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M&Aにおける「のれん」とは
のれんとは、貸借対照表における勘定科目の一つで、具体的には譲渡企業の純資産(時価)と実際の買収価格の差額を指します。
2017年2月、東芝はアメリカの子会社の原子力事業により、7000億円を超える巨額の損失を出したことを発表しました。その原因となったのがのれんです。この事件以降、のれんに対する世間の関心が高まり、広く知られるようになりました。
ニュースでのれんについて報じられる際には、企業に対するネガティブな情報と併せて伝えられることが多いので、あまり良いイメージがついていないかもしれません。しかしながら、M&Aを進めるうえでのれんは、会計上非常に重要な意味を持つため、譲受企業、譲渡企業共に意味をしっかりと理解する必要があります。
そもそも、のれんとは何か?なんのためにあるのか?今回はのれんについて知っておくべき基本的な知識や、M&A時の注意点などについてM&Aアドバイザーが詳しくご紹介します。
・関連記事:M&Aとは?M&Aの意味・流れ・手法など基本を分かりやすく【動画付】
のれんの意味
のれんとは冒頭に述べた様に、貸借対照表における勘定科目の一つで、具体的には譲渡企業の純資産(時価)と実際の買収価格の差額を指しています。計算式で示すと以下のようになります。
のれん=実際の買収価格-譲渡企業の純資産(時価)
例えば、譲渡企業の純資産(時価)が5億円で実際の買収価格が7億円の場合、のれんは2億円(7億円-5億円)となります。
譲渡企業の価値算定時には、譲渡企業の貸借対照表に記載されている純資産額(資産 − 負債)を時価に置き換えた金額を基に算出します。例えば、土地であれば減価償却がなく取得価格=簿価となるため、時価が簿価の数倍あるいは反対に数分の1となるケースもあります。
一方で、譲渡企業の価値算定は、企業のブランドや技術力、社員の能力や取引先との関係など、形には表せない非金銭的な資産(無形資産)が多く存在し複雑です。これらの無形資産を評価し、純資産額に上乗せして譲渡価格を決める場合、譲渡価格と時価評価に置き換えた後の純資産額に差異が生まれます。この金額の勘定科目がのれんなのです。
無形資産がつくということは、将来的に譲受企業に大きな利益をもたらす可能性があります。その場合、のれんは譲渡企業に対する期待値と考えることもできます。もし無形資産の評価がされないと、譲渡企業の将来の収益性を企業評価に反映しきれず、譲渡企業にとっては譲渡価格が低く見積もられることになります。
なお、のれんの名前の由来は、料亭や旅館にかかっている暖簾(のれん)です。のれんは、「このお店だから信用できる」「このお店なら安心して購入ができる」ということを示す「看板代」と言えます。
また、2006年に会社法が施行する以前はのれんの代わりに「営業権」と呼ばれていました。
のれんに留意すべきフェーズ
のれんは、譲受企業がデューディリジェンスにおいて譲渡企業の企業価値を算定する際に留意する必要があります。譲受企業はM&Aの成立時に、譲受企業の連結決算時において実際の買収額と譲渡企業の純資産額の差をのれんとして貸借対照表に計上します。
デューディリジェンスについては、以下の記事で詳しくご紹介しています。
▷関連記事:M&Aの最後にして最大の難関。「デューディリジェンス(DD)」を徹底解説
のれんの償却期間について
日本の会計基準では、のれんを資産として計上し、費用として償却していきます。しかしこの費用を一度に計上してしまうと、譲受企業の利益は大きく減ってしまいます。そこで、のれんを毎年少しずつ分散して計上する「のれんの償却」と呼ばれる方法が取られます。
ただし、何十年にもわたって細かく分けることはできず、最大で20年以内ですべて償却しなければなりません。のれんの償却を計上すると、毎年費用が増えます。後述しますが、のれんが減損した場合、一時的に費用が増えますが、翌年以降の償却費用は少なくなります。
