
のれんの減損とは、簡単に言うと「M&Aの失敗による損出」です。損失が大きいと、企業の経営そのものに影響が出てしまいます。
今回は、のれんの減損が起こる要因や事例、注意点を解説しました。
日本ではM&Aがブームで、気軽に手を出してしまう企業が増えています。買収する前に、リスクをしっかり理解することが大切です。また、のれんは理解しにくく、意味そのものを間違えて認識している方もいます。
本記事では、のれんの減損について、概要から減損する主な原因や兆候、注意点まで解説しています。複雑な内容ですが、分かりやすく解説しているので、参考にしてください。
のれんの減損について学び、計画的なM&Aを行えるようにしましょう。
企業価値100億円の企業の条件とは

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目次
そもそも「のれん」とは?
のれんとは、企業が持つブランドやノウハウ、顧客との関係、従業員の能力などの無形固定資産を総称した言葉です。
会計用語としては、企業の「時価評価純資産」と「買収価額」の差額として表記されます。
具体的には、以下の計算式で算出されます。
のれん=実際の買収価格-譲渡企業の純資産(時価) |
例えば、ある企業が別の企業を100億円で買収し、買収対象企業の純資産が80億円だった場合、残りの20億円がのれんとして計上されます。のれんは、買収する企業が買取対象企業に期待する将来の収益力やブランド力、優秀な人材などの目に見えない価値(無形資産)も含まれています。
これらの無形資産は、通常の会計処理では正確に評価することが難しいので、買収価格に上乗せされる形でのれんとして計上されます。
なお、のれんは一度計上されると毎年減価償却されるのではなく、毎年その価値が減損しているかどうかを検証する必要があります。もし、のれんの価値が減損していると判断された場合は、減損損失として計上する必要があります。
のれんの減損とは
のれんの減損とは、 シンプルにいうと「M&Aの失敗による損出」です。
例えば、企業Aを購入したとしましょう。
買収した企業の稼ぎで、企業Aを購入するために使った投資額を回収する必要がありますが、経営が上手くいかなければ投資額を回収できません。
貸借対照表に載せていい資産額には上限があり、回収できていないと上限をオーバーします。
貸借対照表に載せていい上限額とは、将来回収の見込みのある売上額です。
しかし、見込み額がいつまでも回収できなければ、固定資産に載せておくことはできません。
将来回収できない金額は、貸借対照表に載せてはいけないルールになっています。
上限をオーバーした状態を「減損状態」といい、貸借対照表に載せていい上限額を切り下げなければなりません。
その時に切り下げた金額は、損失になります。
例えばM&Aで10億円の企業を買収したとしましょう。しかし、経営が苦しいせいで将来4億円しか回収できそうにありません。この場合、4億円がのれんの減損となります。
▷のれんの償却との違い
続いて、のれんの償却について説明します。
のれんの「減損」と「償却」は、字面が似ているものの、意味合いは異なります。
のれんの減損はBS上が中心の話、償却はPLが中心の話となります。
M&Aによるシナジー効果は永遠に継続するものではありません。
例えば、シナジー効果が10年間企業の売り上げに貢献すると仮定します。これは「10年間売り上げを生み出す機械を購入した」ということと、非常に近い状態です。そのため、のれんの償却が行われます。
なお、のれんの償却を説明する前に、「固定資産の減価償却」について知っておく必要があります。
例えば、売り上げのために機械を購入したとしましょう。
企業経営はずっと続いていきますが、会計年度は基本的に1年毎に行う必要があります。
よって、機械(固定資産)の取得にかかった費用の全額をその年の費用として計上してしまうと、会計上の費用が増えてしまいます。
そこで、減価償却として、設備投資の費用を耐用年数に応じて配分します。耐用年数を10年と仮定すると、年度毎に10分の1ずつ費用に計上できます。
この機械をM&Aのシナジー効果に置き換えたものが、のれんの「償却」です。
