M&Aの中で最も配慮しなければならないのが、譲受企業に勤めている従業員の処遇です。この記事では、M&A後の従業員の処遇と、留意しておくべき点についてご紹介します。
幸せのM&A入門ガイド
・M&Aの成約までの流れと注意点
・提案資料の作成方法
・譲受企業の選定と交渉
・成約までの最終準備
M&Aによる事業承継をご検討の方に M&Aの基本をわかりやすく解説した資料です。
目次
譲渡される「会社」と「社員」のメリット
M&Aは従業員にとって、会社にとってそれぞれメリットがあります。
それぞれ詳しく解説します。
⚫️会社のメリット
①後継者問題の解決
中小企業のM&Aは、後継者不在の解決を目的に行われることがあります。第三者への承継であるM&Aによって、後継者が不在であっても、事業承継を行えるのです。事業を承継し、会社が存続することによって従業員や取引先への影響を抑えることができます。
②企業の存続と発展
M&Aによって、企業や事業の存続と発展を図ることができます。廃業を選択すると、従業員は職を失うことになります。これまで自社を支えてくれていた従業員の未来を考えると、会社清算には踏み切れないという経営者の方も少なくありません。M&Aを選択する従業員の雇用が継続されるため、退職金を支払う必要もなくなり、清算に比べて支出も抑えられます。
⚫️社員のメリット
①雇用が継続される
廃業を選択した場合、従業員の雇用は継続されません。M&Aを行った場合、ほとんどのケースで譲受企業によって従業員の雇用が継続されます。労働条件においても引き継がれ(事業譲渡の場合は新たに契約を巻き直す)、基本的にM&Aの前と同じ条件で雇用が継続されることとなります。
②給与など処遇面の向上
M&Aにより給与などの処遇が改善される可能性があります。譲受企業側が大企業の場合、労働条件が譲渡企業側に比べて相対的に労働条件がいい場合が多く、なおかつ同じ企業グループの中で労働条件を統一する働きかけがあるため、条件が大きく異なっている場合には処遇が改善される可能性が高まります。
③仕事内容やキャリアの幅の拡大
仕事の内容やキャリアの幅が広がる可能性があります。譲受企業側が異なる業種であれば、新たな仕事に取り組める可能性が広がりますし、同じ業種であっても、規模が大きい会社などであれば異なる業務ができる可能性もあります。
また、これまでとは異なった人と関わることとなり、さまざまな考え方などを得る機会が増えるため、キャリアにも幅が出てきます。
④大企業のグループ社員として働ける可能性
譲受企業側が大企業の場合、大企業のグループ社員として働くことができます。従業員にとって、結果として大企業の傘下で働くことができるというのは、世間体や就活時のハードルを総合してメリットになります。
M&Aによる従業員への影響
上記した通り、譲受企業にとって最も避けたいシナリオは優秀な従業員の流出ですので、少なくともM&Aが成立してからの数年間は基本的には従業員にとってマイナスになるような処遇変更を行う事はありませんが、ここではM&A実施による従業員への影響を説明します。
⚫️雇用契約について
M&Aのスキームにより、従業員の雇用契約への影響が異なります。
事業譲渡の場合は、従業員毎に雇用契約を引き継ぐか引き継がないかを決めることになります。そして、引き継ぐ場合は新たに契約を巻き直すことになります。それ以外のスキームの場合は、個別の契約の引き継ぎの可否は判断されず、基本的には全て引き継ぐことになります。
いずれの場合も基本的に雇用契約は継続することを前提にM&Aは実施されますが、契約の巻き直しが必要という点で、事業譲渡のスキームを選択する場合は注意が必要です。
⚫️給与面について
譲渡企業側の優秀な従業員に最大限パフォーマンスを発揮してもらうために、結果として給料をアップさせるケースがあります。しかし一方で、M&Aをする前に適正額を超えた給料をもらっている従業員がいた場合、相談の上ではありますが、適正額へ変更されるケースがありますので注意が必要です。
注意すべきことは、業務の基準値が変動するという点です。多くの場合、譲渡企業より譲受企業のほうが規模は大きいので、仕事量が変わってきます。それまでは100の量の業務をこなしていたのが、M&A実施後の新会社では200の仕事量をこなさなければならなくなる可能性があります。また、求められる仕事の質も変わってくるでしょう。従業員の方はその環境の変化に適応していく必要があります。
⚫️退職金について
退職金については、M&Aのスキームによって対応方法が異なります。
株式譲渡の場合、譲受企業が譲渡企業をそのまま譲受するため、契約が引き継がれます。
そのため、退職金も基本的には同様に譲受企業に引き継がれることになります。
事業譲渡を行う場合は、譲渡する対象が事業のため、上述の通り雇用契約は承継されず、譲受企業と従業員との間で新たに雇用契約を結ぶことになります。その際、雇用契約は見直されるため、退職金が無くなることや減額も考えられます。
M&Aを行う際には、給与や退職金の引き継ぎについて従業員に対し説明を行い、十分な理解を得ることが重要です。
従業員の流出は両社の懸念事項
