2008年のリーマンショック以降、業界規模が大幅に縮小していた証券業界ですが、近年は回復傾向にあります。ただし規制の変化や景気変動に左右されたり、インターネット証券会社が台頭する中で、収益が悪化する企業も見られ、業界再編が進んでいます。
本記事では証券業界の定義や現状、証券業界で行われるM&Aの動向や特徴について述べた後に、実際に証券業界で行われたM&A事例について解説していきます。
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証券業界の状況
証券業とは、金融商品取引法により「第一種金融商品取引業」と定められており、有価証券の売出しや引受け、募集などを行っています。多くの証券会社ではこれらの業務に付随して、投資運用や投資運営についての助言、M&Aのアドバイザリー業務なども行なっています。
日本証券業協会によると、2017年度の証券業界の営業収益は約4兆1,300億円であり、前年より4%増加しています。証券業界では2007年のサブプライムローン問題や2008年のリーマンショックにより、各社大幅に収益が減少しましたが、アベノミクスによる株価上昇などを背景として、収益を回復させています。
中でも、店舗を持たないことで割安な手数料を実現しているインターネット専用の証券会社が業績を伸ばしています。
しかし、近年ネット証券会社間での競争が激化し、各社が手数料を下げ続け、収益が落ち込んでいます。また、FX(外国為証拠金取引)事業を行う証券会社においては、2011年にレバレッジの上限が25倍となる規制が行われ、取引量が減少しました。さらに日銀のマイナス金利の適用や、米中貿易摩擦の激化も市場心理を悪化させており、先行き不透明な状況は続いています。
証券業界のM&A動向
証券業界では、競争の激化や規制の変化、景気変動などを背景に業界再編が行われていて、今後も業界再編が進んでいくとみられています。
規制の変化や競合激化により収益が悪化した証券会社が、中堅規模の証券会社同士でM&Aを行ったり、大企業やメガバンクに譲受けされる事例が多くあります。メガバンクは、貸し出し業務から手数料業務への移行を目的として、証券会社を傘下に収めたり、傘下の証券会社の再編を進めています。
証券業界のM&Aにおいて、譲渡企業のメリットとしては事業の多角化やグローバル化が見込めることが挙げられます。大企業は幅広い事業領域を持っていたり、海外での事業も積極的に行っている会社が多く、そうした企業の傘下に入ることで、事業のノウハウや営業拠点を活用することができます。
一方譲受企業のメリットとして、顧客数の増加が挙げられます。幅広い顧客から収益を得ることが重要となる中で、譲渡企業の顧客を引き継ぐことができるのは大きなメリットとなります。また、異業種とM&Aを行うことで、金融事業以外の不動産や保険といった事業を取得し、総合的な金融サービスを提供できるようになるのです。
メガバンクによる証券会社譲受けのM&A事例3選
1.SMBC日興証券株式会社によるSMBCフレンド証券株式会社の吸収合併
2018年1月、SMBC日興証券株式会社とSMBCフレンド証券株式会社は、SMBC日興証券を存続会社、SMBCフレンド証券を消滅会社として吸収合併しました。
両企業ともに三井住友フィナンシャルグループであり、SMBC日興証券は投資信託などの豊富な金融商品が強みであり、SMBCフレンド証券は株式営業に強みを持っています。
M&Aにより、SMBC日興証券の顧客預かり資産は約58兆円となり、業界第2位の大和証券に並ぶ規模となっています。リテール部門の営業員の増加や、SMBCフレンド証券が持つ株式営業のノウハウを共有することで、コンサルティング型の営業の強化を合併の目的としています。SMBC日興証券の清水社長は、「この合併を礎として業界で圧倒的な2位を目指す」としています。
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2.三菱UFJ証券ホールディングス株式会社によるカブドットコム証券株式会社の子会社化
2015年4月、三菱UFJ証券ホールディングス株式会社は、株式会社三菱東京UFJ銀行より株式を取得して子会社化しました。
三菱UFJ証券ホールディングスは三菱UFJフィナンシャルグループ(以下MUFG)を親会社、三菱UFJモルガン・スタンレー証券を子会社とする中間持株会社であり、グループの証券戦略全般を担っています。カブドットコム証券はインターネット専業の証券会社であり、完全システム内製化を強みとしてます。
