日本が抱える社会問題のひとつに少子高齢化があります。少子高齢化の影響によって労働人口は年々減少しており、黒字であっても後継者不足を理由に多くの中小企業や個人店が廃業しています。この問題は飲食店も例外ではありません。特に個人経営の飲食店などは「後継者の不在」や「店主の高齢化」による後継者問題に直面しています。そんな状況を解決していくため、いまM&Aによる経営形態の転換を行っている中小企業の飲食店が増えています。今回は、そんな飲食業界の課題を解決したM&A事例をご紹介します。
また以下の記事では、飲食業界のM&Aにおいて抑えておくべきポイントやFUNDBOOKにいただいた相談例の一部を紹介しています。
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ここ20年間の外食市場の動向
外食産業の市場規模は1997年の約29.1兆円をピークに縮小しています。2016年には約25.4兆円まで回復しましたが、依然として低迷は続いています。理由としては、日本の総人口が減っていることもありますが、業界全体として低価格化が進んだことが大きな要因として考えられています。
この他にも原料の市況の変化や、酒税法の改正による原価コストの値上がりにより利益が減少しました。これにより特に個人経営の飲食店は大きな影響を受け、厚生労働省が報告した2015年度の調査によると開店から1年での廃業率がおよそ6〜7%と、全業種の廃業率平均である3.8%に比べ2倍ほど高くなっています。
外食市場が直面している課題
外食市場全体の課題は大きく2つあります。
・労働人口の減少に伴う、働き手の不足
・低価格化競争と原価の高騰によるコストの増加
今後さらに日本の労働人口が減ってくることからも、一層従業員不足が深刻な問題になってくることが予想されます。
課題の解消にむけたM&Aの取り組み
飲食店の課題を解消していくため、店舗レベルでも様々な取り組みが行われています。人手不足の解消のために経理ソフトやシフト管理サービス、インターネットでの予約、電子決済などを使い、少ない人数でも業務を行うようにするなど工夫を行っています。
自社や店舗内での解決だけでなく、M&Aにより同業と協力しあう関係を作り出す動きも増えています。例えば、原料を調達する会社との資本提携や、異業界・異業種店舗の運営をする企業を子会社化することで、原価コストの削減や顧客のニーズに対応して幅広く顧客を獲得することに取り組む企業もあります。それでは、実際に起こった飲食店に関連するM&A事例についてご紹介していきたいと思います。
M&Aによる飲食店の課題の解決事例の紹介9選
1.【すき家】株式会社ゼンショーホールディングス
株式会社ゼンショーホールディングス(以下、ゼンショーHD)は、「世界中の人々に安全でおいしい食を手頃な価格で提供する」という理念のもと、大手牛丼店の「すき家」ではリーズナブルな価格帯でのファストフードを提供しています。そんなゼンショーHDが、「すき家」とは異なる客層の獲得のために株式会社ココスジャパン、株式会社ビックボーイ、株式会社なか卯などのM&Aを行いました。この勢いは飲食店だけに留まりません。
ゼンショーHDは強みである商品の調達・流通・販売のマーチャンダイジング機能をより強化するため、スーパーマーケットの買収にも乗り出します。2016年10月には、群馬県を中心にスーパーマーケットを運営している株式会社フジタコーポレーション(現:株式会社フレッシュコーポレーション)を買収しました。ゼンショーHDは今後も外食産業だけに留まらず、小売業界なども視野に入れ、調達・流通・販売の一体化していくことを狙いとしています。
2.【吉野家】株式会社吉野家ホールディングス
2016年6月に株式会社吉野家ホールディングス(以下、吉野家HD)は、牛丼以外の業態の拡大を目指し、人気ラーメン店「せたが屋」「ひるがお」を運営会社する株式会社せたが屋との資本提携を行いました。牛丼チェーンの「吉野家」を運営している会社として有名な吉野家HDですが、麺業態の飲食店のM&Aは今回がはじめてではありません。
2006年5月には「はなまるうどん」を運営している株式会社はなまるを完全子会社化しています。せたが屋との資本提携の背景には、吉野家HDの掲げる「競争から共創へ」という業種、業界を超えた価値提供を目指すビジョンと、せたが屋を成長させて従業員を守るという方向性が一致したうえでの経営判断だったようです。今回のせたが屋との資本提携では、飲食店の経営者が知名度のある企業の子会社になることで、ガバナンスの強化やグローバル展開を見据えて行ったM&Aであるという点に注目が集まりました。
