M&Aには、株式譲渡や会社分割、事業譲渡などさまざまな手法があります。その際、譲渡企業の財産を承継する方法は「包括承継」と「特定承継(個別承継)」の2種類です。
本記事では、民法上の包括承継の意味とM&Aにおける包括承継の意味や特定承継との違い、包括承継のメリットと注意点を紹介します。
株式譲渡や会社分割における包括承継の適用範囲の違いや手続きの流れも解説しているため、M&Aの包括承継に興味のある方は、ぜひ参考にしてください。
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包括承継とは?
包括承継とは、権利や義務を一括して承継することです。法律用語では「一般承継」と呼ばれます。
そもそも包括承継とは、相続の一般的効力を指す用語です。民法896条では、以下のように相続の一般原則を示しています。
民法896条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。 |
上記のように、相続は被相続人の権利義務を全て承継することが基本で、債務などのマイナスの財産だけを切り離して相続することはできません。「プラスの財産もマイナスの財産も一括して承継する」点が、包括承継の大きな特徴です。
一方、権利義務を個別に承継する場合を「特定承継」と呼びます。売買や贈与、交換などが特定承継に該当します。
M&Aの包括承継とは?
M&Aで承継先が企業などの法人となる場合、会社法上の合併や会社分割が包括承継または包括的な承継にあたります。会社法では、合併と会社分割を以下のように定義しています。
会社法2条 二十七号 吸収合併 会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるものをいう。 二十八号 新設合併 二以上の会社がする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させるものをいう。 二十九号 吸収分割 株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいう。 三十号 新設分割 一又は二以上の株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割により設立する会社に承継させることをいう。 |
合併には「吸収合併」と「新設合併」がありますが、どちらの合併でも権利義務や労働契約などは原則として全て承継先に引き継がれます。合併は、消滅会社から存続会社への包括承継であるためです。
▷関連記事:M&Aにおける合併とは?意味や手続き、種類の違いを解説
また、会社分割には「吸収分割」や「新設分割」があり、権利義務は全部または一部が承継先へと引き継がれます。
▷関連記事:会社分割とは?メリットから意味や種類、類型までを解説
M&Aにおける包括承継と特定承継の違い
M&Aでは、合併や株式譲渡は包括承継、会社分割は包括的な承継にあたります。一方、M&Aの手法の中でも「事業譲渡」は特定承継(個別承継)にあたる手法です。
事業譲渡は売買・賃貸借契約による取引行為であり、資産や負債、契約の範囲は交渉で決めることができます。包括承継と異なり、全ての権利義務を一括して承継する必要はありません。そのため、債務は承継せず、収益性のある事業や資産、設備だけを承継することも可能です。
事業譲渡で特定承継する場合には、権利義務の承継に個別の承諾が必要となります。設備や不動産などの資産は個別に譲渡手続きをしなくてはならず、顧客や賃貸先との取引も再度契約をし直さなければなりません。雇用契約や許認可も新たな手続きを求められるため、手続きが煩雑となるデメリットがあります。
▷関連記事:M&Aの事業譲渡とは?株式譲渡との違いやメリット・デメリットを徹底解説
株式譲渡と会社分割における包括承継の適用範囲
株式譲渡と会社分割は、どちらも権利義務を包括的に承継するM&Aの手法です。ただし、包括承継の適用範囲に違いがあります。
株式譲渡 | 会社分割 | |
会社法上の取扱い | 組織再編行為ではない | 組織再編行為に該当する |
従業員の雇用 | 個別同意の必要はなくそのまま引き継ぐ | 個別同意の必要はないが労働者保護手続きは必要 |
許認可 | そのまま引き継ぐ | 原則、再取得が必要 |
債権者保護手続き | 不要 | 必要 |
株式譲渡は株式の売買契約であり、取引法上の取扱いとなります。従業員の雇用や許認可も基本的にそのまま引き継ぐことができ、債権者保護手続きも不要です。
一方、会社分割は会社法上の組織再編行為にあたり、会社法の定めに準ずる必要があります。労働承継法に基づく労働者保護手続きが必要で、許認可も一部の自動的な承継が可能なものを除き、再取得しなければなりません。同じ包括的な承継が可能な手続きでも、異なる点があることは覚えておきましょう。
