
M&Aでは用いる手法によって必要な契約が異なります。最終段階で締結することがある重要な契約が「TSA」です。
本記事ではTSAの契約内容や、TSA契約締結までの流れなどについて詳細に解説します。
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目次
M&AにおけるTSA(Transition Service Agreement)とは?
TSA(Transition Service Agreement)とは、M&A実施後の会社運営に関する取り決めの事を指します。M&Aの契約の手順の中で重要な契約のひとつであり、かつ最終段階で締結する契約です。
M&Aは契約を結んだあと、移行中であっても顧客へのサービスは継続されます。しかし、時には手続き期間中にトラブルが発生することもあります。そのため、あらかじめ「責任の所在」を決めておく必要があり、それらについての合意が「TSA」です。
事業譲渡や会社分割のような事業の一部を切り出して売却するカーブアウトを伴うM&Aで、買収後の手続き中に生じるサービスについて、売り手と買い手の間でこれまで行ってきた事業サービスを、どのように管理するかを取り決める場合に効果的となる契約です。
M&AにおけるTSAの重要性
M&Aの成立後、経営統合までの引継ぎ期間において、対外的には従来どおり営業を継続する必要があります。一時的にでも営業を停止するということは、既存顧客からの信頼喪失や新規顧客獲得の機会損失につながる可能性があるためです。
そのため、企業間で機能の移行をスムーズに行い、顧客との取引を保持するという観点で、TSAが活用されます。また、契約を締結する際は、事業の価値やリスクをデューディリジェンスでしっかりと評価し、スムーズな移行が難しいと考えられる業務を抽出した上で実施することが大切です。このようにTSAは、M&A後の経営統合をサポートする重要な役割を担うのです。
▷関連記事:M&Aで重要なデューディリジェンス(DD)とは?種類や手順・費用や注意点を解説
TSAの対象となる5つの業務
TSAの対象は、主に「ロジスティクス」、人事・財務・総務などの「バックオフィス業務」、「サプライチェーン・マネジメント」、「研究開発」、「機密情報や重要事項」の5つです。
それぞれの具体的な内容とTSA対象になった場合の注意点について解説します。
1. ロジスティクス
ロジスティクス部門とはTSAの対象として挙げられる代表的な部門の1つで、顧客のニーズに応えつつコストも削減するように計画・実行・管理を実施する部門を指します。
サプライチェーンと類似していますが、ロジスティクスの方が、より経営に近い部門といえます。M&A後も、管理を担当する人材が切り離れてしまうと従来どおりの運用ができなくなってしまうため一定期間は業務を行うことが望まれます。
2. バックオフィス業務
総務や財務、人事などのバックオフィス業務は、日常的に継続して業務が行われるために、とても重要な部門です。最近ではバックオフィス業務をシェアードサービスなどに集約するケースも見られます。
この場合、名義変更などの手続きをM&Aの契約締結と同時に進めることはできず、M&A後も移行期間の間の猶予を設け、優秀な人材をそのまま活用するためにTSAの対象業務として契約するという流れをとります。
3. サプライチェーン・マネジメント
サプライチェーン・マネジメントとは、グループ企業で一貫して仕入れや調達を行うことを指します。グループでの大量発注により仕入れ原価が抑えられ、調達部門の統一によりコストを削減することができます。
親会社が仕入れや物流などを一括で行う場合、M&Aをすることで親会社から切り離れてしまうと、その子会社は仕入れや調達・物流などの機能が停止してしまいます。
M&A後は、どのように仕入れなどの対応をするのかを明確にしなければなりません。そこでTSAを用いてこの部分をカバーします。
4. 研究開発
譲渡企業が研究開発部門を有する場合、研究開発部門もM&Aによって譲受企業へ引き継がれる場合があります。TSAに含めることで研究開発の継続が可能となり、今まで培ってきた技術や成果などを新たな開発にも活用できます。
5. 機密情報や重要事項
譲渡企業が保持する経営や研究開発などに関する機密情報や重要事項が、M&Aにより譲受企業へ引き渡されるケースもあります。譲渡企業の持つあらゆるノウハウやブランド、情報を目的として買収が行われることも少なくありません。そこに含まれる譲渡企業の様々な情報は機密事項です。TSAに含めることに加え、厳重に取り扱う必要があります。譲渡前に秘密保持契約を締結するなど、漏洩リスクを考慮し、慎重に対処しましょう。