3.【ほっともっと】株式会社プレナス
福岡に本社を構え「ほっともっと」や「やよい軒」を運営している株式会社プレナスは、2016年12月に宮島醤油フレーバー株式会社の発行済株式を55%取得し、子会社化しました。宮島醤油フレーバーは、和・洋・中の調味料の製造販売に加え、冷凍・冷蔵食品やレトルトなどのインスタント食品の製造販売も行なっており、食に関する領域で幅広く生活者を支えています。
プレナスは利益拡大のために生産・物流・マーケティング・販売のサプライチェーンの強化を目指しており、このM&Aによりプレナス社の課題である生産コストの削減が期待されての買収でした。宮島醤油フレーバーは独自の調味料の開発技術を有しており、プレナス社の運営店舗である「ほっともっと」や「やよい軒」の店舗で使用する調味料にも活かすことを発表しました。
4.【スシロー】株式会社スシローグローバルホールディングス
「スシロー」を運営している株式会社スシローグローバルホールディングス(以下SGH社)は、「元気寿司」や「魚べい」を運営している株式会社元気寿司と親会社である株式会社神明と、2017年9月に資本業務提携しました。元気寿司社との提携により、SGH社は回転寿司レストラン「スシロー」のサービス提供に加え、回転レーンのないフルオーダーによる安価な寿司の提供も可能となり、より顧客の求めるサービスに対応できる体制となりました。
また神明社との資本提携のメリットとして、寿司に利用されるお米の調達コストの削減も期待されています。今後は同じ業態店舗との提携により成長が見込まれる海外での展開を見据え、国内でお互いの商流や事業ノウハウを活かした店舗や商品開発を進めていき、シナジー効果を狙っていきます。
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5.【KFC】日本KFCホールディングス株式会社
2018年2月に日本KFCホールディングス株式会社は、和食居酒屋「えん」を運営しているビー・ワイ・オー株式会社と資本業務提携を結びました。同社は「KFC」を運営する日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社を含む、国内外で多くの子会社を持つ大企業ですが、収益の柱としては「KFC」に依存しているのが現状です。そこで同社の強みである「KFC事業」を活かした異なる店舗業態の拡大を考え、M&Aによるビー・ワイ・オー社との提携を行いました。
ビー・ワイ・オー社は居酒屋「えん」が主軸となっており、国内だけで約110店舗、海外にも複数店舗を展開しており、和食業態での店舗の運営ノウハウを有しています。ビー・ワイ・オー社の「えん」の店舗運営で培った知見と、日本KFCホールディングス社のフランチャイズ店舗の運営ノウハウを組み合わせ、和食のフランチャイズの店舗を増やしていくと考えられます。
6.【土間土間】株式会社コロワイド
2016年12月に株式会社コロワイドは、「フレッシュネスバーガー」を運営している株式会社フレッシュネスを完全子会社化しました。コロワイドは、原料の調達・物流・製造・商品開発の一連のマーチャンダイジング機能を保有しており、店舗事業のみで行なっている同業他社に比べコストが少ないこと、商品開発から販売までのスピードが速いことが強みです。また店舗の出店戦略においては、商業施設などにまとめてグループ会社の複数の業態店を集結させる「他業態ドミナント戦略」を推進しています。
この戦略により物流コストを削減できるだけでなく、1つの施設内で多様な顧客のニーズに応えられるようになり、2012年から2018年の6年間で年間売上が2倍以上になっています。コロワイドの強みを活かす事で、フレッシュネスバーガーは店舗の運営ノウハウだけでなく、原材料の調達といった面でもマーチャンダイジング機能の恩恵を受けることができます。それによって原価コストを削減でき、販売している商品の値上がりを抑えることができるとみています。
7.【わらやき屋】株式会社ダイヤモンドダイニング
株式会社ダイヤモンドダイニングは、2017年6月に株式会社商業芸藝を完全子会社化しました。同社は2018年10月時点で41ブランド、約350店舗(子会社の店舗も含む)と多様なコンセプトを持った飲食店を展開しています。商業藝術は1993年に創業し、飲食事業やブライダル事業など、ライフスタイルに関する事業を行っています。カフェ業態の「chano-ma」をはじめ、京都おばんざいを中心に扱った和食店「茶茶」など、全国に18店舗(2018年10月時点)を展開しています。
