競業避止義務 M&A

競業避止義務とは?

一般的に競業避止義務とは、一定の者が自己または第三者の為に、営業者の営業という競争的な性質の取引をしてはならない、という義務をいいます。
これはたとえば、従業員に対する競業避止義務とは、従業員が自社に対して損害をもたらすような競業行為を行わない、退職後に同業他社に就職しない、といった、会社から従業員に課される義務を指します。

実際には、競業避止義務は複数の目的で使われるものですが、この記事では大きく分けて2つの場合を取り上げて説明します。
1つ目はM&Aの成約後に、譲渡した事業と競合に当たる事業を譲渡企業が再度始めることを防ぐ場合で、2つ目は、自社の取締役や従業員が同業種の事業を経営・支援することを防ぐ場合です。

競業避止義務は法律で規定されているものもありますが、それ以外でも設定することは可能であり、その場合は、実務上有効となる期間や禁止行為などの具体的内容を契約書や誓約書、就業規則などで定めておきます。ただし、退職後に関しては規定が無効であると判断されるケースもあるため、策定には注意が必要です。

本記事では、M&Aにおける競業避止義務についてまず解説し、さらには競業に該当する場合や従業員に対して競業避止義務を課す際の注意点についても解説していきます。

1)M&Aにおける競業避止義務

M&Aにおける競業避止義務とは、一般的にM&Aの成約後に譲渡企業に課される競業禁止の義務のことです。譲渡した事業に対して、譲渡企業が競合するような事業を再度行い、譲受企業に不利益を与えることを避ける目的があります。

M&Aにおいて、譲渡企業が譲渡後すぐに同様の事業を開始してしまうと、譲受企業がM&Aの目的として掲げている、企業価値向上のための事業拡大や企業成長が十分に果たせなくなる可能性があります。そのため、M&Aにおける契約書では通常、譲渡側に対して一定期間・範囲の競業避止義務条項を規定します。

また事業譲渡の手法をとる場合には、会社法21条で競業避止義務が明確に規定されています。譲渡企業は、仮に譲受企業と競業避止義務に関しての取り決めがない場合であっても、同一の市町村と隣接する市町村の区域内では、20年間同一事業を行ってはいけないという競業避止義務を負います。(特約を設けることで、最長30年まで延長することも可能)

2)自社の取締役・従業員に対する競業避止義務

同一会社の社員の中でも、取締役と一般の従業員とでは競業避止義務の取り扱いが異なります。

取締役は、自己または第三者のために自社が行っている事業、もしくは将来的に行う予定の事業に関する取引をしようとするときには、株主総会や取締役会において承認を得なければなりません(会社法356条第1項)。取締役に対しては、この義務のことを競業避止義務としています。

例えば、取締役が会社に無断で自己の利益のために会社の商品と同じものを同じ地域で販売するような場合には、競業避止義務違反だとみなされます。

一方で、一般の従業員は労働契約の締結によって会社に対して忠実義務を負っており、この忠実義務の中に競業避止義務は含まれると考えられます。
ただし、取締役に対しては商法の中で明確に忠実義務が規定されていますが、従業員に対しては法律で明確に競業が禁止されているわけではありません。そのため、会社は従業員に対して競業避止義務に関する誓約書を書かせたり、就業規則で競業避止義務を規定することが多いです。

誓約書や就業規則の内容としては、従業員が在職中、および退職後の一定の期間に、同業他社への就職や競合する事業の運営を禁止するといったものとなります。ただし、退職後の競業避止義務を課す場合には、就業規則とは別に誓約書等で規定しなければならず、またその対象は合理的な期間・地理的範囲であることが求められます。

競業に該当するケース

それでは従業員や取締役がどのような行為をした場合、競業であるといえるのでしょうか。

例えば、会社の事業内容や事業の展開地域が被るような場合には、競業であると判断される可能性が高いといえるでしょう。また、仮に会社が現在行っていない事業だとしても、将来的に行う計画があれば、その事業を行うことは競業であるとみなされる可能性があります。

取締役に関しては、自己や第三者のために会社が実際に行っている取引と、商品や市場が競合する取引を行うことは競業行為に当てはまります。

仮に競業行為に該当する取引を行う場合、取締役は株主総会または取締役会の承認が必要となります。取締役は、承認を求めるにあたって、取引先・商品・数量・価格・取引の期間などの重要な事実を開示する必要があります。