▷関連記事:秘密保持契約書(NDA)-ひな形使用時の注意点 M&Aの情報漏洩対策のために
TSAのタイミング
一般的にはM&Aの最終フェーズでTSAを実施します。M&Aでは最終契約後に、引き継ぎ期間があるため、この期間に権利の移転、資産承継などの手続きを行い、企業は今までと変わらずに営業していく必要があります。
譲渡側がサービス提供をどこまで行うのか、譲受側がサービスをどこまで受けるのか、を契約書として定める必要があります。
TSAは最終契約で締結されるものの1つであり、デューディリジェンス実施中にTSAの準備も並行して行うことができれば、その後も円滑に進めることができます。
TSAと関連する4つの要素
TSAに関わる主な要素は、以下4点になります。それぞれの内容やポイントを解説します。
1. サービスの提供者・受給者
TSA契約は、サービスを提供する側(譲渡企業)とサービスを受ける側(譲受企業)が存在する契約のため、誰が提供者で、誰が受給者かを明確に決めることが必要です。曖昧な表現を避け、可能な限り詳細に定義することが大切です。
2. サービスの範囲
代表的なTSAのサービスには人事・経理・総務などのバックオフィス業務があります。今後のトラブル回避のためにもサービスの範囲を明確にする必要があるため、詳細に定義する必要があります。
3. サービスの対価・支払い条件
サービスの提供を受ける場合にはそれに見合う対価が必要です。
対価を毎月支払うのか、年払いにするのかなど、一般的なサービス契約と同様に支払いに関する条件もTSA契約には記載されます。
4. 契約の有効日・終了日
TSAは契約のため、契約の有効日と終了日も明確にしておく必要があります。
そのうえで、事前通知によって契約の解除が可能なのか、契約延長することが可能なのか、なども定めておくことが多いです。
TSAに深く関係する3つの契約
TSAには、3つの契約が深く関係しています。具体的な契約は、以下のとおりです。
1. 基本合意契約
2. 最終契約
3. 業務委託契約
詳しく見ていきましょう。
▷関連記事:M&Aにおける契約書の内容とは?意向表明書や基本合意書についても解説!
▷関連記事:M&Aで必要な契約書は?種類や最終契約書(DA)の項目を解説
1. 基本合意契約
「基本合意契約」とは、M&A(企業買収・合併)を進める上で、正式な契約を結ぶ前に締結されるものです。いわば、M&Aの「前契約」のようなもので、最終的な契約を結ぶための土台となります。
以下は、基本合意契約で取り決める内容の代表例です。
・譲渡価格
・M&A実施のスケジュール
・秘密保持
・独占交渉権の付与
・保証債務
・デューディリジェンスの実施など
このような内容を譲渡企業と譲受企業で交渉し、両社の認識を合わせたうえで、基本合意契約を締結します。
2. 最終契約
最終契約は、M&A(企業買収・合併)の交渉がまとまり、買い手と売り手が合意した具体的な契約内容をまとめた契約です。いわば、M&Aのゴール地点を示す重要な書類といえるでしょう。デューディリジェンスの結果からM&Aの条件を決定し、対象や価格を定めます。この契約が、「TSA」と最も深く関連します。
基本合意書との主な違いは、法的効力の有無です。M&Aの初期段階で締結される基本合意書と比べてより詳細であり、法的拘束力もあります。基本合意書がM&Aの方向性を定めるものであるのに対し、最終譲渡契約書は具体的な条件や手続きを定め、契約違反時のペナルティなども明記されます。
なお、株式譲渡による買収のときは、SPA(Stock Purchase Agreement:株式譲渡契約書)の取り交わしによって株式譲渡契約を締結します。一方、部門譲渡の場合に取り交わされるDA(Definitive Agreement:最終契約書)は、事業譲渡契約書に値します。
3. 業務委託契約
業務委託契約は、TSAで定めた業務を、外部に委託する際に締結する契約です。TSAで定められた業務の中には、専門的な知識やリソースが必要なものや売却側が継続して行うことが難しいものも含まれます。
このような場合、売却側はこれらの業務を外部の企業に委託するために「業務委託契約」を締結します。TSAで定められた業務を具体的に外部企業に委託し、その内容や責任範囲を明確にするために必要な契約です。
M&AでのTSA開始までの流れ
M&Aの流れは下記3つに分類できます。
1. 準備フェーズ
2. 交渉フェーズ
3. 最終契約フェーズ
