「子どもは病院を継がないし、院内にも適当な後継人材はいない。病院を残すためには第三者譲渡(M&A)を検討したいが、人には知られたくない。どうすればいいのだろう。」このようなお悩みを持たれる医療経営者は少なくありません。医療経営者にとって、M&Aの検討は生涯で初めて直面する事態でしょうから、そのことを「誰」に、また「何を」相談すべきなのかがわからないのは、ある意味で当然のことかもしれません。
そこで本記事では、医療施設の譲渡をこれから検討なさる医療経営者に向けて、誰に、何を相談すべきかを説明します。
幸せのM&A入門ガイド
・M&Aの成約までの流れと注意点
・提案資料の作成方法
・譲受企業の選定と交渉
・成約までの最終準備
M&Aによる事業承継をご検討の方に M&Aの基本をわかりやすく解説した資料です。
目次
M&Aを「誰」に相談するか
M&Aには、法務や税務面で留意すべき点が多く、さらに医療施設の場合には、一般の事業会社と異なり、医療法による特殊な制約や行政とのネゴシエーションの必要性なども生じます。そのため、経験豊富な専門家の助けを借りずに進めることは現実的には不可能に近いこととなります。
医療経営者がM&Aの助言を求めるのは、次の三者が多いようです。
(1)顧問税理士(または顧問弁護士)
(2)取引金融機関
(3)M&A仲介会社
それぞれのポイントを確認しておきましょう。
顧問税理士(または顧問弁護士)に相談する
医療経営者が最初にM&Aを相談する相手としては、もっとも多いのが顧問税理士だと思われます。顧問弁護士がいる場合は弁護士のことも考えられますが、小さな医療施設だと顧問弁護士がいない場合もあります。しかし顧問税理士は、特殊な例外を除いて必ず存在します。
また、顧問税理士は、一般的に医療経営者と信頼関係が構築されており、その医療施設に後継者が存在していないことや、業績、財務や債務の状況などの内部情報も熟知しているため、はじめに相談する相手としては適任かもしれません。ただし、顧問税理士は、税務のプロではありますが、M&A実務や法務に必ずしも明るいとは限りません。税務申告は毎年必ず実施されるものですが、M&Aは1人の理事長や社長にとってほぼ一生に一度の機会です。そのため、医療施設やその他の事業法人を多くクライアントに抱える税理士事務所でも、M&Aはほとんど経験したことがない先生が大半です。また、その点については、弁護士など他の士業者の力を借りるとしても、顧問税理士が単独でM&Aの相手(買い手または売り手)を見つけてこようとする場合、どうしてもその税理士のネットワークの範囲内でしか情報を集めることができません。
そこで、実際には、医療経営者から相談を受けた顧問税理士が、医療経営者の同意を得た上で、金融機関やM&A仲介会社などに相談をすることが多いのです。
▼M&Aの最大のポイントは「相手探し」
実は、M&Aでいちばん難しいのは、この自院にマッチした買い手(または売り手)を探すという部分なのです。逆にいえば、もし買い手(売り手)が決まっている、というケースであれば、いきなり双方が弁護士を立ててデューディリジェンスや契約のやり取りをしても、おそらく進められるでしょう。したがって、相談相手についても、(一般的な知識の相談ではなく)実際にM&Aを進めることを前提とした相談であるのなら、自院にマッチした相手を見つけられるかどうかという観点から相談相手を考えるとよいでしょう。
取引金融機関に相談する
いわゆるメインバンクとして付き合いの長い金融機関があれば、顧問税理士と同様に、医療施設の業績や財務などの内情をよく理解してくれているため、話を進めやすいといった利点があります。
また、金融機関は、都市銀行であれば全国規模の、地方銀行や信用金庫・信用組合であればその地域の顧客基盤を有しており、その顧客基盤を生かして買い手候補に関する情報を集めやすいというメリットはあります。
ただし、金融機関によってM&Aに対する温度差があり、最近では、収益多角化の一環として、M&Aアドバイザリー業務に力を入れている地方銀行などもある一方、自行内ではまったくわからないとして、付き合いのあるM&A仲介会社に話を流すだけの銀行もあります。一般の事業会社のM&Aであれば、ある程度対応可能な金融機関でも、特殊性がある医療施設M&Aにおいては、対応ができないことが多いのが実情です。
M&A仲介会社に相談する