前提として譲渡企業のオーナーは、譲渡後に従業員が解雇されてしまうことを危惧しています。その一方で、譲受企業のオーナーは譲受後に優秀な従業員が辞めてしまうことを恐れています。中小企業のM&A となると、大企業よりも働き手の母数が少ない分、会社のパフォーマンスが社員一人ひとりに依存している傾向が強くなります。
M&A を行う事で、譲渡企業で働いていた従業員は、従来とは異なる制度の下で勤務する形となるため、M&A 後の社員の処遇は非常に取り扱いが難しく、かつ重要な課題となっているのが現状です。給与面、福利厚生等の処遇に関しては基本的に、交渉段階で契約条件の中に譲渡企業の従業員の待遇維持・雇用維持に関する条件を盛り込むのが一般的です。それによって譲受企業に雇用を約束させる事が可能です。
譲受企業にとっては優秀な人材の流出を防ぐため、いかに従業員の士気を落とさないように会社を引継ぎ経営していくかが重要となります。従って、M&A締結後に給料を下げたり長時間残業させるようなことはしないでしょう。
しかし、経営権は譲受企業に移っているため最終的に従業員の処遇の取り決めが守られるかは譲受企業に委ねられています。そのため、譲渡企業のオーナーは、譲受企業がどれだけ従業員を大切にしてくれるかという見極める力が必要になります。
また、社員からM&Aに対しての理解を得られていないと、両社の関係がいずれ悪化していく事も考えられるでしょう。M&A交渉時には、秘密保持契約が締結されているため、従業員への説明は成立後となってしまいます。慎重かつ丁寧な説明が必要です。
想定されるトラブルを事前に回避するためにも、譲渡企業と譲受企業がそれぞれの従業員にM&Aについてしっかり説明し、不安や疑問点をなくしておくことが大事です。
従業員に対するM&Aの開示・説明の流れ
M&Aは水面下で進めることが一般的であり、従業員は知らないまま実施を迎えることが多いです。なぜなら、M&Aは秘匿性が保たれていないと、従業員や既存の取引先の不安を生み出すこととなり、またその結果交渉が失敗に終わる可能性があるからです。
特に上場会社の場合は、インサイダー情報にも該当するため、細心の注意が求められます。
従業員に開示する場合、その段階によって開示する対象の従業員が異なります。
⚫️M&Aの初期段階(初回面談〜基本合意締結前)
初期の段階においては、実際にM&Aを進めるか自体も不透明ですので、開示の対象は経営層が対象となります。M&Aを進めるかどうかの意思決定を含め、経営層はその後のフェーズでもM&Aに関わることが多くなるため、経営層には初期段階で開示をします。
⚫️M&Aの中盤(基本合意締結後〜最終契約締結前)
基本合意締結後には企業の監査を行うデューディリジェンスがあり、デューディリジェンスの際のインタビュー等の実施の必要性から、従業員でも重要なポジションを担う事業部の責任者などに開示することになります。
また。こうした会社のキーマンが退職してしまうと今後の事業推進等に影響が出ることで業績にも影響する可能性もあるため、しっかりと説明をして理解してもらい、協力してもらえるような体制にしておくことが重要です。
⚫️M&Aの終盤(M&A取引の開示後など)
M&Aが実施された後に、残りの従業員に開示することとなります。
下手な伝え方をしてしまうと、従業員のモチベーションの低下や退職につながる可能性があります。そのため、告知の際はM&Aの意図と自社に残ってほしい旨を前向きに伝える必要があります。M&Aの意図や従業員が財産であること、今後どうなるのかについて、真摯に説明しましょう。
契約書作成で心がけるべきポイント
従業員に関する契約書作成において、心がけるべきポイントがいくつかあります。
売り手企業と買い手企業のそれぞれポイントを解説していきます。
⚫️譲渡企業
譲渡企業側におけるポイントは従業員の継続雇用です。
M&Aは基本的に従業員の継続雇用が前提となりますが、処遇等も同条件で譲受企業側に引き継いでもらうことが重要になります。継続雇用はもちろんですが、条件が悪化すると従業員が退職してしまう可能性があります。
そのため、契約書交渉においては、継続雇用はもちろんですが、従業員の処遇も引き継いでもらうことを交渉していく必要があります。
⚫️譲受企業
譲受企業側におけるポイントは人材の獲得です。
M&A実施においては、ノウハウの獲得はもちろんですが、人材を獲得できることが重要な目的になってきます。特に事業運営においてキーマンとなる人物を獲得することは譲受企業にとって重要です。
キーマンが退職してしまうと、M&Aの意味がなくなってしまう可能性があります。譲受企業にとって契約書などで従業員の退職を回避するにはキーマン条項を盛り込むなどがあります。
そのため、譲受企業は契約書交渉においては事前のインタビューなどを通じて会社にとって重要なポジションを担う従業員をキーマンとして、キーマン条項を盛り込むように交渉しましょう。
M&A後を見据えた交渉