三菱UFJ証券ホールディングスは、カブドットコム証券が持つIT技術力を活用して新サービスを生み出したり、MUFGへのサービス基盤の提供を目的として子会社化を行いました。また、MUFGが持つ4,000万もの個人口座を活用して、金融商品仲介の強化や、グループ会社内でのお客様の相互紹介などの実施も目指しています。
さらに2019年6月には、KDDI株式会社がTOB(公開買い付け)を行い、カブドットコム証券株式会社の株式のうち49%を取得しました。MUFGが持つ国内個人約3,400万人、国内法人約130万社の顧客基盤と、KDDIが持つauの約4,000万人や決済プラットフォームの基盤、ITノウハウなどを活用してカブドットコム証券の企業価値を高めていくとしています。
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3.みずほ証券株式会社によるみずほインベスターズ証券株式会社の吸収合併
2013年1月、みずほ証券株式会社とみずほインベスターズ証券株式会社は、みずほ証券を存続会社、みずほインベスターズ証券を消滅会社として吸収合併しました。
みずほ証券とみずほインベスターズ証券の合併により、預かり資産は27兆円(2012年9月末)となり、国内の証券業界では第4位の規模となりました。
グループ全体での証券分野における、国内リテール業務の強化や経営インフラの合理化・効率化を行うことを目的としています。また、みずほフィナンシャルグループ全体で、お客様の利便性の向上を目指して「実質ワンバンク」体制を始めていて、今回の合併はその一環となっています。
大手証券会社と銀行による証券会社のM&A事例3選
1.東海東京フィナンシャル・ホールディングス株式会社による高木証券株式会社の子会社化
2017年4月、東海東京フィナンシャル・ホールディングス株式会社は、高木証券株式会社の株式をTOB(公開買い付け)により約158億円で取得して子会社化しました。
東海東京フィナンシャルホールディングスは、株式会社横浜銀行や株式会社西日本フィナンシャルホールディングスなどの地方銀行と合弁で、これまで5社の証券会社を設立しています。
一方、高木証券は1876年に両替商として創業し、1948年に証券会社として登録されて以降、国内大都市圏における14ヶ所の営業拠点を通して、対面対話型の地域密着営業を行ってきました。しかし近年は手数料の安いオンライン証券会社の伸長により株式売買での収益が減少し、また自己資金を使ったディーラー業務でも高速取引の登場で苦戦していました。
東海東京フィナンシャル・ホールディングスはこのM&Aを通して、店舗や業務の統合や、経営資源の戦略的活用による経営効率化を図るとしています。また高木証券が築いてきた営業基盤を生かして、関西地方の営業網の強化も見込んでいます。
2019年9月には、異業種からの証券業界への参入などによる競争激化を背景に、グループ内の東海東京証券株式会社を存続会社、高木証券を消滅会社として吸収合併しました。
2.株式会社南都銀行による奈良証券株式会社(現南都まほろば証券株式会社)の子会社化
2018年10月、株式会社南都銀行は、奈良証券株式会社(南都まほろば証券株式会社 )の株式を2.53%保有していましたが、合計97.75%取得することで子会社化しました。
南都銀行は奈良県に本店を置く地方銀行であり、国内に141ヶ所、海外に2ヶ所の拠点を持っています。奈良証券は前身となる南都証券が1944年11月に設立されて以来、地域密着の証券会社として、奈良県の顧客を中心に証券サービスを提供してきました。
南都銀行は日銀のマイナス金利政策などの影響で経営環境が厳しさを増す中、証券業務を強化し収益源を確保する目的があると見られています。また、両社が培ってきた顧客基盤やノウハウを融合させ、グループ機能を強化することで、より地域のお客さまの資産形成および地域社会の発展に貢献していくとしています。
3.藍澤証券株式会社による日本アジア証券株式会社の子会社化
2017年3月、藍澤証券株式会社が日本アジア証券株式会社の全株式を約100億円で取得して子会社化しました。
藍澤証券は1918年7月に創業し、関東・中部・近畿・中国・九州地域を中心に全国60店舗を持っています。また、アジア株のパイオニアとして2000年8月より香港、韓国、台湾の3市場の取り扱いを開始しています。一方の日本アジア証券は関東、関西を中心に店舗展開しており、時代のニーズを反映し米国株、アジア株などの外国証券を積極的に扱ってきた証券会社です。
