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2023/09/15

M&Aの善管注意義務-取締役・役員の判断と判例からみる違反ライン

M&Aの善管注意義務-取締役・役員の判断と判例からみる違反ライン

取締役は職務執行上、任務を怠ったことにより会社に損害を生じさせた場合などには、それを賠償する責任を負います。

この取締役の会社に対する責任の追及方法としては、監査役など会社の機関が訴えを提起する(会社法(以下、法)353条・法364条・法386条)以外に、株主の監督是正権の一環で株主による責任追及などの訴え(法847条-847条の3)の提起権が認められています。

では、M&Aを実行したことにより、会社に損害が発生した場合、どのような場合でも取締役はその損害を賠償しなければならないのでしょうか。M&Aにおいて、どのような場合に取締役がその責任を負うことになるのか、取締役の負う注意義務などから解説していきます。

▷関連記事:M&Aとは?M&Aの目的、手法、メリットと流れ【図解付き】

髙田 光洋
この記事を執筆した専門家
弁護士 髙田 光洋
東京都出身。名古屋大学法科大学院卒。 明治大学政治経済学部から名古屋大学法学部へ編入学し、経済学と法学を学ぶ。企業法務・企業再生を多数取り扱う中島成総合法律事務所を経て、あかつき総合法律事務所にて執務。一般企業法務、事業譲渡、民事再生等の企業再生事件等を中心に取り扱う。
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善管注意義務とは?忠実義務と経営者判断の原則

取締役は会社に対し、その任務を怠ったこと(任務懈怠)により生じた損害を賠償する責任を負います(法423条1項)。取締役と会社の関係は、委任に関する規程に従います(法330条)。

民法644条は、委任における受任者の注意義務として「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」と定めています。この「善良な管理者の注意」のことを一般的に「善管注意義務」といいます。つまり、取締役の任務懈怠とは、会社に対する善管注意義務・忠実義務の違反を指すのです。

取締役の任務には、法令を遵守して職務を行うことが含まれます(法355条)。

その法令には、会社・株主の利益保護を目的とする具体的規定(法156条-160条、199条356条など)だけでなく、公益の保護を目的とする刑法・独占禁止法などを含む全ての法令が該当し、これら全ての法令に対する違反が、取締役の責任原因となり得るのです。

善管注意義務と忠実義務

善管注意義務

「善良な管理者の注意」とは、義務者の属する職業や社会的・経済的地位において、取引上で抽象的な平均人として一般的に要求される注意をいいます。

この「善良な管理者の注意」と異なる注意として、「自己のためにするのと同一の注意」というものもあり、これは、行為者自身の個別的な能力に応じた注意をいいます。無償で寄託を受ける場合などに負う「自己の財産に対するのと同一の注意」と同じです(民法659条)。

この注意義務の程度を一般的に比較することは難しいものの、通常は、善管注意義務を定められた方が重い義務を課されていると解して差し支えないと思われます。

すでに触れた通り、取締役は会社に対し、その職務の執行について善管注意義務を負います。この点、会社法の求めている善管注意義務の水準は、当該地位や状況にある者に通常期待される程度のものであるとされています。

忠実義務

会社法は、委任関係にもとづく善管注意義務とは別に取締役については忠実義務を定めています(法355条)。

忠実義務が善管注意義務と異なる内容かどうかは従来から議論がされていますが、最高裁昭和45年6月24日判決など、忠実義務は善管注意義務と同質の義務であるとする見解からは、会社法355条は取締役の善管注意義務を明確にし、善管注意義務を当事者間の意思に左右されない強行法規として位置づけたものと理解されています。

善管注意義務と忠実義務

善管注意義務と経営判断の原則

しかし、取締役の業務執行は、不確実な状況で迅速な決断を迫られる場合が多いため、業務執行行為により会社に損害が生じた際に常に損害を賠償するとすることは、取締役の業務執行の萎縮を招きます。

そのため、善管注意義務が尽くされたか否かの判断は、行為当時の状況に照らし、合理的な情報収集・調査・検討などが行われたか、およびその状況と取締役に要求される能力水準に照らし、不合理な判断がされなかったかを基準になされるべきであり、事後的・結果論的な評価がなされてはならないとされています。

このように、取締役の職務執行を萎縮しないための判断基準として、経営判断の原則という考え方があります。判例も、この経営判断原則に言及するものが多くあります。

東京地裁平成10年5月14日判決は、経営判断原則について、「取締役による経営判断は、当該取引等の判断の態様、相手方、その交渉等の時期、方法等はもとより、当該業界の状況、当該会社の事情、我が国のみならず国際的な社会、経済、文化の状況等の諸事情に応じて流動的であり、しかも複雑多様な諸要素を勘案してされる専門的かつ総合的な判断であり、一方、委任者たる会社または株主においては、当該取締役に会社の経営を委ねたからには、その経営判断の専門性及び総合性に照らして、基本的にその判断を尊重し、もって経営を遂行する上においてその判断を萎縮から解き放って経営に専念させるべきであるということができるから、取締役による経営判断は、自ずから広い範囲に及ぶというべきである」としています。

