事業譲渡 株式譲渡 

数あるM&Aの手法の中でも、事業譲渡と株式譲渡は特によく活用される手法です。しかし、この2つをどのような基準で選択すれば良いか、その違いは何かを正しく理解されているでしょうか?それぞれのメリットやデメリット、手続きや課税対象、税率まで異なる部分が多くあります。

本記事では、 事業譲渡と株式譲渡とはそもそも何か、またそれぞれのメリット・デメリット、どのような判断基準で選択すれば良いかについて解説致します。

事業譲渡と株式譲渡の違い

まずはM&Aの手法としての事業譲渡と株式譲渡がどういったものか、それぞれ解説していきます。
「事業譲渡」とは、譲渡企業が所有している事業の一部もしくは全てを第三者の企業に譲渡する手続きを指します。一方で「株式譲渡」とは、譲渡企業のオーナー(株主)が法人(譲受企業)もしくは個人に自社の保有株式を譲渡する手続きを指します。この場合、過半数の株式を譲り渡すことで、会社の経営権が譲受先に移転することになります。
この2つの手法の主な違いとして、「取引主体」「譲渡する対象」「契約内容」「実施目的」の4つが挙げられます。

▷参考記事:『M&Aの事業譲渡とは?株式譲渡や会社分割との違いからメリット・デメリットまで解説』
▷参考記事:『株式譲渡とは?中小企業のM&Aで最も活用される手法のメリットや手続き、事前に確認しておくべき注意点を徹底解説』

①取引主体

事業譲渡では法人(譲渡企業)から法人(譲受企業)へ譲渡する企業間の取引である点に対して、株式譲渡では個人(譲渡企業の経営者(株主))から法人(譲受企業)もしくは個人へ譲渡することになります。

②譲渡する対象

事業譲渡では譲渡企業が所有する一部もしくは全部の事業を譲渡することに対して、株式譲渡では譲渡企業の株式のうち一定割合を譲渡します。

③契約内容

事業譲渡では譲受企業と譲渡企業で事業譲渡契約、株式譲渡では譲受企業と株主で株式譲渡契約を結びます。事業譲渡契約の場合、資産目録(会社が所有している資産の一覧表)を用いて、譲渡対象の事業に関わる資産・負債を指定していきます。そのため別途、取引先との契約を結び直すことも必要です。株式譲渡契約においては経営権の移転に相当します。契約の内容には株式の譲渡に関する基本情報、表明保証、制約事項などを記載する必要があります。

株式譲渡契約の内容について、詳しくは以下のURLで解説しています。

▷参考記事:『株式譲渡契約書(SPA)とは?株式譲渡制限や株券不発行の場合の手続きについて具体的に解説』

④実施目的

事業譲渡では事業の取得が、株式譲渡では経営権の取得が目的になります。

事業譲渡のメリット・デメリット

譲渡企業のメリット・デメリット

メリット:中核事業に集中できる

譲渡企業が複数の事業を所有している場合、一部の事業を譲渡することで得た資金を中核事業に充てることで会社のさらなる成長を図ることができます。非中核事業の採算が取れていない場合や、資金や従業員などの資産が不足していて事業がうまくいっていない場合には有効な手段となります。

デメリット①:手続きの煩雑さ

事業譲渡は個々の資産や取引別に譲渡手続きを必要とします。
他にも、顧客や賃貸借契約についても承継の手続きを行う必要があるため、株式譲渡に比べて手続きが煩雑です。また、譲渡する事業に携わる従業員に対しては移籍への同意を得なくてはいけません。従業員は移籍という形になり、勤続年数や有給休暇等の労働契約が引き継がれない等の条件を理解して承諾してもらう必要があります。

デメリット②:譲渡後の事業内容に制限がかかる

事業譲渡後、20年間は同一の市町村の区域内および隣接する市町村の区域内で、譲渡企業は譲渡をした事業と同一の事業を行うことができません(会社法21条1項)。
また、双方が同意した上で特約を付帯した場合、期間を30年まで伸ばすことが可能です(会社法21条2項)。

譲受企業のメリット・デメリット

メリット①:必要な事業のみ取得ができる

取得する資産を選定した上で譲渡することができるため、譲受企業にとって魅力的ではない事業や資産は引き継がないということが可能です。これにより、譲渡するために必要な資金を削減することも可能です。

メリット②:負債や不利な契約、簿外債務を引き継ぐリスクが低い

譲り受ける資産を選択することができるため、譲受企業にとって不要な資産や負債を譲受しないという選択が可能です。このため、株式譲渡など包括的な譲渡を行う手法と比べ、簿外債務*1や偶発債務*2を引き継ぐリスクは低くなります。

*1.簿外債務:会計帳簿上に記載されていない会社の負債の総称。
帳簿に未記載の未払賞与、貸倒引当金、退職給付債務などが当てはまる。

*2.偶発債務:将来、一定条件がそろった際に発生する債務の総称。
偶発的に発生するため、負債総額を正確に予測することが難しいのが特徴。

デメリット①:手続きの煩雑さ

譲渡企業と同様に、譲渡企業が結んでいた契約を再度締結を行う必要があります。このとき、取引先が同意しなければ譲渡企業の契約上の地位を承継することはできなくなります。

