかを確認しておくための書類です。
ただし、基本合意はM&Aのプロセスにおいて、必ずしも結ぶものではありません。法的な拘束力を持たない形で交わされることも多く、最終的な合意に向けたガイドの役割を果たします。
なぜなら、基本合意後に行われるデューデリジェンスの結果やその後の状況の変化によって、取引条件などが変わることがあるためです。しかし、独占交渉権や秘密保持義務など、一部の項目については一般的に法的拘束力を持たせます。
▷関連記事:M&A契約における「基本合意書」とは?
▷関連記事:M&Aにおける条件交渉のチェックポイント。契約の前に確認したいこと
M&Aの最終段階となる「最終契約書」
最終契約書は、最終的な合意内容を定めた正式な契約書のことです。最終契約書に記載する内容は、どの手法を選ぶかによって変わります。取引においてどのような事柄を取り決めるべきか、そのいくつかは会社法などに規定されています。ここまでの交渉を経て両社で取り決めた事項のうち、法律で規定されていない事柄については、この最終契約書において規定します。
M&Aを成約させるための前提条件や、譲渡側が負うべき義務、開示した情報などに間違いがないことの表明、さらにそれらの事項に違反した場合の補償内容などを明記することが一般的です。
多くの場合、契約締結と同時に決済を行い、この時点でM&Aが成約となります。
▷関連記事:M&Aで必要な契約書は?種類や最終契約書(DA)の項目を解説
M&A検討時の注意点|信頼できる仲介会社に依頼する
M&Aを検討するにあたって、成功を目指すなら信頼できる優秀なM&Aアドバイザーの存在が不可欠です。基本的に、M&Aアドバイザーは専任で契約を結び、手続きの進行をともにすることになるため、成約までのパートナーとして慎重に選びましょう。
実際にM&Aを経験した人から信頼できるM&Aアドバイザーを紹介してもらうことができる場合、評判や対応について話を聞くことができるため安心ですが、そうでなければゼロから探す必要があります。
まずはインターネットで情報を集め、M&Aアドバイザーとしての知識や経験、実績のある仲介業者をリサーチしましょう。M&Aアドバイザーを選ぶ際に着目したい主なポイントは、以下のとおりです。
・得意な分野や業種を確認する
・実績が豊富な仲介業者を選ぶ
・担当者が誠実な仲介業者を選ぶ
・業務範囲や報酬体系を確認する
自社にとって最適なM&Aアドバイザーを見極める最良の方法は、いくつかのM&A仲介業者に相談し、実際に会って話をすることです。そうすれば、その会社や人物が信頼に足るかどうか、なんでも相談できる相手かどうか、判断がつくでしょう。
M&Aアドバイザー選びは、M&A成功のための重要な要素です。優秀なアドバイザーであっても、人と人との相性もあるため、焦らず十分に検討してください。
▷関連記事:M&Aアドバイザーとは?業務内容・手数料やメリットを解説
M&Aの情報管理に関する注意点|秘密情報を漏らさない
M&Aに関する情報は、適切な時期まで社内外へ公表しません。特に譲渡側の企業にとっては、M&Aに取り組んでいる事実が社内外へ知れわたってしまうと、取引の縮小や従業員のモチベーションの低下、離職などにつながる可能性があります。
また、譲受側の企業が譲渡企業の価値を適切に判断し、M&Aを円滑に進めるためにも、社外秘にして情報漏洩を防ぐ対策を講じておく必要があります。
そのため、M&Aでは、自社の情報を開示する前に秘密保持契約書(NDA)を交わします。また、秘密保持契約の締結に加えて、以下のような情報管理の徹底も必要です。
・アクセス権限を制限する
・M&Aに関わる従業員の人数を最小限に抑える
・情報管理ルールを徹底するなど
▷関連記事:情報漏洩対策の重要ポイント。M&Aで欠かせない「秘密保持契約書」とは
M&Aの情報開示に関する注意点|正しい情報を開示する
譲受企業・譲渡企業ともに、M&Aの交渉を進める中で正確な情報を開示することが重要です。
特に、譲渡企業はなるべく高い価格で売却したいため、良い情報のみを開示したくなります。しかし、企業概要書(IM)などで開示した情報が正確でないことが判明すれば、破談になる可能性が高くなります。
なお、企業概要書とは、譲渡企業の沿革や財務状況、資産に関する情報などを詳細に記載した資料のことです。
