M&Aをすることにより、譲渡企業の事業は譲受企業に移転します。この場合、譲渡企業の取締役はどのような役割を担うのでしょうか。また、会社法の改正が2019年の秋の臨時国会で審議される予定です。この改正案においても取締役の役割などが議論されています。
本記事では、M&Aにおいて譲渡企業の経営者と取締役が担う役割などを、取締役および取締役会の一般的な説明を含め、会社法の改正要綱を踏まえて解説していきます。
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改正要綱案とM&A
今回の会社法改正において審議される内容は、「企業統治等関係」となっていて、その内容は大きく3つに分類されます。
1.株主総会に関する規律の見直し
具体的には、株主総会資料の電子提供制度の拡充や、株主提案権の濫用的行使を制限することなどについて、言及されています。
2.取締役などに関する規律の見直し
具体的には、下記で詳述する取締役などへの適切なインセンティブの付与や社外取締役の活用などについて、言及されています。
3.その他
具体的には、社債の管理、株式交付、その他責任追及などの訴えに係る訴訟における和解や、会社の登記に関すること、取締役などの欠格条項の削除および、これに伴う規律の整備などについて言及されています。
取締役の欠格条項の削除については、これまで成年被後見人・被保佐人といった制限行為能力者は、取締役などになれなかった(欠格事由)ところ、この規定を削除することが提案されています。成年被後見人や被保佐人が取締役などに就任するには、成年後見人などが、成年被後見人などの同意を得たうえで、成年被後見人に代わって就任の承諾を得なければならないとして、制限行為能力者の取締役などに就任できるようにすべきとしています。
このうち、M&Aに関して重要なのは、株式交付に関するものであり、これはM&Aの手法として新たな手法を可能にするものです。
他方で、今回の要綱案では、株式交付と取締役の欠格条項の削除を除き、M&A自体や会社の設立、M&A後の取締役などの処遇などに関して重要な改正はありません。
株式交付に関しては、以下の記事で解説しています。
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取締役および取締役会とは
株式会社が目的を達成するためには、事業戦略を決定し、数量目標を設定し、目標達成のための計画を練って、経営資源を購入・販売し、製品を販売して、従業員を管理しなければなりません。それらに関する意思決定を会社法は「業務の決定」または「業務執行の決定」とよび、その執行を「業務執行」とよんでいます。
この業務執行の決定、および業務執行をどの機関が行うかは、その会社の機関構成により変わってきます。
取締役(取締役会非設置会社)
取締役会を設置していない特例有限会社を含む会社においては、定款で特定の取締役の業務執行権限を制約していない限り、各取締役が会社の業務を執行することができます(会社法(以下、法)328条1項)。
取締役が2人以上いる場合には、定款に別段の定めがある場合を除き、形式にかかわらず、取締役の過半数で業務執行を行えば良いとされています(法348条2項)。現在設立される中小株式会社の大多数はこの形を選択しています。
この取締役会を設置していない会社は、監査役を置くかは任意であり、各取締役の業務執行の監督は、他の取締役が自己の業務執行の一部として、または株主が直接に行うことになります。
取締役会
株式会社は、定款に定めることで取締役を設置することができます(法326条2項)。
取締役会を設置することが義務づけられているのは、公開会社、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社です。この取締役会を置く会社のことを取締役会設置会社といいます。
取締役会設置会社においては、3人以上の取締役の全員で構成される機関としての取締役会が、その決議により会社の業務執行の決定を行い(法362条2項1号)、その決定を執行する代表取締役や業務執行取締役を選定し、権限を委任し、その者の職務執行を監督します(法362条2項2号・3号)。
取締役に関係する会社法の見直しに関する要綱案
会社法制部会においてとりまとめられた「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案(以下、要綱案)」においては、取締役などに関し、次のような規律の見直しがまとめられました。