デメリット②:許認可の譲渡ができない

人材紹介業や産業廃棄物処理業など事業の許認可についても譲受企業は引き継ぐことはできず、新たに取得する必要があります。

株式譲渡のメリット・デメリット

譲渡企業のメリット・デメリット

メリット①:会社を存続することができる

人生をかけて会社を大きくしてきた創業者にとっては会社の存続は非常に重要な点です。株式譲渡は事業譲渡と異なり、会社をそのままの形で存続することができます。

メリット②:株式の比率を調整して意思決定の権利を保有できる

株式譲渡では譲渡する株式の比率を設定できます。過半数の株式を譲渡すると経営権は譲受企業に移りますが、1/3以上の株式を保有し続ければ株主総会における特別決議を単独で否決することができます。

メリット③:経営者個人にお金が入る

事業譲渡の譲渡金は法人すなわち譲渡企業にはいるのに対して、株式譲渡の譲渡金は株主(経営者個人)に入ります。これにより創業者利得を得ることでハッピーリタイアを実現したり、次の事業を行う上での資金を作ることができます。

デメリット:株式を取りまとめる手間がかかる

譲受企業から自身の保有割合以上の株式取得を求められた場合、株主が複数おり株式が分散している場合には、自己保有以外の株式を取りまとめた上で譲渡を行う必要があります。

譲受企業のメリット・デメリット

メリット:許認可を引き継ぐことができる

事業譲渡と異なり、株式譲渡では会社をそのまま引き継ぐため許認可も引き継ぐことができます。

デメリット:負債や簿外債務を含めて引き継ぐ必要がある

事業譲渡と異なり経営権の承継となるため、対象企業そのものの財産状態に変更はなく譲受する資産を選別することができないため、負債や簿外債務を受け取るリスクがあります。

事業譲渡と株式譲渡の判断ポイントを確認

双方のメリットとデメリットを理解したとしても、どちらを行うのが良いかを決めるための判断基準を持っておく必要があります。
この項目では、どちらを行うべきか判断をするために見ておくべきポイント4つを解説します。

ポイント1「譲渡範囲」

会社全体を譲渡したいのか、一部の事業を譲渡したいのかといった譲渡対象の範囲が判断基準の一つになります。株式譲渡の場合は、経営権そのものの譲渡となるため、事業を区切って譲り渡すことは出来ません。

ポイント2「税金の支払額」

事業譲渡と株式譲渡では税金がかかる対象および税率が異なります。事業譲渡の場合、課税資産は消費税の対象になり、加えて譲渡益には法人税(約30%)がかかります。対して、株式譲渡は消費税の対象にならないものの、譲渡益に対して20.315%(所得税および復興特別所得税15.315% + 住民税5%)が課税されます。また、もし譲渡企業が不動産を所有している場合には不動産取得税および登録免許税がかかります。

▷参考記事:『株式譲渡にかかる税金って何があるの?その種類や計算方法を徹底解説』
▷参考記事:『株式譲渡の所得税はどれくらい?控除の有無についてもわかりやすく解説』

ポイント3「雇用移転の同意」

雇用契約の移転に関して、事業譲渡の場合は各従業員に個別の同意を得なければなりません。ここで同意が得られない場合には、従業員に引き続いて事業に従事してもらうことはできません。他方、株式譲渡の場合は法人はそのまま存続する形になるため、従業員に個別の同意を得る必要はありません。

ポイント4「簿外債務を含む負債の状況」

事業譲渡では簿外債務を引き継がないことが可能ですが、株式譲渡は簿外債務を含めた負債に関しても包括的に引き継ぐことになります。そのため株式譲渡を行う上では、デューデリジェンスの段階にて退職給付引当金やリース債務など譲渡企業の簿外債務について細かく確認した上で、価額など譲渡条件に反映させる必要があります。簿外債務の具体的な項目およびデューデリジェンスの具体的な内容は以下の記事にて解説しています。

▷参考記事:『必ず確認しておきたい、貸借対照表に計上されない「簿外債務」とは』
▷参考記事:『M&Aの最後にして最大の難関。「デューデリジェンス(DD)」を徹底解説』

まとめ

以上のように、株式譲渡と事業譲渡は全く異なるメリット・デメリットや特徴があります。

株式譲渡は株式のみを譲渡して経営権自体を移転するのに対して、事業譲渡では資産・負債を1つずつ指定して譲渡することになります。簿外債務を譲渡するリスクは低いものの、株式譲渡と比べて手続きの手間がかかります。

特に使い分けを判断する上でのポイントとして「譲渡するものの範囲」「税金の支払額」「雇用移転の同意が得られるか」「簿外債務の状況」の4つは抑えておきましょう。