競業避止義務における注意点

競業避止義務 M&A

ここでは、競業避止義務を定める際の注意点を、1)M&Aの場合、2)自社の取締役・従業員に対する場合、それぞれについて解説していきます。

1)M&Aにおける競業避止義務の注意点

M&Aにおける競業避止義務の内容

事業譲渡においては会社法21条に頼るのではなく、譲渡企業に対する一定期間・一定範囲の競業避止義務条項について、M&Aの最終契約の中で規定する場合があります。この場合、会社法で定められた「同一・隣接市区町村」の範囲に限定されず、より現実の事情を踏まえた場所の設定が可能となります。

期間については、当事者間の同意があれば期間の短縮ができますし、事業の範囲に関しても、会社法に定める「同一の事業」よりも広い範囲で競業避止義務を課すことも可能です。そして、譲渡側と譲受側双方が了承すれば、特約によって競業避止義務を排除することもできます。

また、事業譲渡以外の株式譲渡や会社分割などのM&Aの手法については、法律で規定されてはいないものの、当事者間の合意をもって、競業避止義務を事業譲渡の場合と同様に定められます。

契約締結に関する規定においては、経験の豊富な専門家の助けも借りて、細心の注意を払って定めることが求められるでしょう。

2)自社の取締役・従業員に対する競業避止義務の注意点

取締役の損害賠償義務

仮に競業避止義務に違反して取締役が取引を行ったとしても、その取引自体は原則無効とはなりません。ただし、取締役は会社に対して損害賠償義務を負うことになります。会社法423条第2項によると、この場合の取締役が競業によって得た利益は、会社の損害額だと推定されます。

退職後の競業避止義務の扱いについて

競業避止義務の中でも特に問題になりやすく、裁判になりやすいのが従業員の退職後の競業避止義務についてです。

従業員が退職後にどこに再就職するかは、憲法で「職業選択の自由」として規定されており、厳密に制限をかけることはできません。その中で競業避止義務を有効にするためには、誓約書等の中で、合理的かつ職業選択の自由を侵さない程度で、具体的な競業避止義務の条項を設ける必要があります。

例えば競業避止義務を課される従業員の地位や、競業を禁止する地域、競業避止義務の存続期間、禁止される行為の範囲を明確かつ妥当に規定することで、競業避止義務に有効性を持たせることができます。

競業避止義務の事例

それでは、競業避止義務が実際に問題となる場合はどのような時でしょうか。以下では、競業避止義務の有効性や違反しているか否かが裁判で争われた事例をご紹介します。

1.ウェブサイト売買における競業の差止め、損賠賠償判決

この事例は2017年6月15日に東京高等裁判所で判決が出た事例であり、原告がファッションのECサイトにかかる事業を被告会社より譲り受けたものです。事業譲渡後に被告会社は新たに競合ECサイトを立ち上げており、競業避止義務に違反しているかどうかが裁判で争われました。

判決では、本件は原告は被告から「事業」を譲り受けたのであり、被告は当該事業を譲渡した後に「同一の事業」を行っていることを認め、被告に対し、原告に生じた損害の賠償を命じました。

原告の会社は、M&Aの契約の中に競業避止義務を規定していませんでしたが、裁判所は、会社法21条に基づき競業避止義務違反を認め、事業の差止め請求と損害賠償請求が認められました。ただし、この判決は、競業避止義務がM&Aの契約条項に入っていなくても常に差止め請求、損害賠償請求が認められることを示しているわけではなく、裁判となることを防ぐためにもやはり競業避止義務をきちんと規定しておくことの重要性を示したといえるでしょう。


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2.東京リーガルマインド事件における、競業避止義務の非違反判決

東京リーガルマインド事件は、1995年10月16日に判決が出た事例です。弁護士の伊藤誠氏が司法試験の受験指導を行う伊藤塾を設立した際に、元々伊藤氏が所属していた株式会社東京リーガルマインドとの間で競業避止義務があったか否かが裁判で争われました。

判決では、東京リーガルマインドが課した競業避止義務が必要最低限のものではなく、また競業避止義務を負うことで生じる不利益を補償する代替手段が規定されていなかったため、この競業避止義務は無効であると判断されました。

競業避止義務を定める際には、禁止する事項や存続期間を必要最低限にとどめ、できる限り代替手段を設けるようにすべきでしょう。

まとめ

競業避止義務は、一般の労働者や会社の取締役に対して発生するだけではないので、M&Aにおいても考慮すべき事項の1つです。

競業避止義務を正しく定めることで、従業員や取締役が思わぬ不利益をもたらすことを予防したり、M&Aの際にも約束事を明確にすることで、交渉をスムーズに進めることができるでしょう。

また、規定した競業避止義務が無効にならないためにも、定める事項はより具体的かつ妥当性を持った内容とすることが大切です。内容が不明なまま進めることなく、専門家の力も借りて、どのような規定とすべきかをしっかりと検討しましょう。