虚偽の情報は、いずれデューデリジェンスで発覚するため、ネガティブな情報も正確に開示しましょう。
開示規制違反に注意を払う
上場会社が当事者となるM&Aでは、合併や分割、親会社・子会社の関係の変更など、会社に重大な変化がある一定の場合、その内容を開示し、報告しなければなりません。
この情報開示は、市場の透明性・公平性を高め、投資家を保護するために規定されています。
開示制度に違反すると、M&Aが破談になる可能性や行政罰や刑事罰が課されるおそれがあります。M&Aの当事者は、法定開示や適時開示を怠ってしまうことがないように、金融商品取引法および金融商品取引所規則に関する正しい知識を身に付けましょう。
ここでは、「法定開示」と「適時開示」について詳しく解説します。
法律で規定された「法定開示」
「法定開示」は、金融商品取引法および会社法で定められている開示です。
金融商品取引法によって、有価証券報告書の提出を義務付けられている会社の場合、「親会社または特定子会社の異動」という理由から、臨時報告書を財務局に提出する必要があります。
また、上場企業の場合、大量の株式の移動があると株価に影響する可能性があります。そのため、個人・法人問わず新たに発行会社の5%を超える株式を保有した場合は、株式を取得した日から5営業日以内に「大量保有報告書」を提出しなければなりません。これを大量保有報告制度(5%ルール)といいます。
法定開示の実施条件や具体的な内容は非常に細かく、専門性が高いため、専門知識を備えたM&Aアドバイザーや弁護士、司法書士から助言を受けるとよいでしょう。
▷関連記事:M&Aにおける弁護士の役割と業務
重要な情報を開示する「適時開示」
「適時開示」は、金融商品取引所の規則で定められています。主に、決算や株式に関する重要な情報を開示するもので、それによって投資家が適切な判断を下せるようにするためのものです。M&Aにおいては株式の移転や交換、会社の合併や分割、事業の譲渡などが決定した際に行います。
また、上場企業が重要な決定事項や決算に関する情報、株主に関する情報を開示する義務があるため、その旨を指す場合もあります。
M&Aを株式譲渡で実施する際の注意点|譲渡制限がついているか確認する
M&Aには、株式譲渡や事業譲渡、第三者割当増資、株式交換、合併、分割など、様々な手法があります。中でも、手続きが比較的簡便であるなどの理由から、中小企業のM&Aでよく使われるのが株式譲渡です。
株式譲渡を行う際、自社の株式に譲渡制限がついているかどうかを確認する必要があります。譲渡制限がついた株式を譲渡する場合は、取締役会や株主総会などでの承認を得なければなりません。
また、株券の発行有無によっても株式譲渡の方法が異なるため、株券を発行しているかどうかも確認しましょう。なお、平成18年に制定された会社法により、株券は定款で定めた場合に限って発行することになっています。
▷関連記事:株式譲渡の手続きがわかる!具体的な手順をパターン別に完全ガイド
▷関連記事:株式譲渡制限とは?メリットと譲渡決議の承認フローを完全ガイド
M&Aの条項に関する注意点|チェンジオブコントロール条項の有無や内容を確認する
チェンジオブコントロール(COC)条項とは、経営権の移動があった場合にどう対応するかを定めた、取引先と交わす契約書上の条項です。具体的には、取引先に対する通知義務や承諾義務が付される、または契約を解除できるなどの事項が規定されます。
例えば、A社とB社の契約において「A社の株主が全議決権の3分の1を超えて変動した場合、B社は本契約を解除することができる」のような一文です。
契約企業が好ましくない相手から敵対的買収をかけられた場合や、競合に買収されてノウハウの流出が懸念される場合などに備えて、このような条項が設けられています。
チェンジオブコントロール条項に基づいて取引先が契約を解除してしまうと、想定した効果が得られなくなったり、M&A自体が成立しなかったりする可能性があります。
そのため、譲受企業はなるべく早い段階でチェンジオブコントロール条項の有無や内容を把握しておくことが大切です。
▷関連記事:「チェンジオブコントロール条項(COC )」とは?目的や注意点を徹底解説
取引先からの承諾は必要か?
