
M&Aを実行する際には、会計・税務、法務、企業価値評価などの多岐にわたる専門的事項を検討する必要があり、自社だけで進めていくのは非常に困難です。
しかし、M&Aには税理士やM&A仲介会社、公認会計士、弁護士、金融機関などの様々な専門家が関わるため、どの専門家にサポートを依頼すればよいか迷ってしまうことがあります。
本記事では、税理士に焦点を当て、M&Aにおいて税理士が果たす役割と主な業務、メリット、選び方について説明します。
M&Aの全体の流れは、以下の記事で詳しく解説しています。
▷関連記事:M&Aとは?意味・流れ・手法・費用など基本をわかりやすく解説

宮川 真一
幸せのM&A入門ガイド

・M&Aの成約までの流れと注意点
・提案資料の作成方法
・譲受企業の選定と交渉
・成約までの最終準備
M&Aによる事業承継をご検討の方に M&Aの基本をわかりやすく解説した資料です。
目次
M&Aにおける税理士の業務と役割
M&Aにおいて税理士が果たす主な業務は、譲渡企業側では「バリュエーション(企業価値評価)」、譲受企業側では「デューディリジェンス(買収監査)」です。
この2つの業務の中で、税理士は下記のような役割を担います。
・M&Aを行う経営者の相談相手
・M&A仲介会社が信頼できるか見極める
・税負担を考慮したM&Aスキームをアドバイスする
・譲渡する株主にM&A後の資産組み換え、運用についてアドバイスする
・譲渡企業側ではM&Aにおける資料開示のサポートを行う
・譲渡企業側ではバリュエーションを行う(セカンドオピニオンを含む)
・譲受企業側ではデューディリジェンスサービスを提供する
「バリュエーション」と「デューディリジェンス」は、M&A成功の鍵を握る重要な要素であるため、次項より詳しく解説します。
M&Aにおけるバリュエーション(企業価値評価)とは
M&Aの交渉において、「譲渡価額」はとても重要です。譲渡企業は可能な限り高く譲渡したい、譲受企業は安く譲り受けたいというように両者の考えは相反するため、価値を適正に判断する基準が必要になります。
譲渡価額を決めるための判断材料になるのが「企業価値」です。この企業価値を算定するプロセスを「バリュエーション」と呼びます。
非上場株式は上場株式のように証券取引所における日々の株価がないため、その日の明確な市場価格を知ることが困難です。
そのため、非上場企業のM&Aにおいては客観的なバリュエーションが重要となります。多くの場合、バリュエーションはM&A仲介会社や税理士などのM&Aに精通した専門家により行われます。
企業価値評価の算出方法について、詳しくは以下の記事でまとめています。
▷関連記事:企業価値評価とは?M&Aで使用される企業価値の算出方法
M&Aにおけるデューディリジェンスとは
M&Aにおいて譲受企業が意思決定を行う際には、譲渡企業の経営環境や事業内容などの実態を財務・税務・法務などの様々な観点から調査します。
そして、リスクを洗い出し、譲渡企業の株式価値を測り、最終契約に盛り込む譲受条件の詳細を判断します。この調査を「デューディリジェンス(DD)」と呼びます。
デューディリジェンスは、基本合意を締結した後、最終契約を締結する前のタイミングで行います。譲渡企業に関するリスクや譲受後のシナジー効果を想定するうえで非常に重要な作業で、M&Aの実行や譲渡価額の見直しなどの最終判断につながります。
主な調査項目は、「財務」「税務」「法務」「人事(労務)」「ビジネス」です。
デューディリジェンスの詳しい内容は、以下の記事でまとめています。
▷関連記事:M&Aで重要なデューディリジェンス(DD)とは?種類や手順・費用や注意点を解説
M&Aの相談は税理士?公認会計士?