のれんの減損は「損失」ですが、のれんの償却は「費用を分割し計上すること」を指します。
のれんの減損が起こる要因・兆候

のれんの減損が起こる要因と兆候は、以下の4つです。
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1. 回収できない高値での購入
2. 買収先の業績悪化
3. 経営環境の変化
4. 買収によるシナジー効果の発揮が困難
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自分の計画に当てはまっていないか、チェックをしましょう。
▷①回収できない高値での購入
良い会社は安い価格では購入できません。
世界中から買い手が集まり「うちの企業に買収させてほしい」と競争になります。よって、欲しい企業を買収するには、他の買い手よりも高い値段を提示しなくてはなりません。
ここで大切なのは、M&Aを検討する際に、自分たちが回収できる額を超えないことです。しかし、見極めはとてもむずかしく、業績が低迷してしまう場合もあるでしょう。
のれんの減損を防ぐには、買収した事業の業績を改善し、将来的に利益が出るよう仕組みを整える必要があります。
▷②買収先の業績悪化
買収先の業績が悪化すると、のれんの減損が発生する可能性があります。主な原因としては、次のようなケースが考えられます。
・買収先の売上高が、計画より減少している場合
・利益率が低下し、収益性が悪化している場合
・競合他社の台頭などにより、市場シェアが低下している場合
なお、一般的に、50%程度の価格下落は、「著しい下落」とみなされるケースが多いです。例えば、ある企業がM&Aで取得した工場の設備が、新型コロナウイルスの影響などで、購入時の価格から50%以上価値が下がってしまったとします。
このような状況では、その設備の価値が減ってしまったと判断し、減損処理を行わなければならない場合があります。
▷③経営環境の変化
買収先の業績悪化が続く場合も、のれんの減損が起こる兆候の1つです。
以下は、経営環境が悪化している一例です。
・原材料の高騰やサービス料金の低下、売上高の減少が続いている
・既存技術の陳腐化や関連技術が流出し、技術環境が悪化している
・法律改正の影響によって、法律的環境が著しく悪化している
過去の事例としては、日本化成が原材料価格の高騰を受けて特別損失に計上した事例があります。買収先にこのような兆候がみられたら、のれんの減損が起こる可能性があると捉えた方がよいでしょう。
▷④買収によるシナジー効果の発揮が困難
買収によるシナジー効果が発揮されない場合も、のれんの減損につながる要因の1つひとつです。下記のような経営課題がある場合は、注意が必要です。
・買収後の経営統合が遅れている
・ 両社の企業文化の違いが大きく、統合が円滑に進まない
・キーマンの退社などで人材が流出し、事業継続が滞っている
シナジー効果が発揮されない要因はケースバイケースですが、いずれにしても、M&Aにおいてシナジー効果が期待できない場合、のれんの減損が起こる可能性は高いといえます。
のれんの減損による株価への影響
のれんの減損が譲受企業の株価に与える影響と、株主に与える影響を解説します。
▷のれんの減損が株価に与える影響
のれんの減損は株価に大きな影響を与えます。
企業が減損処理を行うと、貸借対照表に記載されているのれんの金額が引き下げられます。
これは、企業経営において発生した特別損失と同じです。のれんの減損により資産が減り、純利益も減少します。
のれんとは、将来会社の売り上げを生み出す資産です。シナジー効果やブランド力が利益を生み出します。
しかし、のれんという資産が減ってしまうと、得られるはずの売り上げに影響が出ます。
▷のれんの減損が株主に与える影響
のれんが減損すると株主への配当金が減少します。
株主は、出資したお金から会社への資金を肩代わりする義務があります。配当金は資本から支払うため、のれんの減損は配当金を使って補うことになります。
のれんが減損の金額が大きい場合、配当金がゼロになるケースもあります。
株主になる前に、のれんの減損リスクについて学びましょう。
なるべくのれんの少ない事業に投資した方が、安全に投資することができます。