M&Aのアドバイザリー業務を行う会社のうち、基本的に売り手と買い手の間に立って両者をマッチングさせることを専門業務としている会社です。中小企業や医療施設の事業承継を主目的としたM&Aでは、一般的には、仲介会社に依頼することが増えています。
M&A仲介会社は、M&Aの売り手と買い手の双方に適した相手を見つけてマッチング業務を行い、さらにM&Aが円滑に進むよう、双方にさまざまなアドバイスを行います。M&A仲介会社の最大の特徴は、やはりM&Aの売り手と買い手の情報(候補リスト)を多量に有しているところです。
また、M&A仲介会社には業界特化型の会社(または部門)もあり、商法や税法などだけではなく、業界固有の特別法(医療法など)や、法律以外の業界の慣習、人的ネットワークなどを熟知していることから、スムーズなM&Aを進めやすいこともあります。
三者のまとめ
上記3つの相談先の有する機能等について、ごく簡単にまとめると概ね下表のようになります。なお、表内の評価はあくまで一般論であり、注書き以外にも、表内の評価とは異なるケースが多々ありうる点に留意してください。
【M&Aの相談先とその機能等】
(注1)はじめてコンタクトを取った際の状態です。その後話し合いの中で、当然経営者との関係性や施設への理解は高まっていきます。
(注2)M&A経験に乏しい税理士事務所の場合です。なお、この場合でも、M&Aの税務面の知識は豊富に有していると考えられます。
M&Aの相談に際しては情報管理に細心の注意を
医療施設のM&A譲渡は、恥ずべきことでも後ろめたいことでもありませんが、世間にはまだ一種の「偏見」が残っていることもあり、情報の取り扱いにはセンシティブにならなければいけません。中途半端な形で情報が漏洩すると、医療施設のスタッフや患者さんに無用な動揺を与えかねないため、M&Aが成立するまでは情報は秘匿して進めることがセオリーです。
「誰」に相談するかという点では、情報秘匿という観点も考慮しなければなりません。たとえば、親族や知人などに相談する際にも、情報管理等について十分な検討をしてから相談すべきでしょう。非常に気を使う医療経営者は、セミナー会場で他院の理事長などに遭遇することを避けるため、敢えて近隣の会場ではなく遠方の会場まで足を運ぶということもあるのです。
▼「ブローカー」に注意
また、医療業界には、元製薬会社のMRだとか、医療機器メーカーの営業マンだとかいった、業界に広く顔の利く人が、いわゆる「ブローカー」のような立場で、医療施設のM&A情報を吹聴していることが昔からよく見られます。
「あの病院の理事長が病院を売りたがっている」とか「あの理事長は◯◯県で病院を買いたがっている」といった、真偽不明の情報をあちこちで話して「私にまかせておけばうまく買い手(売り手)を探しますよ」ともちかけ、実際にM&Aが成立すればいくらかの報酬を得る、といったことをしている個人です。
このようなブローカー的な人物は、情報秘匿ということにほとんど気を使わないため、うかつに相談をしてしまったばかりに、あっという間に業界内で良くないウワサが広まってしまい、かえってM&Aが成立しにくくなってしまうこともよくある話なのです。また、こういう人物は単に右から左に話を流すだけであり、M&Aのプロセスに必要なバリュエーションやデューディリジェンスといった実務は、まったくサポートしてくれません。もしM&Aの実施過程や成立後に大きなトラブルが生じても、責任を取ってはくれないのです。そのような点からも、ブローカーのような者の話には十分注意し、最低でも上述した三者のような社会的な立場と責任が明確な事業者に相談すべきだと思われます。
まずは素直な悩みを伝えてみる
ここでは、M&A仲介会社に相談する場合を想定します。
多くのM&A仲介会社では無料相談会(セミナー)を開催しているので、まずはそこに参加して情報収集するのがよいでしょう。一般的なM&Aではなく、「医療施設のM&A」をテーマとした専門の相談会に参加できればベターです。相談会に参加したら、気軽にM&Aアドバイザーに相談してみましょう。
この時点では深く考える必要はありません。ご自身が悩んでいること、心配なことを率直に話せば大丈夫です。
もちろん、「M&Aをする」と決心している必要もありません。むしろ、子が親族承継をするかもしれないし、しないかもしれない、まだはっきりしないというあいまいな段階で早めの相談をしておくことをおすすめします。
たとえば、
・後継者候補の子どもとうまくコミュニケーションがとれないこと