例えば、純資産が10億円の事業を20億円で買収した場合、のれんは10億円(20億-10億円)です。10年で償却をすると決めた場合、毎年1億円ずつ償却をしていきます。
一方で国際財務報告基準IFRS(International Financial Reporting Standards)や米国会計基準では、のれんの償却が認められていません。元々は償却が認められていました。しかし、のれんの耐用年数を合理的に見積もることが困難であるという考えから、現在は非償却となっています。
のれんについて規則的な償却は行わず、その価値が大きく下がったときに減損処理を行います。毎年のれんの価値評価の見直し(減損テスト)が行われ、そこでのれんの減損が認められた際に、まとめて損失を計上する方式を取っています。
定期償却をしないため毎年の費用計上は無くなりますが、のれんの減損が起きたときに損失をまとめて負うことになり、利益が大幅に減少する可能性があります。
表にまとめると以下のとおりです。
日本の会計基準 | IFRS | |
---|---|---|
償却 | 均等に償却 | 償却なし※ |
減損処理 | あり | あり |
※現在は、IFRSでも「定期償却を実施するべき」という議論が再燃しています。
のれんの減損処理については後の章で、詳しく解説します。なお、会計処理や税務については、以下の記事で解説しております。
▷関連記事:M&Aと会計。仕訳(会計処理)と税務、のれんの扱い方
のれんの会計処理について
のれんは時価評価替え後の純資産額と譲渡価格の差分です。なので、上でもお伝えしましたが、純資産額より譲渡価格が高い可能性もあれば低くなる可能性もあります。
実際の企業の純資産よりも安く買収できる時は、「負ののれん」と言われます。
負ののれん代=譲渡企業の純資産額(時価)-実際の譲渡額
例えば、譲渡企業の純資産(時価)が5億円で実際の買収価格が4億円の場合、負ののれん代はマイナス1億円(4億円-5億円)となります。買い手として実際の純資産よりも安く買収ができるので、お得ですね。
ただし、負ののれん代が発生する案件は売手の企業が事業再生を希望していたり、不祥事を起こして企業としての信用力が下がっているケースなど、業績が芳しくない場合が多いので、負ののれんが発生する案件は交渉を慎重に進めた方が賢明です。
負ののれんは、実際の金額よりも安く純資産を取得できているので、正ののれんとは異なり全額を一括で当期の利益として貸方に記入し処理します。
のれんの減損処理について
のれんの減損処理についてお伝えします。
M&Aが成立した後、譲渡企業の業績が振るわず思うように投資回収ができない場合や譲渡企業の不祥事でのれんの回収が困難になったとします。その場合、譲受企業の連結決算に資産計上されているのれんの価値は大幅に棄損することとなります。場合によってはゼロとなるケースもあると考えられます。
このように、回収可能額を考慮し、のれんとして計上する帳簿価額と比較し、大きな開きが出たときにはのれんを見直すこととなります。それによる差分の損失を「のれんの減損」と言います。
のれんの減損処理は、この「のれんの減損」を費用として一括で会計処理することを指します。
しかしながら、のれんの減損は昔から日本で発生していた事象ではありません。
2006年の会社法改正以降、M&Aが活発となり、純資産をはるかに上回る巨額買収が増加しました。そうした背景が要因の一つとなり、非常に巨額ののれんの減損が登場するようになりました。
例えば、100億円ののれんで購入した企業が不祥事を起こして企業イメージが大きく悪化し、当初想定していた収益が達成できないことが判明したとします。その場合、のれんの減損処理を行います。
企業イメージが悪化し、収益性が落ちた状態の企業価値・投資回収を確認し、それと100億円ののれんを比較し、減損を実施するか、いくら減損をするのか検討します。のれんをいくら減損するのかについては測りづらいため、監査法人や専門家に算定の協力をしてもらう必要があります。この測定を減損テストと言います。