M&Aのブームにより、のれんの減損リスクを持った企業が増加しています。損をしないように、慎重に企業を選ぶことが大切です。
のれん償却期間と償却方法について
続いて、のれんの償却期間と償却方法について解説します。
▷のれんの償却期間は「最長20年」
日本の会計基準では、のれんの償却期間は、「その効果が期待できる期間内」とされています。
具体的には「20年以内」という上限が設けられており、企業は自社の状況に合わせて適切な期間を設定できます。
例えば、買収した企業のブランド力や技術力によって、10年間は高い収益に貢献できると見込まれる場合、償却期間を10年と設定します。その場合、10年間は毎年同じ金額を費用として計上できます。
▷のれんの償却は「定額法」で実施する
前述のとおり「のれんの償却」とは、M&Aで発生した「のれん」を無形固定資産として会計処理した後、一定期間をかけて費用として認識する処理のことです。
のれん償却費を算出するときの計算式は、以下のとおりです。
のれん償却費 = (取得金額 – 残存価格) ÷ 償却期間 |
のれん償却は、通常「定額法」と呼ばれる方法で行われます。具体的には、のれんの取得金額から残存価格(のれんの場合、通常は0円とみなされます)を引いた金額を、償却期間で均等に分割して、毎年同じ金額を費用として認識します。
のれん償却における仕訳事例
のれん償却を実施する場合を想定して、具体的な仕訳方法を確認しておく必要があります。
以下のパターンに分けてのれん償却の仕訳事例を紹介します。
▷一般的なのれん償却の場合 ▷「負ののれん」がある場合 |
詳しくみていきましょう。
▷一般的なのれん償却の場合
まず、一般的なのれん償却の仕訳事例を解説します。
例として、現金5,000万円・買付金2,000万円・買掛金500万円の資産や債務を有する企業を7,000万円で買収し、2,500万円ののれんが発生した場合の仕訳は、以下のとおりです。
借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
現金 | 5,000万円 | 買掛金 | 500万円 |
貸付金 | 2,000万円 | 当座預金 | 7,000万円 |
のれん | 2,500万円 |
また、2,500万円ののれんを毎年250万円ずつ10年間かけて償却していく場合、初年度ののれん償却の仕訳は以下のようになります。なお、のれんの償却額は損益計算書の「販売費及び一般管理費」に計上されます。
借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
のれん償却 | 2,500万円 | のれん | 2,500万円 |
▷「負ののれん」がある場合
企業買収において、買収対象企業の純資産よりも低い金額で買収が行われた場合、その差額が「負ののれん」となります。「負ののれん」が発生した場合の仕訳について、具体的に説明していきましょう。
例えば、純資産合計が7,500万円の企業を7,000万円で買収したとします。
この場合、買収する企業は、買収対象企業の純資産よりも500万円少ない金額で買収できたということになります。この500万円の差額が、「負ののれん」として発生します。
そして、この500万円は「負ののれん発生益」として計上を行い、損益計算書には「特別利益」として計上する対応をとります。
のれんの減損の注意点

のれんの減損を未然に防ぐには以下3つの注意点を知る必要があります。
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▷①本来の目的を忘れていないか
▷②人材の配置が適材適所であるか
▷③デューディリジェンスでリスクを把握しているか
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1つずつ詳しくみていきましょう。
▷①本来の目的を忘れていないか
M&Aの譲渡は、目標達成への通過点です。
長期にわたった交渉を続けていると、買収することそのものに注目してしまい、本来の目的が見えなくなります。
買収は企業戦略の1つであり、M&Aがベストな選択なのか疑う目線が必要です。冷静に分析をせず、失敗をしたケースがたくさん報告されています。