取締役などへの適切なインセンティブの付与
要綱案は上場会社などの取締役会は、取締役の個人別の報酬などの内容についての決定に関する方針を、決定しなければならないものとすることとされるとともに、報酬などに関する議案について、その報酬などが相当であることの取締役の説明義務の範囲を拡大することが提案されています。
また、報酬などとして、自社の株式または新株予約権を付与する場合における株主総会の決議事項を見直すもの、とすることとされるとともに、募集株式と引き換えにする出資の履行および新株予約権の行使に際して、出資を要しないものとすることとされ、さらに、会社役員の報酬などに関する事項について、公開会社における事業報告による、情報開示に関する規定の充実を図るものとすることとされています。
その背景としては、これまで取締役の報酬などに関する規律は、取締役または取締役会による、いわゆるお手盛りを防止するためのものとされていました。他方で、近年、取締役の報酬などに関する規律については、取締役に対して職務を適切に執行するインセンティブを付与する機能が、十分に活用されるようにする観点から見直すことも検討すべきである、と指摘されていたことがあります。
補償契約
現行の会社法には、取締役などの役員などがその職務の執行に関し、責任の追及にかかる請求を受けたことなどにより、要する費用などの全部または一部を株式会社が補償すること(会社補償)に関する規定がなく、どのような手続きにより、どのような範囲において、会社補償をすることができるかについては、解釈も確立されていないのが実情です。
そこで、要綱案は会社補償が適切に運用されるように、会社補償をするための手続きや会社補償をすることができる範囲などに関する規定を設けるものとすることとしています。
役員などのために締結される保険契約
現行の会社法には、株式会社がD&O保険(会社役員賠償責任保険)に係る保険契約を含む、役員などのために締結される保険契約を締結することに関する規定がなく、株式会社がD&O保険に係る保険契約を締結するために、どのような手続きなどが必要であるかについては、解釈が必ずしも確立されていません。
そこで、要綱案は、D&O保険が適切に運用されるように、株式会社がD&O保険に係る、保険契約を締結するための手続きなどに関する規定を設けるものとすることとしています。
M&Aでの取締役および取締役会の責任
M&Aにおいて取締役または取締役会の担う役割は、M&Aをどのような方法によって行うかによって異なりますが、いずれにしても重要なものとなります。代表的ないくつかの手法で、取締役会がどのような役割を担うのか解説します。
株式譲渡
株式譲渡において、当該株式が譲渡制限株式である場合、株式を譲渡するためには、会社の承認を得る必要があります。そして、当該会社が取締役会設置会社の場合、原則として取締役会が譲渡承認を行います。取締役会設置会社でも定款で、決定機関を株主総会とすることができます。
そして、取締役会を設置していない会社の場合、承認する機関は株主総会となります。
株式譲渡によって経営権を譲渡する場合には、会社の承認が必要となるため、取締役会設置会社の場合は、取締役会が経営権譲渡に係る株式譲渡の承認を決断することになります。
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事業譲渡
事業譲渡においては、取締役会は事業譲渡における重要事項を決定するための取締役会決議を要します(法362条4項1号)。事業譲渡は、重要な財産の処分に該当するためです。また、事業譲渡契約を締結します。
事業譲渡は、事業の全部または重要な一部の譲渡を行うときは、株主総会の特別決議を経る必要があります(法467条1項1号)。株主総会の特別決議を経ないものは無効となります。
これは会社が取締役会決議を経て、締結した事業譲渡契約を承認するものとなります。
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合併(被合併会社)
合併契約を締結する際も、取締役会の決議が必要となります(法748条)。合併の場合も、合併契約に関し、原則として株主総会の特別決議による承認を得る必要があります(法783条1項)。
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会社分割(分割会社)
吸収分割の場合、取締役会の決議により、吸収分割契約を締結する必要があります(法757条)。新設分割の場合は、分割会社は取締役会の決議により、分割計画書を作成する必要があります(法762条)。
