M&Aの買収時にはアーンアウトという仕組みを利用することで、買い手側・売り手側の企業双方のリスクを抑えやすくなります。
今回は、M&Aにおけるアーンアウトの仕組みやメリット・デメリット、活用時の注意点に加えて、アーンアウト条項が活用された事例を解説します。
アーンアウトの特徴やリスクも知ったうえで、慎重に検討していきましょう。
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アーンアウトとは?
アーンアウト(Earn Out)とは、M&Aにおける買収対価の調整方法の1つです。買収対象企業の将来業績に応じて買収対価を変動させることで、買い手・売り手双方のリスクを抑える手法として活用されます。
通常、M&Aの買収対価は契約成立時に一括で支払われます。一方、アーンアウトを活用すると、買収対価の支払いが成立時に支払われる「基本額」と、一定期間内に定められた目標を達成した場合にのみ支払われる「アーンアウト額」の二段階に分けられます。
アーンアウトを活用する場合、契約書に「アーンアウト条項」を明記する方法が一般的です。M&A成立後おおむね1~3年の評価期間が設けられ、期間中に買収対象企業が条件を満たしたかどうかで、追加対価の支払いが判定されます。
アーンアウトの評価期間や達成条件は、買い手・売り手双方の合意のもとで決定されます。
アーンアウトで用いられる評価指標
アーンアウトの支払額や条件を決定する際に、基準となる項目が評価指標です。指標は大きく財務指標・非財務指標・マイルストーンの3つに分けられ、買い手と売り手の双方の合意のもとで決定されます。
主な評価指標は以下のとおりです。
| 分類 | 評価指標の例 |
| 財務指標 | 売上高・営業利益・純利益・EBITDA(利払い前・税引前・減価償却前利益)・営業キャッシュフロー・フリーキャッシュフローなど |
| 非財務指標 | 販売個数・入居率・獲得ユーザー数・施設稼働率など |
| マイルストーン | 規制当局からの認可取得・特許登録・研究開発の進捗・重要契約の締結など |
評価指標は、売上高や営業利益などの財務指標が用いられるケースが多い傾向にありますが、医薬品事業を始め業績が読みにくい業種では、研究開発の進捗を条件とするマイルストーン型が採用されるケースも見られます。
アーンアウトが用いられている理由
アーンアウトは、以下のような企業の買収で採用される傾向があります。
| ・スタートアップ企業 ・事業再生を図る企業 ・ベンチャー企業 |
これらの企業は、業績の見通しが立ちにくい点から、企業買収でアーンアウト用がられることがあります。
リスクを適切に配分することで、買収対価における双方のギャップを埋める役割を果たします。
現在の企業価値だけでなく、将来性に注目することで、買収に関わるリスク回避のためにアーンアウトが用いられています。
日本におけるアーンアウトの現状
元々は、欧米企業間で議論になる条項であるアーンアウトですが、日本においては、それほど知名度が高い言葉ではありません。欧米と日本での認知度の違い、根本的な考え方や風習の違いにより、日本でのアーンアウトはまだまだ浸透していない条項です。
しかし、2018年、マネックスによるコインチェック買収案件において、日本でもアーンアウトという言葉が広がり話題となりました。
金融持株会社であるマネックスグループと、仮想通貨取引所の先駆者でもある企業のコインチェックは、アーンアウト条項によりM&A成立に至っています。このニュースがメディアで報じられたことにより、日本でもアーンアウトへの関心が高まりました。
現在も国内での活用事例は欧米と比較すると多くないものの、スタートアップ・ベンチャー企業の買収や海外企業を対象とするクロスボーダーM&Aで採用例が見られます。今後、日本でもアーンアウトを活用したM&Aが増えていくことが予想されます。
アーンアウトをM&Aで活用するメリット
買い手側と売り手側、どちらにもメリットのあるアーンアウトをM&Aで取り入れることで、どのような効果があるのでしょうか。
ここでは、両者にとってのメリットを解説します。
買い手側のメリット
将来をイメージした際に、事業の業績に不安の残る企業に対してのリスク回避となるのが、大きなメリットです。