▷②人材の配置が適材適所であるか
M&A(企業買収・合併)では、企業が1つになることで、
人員の重複が発生してしまうことがあります。この状況に対して、多くの企業が行うのが人員整理です。しかし、人員整理には様々なリスクが伴います。
そこで注目したいのが、人材の再配置です。具体的には、M&A後、買収側と売却側の社員を、それぞれのスキルや経験に合わせて、最適な部署に配置し直す取り組みです。人材を適材適所に配置すれば、より効率的な運営や収益性の高い組織構築が可能になるでしょう。
▷③デューディリジェンスでリスクを把握しているか
デューディリジェンスとは、買収する企業が投資する価値があるかどうかを調査することです。
決済状況をはじめ、財務から税務まで企業価値を正しく判定します。売却する側の経営者に何度もヒアリングし、弁護士、税理士、公認会計士に依頼をして調査をします。
デューディリジェンスを行う最大の目的は、買収する企業のリスクの把握です。
高いブランド価値を持つ企業でも、見えないところにリスクが潜んでいるかもしれません。
M&Aを行う前は、デューディリジェンスを徹底的に行いましょう。のれんの減損を起こさないために、慎重に判断しましょう。
なお、M&Aを成功させるためには、専門知識が必要です。
fundbookでは、あらゆる業界に精通したエキスパートが、専門性の高い実務をサポートします。ぜひお気軽にお問い合わせください。
のれんの減損が発生した3つの事例
のれんの減損事例を解説するにあたり、3つの企業をピックアップしました。「キリンホールディングス」「日本郵政」「東芝」の失敗事例からのれんの減損を学びましょう。
▷M&A失敗事例①「キリンホールディングス」
キリンホールディングスは2011年、ブラジル国内でシェア2位のビール会社「スキンカリオール」を3000億円で買収しました。
しかし、2014年から販売数量が減り約1100億円もの減損損失を出してしまいます。その後もブラジル事業の業績低迷は続きました。
キリンは日本企業の中では積極的に買収を行なっていましたが、海外企業の動きはもっと早く、ビール市場の買収は一段落していました。
少ない買収案件の中で、焦って買収をしたことが失敗の原因だといわれています。
▷M&A失敗事例②「日本郵政」
日本郵政は、オーストラリアの「TOLL」という物流会社を買収しました。
2015年に約6,200億円で買収しましたが、6年後に10億円で売却しています。
日本郵政は2015年にまさに上場準備を行なっており、同じく上場の準備を進めていたゆうちょ銀行から1兆3,000億円を調達していました。
そのうちの6,000億円は設備がかなり老朽化した日本郵便への投資にあて、残りの7,000億円は買収に使われました。
日本郵政はTOLLの買収をきっかけに海外進出を目標としましたが、買収後に売り上げが悪化し、2年後の2017年に、4,000億円の特別損失を出してしまいました。
▷M&A失敗事例③「東芝」
東芝は、アメリカの原子力メーカー「ウエスチングハウス」を買収しました。
この企業は1950年代以降、加圧水型原子炉の開発と製造において先進的な技術を持っていました。
その後イギリスの核燃料会社に売却されましたが、財政の悪化により売却を決断します。
買収にはゼネラル・エレクトリック、三菱重工などが入札しましたが、事業規模が当時約2,000億円だったウエスチングハウスを東芝が6000億円で買収しました。
しかし、2011年の東日本大震災が原因で、福島第一原発事故が起こります。
原発の安全性を問う流れが世界中で起き、さらにウエスチングハウスの不正会計や原発事業の巨額損失が発覚しました。
6,600億円で買収しましたが、たった1年で約7,000億円の損失を出しました。
まとめ
本記事では、のれんの減損について、概要から、減損する主な原因や兆候、注意点までを詳しく解説しました。M&Aを行う際は、のれんの減損が起きないよう、慎重な経営判断が必要となります。
また、M&Aを成功させるためには、専門知識が必要です。
fundbookでは、あらゆる業界に精通したエキスパートが、専門性の高い実務をサポートします。ぜひお気軽にお問い合わせください。