既存の取引先との契約書においてCOC条項が規定されていて、M&Aの後もこれまでどおりに譲渡企業として取引を継続する場合には、取引先に対してその旨の承諾を得なければなりません。
ただし、実務上必ずしも全てのCOC条項に対して承諾を得るわけではありません。多くの場合、取引先に通知をしてそのまま取引が継続されれば、取引先からの黙示の同意があったと判断し、手続きを進行します。
M&A実施時の注意点|デューデリジェンスを徹底する
譲受企業は、慎重かつ確実にデューデリジェンス(DD)を実施しなければなりません。
M&Aにおけるデューデリジェンスとは、譲渡企業の経営状態や事業の実態について、譲受企業が様々な調査を実施し、譲受後のリスクがないか調べるものです。M&Aでは最も重要なプロセスの1つで、それだけに慎重かつ確実な作業が必要です。
実際の作業は譲受企業が依頼した外部の専門家に精査してもらうことが一般的ですが、以下の項目について注意しておく必要があります。
・譲渡企業は必要な資料、書類を整えておく
・デューデリジェンスは、書類が備置されている譲渡企業で行い、休日に行うなど情報漏洩の対策をする
・チェック漏れがないよう、リストを活用する
・デューデリジェンスの結果を踏まえ、譲受後の事業計画を再確認する
・デューデリジェンスの結果によって、M&Aの条件が変動することを両社で確認しておく
デューディリジェンスは、一般的に基本合意契約の締結後に実施され、作業そのものは、中小規模の企業であれば数日のうちに終わります。
デューデリジェンスが不十分だと、買収後に簿外債務や粉飾などが発覚して経営が悪化したり、割高な価格で買収してしまったりする可能性があります。
また、デューデリジェンスの結果は譲渡価額に影響するため、譲渡企業も入念に準備しなければなりません。
▷関連記事:M&Aの最後にして最大の難関。「デューディリジェンス(DD)」を徹底解説
M&A成約後の注意点|統合プロセス(PMI)を適切に実施する
M&Aを成功に導くためには、適切かつ計画的に統合プロセス(PMI)を進める必要があります。
統合プロセス(PMI)とは、M&A成立後に実施される、両社の統合効果を最大化するためのプロセスのことです。中小企業庁が公表している「中小PMIガイドライン」によると、PMIで必要な取り組みは、以下の3つの領域に分類されます。
3つの領域 | 必要な取り組み |
経営統合 | 経営の方向性や経営体制、仕組みなどの統合 |
信頼関係構築 | 組織・文化の融合に向けた、経営ビジョンの浸透や従業員の相互理解、取引先との関係構築など |
業務統合 | 事業(開発・製造、調達・物流、営業・販売)や、管理・制度(人事、会計・財務、法務)に関する統合 |
M&Aでは、経営方針や文化、業務システムなどが異なる2つの企業が統合します。
M&Aが成約しても、期待したシナジー効果が得られるとは限りません。2つの企業がうまく統合されなければ、優秀な従業員の離職や顧客離れにつながる可能性もあります。
そのため、M&Aプロセスの早い段階からPMIの検討を始め、計画的かつ慎重に取り組むことが求められます。
▷関連記事:M&AにおけるPMIとは?重要性や実施のタイミング、手順を解説」
M&Aは慎重かつ計画的に実行する必要がある
近年、M&Aは事業承継の選択肢として中小企業でも積極的に活用されています。
ただし、M&Aの契約や手続きは複雑です。仕組みや関係する法律などを正しく理解しなければならず、幅広い知識が求められます。
円滑に進めるためには、M&Aに精通し、交渉や手続きのサポートを行ってくれる専門家の協力が不可欠でしょう。
fundbookには、業界特有の環境や課題を熟知した経験豊富なアドバイザーが多数在籍しており、貴社のM&A成功をサポートします。M&Aに関して相談したい方は、ぜひfundbookにお問い合わせください。