吸収分割および新設分割の場合で、分割する会社は原則としてその株主総会の特別決議により、吸収分割契約、または新設分割計画書について承認を得る必要があります(法783条1項、804条1項)。
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株式移転
株式移転の場合、株式移転計画を取締役会の決議により策定しなければなりません(法772条、773条)。
株式移転により完全子会社となる会社は、当該株式移転計画については、原則として株主総会の特別決議により承認しなければなりません(法804条、309条2項12号)。
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株式交換
株式交換については、株式交換契約を取締役会の決議にもとづいて締結しなければなりません(法767条)。
株式交換契約については、原則として、効力発生の前日までに株主総会の特別決議による承認を得なければなりません(法783条1項)。
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M&A後の取締役の地位
取締役と会社との間の契約関係は、労働契約ではなく、委任契約とされています。M&Aをすることにより、譲渡企業の取締役と譲渡企業はどのような関係(取締役としての地位や任期)になるのでしょうか。
株式譲渡
株式譲渡の場合、株主が変更されるだけで、会社自体はそのまま存続します。そのため、会社と取締役との委任関係も原則として変更されませんから、従前の関係が継続することになります。
ただし、中小企業の場合、株主が取締役を務めることも多いことから、株式譲渡後は、従前の取締役が退任し、新株主から取締役が選任されることが多くあります。
事業譲渡
事業譲渡の場合、事業の全部の譲渡を行っても、譲渡企業の法人格はそのまま存続します。従って、会社と取締役の契約関係も従前のまま存続することになります。
譲渡企業の取締役であることとは別に、事業譲渡後に、譲受企業の取締役として選任されることも多くあります。
合併
吸収・新設合併により消滅する会社の取締役が、吸収・新設合併後に存続する会社の取締役に就任する規定はありません。吸収・新設合併により、消滅会社の法人格は当然に消滅しますから(法471条)、消滅会社の取締役の地位も当然に消滅することになります。
会社分割
会社分割を行った場合でも、吸収分割・新設分割のどちらでも、分割会社の法人格は存続します。そのため、分割会社と取締役との関係も従前のまま存続することになります。
株式移転
株式移転の場合、子会社となる会社の株式を、新設する会社に移転させて完全親会社を形成する手続きのため、子会社となる会社の法人格も当然存続します。そのため、当該子会社となる会社と取締役との契約関係も、そのまま存続することになります。
株式交換
株式交換は、子会社となる会社の株式を親会社となる会社に移転させて、完全親会社を形成する手続きのため、子会社となる会社の法人格もそのまま存続します。従って、当該子会社となる会社とその取締役との契約関係も、そのまま存続することになります。
持ち分会社とは
会社法上の会社には、株式会社と持分会社との2つの類型があり、持分会社には、合名会社・合資会社・合同会社の3つの種類があります。これら以外の会社は認められません。
平成26年3月末現在で、清算中の会社を除き、特例有限会社を除く株式会社が172万5,000社、特例有限会社が166万社、合名会社が1万8,000社、合資会社が8万1,000社、合同会社が6万社ありました。
合名会社
合名会社(法576条2項)では、社員の全員が会社の債権者に対して、無限の人的責任を負います(法人も社員になれます。これは他の持分会社も同様)。
民法上の組合とは異なり、合名会社の各社員は会社債務の全額について連帯責任を負う反面、債権者に会社資産からまず弁済を受けるように求めることができます。
また、合名会社では全社員がそれぞれ業務を執行し、会社を代表しますが、定款などで別段の定めをすることもできます(法590条1項、599条1項)。
合資会社
合資会社(法576条3項)は、無限責任社員と有限責任社員があり、無限責任社員は合名会社の社員と同様の責任を負い、有限責任社員は、定款記載の出資の額までしか責任を負いません。業務執行と会社の代表は、合名会社の場合と同様です。
合同会社