M&Aを進めるためには、「デューディリジェンス」と「バリュエーション」のように企業の経営環境や事業内容など詳しく調査する必要があります。
また、調査の中で財務に関する深い知識と経験が求められるため、税理士や公認会計士によるサポートが必須です。
ただし、税理士と公認会計士では担当できる業務が異なる点に注意しましょう。
業務内容 | |
税理士 | 税務申告税務相談税務デューディリジェンス |
公認会計士 | 監査財務デューディリジェンスバリュエーション |
税理士と公認会計士はどちらも国家資格で、会計分野やファイナンス分野に精通するプロフェッショナルです。
M&Aにおいて、公認会計士は財務に関する幅広い業務に対応できる傾向にあります。ただし、税務デューディリジェンスに関しては税理士の専門領域であるため、税理士へ依頼するケースが多いです。税理士は税務面でのリスク分析やアドバイスを求められる傾向があります。
税務デューディリジェンスとは?
税務デューディリジェンスとは、譲渡企業に内在する税務上の問題点や税務リスクを洗い出すことです。具体的には、税務申告書や過去の税務調査における指摘事項、修正申告内容などをチェックし、譲渡企業側にインタビューを行います。
M&Aでは専門性の高い知識や判断が求められ、特に税理士が強みを発揮する業務が税務デューディリジェンスです。
しかし、一口に税理士と言っても、相続税を専門とする税理士、法人の組織再編関連の法人税法を専門とする税理士など、税理士によって得意分野は異なります。
M&Aは高度な専門性を要する業務ですので、税務デューディリジェンスに精通した税理士に依頼しましょう。次項より、税務デューディリジェンスの目的やポイントを解説します。
税務デューディリジェンスの目的
税務デューディリジェンスの目的は以下のとおりです。
1. 税務リスクの把握
2. M&Aのスキーム策定
3. 譲渡価額の調整
順番に解説します。
1. 税務リスクの把握
譲渡企業の過去の税務処理に誤りがあった場合、後日それが明らかになることで、予期しない損失を計上することになります。
税務リスクの把握には、譲渡企業の税務申告書などの書類の調査だけではなく、対象企業の業種や属性、他企業との取引内容など、複合的な観点から調査を行います。
2. M&Aのスキーム策定
M&Aの主な手法として、株式譲渡と事業譲渡があります。どの手法をとるかによって、税法上の取り扱いが異なり、M&A実施時に発生する税金の額が異なります。
中小企業M&Aの場合は、手続きが簡便な株式譲渡で行うことが多いです。しかし、簿外債務リスクや税務リスクがある場合は、当該リスクを遮断する観点から事業だけを譲渡する事業譲渡を選択することも視野に入れます。
このように適切なM&Aの手法を選択することにより、譲渡企業にとっては譲渡益に対する税負担の最小化、譲受企業にとっては税務リスクを軽減できます。
M&Aの手法を適切に見極めるためにも、税務デューディリジェンスは特に欠かせない重要な作業です。
株式譲渡と事業譲渡に関しては、以下の記事で詳しく解説しています。
▷関連記事:株式譲渡とは?株式譲渡と事業譲渡の違いや注意事項を解説【動画付】
▷関連記事:事業譲渡とは?株式譲渡との違いやメリット・デメリットを徹底解説
3. 譲渡価額の調整
税務デューディリジェンスを行うことによって税務リスクが明らかになった場合、譲渡企業の企業価値に影響します。デューディリジェンスの結果を受けて合理的に譲渡価額を引き下げることもあります。
税務デューディリジェンスのポイント
税務デューディリジェンスのポイントは以下のとおりです。
1. 過去の税務調査の状況をチェック
2. 過去の税務申告書のチェック
3. 関係会社間取引、同族関係者との取引のチェック
4. 過去の組織再編のチェック
5. 経営陣、税務担当者へのインタビュー
上記を順番に解説します。
1. 過去の税務調査の状況をチェック
税務調査による修正(または更正)内容、追徴税額、重加算税額、指摘事項に対する改善状況などを把握します。これらから譲渡企業の税務に対する姿勢、内部統制の状況を推察できます。
2. 過去の税務申告書のチェック