M&A業界には「PMI」という言葉があります。これは「Post Merger Integration」の略で、M&A成立後の経営統合プロセスや各種作業の事を指します。二つの企業が統合し、お互い発展するにあたって PMI は非常に大事なステップであり、M&Aが成功するかは PMI が上手くいくかにかかっているといっても過言ではありません。このステップを見据えた上で交渉をしていくとスムーズにM&Aが進むでしょう。
▷関連記事:PMIとは?M&A成立後の統合プロセスについて株式譲渡を例に解説
M&Aに反対する従業員がいた際の対処法
M&Aにおいて反対する従業員があわられる場合があります。
その場合の対処法についてここでは解説します。
⚫️M&Aの反対を理由に解雇することはできない
M&Aに反対するからといって、それを理由に従業員を解雇することは基本的にできません。労働契約法により、合理的な理由がない限り、解雇は会社の権利の濫用と見なされます。そのため、M&Aに反対している従業員に対しては、説得をするなどしてうまく話を進めていく必要があります。
また、どうしても解雇が必要な場合は、「整理解雇」と呼ばれる方法で解雇を進めていくことになります。その要件として「経営上の必要性」、「解雇回避の努力」、「人選の合理性」、「労使間の協議」の要件を満たす必要があります。
⚫️解雇以外の対処法
M&Aを反対している従業員を解雇することはできませんが、
説得などで対応が難しい従業員などがいれば以下の対処法で対応していくことになります。
①自社内での配置転換
自社の中で部署など環境を変えることで、環境の変化により反対していた従業員の理解を得られる可能性があります。
②譲受企業への出向
譲受企業への出向も考えられる対処法となります。譲受企業に出向することで相手の良さなどを理解してM&Aに対する考え方が変わる可能性があります。
譲受企業の風土、経営方針などに直接触れることで譲受企業を理解していくかもしれません。
また、譲受企業に出向することでキャリアアップをする可能性も示せるでしょう。
③自主的な退職を推奨
それでもうまくいかないケースは、自主的な退職を推奨していくことになります。
ただし、細心の注意をしなければ、、会社の解雇と見なされる可能性があるため、対象となる従業員とはちゃんと話を進め、お互いの合意のもと退職を進めていくことが必要になります。
譲渡企業のオーナーの引継ぎ期間と引き際
M&Aの成立後でも譲渡企業のオーナーがリタイアすることなく、取締役や顧問、相談役といった役職として会社に留まるケースが散見されます。会社を譲渡した後、大切な従業員の様子が気になるために譲渡企業のオーナー本人が希望して残る場合もありますが、譲受企業側の要望による場合もあります。これはオーナーの人脈や得意先、技術の引継ぎを行うためです。自分の役割を全うしたと判断したら、徐々に退任していくことで円滑な引継ぎを促進していきましょう。
▷関連記事:M&Aで経営者が事業承継を成功させる方法と第二の人生について
従業員に良い影響を与えたM&Aの成功事例
ここでは、M&Aの成功事例について紹介します。
⚫️二足のわらじで10年、家業を守った社長の決断
譲渡企業:山昭運輸株式会社
譲受企業:徳三運輸倉庫株式会社
運送業を営む山昭運輸株式会社は、2019年、同じく運送業を営む徳三運輸倉庫株式会社への譲渡を決断しました。
譲渡企業の経営者はM&Aにあたって従業員の生活を第一に考え、雇用継続の条件を最優先としてお相手を探し、徳三運輸倉庫株式会社とM&Aにいたりました。
譲受企業側も、譲渡企業側の従業員と向き合い、熟練の貴重な人材を財産として捉えて対応されているため、M&A後もよりいきいきとしながら従業員が活躍されているとのことです。
⚫️経営者としてさらなる成長を、M&Aで新たなステージへ
譲渡企業:Earth Technology株式会社
譲受企業:CLSAキャピタルパートナーズジャパン株式会社
バイリンガルエンジニアが在籍するSES事業を展開するEarth Technology株式会社は、2020年、CLSAキャピタルパートナーズジャパン株式会社への譲渡を決断しました。
譲渡企業の経営者様は、会社の成長率を担保しつつ組織を拡大させ、さらには上場を実現することを見据えたときに、経営の手腕を納得できる人に託し、自身は新たに経営者としての勉強ができるフィールドに身を置きたいと考えるようになっていきました。
そんななか、上場を視野に入れた譲渡先ということで、CLSAキャピタルパートナーズと出会い、M&Aを決断しました。
譲渡後は、経営者は新規の事業に注力する一方、譲渡企業においては上場に向けた環境の整備や事業体制の強化など、従業員にとっても働きやすい環境になるよう、譲受企業が率先して組織に入り、環境改善を進めています。
まとめ
今回はM&Aによって従業員に与える影響について解説してきました。
M&A実施となると、従業員には不安や疑問などが生じざるを得ないと思われますが、決してマイナスの要素ばかりではありません。M&Aによって従業員は労働環境や労働条件などが向上し、また、成長機会を与えてもらえる可能性もあります。
そのため、従業員に開示する際には適切なタイミングで納得いくまで説明を行い、円満にM&Aが実施できるように心がけましょう。