合同会社(法576条4項)は、全ての社員が有限責任社員であり、定款記載の出資の額までしか責任を負いません。
業務執行と会社の代表については、合名会社・合同会社と同様です。
社債について
社債とは、会社法の規定により会社が行う割り当てにより発生する当該会社を債務者とする金銭債権であって、会社法676条各号に掲げる事項(募集事項)についての定めに従い償還されるものをいいます(法2条23号)。会社法は、会社法上の全ての種類の会社が社債を募集形態で、発行することができることを明らかにしています。
株式会社が社債を発行するためには、原則として取締役会設置会社では取締役会の決議が必要です(法362条4項5号)。
また、原則として社債管理者を設置し、社債権者のための社債の管理の委託をしなければならないものの、例外として各社債の金額が1億円以上である場合その他法務省令(会社法施行規則169条)で定める場合には、社債管理者の設置は不要とされています(法702条)。
会社法改正にかかる要綱案
社債について要綱案では次の提案がされています。
(1)社債管理補助者
近年、会社が社債を発行する場合において、社債権者が自ら社債を管理することを期待することができ、社債管理者を定めることを要しないときは、会社が社債権者による社債の管理を補助するために、一定の事務を第三者に委託することができるようにすべきである、と指摘されていました。
そこで、要綱案は、会社が社債を発行する場合において、社債管理者を定めることを要しないときは、社債権者による社債の管理を補助することを、社債管理者よりも権限および裁量が限定された社債管理補助者に、委託することができる社債管理補助者制度を新たに設けるものとすることを提案しています。
(2)社債権者集会
要綱案では、元利金の減免を社債権者集会の決議事項とすること、全社債権者の書面などでの同意による社債権者集会決議の省略手続きが提案されています。
有限会社、外国会社のM&A
(1)特例有限会社
特例有限会社とは、平成18年の会社法改正後も、株式会社に変更していない有限会社のことをいいます。平成18年の会社法改正後の特例有限会社は、実質的には株式会社と同様とみなされます(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」2条1項)。
特例有限会社は、定款に定めがなくても、その全部の株式の内容として、当該株式を譲渡により取得することについて、当該特例有限会社の承認を要する旨の定めがあるものとみなされます(整備法9条1項)。つまり特例有限会社は、譲渡制限株式発行会社ということになります。この場合、特例有限会社は取締役会を設置することができないため、原則として、譲渡承認をするのは株主総会ということになります。
ただし、定款を変更することにより、承認機関を株主総会以外とすること、例えば取締役の過半数の同意などに変更することも可能です。
特例有限会社の場合、自身が存続会社となる合併や、株式交換および株式移転などを行うことができません(整備法37条、38条)。特例有限会社は、あくまで特例として存続しているためです。ただし、株式会社に変更された場合には、当然他の株式会社と同様にM&Aを行うことができます。
(2)外国会社
外国会社(外国法人)とのM&Aについて、また別の注意が必要となります。外国会社との私法的な法律関係が、渉外的(国際的)な要素を含むような場合、問題となる法律関係にどこの国の法律が適用されるか、というような問題がまず生じます。これは国際私法(法の適用に関する国際法等をはじめとする法令等)により規律されます。
M&Aの場合には、M&Aについて関係国の法令に合致するようにしなければ、他方において、有効なM&Aにならないという重大な問題が生じる可能性があります。そのため、外国会社とのM&Aを検討する場合には、高度に法的な問題が生じますから、専門家に相談するべきでしょう。
まとめ
以上で、M&Aにおける取締役会(取締役)の役割などを見てきました。会社の業務を執行するための重要な機関であり、会社の意思決定は取締役会によってなされます。
そのため、取締役がその責任を怠った場合には、会社、株主や取引先などの第三者に対して、損害賠償責任などが発生する可能性もあります。
他方で、取締役が十全にその能力を発揮することで、企業の利益に繋がります。そのため、取締役のインセンティブなどにかかる制度についても、改正が見込まれているのです。
※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。