経営判断原則のもとでの善管注意義務は、「判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあり、意思決定の過程・内容が企業経営者として著しく不合理、不適切であった」場合にその違反が認められるとされ(東京高裁平成10年8月31日判決)、その善管注意義務は、会社の規模や業種、その他の状況によって異なると考えられています。

例えば、東京地裁平成16年9月28日判決では、「取締役の業務についての善管注意義務違反または忠実義務違反の有無の判断にあたっては、取締役によって当該行為がなされた当時における会社の状況及び会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢の下において、当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、前提としての事実の認識に不注意な誤りがなかったか否か及びその事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から、当該行為をすることが著しく不合理と評価されるか否かによるべきである」とされています。

善管注意義務が要求される場面

取締役の善管注意義務は、会社との委任関係から生じる義務ですから、取締役としての職務執行全てに課されます。

そのため、契約締結、新分野への業務拡大、新店舗の開設、業務提携などの一般的な判断や、M&Aにおけるデューディリジェンスの要否・十分性、価格、契約内容、実行の意思決定などの判断においても、取締役は善管注意義務を尽くさなければなりません。

善管注意義務が要求される場面

M&Aにおける善管注意義務の違反

では、M&Aにおいては、どのようなときに取締役の善管注意義務が問題となるのでしょうか。すでに述べた通り、取締役の善管注意義務は取締役の職務執行全てにおいて問題となりますが、いくつか例を挙げてみていきます。

善管注意義務で違反になる判断基準

すでに挙げた東京地裁平成16年9月28日判決をもとにすると、善管注意義務違反は、以下の観点から、当該行為が著しく不合理と評価されるかどうか、により判断されることになります。

1.取締役の行為があった当時における
2.会社の状況や会社を取り巻く情勢において
3.会社の属する業界における通常の経営者が有する知見と経験を基準として
4.判断の前提となる事実の認識に不注意がなかったか
5.その事実に基づく行為の選択と決定が不合理か

この判断要素を見るとわかる通り、その取締役の行為当時の個別具体的な事情にもとづいて詳細な検討のもと、善管注意義務の違反が判断されることになります。そのため、一般的に「ここまでやれば大丈夫」、「これをやらなかったら違反」というラインを述べることは困難です。

善管注意義務と裁判例

一般的に善管注意義務違反のラインを述べることは難しいため、ここでは善管注意義務が問題となった例を挙げ、その判断がどのようにされたのかをみていきます。

(1)利益相反・法令違反


取締役の個人的利益を、会社の利益より優先させた疑いのある利益相反的事案では、経営判断の原則は問題とならないとされ、裁判例も一般論として経営判断の原則は、利益相反または法令違反行為に適用されないと判示しています(東京地裁平成8年2月8日判決、東京地裁平成12年9月28日判決、東京地裁平成15年5月22日判決など)。

しかし、利益相反的要素が存在するに過ぎないという場合については、必ずしも明らかではありません。

例えば、形式的に利益相反取引にあたらないが、取締役の地位を利用して自己と密接な関係にある会社に融資させ、会社に損害を被らせた事案では、経営判断の原則に一切触れずに、責任を課した裁判例があります(東京高裁平成16年12月21日判決)。

他方で、利益相反取引に該当しないものの、取締役が自己の関連会社に子会社株式を不当に廉価で売却させた事案では、判断過程と内容の合理性に着目したうえで、取締役に信任に背く意図があったことを認定して、責任を課していて、経営判断の原則の枠組みを用いたと解される裁判例もあります(大阪地裁平成25年1月25日判決)。

(2)異業種を営む会社株式の取得(東京高裁平成28年7月20日判決)

本件は、東証一部上場企業であり、貸しビル業を営んでいるA社が、2003年に環境リサイクル業B社に出資して株式を取得したものの、半年程度でB社が倒産してB社株式が無価値となり、また2007年から2009年にマンション販売業を営んでいる大手未上場C社に出資して、株式を取得したものの2009年には会社更生手続きが開始され、株式が無価値になったことから、A社の株主が取締役などに対し、善管注意義務違反などを根拠に株主代表訴訟を提起した事案です。

この事案について裁判所は、経営判断原則にもとづく判断基準を採用し、B社への投資については、環境事業に参入することを目指す意図の一環であることを主要な目的として行われたものであると認定し、ベンチャー企業への投資が不確実な将来の経営状況などの予測にもとづくものにならざるを得ない点も考慮して検討し、B社の計算書類などの調査やヒアリング内容などを前提に、今後の売上や利益などを見込んでいること、社内手続きを履践していることなどを総合的に考慮して、取締役の判断は著しく不合理とはいえないと判断し、善管注意義務違反は認めませんでした。