藍澤証券と日本アジア証券はともに外国株に注力している会社であり、店舗網の重複も少なく、営業展開において相互に補完することができるとしています。また2018年7月には、経営資源の効率的な活用、経営基盤の更なる強化を目的として、藍澤証券株式会社を存続会社、日本アジア証券株式会社を消滅会社とした吸収合併を行なっています。
異業種とのM&A事例3選
1.マネックスグループ株式会社によるコインチェック株式会社の子会社化
2018年4月、マネックスグループ株式会社が、仮想通貨交換所「Coincheck」を運営するコインチェック株式会社の全株式を、約36億円で取得して完全子会社化しました。
マネックスグループは、国内のインターネット証券業界では、業界3位の営業収益を誇るマネックス証券株式会社を中心としたグループ会社であり、現在ではグローバルFX事業や資産運用事業、M&Aアドバイザリー事業なども行っています。コインチェックはビットコインやリップルといった仮想通貨の取引所である「Coincheck」を運営しています。
2018年1月、Coincheckで取引されていた仮想通貨の1つであるNEMが不正に流出する、という事件が発生しました。被害総額は約580億円にも上り、コインチェックは自己資金を用いて流出した金額相当を補償しましたが、関東財務局から業務改善命令を受け、経営管理態勢および内部管理態勢の改善を行っていました。
マネックスグループは、インターネット証券業界で培ってきた経営管理や、システムリスク管理のノウハウ、人材および、顧客資産保護の体制を最大限活用することで、コインチェックの改善を全面的に支援していくとしています。
コインチェックがもつブロックチェーン技術や仮想通貨に対する知見と、マネックスグループがもつオンライン証券の知見を合わせることで、全く新しい金融機関を作ることができると見込んでいます。
2. SBIホールディングス株式会社による日本少額短期保険株式会社の子会社化
2016年6月、 SBIホールディングス株式会社が、日本少額短期保険株式会社の全株式を取得して子会社化しました。この際、日本少額短期保険株式会社は、社名をSBI日本少額短期保険株式会社と変更しています。
SBIホールディングスは株式会社SBI証券を子会社にもち、インターネット証券業界において業界トップの営業収益となっています。日本少額短期保険株式会社は、当初住宅保険分野から事業を始めましたが、現在では16もの商品・特約を展開しています。
SBIは今回のM&Aにより、グループ内で生保・損保・医療保険を取り扱う、少額短期保険会社2社を含む3社間での提携販売を推進し、少額短期保険事業の成長実現を目指すとしています。
3. 株式会社オウケイウェイヴによるプレミア証券株式会社の完全子会社化
2018年7月、株式会社オウケイウェイヴは、プレミア証券株式会社の発行済株式を100%取得して完全子会社化しました。また、これに伴いプレミア証券株式会社は、社名をOKプレミア証券株式会社へと変更しました。
オウケイウェイヴは、日本最大級のQ&Aサイト「OKWAVE」を2000年1月より運営しており、他にも専門家が回答する「OKWAVE Professional」や、法人向けの国内シェアNo.1のFAQシステム「OKBIZ. for FAQ / Helpdesk Support」などを運営しています。プレミア証券株式会社は2005年1月に設立し、FXや株式、先物商品の取引を行うことができるサービスを提供しています。
オウケイウェイヴはプレミア証券の経験豊富なコンシェルジュが専門家として「OKWAVE Professional」などに参画し、ユーザーの金融商品への投資の関心を高めることなどを目指しています。またプレミア証券にとっても、年間7,000万人が利用する「OKWAVE」との連携することで、新規顧客の獲得機会が得られ、金融商品の販売拡大が期待できるとしています。
まとめ
証券業界では、リーマンショック直後より業績は回復したものの、規制の変化や景気変動に左右される業界であり、近年では競争激化によって収益が上がらない企業も増加しています。
その中で、株式売買のノウハウや新たな販売拠点の獲得を目的として、大手証券会社やメガバンクの傘下に入る企業も多く見られます。また、証券業以外の会社を譲受けることで、新たな収益源を獲得する企業も出てきています。M&Aを検討する際は、事前に不明点について専門家に相談してみましょう。