ダイヤモンドダイニングは、国内の経営戦略において個店の強みやチェーンの強みを活かしたハイブリッド経営をする」という考えがあり、広島と岡山に25店舗を保有している商業芸藝社を子会社化することは、経営戦略に沿った判断だと言えます。ダイヤモンドダイニングは都内への出店投資や外部とのアライアンスを方針として公表しており、2020年東京オリンピックでの外国人観光客の獲得を見据え、店舗の拡大をすすめていくと見られています。
8.【磯丸水産】株式会社クリエイト・レストランツ・ホールディングス
2013年4月に、株式会社クリエイト・レストランツ・ホールディングスはSFPダイニング株式会社の株式76.4%を取得し、連結子会社化しました。クリエイト・レストランツ・ホールディングス社は、出店戦略として個々の立地の特徴に合わせた店舗展開を自社で進めていました。しかし、飲食市場の伸び悩みや顧客のニーズの変化に対応するために業態の拡大を考え、SFPダイニング社の子会社化に至ったと予想されます。
SFPダイニング社は「磯丸水産」や「鳥良」のブランド店舗を保有しており、今回の資本提携でクリエイト・レストランツ・ホールディングス社に約90店舗が加わりました。その後、2014年2月期には連結での売上げが前年比約70%増の約520億円、を見込んでおり、子会社化によって一定の成果をあげたといえます。今後も既存店舗の営業力強化に加え、継続的にM&Aによる店舗数の拡大をしていくものと考えられます。
9.【小僧寿し】株式会社小僧寿し
株式会社小僧寿しは、2016年5月に株式会社スパイシークリエイトと親会社の株式会社阪神茶月を子会社化しました。(2017年8月には、スパイシークリエイトと阪神茶月を統合し、現在はスパイシークリエイトとして統一されています。)小僧寿しは、関東の約170店舗に比べると関西では大阪に1店舗、兵庫に16店舗の17店舗と関西では店舗数を展開できていません。(2018年10月時点)
一方で、スパイシークリエイトは関西での店舗展開に強みを持ち、同じ寿司業態の「茶月」を含め、複数ブランドを展開しています。西日本で「小僧寿し」のフランチャイズによる店舗展開の行う際に、スパイシークリエイトを西日本エリアの本社機能を据え、管理体制を確立するとのことです。「カレーハウススパイシー」をはじめとした異業態に関しても、引き続き小僧寿しのフランチャイズ店舗の運営ノウハウを活かして店舗拡大に務めるほか、「宅配事業」や「介護関連事業」にも事業を拡大していくようです。
専門家からのコメント
外食産業のM&Aは非常に事例が多く、件数は増加傾向にあります。飲食店がM&Aを行う目的としては、店舗数の増加による地域の拡大や、異なる顧客層の獲得、季節ごとの売上の安定化が主なものです。
飲食店同士がM&Aを行う場合、似たコンセプトの飲食店、例えば中華料理店同士や和食料亭同士などを想像されるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。顧客層を広げたり、季節の変動による売上の変動を無くすため、異なるコンセプトの飲食店を買収するケースは多々あります。例えば、フグ料理のお店がうなぎ料理のお店をM&Aした興味深い事例があります。これは冬が旬であるフグのお店は夏は売上が立たないため、夏が旬であるうなぎ屋の売上でカバーするという目的で行われました。
ニュース記事を読むと、有名チェーン店の事例が数多く挙げられていますが、1店舗しかない個人経営のお店が譲渡される事例も多々ありますので、規模の小さな飲食店でもM&Aを行うチャンスが十分にあります。特に譲受企業はM&Aを行う上で、立地や顧客層、労務管理、お店のウリを気にされるので、そのお店にしかない強みをしっかりとアピールすることが重要です。
まとめ
少子高齢化による労働人口の減少や低価格化競争と原価高騰、変わりゆく顧客のニーズに適応していくために、M&Aを行なっている会社の事例を紹介してきました。もちろん外食産業の抱える課題を解消する手段は、M&A以外にも存在します。しかし、どの方法も個社ごとの抱えている問題によって有効な手段は異なります。
正しく自社の状況を把握して検討したうえでM&Aによる問題の解決を行うとなった場合、M&Aには中長期での戦略と専門的な知識が必要となりますので、不明な点があればM&A
専門のアドバイザーに一度相談してみることをお勧めします。