中小企業が事業承継を行おうとする際、事業承継の方法は事業譲渡や合併などさまざまありますが、最も利用されるのは「株式譲渡」です。これは、オーナーの所有する株式を譲渡するだけで、当該会社の経営権を移動することができるからです。
一般の取引でも、契約書はその契約の内容を明らかにするため重要であるように、株式譲渡取引においても契約書は重要です。特に、事業承継やM&Aにおける株式譲渡取引は、実質的に会社の支配権の譲渡になりますから、その内容は特に重要となります。
そのため、ここでは株式譲渡取引の中でも、特に事業承継・M&Aにかかる株式譲渡における注意点などを解説していきます。
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株式譲渡契約書とは
株式譲渡契約は、英語で「Stock Purchase Agreement」といい、特にこれを指して「SPA」ということもあります。他にも「Share Transfer Agreement」などの表現もあります。株式譲渡契約書は、読んで字のごとく株式の譲渡にかかる契約内容を定めた書面をいいます。
通常のM&A取引ではない、株式譲渡契約書においては、1)株式の譲渡、2)株券の交付、3)譲渡承認を得ること、4)名義書換請求への協力などが記載される程度の簡単な契約書を作成することが多いです。
このうち3)譲渡承認を得ること、を株式譲渡契約書に記載するのは、中小企業においては、ほとんどの会社が譲渡制限株式として株式を発行しているため、譲渡するためには会社の承認が必要となるためです。
株式は自由に譲渡できるのが原則です(会社法(以下「法」)127条)。他方、株式の内容として譲渡による株式の取得について、株式会社の承認を要することを定めることができます(法107条1項1号、108条1項4号)。
このように、株式会社がその発行する株式の全部または一部の株式の内容として、譲渡による当該株式の取得について、当該株式会社の承認を要する旨の定めを設けている場合、その株式を「譲渡制限株式」といいます。
中小企業においては、上場企業と異なり、会社の所有(株主)と経営(取締役等)が分離していません。そのため、自由に株式を売買できることになると、意に沿わない株主が出現してしまい、会社の経営が困難になることがあります。そのようなデメリットを払拭するために、中小企業のほとんどは株式に譲渡制限を掛けているのです。
従って、譲渡制限が掛けられている株式を譲渡するためには、会社の承認が必要であり、その承認を得ることを契約の内容に盛り込む必要があるのです。
株式譲渡契約書の書き方
では、事業承継やM&A取引など、会社の支配権が移るような場合では、どのような契約になるのでしょうか。この場合の株式譲渡契約書は、事業の全部にかかる事業譲渡における事業譲渡契約書と同様に、会社の経営・支配権を譲渡する内容になりますから、そのために必要な内容を記載することになります。
一般的に、このような場合に株式譲渡契約書に記載される内容は、次のような事項になります。
①譲渡の合意
②譲渡価格
③取引の実行(クロージング)
④取引実行(クロージング)の前提条件
(1)売主の義務の前提条件
(2)買主の義務の前提条件
⑤表明保証
(1)売主の表明保証
(2)買主の表明保証
⑥誓約事項
⑦保証
⑧解除・終了
⑨一般条項
ただし、株式譲渡契約書はその内容により記載事項を検討しなければ、過不足が出て紛争の原因ともなります。実行しようとする内容に合わせた契約書にすることが重要ですから、専門家に相談することも必要に応じて検討されて下さい。
株式譲渡契約書記載事項の解説
1.譲渡の合意
まず、譲渡にかかる株式の内容・数を、譲渡人から譲受人に譲渡することを確認します。譲渡の目的を記載することもあります。例えば「対象会社の経営権を譲受人に移転することを目的として」などです。
2.譲渡価額
譲渡価額を定めます。合計金額を記載したり、1株あたりの金額を記載することもあります。譲渡価額については、企業価値をもとに公認会計士やM&Aアドバイザーなどの専門家が算定することが一般的です。
3.取引の実行(クロージング)
契約の締結時とは別にクロージングの日を決めておいて、その期日に取引を実行しますということを規定します。株式譲渡においては、株式の譲渡手続きを行い、株主名簿の名義変更を行ったとしても、それだけでは株主が変更されたというにすぎず、取締役などの役員に変更はありません。