TSAはこの中の最終契約フェーズで取り交わします。それぞれの内容について解説します。
1. 準備フェーズ
準備フェーズでは主に、秘密保持契約の締結、アドバイザリー契約の締結、企業価値評価の実施・企業概要書の作成などがあります。
・秘密保持契約書
秘密保持契約書とは、開示者から得た情報を第三者に公開しない、M&Aの目的以外に利用しない、違反した場合の損害賠償、契約期間などを記載します。これは、譲渡企業と仲介会社で結ぶ契約書です。
NDA(Non-Disclosure Agreement)と呼ばれることもあります。秘密保持契約の締結は、情報漏洩によってディールが破談してしまうリスクを抑制するためにとても重要な契約です。
・アドバイザリー契約
アドバイザリー契約とは、M&A仲介会社からM&Aに関する助言を得る目的で締結する業務委託契約書のことです。類似する契約としては、仲介契約があります。
契約を結ぶと、M&Aの全般的な疑問に対するサポートや助言などを、M&Aに関する経験や実績が豊富な専門家にアドバイスをもらうことができるため、スムーズに案件を進行させることが可能になります。
・企業価値評価の実施、企業概要書の作成
企業価値評価とは企業買収の際に買収対象企業にどのくらいの価値があるのかを算定することです。
バリュエーション(Valuation)とも呼ばれており、その結果に基づいて売却希望価格と買収可能価格を検討することになります。
また、企業概要書とは譲渡企業(あるいはM&A仲介会社)が作成するもので譲渡企業の概要・事業内容・財務諸表などが細部にわたり記載されている書類のことです。
IM(Information Memorandum)とも呼ばれる資料で、譲受企業はバリュエーションや企業概要書などを踏まえて実際に買収するかどうかを検討するかどうかを判断します。
2. 交渉フェーズ
交渉フェーズでは、トップ面談と基本合意を行います。デューディリジェンスは2週間程かかるため、この時点でTSAの対象を整理しておくと、最終契約で円滑にTSA契約が進むでしょう。
・トップ面談
トップ面談では、譲渡企業と譲受企業のビジネスに対する意識、企業概要書で生じた疑問点などを解消します。
将来どのような事業を行いたいのか、そのために現状はどうしているのかなどを説明できる、相互理解を深めるための面談で、M&Aを実施する上では重要なステップです。
・デューディリジェンス
デューディリジェンスとは、M&Aを実行する前に譲渡対象企業へ行う調査手続きのことです。
財務や法務、企業価値評価の結など、譲渡対象企業の情報を確かめて、内容を精査し、買収取引にふさわしい企業かどうかを検証します。
3. 最終契約フェーズ
・基本合意
基本合意では、譲渡価格、取引形態など、今後のスケジュールをチェックします。
厳密には企業の買収は確定していませんが、譲受企業側はおおよその買収意思を固める必要があります。
ここでは基本合意書という最終契約に先立ち取り交わされる合意書を締結します。
その内容には、譲渡価額・譲渡日・スケジュールなどついて基本的な事項を定めています。M&Aの成立に向けた双方の認識を合わせることが目的で、これまでの交渉において合意された内容を整理します。
・最終契約の締結・クロージング
最終合意契約書は、双方が最終契約書の内容に合意したら締結します。
株式譲渡のスキームの場合は株式譲渡契約書を締結することになります。
契約の締結後、買収企業は売却企業の株主から株式を譲り受け、現金あるいは買収企業の株式などを対価として支払い、経営権が譲渡企業から移転するとクロージングとなります。
・ディスクロージャー
ディスクロージャーとは、従業員、取引先、株主などの利害関係者へ情報開示を実行することです。
一般的にM&Aは1年程度かかるでしょう。しかし企業規模によっては数カ月で完結するケースもあります。
この1年程度という期間はTSAを含む期間のため、企業規模が大きくなり、移行期間がかなりかかるという場合には1年で終わらない場合もあります。
まとめ
本記事では、TSAとはどのようなものか、TSA開始までの流れなどを紹介しました。移行期間中にやることを明文化し、最終契約や業務委託契約という形で委任することが、スムーズな経営統合のポイントの1つとなります。
M&Aに関する契約書には専門的な判断が必要となるため、アドバイザーのサポートを受けながら進めましょう。
fundbookには、幅広い知識と豊富な経験を持ったアドバイザーが在籍しています。事業承継にM&Aの活用を検討されている方は、一度ご相談ください。