申告漏れなど、譲渡企業に潜在的なリスクや見逃しがないか精査します。また未納税額がないことについても確認します。
3. 関係会社間取引、同族関係者との取引のチェック
議事録、稟議書、契約書などから、税務申告書に記載のない取引内容を精査し、寄附金認定、受贈益認定、役員賞与認定につながる税務リスクの有無を確認します。
4. 過去の組織再編のチェック
過去に合併などの組織再編があった場合、その税務処理の妥当性を検証し、税務リスクの有無を確認します。
5. 経営陣、税務担当者へのインタビュー
譲渡企業の経営者や担当者から必要な情報を導き出します。
上記の手続きにより、譲渡企業の税務リスクを把握します。リスク額を試算できる場合は、譲渡価額を引き下げることもあります。一方、リスクを試算できない場合は、スキーム変更や契約条項の付記によりリスクを回避できるか検討します。
M&Aを税理士に依頼するメリット
M&Aにおける税理士の業務、協力してもらう主なメリットは以下の通りです。
1. 節税対策ができる
2. 適正な税務申告ができる
3. 他の専門家を紹介してもらえる可能性がある
4. 税務・会計の視点でM&Aのリスクがわかる
上記を順番に解説します。
1. 節税対策ができる
M&Aを税理士に相談することで、関連する節税対策を効果的に行うことができます。特に、中小企業のM&Aでは「役員退職金の活用」が代表的な節税手法として挙げられます。
中小企業のM&Aでは、譲渡側の経営者が株式を譲渡した後、一定期間を経て取締役を退任するのが一般的です。
退任時に役員退職金の支給と株式譲渡を組み合わせることで、税負担を軽減できる可能性があります。
退職所得は譲渡所得と同様に分離課税方式ですが、税金計算上優遇されており、譲渡所得よりも税負担が軽くなるケースが多いです。計算式は以下のとおりです。
退職金の所得税額=(退職金-退職所得控除)×1/2×所得税率
勤続年数が5年以下の役員への退職金の場合、1/2の計算はできませんが、譲渡株主(役員)にとっては大きなメリットです。
また、適正な範囲内の退職金は税務上損金算入できるため、税負担が軽減され譲渡企業もメリットを得られます。
さらに、譲受企業にしてみれば、役員退職金を支給する分だけ株式取得価額が減額されるため、初期投資を抑えることが可能です。
上記を例として、税対策に精通した税理士のサポートを受け、税金面を考慮したM&Aスキームを策定しましょう。
2. 適正な税務申告ができる
M&Aを実行した年の確定申告では、通常の年と異なり申告内容が複雑化します。また、多くの場合、M&Aに伴う取引や資産移動によって一時的に例年よりも多額の税金を支払うことになります。
適切な知識に基づいた申告を行わないと、税務調査において不備を指摘され追加で税金を支払う「追徴課税」が発生する可能性を否定できません。
M&A後に適正な税務申告を行うには、税務に関する深い専門知識が必要です。税務調査のリスクを軽減するためにも、税理士に依頼すると良いでしょう。
3. 他の専門家を紹介してもらえる可能性がある
税理士事務所では、弁護士や公認会計士、社会保険労務士など他の士業と業務提携を行い、クライアントの多様なニーズに対応しているケースがあります。
中には弁護士や公認会計士と合同で事務所を開いており、ワンストップでM&Aの全工程をサポートできる体制を整えている場合もあり、税務だけでなく法務や財務の面でも包括的な支援が可能です。
税理士自身の専門分野を超えた課題でも適任の専門家を紹介してもらえる可能性があるため、気になる場合は相談してみましょう。
4. 税務・会計の視点でM&Aのリスクがわかる
M&Aの手法にもよりますが、株式譲渡では一部の事業だけを切り離すことができません。
譲受企業が企業を買収する際、希望に合った譲渡企業を見つけて手続きを進めますが、単にバリュエーション結果や譲渡企業の財務状況を参照して買収金額を決定するのではリスクがあります。
例えば、簿外債務や保証債務など決算書類に載っていない部分に債務があれば、買収後に想定外の負担が発生し、結果として希望価格よりも高値で買収したことになり後々大きな損失を生む事態に陥る可能性もあります。