また、C社への投資についても、不動産事業においてプラスの相乗効果を得ることが主要な目的であることを認定し、当時の財務状況を踏まえた専門家意見状況、社内手続きの履践状況などを総合的に考慮し、取締役の判断は著しく不合理とはいえないと判断し、善管注意義務違反は認めませんでした。

(3)情報収集・調査など(東京地裁平成30年3月1日判決)

取締役の善管注意義務違反を判断する場合、取締役が業務執行の際、どの程度の情報収集・調査などを行えば良いかが問題となります。

この点、弁護士・技師その他の専門家の知見を信頼した場合は、当該専門家の能力を超えると疑われるような事情があった場合を除き、善管注意義務違反とはならないとされています。このような点での判断がなされた事例として本件裁判例があります。

なお、他の取締役・使用人などからの情報などについては、特に疑うべき事情がない限り、それを信頼すれば善管注意義務違反にならないことが原則であるものの、そのことは取締役が他の取締役の業務執行などに対する一般的な監督義務を負わないことは意味しないとされています。

本件はA社が、2社発行の私募方式普通社債を引き受けたものの、いずれの社債も償還不能ないし償還遅延に陥り、損失を計上したため、A社の株主から株主代表訴訟を提起された事案です。なお、A社の資産運用規定においては、流動性を確保し安全性の高い方法による資産の運用が求められていました。

この事案で裁判所は、「取締役は会社の資金の運用として社債を取得する場合には、善管注意義務の内容として当該会社の財務状況に重大な影響を及ぼさないよう、資金運用に伴うリスクも勘案し、当該資産運用の性質、内容規模等に照らして取得の是非を判断する義務を負う」としたうえで、経営判断原則を基準として採用し、次のとおり判示して、取締役などの善管注意義務違反を認めませんでした。

A社は本件投資に関して、コンサルティング業務に従事するZ社のZから当該社債に関する専門家としての意見を聴取し、推奨意見を得ており、Zが本件社債の内容やリスクについて意見を述べることが、Aの能力を超えるとはいえないことから、Zの意見は本件社債の取得を判断するにあたって、事実認識の過程における情報収集やその分析の合理性を推知させるものでした。

本件投資をするにあたって、その前提となった事実の認識の過程における情報収集や、その分析が不合理であったとまでいうことはできないことを前提とすると、余剰資金として現預金320億円などを有するA社が、78億1,200万円の利払いが期待される発行総額120億円の社債に投資するという意思決定については、その内容が著しく不合理であるということはできないとしました。

善管注意義務と裁判例

法務関連のデューディリジェンスと取締役の善管注意義務

デューディリジェンス(DD)の目的は、主として、譲渡価額が適正か否か(対象会社の企業価値をいくらと査定するか)、M&Aを不可能、もしくは困難にするような事情があるか否かを判断することにあります。

M&Aに関する最終契約書は、このデューディリジェンスにもとづき作成されるため、デューディリジェンスの結果、基本合意時に合意した内容について見直しがなされることがあります。譲渡価額などの個別の条項だけでなく、M&Aの手法(事業譲渡、株式譲渡、合併、会社分割、株式交換、株式移転など)自体が見直されることもあり得ます。

デューディリジェンスの対象は主として、以下です。

・財務状況(ファイナンシャルデューディリジェンス)
・事業収益力(ビジネスデューディリジェンス)
・法的リスク(リーガルデューディリジェンス)

このようにデューディリジェンスは、M&Aにおいて重要な意味を持っています。

そのためデューディリジェンスを行わない、またはそれが十分でないことなど(事業価値の査定が高すぎる、高額な簿外債務を見落とすなど)により譲受企業に損害が発生すれば、譲受企業の取締役が善管注意義務違反であるとして、株主代表訴訟によって責任追及を受ける可能性があります。

どのくらいの規模のデューディリジェンスをどの程度行わなければならないかは、実行しようとするM&Aによって異なるため、不明な点などがあれば、専門家に相談をした方がよいでしょう。

▷関連記事:M&Aの最後にして最大の難関。「デューディリジェンス(DD)」を徹底解説
▷関連記事:M&Aの最終契約書(DA)とは?基本合意との違いや各種項目を弁護士が解説

まとめ

取締役の善管注意義務は、取締役の業務執行の全てにおいて課される注意義務です。その善管注意義務違反は、経営判断の原則という、比較的広範な裁量が認められている基準により判断されますが、利益相反や法令違反などについては適用されないこともあります。

また、個別具体的な事情により判断が変わるため、経営判断の原則があるから大丈夫だろうではなく、不明・不安なことがあれば積極的に弁護士など専門家に相談してみるべきでしょう。

※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。

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