はじめにかかる基本額については、ある程度の資金を投資し、一定条件をクリアした場合にのみ追加金を支払う仕組みは、買い手側にとっての安心材料になります。保険のような役割だけでなく、多額の資金を流出させないという点でも、メリットは大きいでしょう。
さらに、売り上げ規模の拡大や業界内でのシェア向上の見込みが期待できます。既存事業を強化したい買い手にとっては、対価の支払い以上にシナジー効果を得られます。
売り手側のメリット
アーンアウトの利用により、企業のモチベーションの向上に繋がります。それは、一定条件をクリアすることで、多くの資金を獲得できるからです。ポテンシャルの高さを十分に発揮できる、社内環境づくりとしても効果を感じられるでしょう。
さらに、事業承継で最も課題とされる“後継者問題”の解決にも繋がります。第三者の承継により新たな経営者を迎えることで、企業が存続し続けられるのです。後継者問題を抱える企業にとって、事業承継と事業拡大のどちらも叶えられるチャンスでもあります。
アーンアウトをM&Aで活用するデメリット
アーンアウトによるM&Aは、必ずしも成功するとはいえないデメリットも存在します。M&Aに関する知識の取得、十分なリスクヘッジを重ね、慎重に検討していくべきです。
ここでは、買い手と売り手の両者にとってのデメリットを解説しましょう。
買い手側のデメリット
アーンアウト条項を入れることで契約内容が複雑になるため、交渉の手間や費用がかかります。
有利にM&Aが成立するとメリットが大きくみえるものの、それゆえに、買い手側の都合ばかりを優先してしまうことがあります。その結果、最悪の場合はM&A自体が破綻となり、不成立を招くことにもなりかねません。M&Aは“双方合意”が最も重要なポイントであり、売り手側の将来性や可能性を奪ってしまうような条件を課すことは、絶対に避けるべきです。相乗作用が十分に発揮されるよう、双方が利益を獲得できる契約を締結しましょう。
売り手側のデメリット
売り手側の場合、一定条件をクリアできれば多くの資金が獲得できますが、逆に獲得できない可能性があることが、大きなデメリットです。
本来であれば手に入れられるはずの対価が得られないことで、企業の成長が停滞したり、社員のモチベーションが下がってしまう恐れがあります。条件達成の有無で資金が大きく動く場合には、事前に把握をし、最大限のリスク回避を考えておかなければなりません。
アーンアウトの会計処理
日本基準とIFRSでは、会計処理の方法が異なります。
日本の会計基準では、アーンアウト条項が確定した時点でのれんが変動します。これは「条件付取得対価」と呼ばれ、企業結合会計基準第27項1号に、以下のように定められています。
「条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する。」
これを端的に言い換えると「アーンアウト条項が確定した時点でのれんが変動する」ということで、つまりそれまでは、会計処理を実施しないということになります。のれんまたは負ののれんは追加的に認識され、支払対価は取得原価として追加的に認識されます。
ただし、アーンアウト条項が達成されなかった場合には、会計処理の必要はありません。
アーンアウトを活用する際の注意点
アーンアウト条項を取り入れる際の注意点を、買い手側・売り手側の立場で、それぞれ解説します。
買い手側の注意点
アーンアウト条項の有効期間中に、買収した企業をさらに売却する「再売却」を経営戦略として活用することがあります。
また、状況の変化により、対象事業を売却せざるを得ない決断に至ることもあるでしょう。再売却を行う可能性がある際には、所定の金額を支払うことでアーンアウト条項を消滅させられる旨を記載し、トラブルを未然に防ぎましょう。
記載がない場合、売り手側の支払いを受ける権利を侵害したこととなり、買い手側の多大なる損失にも繋がりかねません。
また、一定の業績をクリアすれば支払うべき対価についての“評価期間”の長さにも、注意が必要です。
一般的な評価期間は1〜3年以内とされていますが、それ以上になると、M&A交渉時には予測できない事象が起こることも考えられます。プラスだけではなく、マイナスな事情を抱える元になることも考えられるため、評価期間が3年以上にならないよう留意しておきましょう。