このような事態を招かないために、税理士は税務・会計の専門家として、財務状況の詳細な分析を通じた潜在リスクの特定や簿外債務や保証債務の有無の確認、税務・会計における問題点の洗い出しやアドバイスなどを行います。
税理士のサポートを受けることで、M&Aの成功率を向上させることができると覚えておきましょう。
M&Aで税理士に依頼した際の費用

M&Aを行う際、税理士にサポートを依頼する際の費用をご紹介します。
デューディリジェンス費用
譲渡企業の会社規模や依頼する業務の範囲によりますが、税務デューディリジェンス費用、財務デューディリジェンス費用は最低でも50万円程度かかります。
その他、バリュエーション、M&Aスキーム策定、M&A後の税金計算・申告手続きなど税理士に依頼する業務は多岐にわたります。
全てを一括して依頼するのではなく、自社でできる範囲、税理士などの専門家に依頼する範囲を明確にすることによって、費用を抑えることも可能です。事前に見積もりを取ることをおすすめします。
M&Aを相談する税理士の選び方
M&Aを相談する税理士の選び方のポイントは以下のとおりです。
・実績がある
・M&Aの最新の手続きや税制を理解している
・対応が速い
M&Aを成功させるためには、過去にM&A案件を手掛けた経験が豊富な税理士を選びましょう。実績がある税理士は、複雑な案件にも対応できるスキルとノウハウがあります。
また、M&Aには最新の法改正や税制に則した手続きや対応が求められるため、常に最新の知識をアップデートしている税理士を選ぶことも大切です。
さらに、M&Aではスピードが求められるケースが多いため、迅速な対応が可能な税理士を選ぶと、スムーズな進行が期待できます。
上記のポイントを満たした税理士に相談して、M&Aを進めましょう。
M&Aの相談は、税理士とM&A仲介会社どちらがいい?
中小企業の経営者にとって税理士は身近な専門家であり、M&Aにおいても心強い相談相手となります。ただし、税理士は税務・財務の専門家であり、M&Aの専門家ではありません。
M&Aは税務・財務上の問題のみならず、法務面や譲受企業とのシナジーの可能性など多岐にわたる内容に対してできるだけスムーズに検討する必要があります。
したがって、M&A全体の統括はM&Aの専門家であるM&A仲介会社の活用がおすすめです。M&A仲介会社を活用することで、計画をよりスムーズに進めることができます。
M&A仲介会社は、企業価値評価、企業概要書の作成、譲受候補先へのアプローチ・マッチング、各種検討資料作成、基本合意書作成サポート、デューディリジェンス立ち合い、条件交渉・最終契約書作成サポート、クロージングサポートと、成約までの全ての段階で一貫したサポートを提供します。
M&A仲介会社やM&Aアドバイザーについて解説している記事を掲載しますので、興味がある方はご活用ください。
▷関連記事:M&Aアドバイザーとは?業務内容・手数料やメリットを解説
▷関連記事:M&Aの手数料相場は?成功報酬の計算方法や仲介会社の報酬体系も解説
まとめ
税務の専門家である税理士の主な業務は、譲渡企業側では「バリュエーション(企業価値評価)」、譲受企業側では「デューディリジェンス(買収監査)」です。
特に、税務デューディリジェンスは、譲渡企業の持つ税務リスクを把握し、M&Aスキーム、譲渡価額を決定するために必要な手続きになります。
税理士に依頼すれば、役員退職金の活用を始めとした節税対策が実施でき、複雑化しやすいM&A関連の税務申告を適正に行うことが可能です。さらに、税理士事務所によっては他の専門家の紹介を受けられ、税務・会計の視点でM&Aのリスクがわかります。
しかし、M&Aを成功させるには複雑で多岐にわたる専門的知識や経験が必要です。
そのため、M&Aを実施する際は税理士だけでなく、M&A仲介会社や弁護士などの複数の専門家を活用しましょう。
特に、M&A仲介会社はマッチングや条件交渉などの多岐にわたるプロセスを得意としているため、M&Aを実施する際におすすめです。
fundbookでは、豊富な経験と専門知識を有したM&Aのエキスパートにより、M&Aの初歩的な相談から成約までをワンストップでサポートします。M&Aを検討している方は、一度fundbookにご相談ください。