・医師や看護師の採用に苦労していること
・施設の建て替えが必要になるかもしれないが資金の目処が立たないこと
・集患や業績など、経営面で不安があること
・病床機能を変えていきたいがどのようすればいいかわからないこと
などなど……。
現在抱えている悩みを伝えてみれば、専門家の立場から一定の助言が得られるはずです。
そして、相談の中で、やはり第三者への経営権の譲渡が適切という話になれば、過去の事例などを交えて、相談時点の医療施設の簡易なバリュエーション(事業価値評価)をしてくれたり、マッチングのためのアイデアを教えてくれるでしょう。
「M&Aありき」ではなく、まずはご自身と医療施設の将来についての、心配事を話してみて、情報収集してみましょう。その中で、「なるほど!」と強く思える部分があれば、具体的に話を進める方向で考えればいいのですが、それが今すぐではなくても、別にかまわないのです。
M&A仲介会社の選定にあたり、何を重視すべきか
情報収集の段階では、いくつものM&A仲介会社に話を聞いてみることをおすすめします。しかし、実際のアドバイザリー契約を結ぶときは1社に絞らなければなりません。アドバイザー候補を選ぶ際のポイントをお伝えします。
▼M&Aは“経験”がモノをいう世界
くわしくは別の記事で解説しますが、M&Aの交渉や手続きを進める過程では、さまざまな場面で数多くの問題が生じます。そのような問題が大きなトラブルに結びつくと、せっかく何か月もの時間を掛けたM&Aプロセスが途中で頓挫してしまうことがあります。
また、最悪の場合は、問題があるにもかかわらずそれに気づかずに契約を結んでしまい、後からそれが発覚することもありえます。そういった事態を避け、スムーズかつ確実なM&Aを実現するためにもっともポイントとなるのが、M&Aアドバイザー(M&A仲介会社の担当者)が持つ経験値です。それも、一般的なM&A業務経験ではなく、あくまでその業界(医療業界)での経験が重要です。
医療業界でのM&A経験が豊富にあれば、過去の事例をベースにして、そのM&Aの過程で交渉トラブルになったり、行政との対応で問題になったりするかもしれない潜在的な問題の可能性を、初期段階からかなり高い確度で予測・指摘することが可能になるからです。実際のところ、M&Aにおいてトラブルの可能性がまったくない売り手は、ほぼありません。どの医療施設でも、多かれ少なかれ、M&Aでトラブルになりうる問題が必ずあります。しかし、問題があっても、それをあらかじめ予見して対応策を考えておけば、トラブルにはなりません。
▼会社ではなく、個人やチーム
それができるのは成功・失敗含めて、多くの“引き出し”=経験とノウハウを持つアドバイザーだけなのです。そしてその“引き出し”は、仲介会社の規模にもよりますが、会社単位で蓄積されるものではなく、担当者個人単位あるいは担当チーム単位で蓄積されるものです。そのため、アドバイザーを選ぶ際には、ぜひその「担当者」あるいは「担当チーム」が、医療業界でのM&Aについてどれだけの経験があるのかを確認してください。
それも「◯件の仲介実績があります」といった概要ではなく、自院と似たような状況の、どの病院とどの病院のM&Aを成功させたのか、そのときに注意したポイントや難しかったポイントはどこだったのか、あるいは、失敗したM&Aはあるのか、など、具体的な事例を話してもらうことが必要です。それらを、すらすらと答えられるのであれば、安心してまかせられるアドバイザーでしょう。
▼担当者の“真剣さ”の確認も大切
2つ目のポイントは、担当者が、自院のことや、経営者の想いについて、どれだけ真剣に考えてくれるのか、という点です。
多くの医療経営者にとって、長年にわたって経営してきた自院を譲渡するにあたっては、手塩に掛けて育てた娘を嫁に出すような、あるいはそれ以上の想いがあるものです。その想いを受け止めることなく、「あなたの病院はこれくらいの価額になります。これだとこの相手さんと価額が合いますね」などと、言葉は悪いですが、単に譲渡価額の「数字合わせ」だけでマッチングさせようとするようなアドバイザーには要注意です。
あるいは、最初からM&Aありきの結論しか提示できないアドバイザーも、やはり経営者の想いを真剣に受け止めているとはいえません。
逆に、M&A以外の選択肢も含めて提示してくれて、どれが経営者の想いを実現するのにもっとも最適なのかという観点から一緒に検討してくれるようなアドバイザーであれば安心できるでしょう。