売り手側の注意点
経営権を買い手側に譲渡する際には、経営陣の一部を残しておくことをおすすめします。
それは、買い手側がアーンアウト条項での追加支払いを嫌がるがゆえに、業績を操作する恐れがあるからです。
その他の具体的な対策としては、一定期間中の財務諸表や経理書類の閲覧監査権を持つことが挙げられます。
前述した経営陣を残すことを“キーマン条項(ロックアップ)”といい、キーマン条項をアーンアウトに取り入れることで、売り手側の経営陣のモチベーション維持にも繋がるでしょう。
アーンアウトを活用したM&Aの事例
アーンアウト条項を活用したM&Aは、国内でも徐々に事例が増えています。以下では、近年実施された事例を紹介します。
サイバーステップホールディングスによるNAXA株式会社の子会社化
2026年4月、サイバーステップホールディングス株式会社は、NAXA株式会社の完全子会社化を取締役会で決議しました。
NAXA株式会社は2021年に設立された企業で、テレビ局やエンタメ業界向けにAI・DX関連のソリューションを展開しています。字幕生成AIや広告合成AI、配信アプリ開発などを手がけており、2025年9月期の売上高は約2億円です。
サイバーステップホールディングス株式会社は、コンテンツのデジタル活用を強化するため、NAXA株式会社が保有する技術や人材を取り込み、映像コンテンツの二次利用や広告素材化の効率化を図る予定です。
本M&Aではアーンアウト条項が設定されており、2026年4月から2027年3月までの1年間における営業利益が計画上の目標値に届いた場合、2億3,000万円が追加で支払われます。
株式会社AViCによる株式会社Spicaの子会社化
2026年1月、株式会社AViCは、株式会社Spicaの子会社化を取締役会で決議しました。
株式会社Spicaは、「like me」の名称でTikTok LIVEの一次代理店として活動する企業です。「TikTok LIVE優良エージェンシー」に認定されるなど、業界内でも確固たる地位を築いています。
株式会社AViCは、株式会社Spicaが持つライバー基盤を自社の動画マーケティング事業と組み合わせ、ライブコマース領域への展開など新たな事業機会の獲得を目指します。
株式会社AViCのM&Aでは、売上高20億円達成と前株主の取締役在任継続を条件に、最大3億円が段階的に支払われるアーンアウト条項が設定されています。
株式会社ワンキャリアによる株式会社ライトローズの子会社化
2025年8月、株式会社ワンキャリアは、株式会社ライトローズの株式82.2%を追加取得し、完全子会社化することを取締役会で決議しました。
株式会社ライトローズは、大学生活支援アプリの開発・運営を中核に、学生向け情報メディアや採用マーケティング支援など多角的なサービスを展開する企業です。
株式会社ワンキャリアは、自社の就活支援サービスと株式会社ライトローズの大学生活支援事業の連携により、キャンパスライフから就職活動までのトータルサポートを整備する予定です。
このM&Aでは、業績達成度合いに応じて対価を支払うアーンアウト条項が設けられています。
まとめ
アーンアウトは、最初に対価の一部を払い、一定条件をクリアした時点で追加報酬を支払う方法のことです。買い手としては見込み業績の不達成によるリスクヘッジとして、売り手は目標達成時の成功報酬へのモチベーションとして、双方にメリットがあることを解説しました。
しかし、日本でのアーンアウトによるM&Aの統計資料はまだ少なく、認知度が低いことがわかります。
アーンアウトを活用したM&Aをお考えであれば、買い手側・売り手側がともに納得する契約であることが、長期的にみて重要視したい項目です。
M&Aは、互いの信用・信頼のために多くの時間と費用をかけた共同作業であり、将来への繁栄のための戦略手段でもあります。メリット・デメリットを理解し、アーンアウトが必要か否かを、十分に検討していきましょう。
fundbookでは、M&Aの専門知識を持つアドバイザーや公認会計士・税理士などの有資格者がM&Aを支援します。M&Aを検討している方は、ぜひfundbookまでご相談ください。