そのため、ただちに現経営陣のもとで株主総会を開催し、現役員は全員辞任し、新役員を選任することになります。譲渡会社の経営者が一定期間顧問などとして会社に残ることも考えられます。
4.取引実行(クロージング)の前提条件
クロージングにあたっては、先に譲渡対象株式が譲渡制限株式であれば承認手続きを、事業に許認可が必要であれば、許認可の取得や公官庁への届け出などを完了させておく必要があります。
また、抵当権などの担保権が設定されていた場合には、その解除や連帯保証人の変更などの担保権者との調整も必要となります。これらの条件が満たされていなければ、「取引は実行しません」という前提条件を定めます。
5.表明保証
譲渡人・譲受人において、株式譲渡契約にかかる前提条件が、真実かつ正確であることを表明し保証するものです。前提条件が真実でなく、不正確である場合には、締結するべきでない契約を締結してしまうことになりかねません。
相手方に真実かつ正確であることを、表明させ保証させることでその担保を行います。記載事項やその重要性などについては後述します。
6.誓約事項
誓約事項は、表明保証に違反する事実などが明らかになり、またはそのおそれがある場合などについては、その事実の詳細などを相手方に通知する義務を定めたり、譲渡人は競業避止義務を負うことなどを規定します。
7.補償
契約義務違反や表明保証違反などにより損害などが相手方に発生したときは、これを賠償する義務を定めます。損害額の推定や上限などを定めることもあります。
8.解除・終了
重大な表明保証違反や、重大な契約違反、クロージング日までにクロージングが実行されない場合などに、株式譲渡契約を解除することができる旨を規定します。
9.一般条項
一般条項として守秘義務や、契約上の地位の移転、費用、準拠法、裁判管轄、協議事項などについて、契約の一般的な条項を規定します。
表明保証の重要性
表明保証とは一定の時点における譲渡人、対象会社、譲受人に関する事実について、その事実が真実かつ正確であることを、他方当事者に対して表明し、これを保証することをいいます。表明保証違反があった場合、上記に解説したとおり、契約が解除されたり補償を求められたりすることがあります。
譲渡人においては、株式譲渡契約を締結する権限、権能を有しており、制約などがないことや、法令などに違反する事由のないこと、また対象会社において適法かつ有効に設立されていること、対象の株式が記載通りの内容であること、計算書類などが正確であること、資産・負債の状況について良好な状態に維持し重要な変更を加えていないこと、法令を遵守していること、反社会的勢力との関係がないこと、提供した情報が真実かつ正確であることなどを表明し、保証するのが一般的です。
譲受人においては、契約を締結する権限、権能があること、法令違反などがないこと、反社会的勢力との関係がないことなどを表明保証します。
表明保証の目的としては、リスクを分担する機能と情報開示を促進する機能があります。まずリスク分担機能は、譲受人としては、譲渡人から提供された情報の真実性や正確性、デューディリジェンス(DD)で把握し切れていないリスクなどがないことについて表明保証して貰い、これに違反したときはクロージングをしないという規定をすることができます。
また、譲渡人としては、開示した情報の真実性・正確性、リスクなどを表明保証することで適切な価格での売却ができます。情報開示の促進機能とは、表明保証の各項目を認めさせる過程で問題点が顕出されるという点があります。表明保証できないという点が出てくることで、その説明を求める過程で情報開示がなされるのです。
特に中小企業において考えられるリスクとして、表明保証の内容をよく理解せずに事実に反することを表明保証してしまうと、後で損害賠償などのトラブルになる可能性があるので注意が必要です。
ただし譲渡人が一切表明保証しないとなると、譲受人としては「それでは譲受できません」となり、全く表明保証しないということは困難です。弁護士などの専門家にアドバイスをもらうなどしてちゃんと決めておくべきでしょう。
