
M&Aを行ううえで主に上場企業の買収手段の一つとして用いられるのが「TOB(株式公開買付)」です。「TOB」とはTake-Over Bidの略で、市場を通して行う株式の買い占めとは異なり、期間・価格・株数等を公告したうえで、証券取引所を通さず対象企業の株式を既存株主から大量に買い付けることを指します。
TOBは海外の大企業間で行われているイメージが強いかもしれませんが、日本でも積極的に行われています。実際に、2018年だけでも既に28件(2018年10月12日現在、買付け中を含む)のTOBが行われています。大きな話題となった事例として、7月に公表されたソフトバンクグループ株式会社によるヤフー株式会社へのTOB(株式公開買付)や、伊藤忠商事株式会社によるユニー・ファミリーマートホールディングス株式会社のTOBがあげられます。このように事例が非常に増えているため、あらゆる上場企業がTOBの対象となる可能性があります。
本記事では、TOBの目的や手法、TOBに対する防衛策、具体的な事例までわかりやすく解説します。特に上場企業の経営者や法務、経営企画担当の方は正しく理解しておきましょう。
TOBの主な目的は経営権の取得
TOBの主な目的は、株式の取得による「経営権の取得」です。会社法上、企業の株式を50%超保有することで、株主総会の普通決議を単独で可決することを通じて、株式を保有した企業の経営権を取得できます。また、企業の株式を3分の1超保有することで株主総会の特別決議拒否権を手にすることができます。
金融商品取引法上、上場企業の株式取得を行った際に株式取得後の株式の所有割合が3分の1を超える場合には、その株式取得はTOBで行わなければならないと定められています(金融商品取引法第27条の2第1項第2号)。仮に強制的にTOBを行う必要がない株式取得であったとしても、証券取引所を通した取引では、株式の供給量に対して莫大な量の買い注文を行うことは避けることが望ましいです。なぜならば、自分自身の買い注文で株価が急上昇し、想定していた価格で株式を購入できないリスクがあるためです(これをマーケットインパクトといいます)。
なお、公開買付けによる場合、買付け予定の株券等の下限を設定することができるため、想定する支配権獲得の程度に至らない場合には、応募された株券等の買付けを一切行わないことも可能です(金融商品取引法第27条の13第4項1号)。
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友好的TOBと敵対的TOB
TOBには、友好的TOBと敵対的TOBの2種類があります。友好的TOBとは、株式の買収について対象企業の経営陣の了承を得ているTOBを指します。例として、グループ企業の完全子会社化等が当てはまります。
一方で、敵対的TOBとは、対象企業やその大株主へ事前の合意や通知なしに仕掛けるTOBを指します。多くの場合、ライバル企業などの経営の支配力を握ることが目的です。敵対的TOBを仕掛けられた対象企業は対抗することがあり、以下のような買収防衛策が取られることもあります。
敵対的TOBの買収防衛策
敵対的買収に対抗する買収防衛策にはさまざまなものがあります。主なものは以下の通りです。
逆買収
・防衛施策名
パックマンディフェンス
・内容
TVゲームのパックマンに似ていることから名づけられた防衛策です。敵対的TOBを仕掛けられた企業が、買収してきた企業に対し、逆にTOBを仕掛ける方法です。日本ではあまり見かけられません。
・事例
1999年にフランスのトタルフィナという石油会社(業界第1位)が、業界第5位のエルフ・アキテーヌに対し敵対的TOBを仕掛け、エルフ側が逆買収を仕掛けました。
・第三者による買収防衛施策名
ホワイトナイト
・内容
敵対的TOBを仕掛けられた企業が、自らにとって友好的な第三者に大量に株式を取得してもらう手法です。敵対的TOBが行われることが発覚した後でも実施できることが強みです。
・事例
2006年にスティール・パートナーズが明星食品に対して敵対的TOBを仕掛けた際、日清食品が友好的TOBを行うことで防衛に成功しました。
・企業価値の引き下げ防衛施策名
焦土作戦(クラウンジュエル)
・内容
王冠から価値のある宝石を外して王冠の価値を下げるように、企業が敵対的TOBを仕掛けられた際に収益性が高い事業や価値のある資産を売却して、買収者の買収意欲を削ぐ防衛策のことをいいます。
・事例
2005年のライブドアとフジサンケイグループによるニッポン放送株争奪戦では、ライブドアがニッポン放送株を過半数取得する前に、ニッポン放送の優良資産をフジサンケイグループ内の企業に譲渡することを示唆し、ライブドアの実行意欲が削ぐことでTOBを阻止しました。
・株主総会を守る防衛施策名
毒薬条項(ポイズンピル)
・内容
新株を発行することで買収者の株式保有割合を下げ、買収コストを上げる防衛策の一つです。有効な防衛手段ですが、発行済株式数が増加するため株価が下落したり、株主平等原則に反すると判断した株主に新株発行を反対される可能性があります。
・事例
2007年にスティール・パートナーズがブルドックソースに対して敵対的TOBを仕掛けた際、ブルドックソースは全株主に対し、1株につき3個の新株予約権の発行、スティール・パートナーズには株式相当額の金銭を、他の株主には新株予約券1個につき1株を交付する買収防衛策を行い、買収防衛に成功しました。
近年の傾向ー割安TOBの続出
2017年以降、株式を市場価格よりも割安で取得するTOBが相次いでいます。割安TOB(ディスカウントTOB)は友好的TOBの際に活用される手法です。これはTOBを行いつつ、売主が当初想定した株式数を確実に売り切ることが目的です。通常ならば、株式の譲渡先が決まっている場合、取引所外で直接株式を譲渡するのが早い方法だと考えられます。
しかし、金融商品取引法によって10名以下の株主から60日以内に株式を買い取り、その後に所有割合が1/3超になる場合にはTOBを行う必要があると定められています(金融商品取引法第27条の2第1項第2号)。これは、大株主が変わる際に既存株主が株式を売却する機会が与えられないまま進行するのは、既存株主にとって不利益を被る可能性があるという考え方に基づいています。
TOBを行う際には、買主が売却株式数の上限を定めることが一般的です。その際に万が一、対象企業の既存株主がTOBに応募すると、買主が定めた売却株式数の上限を超えるため、想定した株式数を全て売ることができないリスクがあります。そのため、既存株主が応募する魅力を感じない割安TOB(ディスカウントTOB)で株式を売却する事例が相次いでいるのです。売主にとっては、割安TOBによって想定売却株式数をきっちり売り切るとともに、仮に株式市場で売却した場合に想定されるマーケットインパクト(自分自身の大量の売り注文で株価が下がる)がかからない状況で一定のTOB価格で売却できる魅力があります。
具体的な事例として、三井化学株式会社による株式会社アークの株式取得や、コカ・コーラボトラーズジャパンHDによる株式会社リコーなどが所有する自社株取得など、一般的なTOBのイメージとは異なる事例が相次いでいます。これは、売り手と買い手が相対で決めた価格で取引することにより、事業再編や株式の持ち合い解消をスムーズに進める狙いがあります。
まとめ
上場企業の場合、いつTOBの対象になってもおかしくありません。TOBの目的や防衛策を理解しておくことは不測の事態に備えておくためには非常に重要です。最低でも、TOBの目的と敵対的TOBへの理解はしておきましょう。