上でもお伝えしたとおり、国際財務報告基準IFRSはのれんの償却処理はありませんが、減損処理はあります。減損テストを行いのれんが減損していると認められた場合、のれんの減損処理を行います。定期償却を行っていない分、仮に減損を実施せざるを得なくなった場合のインパクトは、日本の会計基準よりも大きくなることが一般的です。
売却側から見たM&Aにおける「のれん」
売却側からするとのれんは、純資産以上に高く企業を売却できる(買収プレミアム
)ため、多額である方が経済的メリットが大きいです。
ただし、買収側はのれんを含めた投資の回収を期待します。そのため、のれんが多額になると、買収後の対象会社に対する利益計上の圧力は高まります。
つまり、のれんが多額であるほど、残された役員・従業員は「利益を出さなければならない」という買収側からのプレッシャーを受けやすくなります。
売却側としては、以下のことを覚えておくとのれんを高くしやすいです。
高く評価してくれる買手企業を見つける
売手側としては、高く評価してくれる買い手企業を見つけましょう。すると、高額なのれんにより、純資産以上に買収価格が高額になります。
シナジーがある買手会社なら、売手企業が持っている純資産に合わせて、システムやノウハウや顧客リストが高く評価され、のれんが高額になりやすいです。
他社の存在を匂わせる
買手企業1社との相対取引ですと、買手企業が提示した金額条件が適正なものか、また良い条件なのかの判断ができません。
M&Aの現場では、買手企業はM&A知識と経験も豊富なことが多いです。なので、買手企業はのれんを抑えた金額で提示してくることもあります。
そこで、買手企業に対して、「他の企業への売却も考えています」と他社の存在を匂わせると良いでしょう。すると、買手企業が買収に向けてのれんを多く出してくれる可能性が高くなります。
但し、他者の存在を匂わせた結果、買手企業が交渉を降りるケースもあります。実は他の買手企業がいない場合にはM&Aそのものが頓挫することとなり本末転倒です。
この「見極め」は非常に重要であり、優秀なM&Aアドバイザーを起用する大きなメリットとなり得ます。
自社の強みをまとめてアピールする
のれんを高くしたい場合、自社の強みをまとめた「企業概要書(IM)」を作成して、買手企業にアピールしてみましょう。
「企業概要書(IM)」の作り方は以下の記事にまとめています。作り方でご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
▷関連記事:M&Aを成約させる「企業概要書(IM)」の作り方
のれんで注意すべきこと
ここまで、のれんの基本的な構造や知識、具体的な計算方法まで解説してきましたが、のれんを計上するにあたり、覚えておくべきポイントがあります。
それは、のれんの会計上と税務上での扱い方は異なるということです。株式の譲渡を伴うM&Aを行い連結の貸借対照表を作成する際、税務上ではのれんは発生しません。ただし、事業譲渡又は現金対価の吸収分割の際には、「資産調整勘定」または「差額負債調整勘定」として税務上ののれんが発生します。
一方、会計上では実際の買収額と純資産額の差をのれんとみなし、それを一定額ずつ規則的に償却します。帳簿上では借方に記入します。
通常は買収額のほうが譲渡企業の純資産額より大きくなることが多いためのれんはプラスになります。「負ののれん」の時には純資産額のほうが買収額よりも大きいことがあり、のれんがマイナスになることがあります。差額であるのれんを一括で利益とみなして貸方に記入します。
【動画で学ぶM&A】M&Aで必ず知っておくべき「のれん代」を徹底解説
まとめ
のれんが高くつく企業は、現時点の評価額だけでなく将来的な収益力が見込まれている証です。言い換えれば現時点での純資産があまりない場合でも、将来の事業計画を立てて着実に収益力を上げていけば、想像を超えた条件でM&Aを実施できる可能性があるのです。
M&Aの準備をするタイミングに早すぎるということはありません。まずは現時点の資産及び評価額を見直して、着実な経営を行っていくよう心がけましょう。
なお、自社の企業価値を知りたい場合は、以下のフォームから無料資料をダウンロードしてください。