包括承継のメリット
包括承継の主なメリットは以下のとおりです。
・手続きがシンプル
・まとめて承継できる
・節税できる場合がある
各メリットの詳細を解説します。
手続きがシンプル
包括承継の大きなメリットは、手続きがシンプルなところです。
例えば、株式譲渡で包括承継する場合、株式の所有者を変更するだけで済み、公的機関での手続きは必要ありません。当事者間で取引が完了し、比較的スムーズに手続きを進めることができます。
まとめて承継できる
包括承継は権利義務を一括して承継するため、企業をまとめて譲り受けられるメリットがあります。
特定承継のように、事業用資産や雇用契約、取引先との契約や販路などを個別に承継する必要がなく、承継の手続きを大幅に簡略化できます。
節税できる場合がある
包括承継では、状況によっては節税できる場合があります。
例えば、株式譲渡の場合は株式の譲渡益に対して20.315%の所得税・復興特別所得税・住民税がかかりますが、消費税の対象とはなりません。また、会社分割は消費税や不動産所得税(一定の要件を満たす必要あり)が非課税であり、軽減措置が受けられます。
一方、事業譲渡の場合、消費税や不動産所得税が課税され、譲渡益には約30%の法人税が課されます。個々の状況により一概に節税できるとは断言できませんが、包括承継のほうが税制上有利な場面が多いと言えます。
包括承継の注意点
包括承継はメリットの多い承継方法です。しかし、いくつか注意点もあります。主な注意点は以下のとおりです。
・債務も引き継がれる
・株式譲渡の場合は買収資金が必要
・会社分割の場合は株式譲渡よりも手続きが多い
各注意点の内容を紹介します。
債務も引き継がれる
包括承継の注意点は、権利だけでなく義務も引き継がれる点です。承継元に履行が必要な債務があった場合、承継先の企業は資産とともに債務も承継します。
特に、財務諸表などで把握できない「簿外債務」や「偶発債務」のリスクには注意が必要です。デューデリジェンスを入念に行い、見落としている債務がないか事前の調査が求められます。
▷関連記事:デューデリジェンス(DD)とは?種類や手順・費用や注意点【解説動画付き】
株式譲渡の場合は買収資金が必要
包括承継の中でも株式譲渡では、譲渡企業の株価が高額な場合、多額の買収資金が必要となります。自己資金だけで買収資金を準備できないときは、金融機関からの融資など資金調達を講じなければなりません。
会社分割の場合は株式譲渡よりも手続きが多い
包括承継は手続きがシンプルである点をメリットとして挙げましたが、会社分割は株式譲渡と比較すると、行うべき手続きが多くなります。株主総会の特別決議が必要であり、税制上でも適格なのか非適格なのか判定する手続きが求められるので、注意しましょう。
株式譲渡の流れ
株式は原則として自由な取引が認められているため、株式譲渡で包括承継をする場合は一般的に下記の流れで行います。
1. 株式譲渡契約の締結
2. 株主名簿の書き換え請求
3. 株主名簿記載事項証明書の交付請求
ただし、株式には「譲渡制限のある株式」と「譲渡制限のない株式」があります。「譲渡制限のある株式」の場合は、上記に加えて、株式譲渡証人請求や取締役会の承認などが必要となるので注意しましょう。株式譲渡の詳細は下記の記事をご確認ください。
▷関連記事:株式譲渡の手続きがわかる!具体的な手順をパターン別に完全ガイド
会社分割の流れ
会社分割で包括的に承継する際の主な流れは下記のとおりです。ここでは吸収分割を例に紹介します。
1. 吸収分割契約書の作成
2. 吸収分割契約の締結
3. 株主への通知
4. 各種買取請求の実施
5. 債権者保護手続きの周知
6. 株主総会での吸収分割承認の特別決議
7. 分割登記申請
なお、新設分割も吸収分割と同様の手続きを行いますが、承継先が新設される会社である分、手続きは比較的簡易です。会社分割の詳細は下記の記事をご覧ください。
▷関連記事:会社分割とは?手続きの流れ・吸収分割と新設分割の期間や事業譲渡との違いを解説
まとめ
包括承継は権利義務をまとめて承継できるため、手続き面などでメリットが多い手法です。M&Aでも、株式譲渡により企業を包括的に承継するシーンはよく見受けられます。
ただし、包括承継はプラスの財産だけでなく、マイナスの財産もあわせて引き継ぐ点に注意しましょう。事前に綿密なデューデリジェンスを行うなどの対策も重要です。
M&Aをする際には、株式譲渡をはじめとする包括承継で企業を譲受するか、事業譲渡などで個別に承継するかなど、難しい判断が求められます。判断に迷う場合は、専門家に相談することをおすすめします。fundbookでは、経験豊かなアドバイザーや専門知識を持つ士業専門家によるサポートを提供しています。M&Aでお困りの方はぜひfundbookまでご相談ください。