具体的には、例えば許認可などを得ていないことがあったとして、影響が出そうな場合には「●を除く」というような形で、対象から外すこともあり得ます。また、表明保証違反をいつまでも追求される可能性があることは、譲渡人にとってリスクですから、追求できる期間を一定期間に限定するということもよくあります。
無償で譲渡する場合も契約書は必要
株式を無償で譲渡することもできます。この場合でも譲渡後に株主名簿の名義書換を行うことや、株券発行会社の場合には株券の交付が必要ですから、これらに関する記載をした契約書を作成すべきでしょう。
ただし、株式の無償譲渡には注意が必要です。時価評価で価値のある株式を無償で譲渡したときは、贈与とみなされ課税が発生する可能性があるためです。時価よりも廉価で譲渡した場合にもこのリスクはあります。そのため、株式の評価にも注意が必要です。
株式譲渡契約書の印紙の要否 記載内容等により収入印紙が必要
印紙税法上、課税物件に該当すると印紙を貼付する必要があります。では、株式譲渡契約書は課税物件に該当するのでしょうか。
印紙税法は「営業の譲渡に関する契約書」は課税物件である、と規定しています(第一号文書の1)。しかし、株式譲渡契約は事業譲渡などのように、対象会社の営業を譲渡するものではなく、会社の株式を譲渡するものですから、対象会社の営業に何らの影響も与えません。そのため、株式譲渡契約書は課税物件に該当しません。
ただし、株式譲渡契約書が課税物件に該当する可能性もあります。それは、株式譲渡契約書に金銭の受領にかかる記載がある場合です。印紙税法は売上代金にかかる金銭、または有価証券の受取書を課税物件として定めています(第十七号文書の1)。
そのため、例えば株式譲渡契約書の作成時またはそれ以前に代金を受領した場合で、株式譲渡契約書に「・・・譲渡代金を受領した。」というような記載がある場合には、課税物件に該当し、印紙を貼付する必要があります。
また、株式譲渡契約書自体ではありませんが、対象会社が株券発行会社であるにもかかわらず、株券を発行していなかった場合にも注意が必要です。株券発行会社が株券を発行していなかったとしても、それ自体が違法になるわけではありません。
しかし、株券発行会社においては、株式の譲渡は当該株式にかかる株券を交付しなければ、その効力を生じないとされています(法128条)。そのため、この場合には株式譲渡を有効に行うためには、株式の発行を行う必要があります。
そして、株券などについては課税物件とされているため(第四号文書)、株券に印紙を貼付する必要が生じる可能性があるのです。
株式譲渡契約書を作成する際の注意点まとめ
ここまで、株式譲渡契約書の記載内容や注意点などを具体的にみてきました。その中でも契約書作成という点で注意すべき点をまとめると次のようになります。
・譲渡対象株式
譲渡対象となる株式に譲渡制限がついている場合には、対象会社の承認が必要となります。また、対象会社が株券発行会社の場合には、株券の交付が有効要件となります。譲渡対象株式の評価額についても十分な検討が必要です。また、譲渡後の株主名簿の書き換えに関する事項も定めておくべきでしょう。
・前提条件、表明保証、誓約事項
単なる株式譲渡ではなく、M&Aや事業の譲受けにかかる株式譲渡の場合には経営・支配権が移転するため、事業譲渡などに準じた今後の経営をしていくための定めを規定しておく必要があります。実行しようとする計画に合わせた事項を記載すべきです。
例えば、株式譲渡とは直接関係ありませんが、対象会社の従業員の待遇などについても定めておくことも考えられます。内容としては譲受人の誓約事項にあたると考えられます。
・その他
M&Aや事業承継にかかる株式譲渡は、単なる株式譲渡とはその趣旨内容が異なります。経営・支配権の譲渡であるという特性を十分に考慮し、専門家のアドバイスを受けながら慎重に実行していくべきです。
まとめ
以上、M&Aや事業承継に関わる株式譲渡契約書を作成する際の注意点などを解説してきました。
株式を譲渡すれば、経営・支配権が移転するという一見シンプルな手法に思えますが、その際に定めておくべき、確認しておくべき事柄は、他のM&Aや事業承継の手法と大差はありません。しっかりと準備・検討し、必要に応じて専門家の助けを借りて実行すべきでしょう。
※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。