M&Aが企業の成長戦略などの一環として行われることが近年、増加しています。その背景には、買い手企業の事業の多角化や技術向上などのさまざまな目的があります。本記事では、買い手企業がどのような目的のためにM&Aを行うのか、どういったメリットがあるのかを事例とともに解説します。
▷関連記事:M&Aの目的とは?買手企業・売手企業のそれぞれの目的
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
買い手の買収目的は、主に規模の経済性・事業の多角化・新規事業参入・技術力向上
買い手企業には主にどのような目的があるのか見ていきましょう。
新規事業の買収による事業内容の多角化、リスク分散
新たな事業展開のためにM&Aが活用されることも増加しています。その背景には、事業の多角化によってリスク分散ができることがあります。複数の事業を展開することで、社会情勢や業界動向の影響によって特定の事業の業績が芳しくない状況になっても、別事業で補完ができるからです。
また、M&Aによって新規事業を展開することで、自社で一から行うよりもスピーディーに立ち上げられます。M&Aでは多くの場合、売り手企業の優れた従業員を一挙に確保できるだけではなく、その事業のノウハウなどもあわせて獲得できるためです。
しかし、積極的なM&Aによって事業を多角化し、リスクを分散させている企業は、市場からの評価を受けづらい傾向にあります。このように事業の多角化を行う企業において、市場の評価が低下し、株価が下降する現象をコングロマリットディスカウントといいます。
リスク分散を実施しているにもかかわらず市場で評価されない理由として、コングロマリットの全ての事業を精査することが難しい点が挙げられます。
また、投資家やアナリストが企業への投資を検討する際、関連しない事業の業績について時間をかけて分析することにメリットが少ないことや、前提として投資家自身が投資によってリスク分散を図っているため、市場の評価が上がりにくい傾向があります。
このように多くの事業を展開することで、投資家やアナリストから敬遠されやすくなり、市場からの評価が上がらないことがあるといえます。
そのため、ソフトバンク株式会社や楽天株式会社などは業績の優れた事業を子会社化し、経営リソースの流れを明確にすることで、投資家やアナリストに受け入れられやすい経営戦略を行い事態の打開を図っています。
関連事業の買収による事業の強化、シナジー効果
上述の新規事業の立ち上げ以外でも、既存の事業に関する分野の企業を譲受けることも有効です。例えば、アパレル製造メーカーが販売店とM&Aをすることによって、製造から販売まで一貫して行うことができます。この場合、企業間でかかる手数料や販管費などのコスト削減が実現できます。
こうしたように複数の企業が一つになることで、単純な足し算以上の効果を発揮することを「シナジー効果」と呼びます。売り手企業を探す際は、どのようなシナジー効果が得られるのかを考えることでより有益なM&Aになります。
▷関連記事:M&Aの成功を左右する「シナジー効果」とは。種類や事例と評価方法を紹介
既存事業の買収による事業の拡大、業界のシェア獲得
既存事業の拡大にも、M&Aは多く活用されています。例えば、飲食店を展開する企業が飲食店を譲受けることなどが該当します。既存事業の拡大はシナジー効果の他にも業界内でのシェア拡大が得られるからです。
こうした既存事業と同じ事業のM&Aをすることで拡大をしてきた企業に日本たばこ産業株式会社があります。ロシアのたばこ会社のJSC Donskoy Tabakや、「Winston(ウィンストン)」などを展開する米国のRJRナビスコ社からたばこ事業などを譲受け、事業を拡大させてきました。
M&Aにおける買い手のメリットはさまざま
今までご紹介した目的以外にもM&Aにはさまざまなメリットがあります。ここではM&Aの買い手企業のメリットを紹介します。
経営資源が獲得できる(人、モノ、ノウハウ)
M&Aによって事業や企業を譲受けることで、当該事業の人材、モノ、ノウハウを一挙に得られます。それらを一朝一夕で築くことは難しいのが実態です。そのため、M&Aによって一挙に得られることはメリットになります。
譲渡企業から譲り受けた事務所や工場などの有形資産と、従業員の持つ効率的な業務の進め方や技術、ノウハウや知的財産などの無形資産などを活用することでビジネスの成長が期待できます。
例えば調剤薬局業界のM&Aを例に挙げると、店舗運営のノウハウの継承が行われた結果、効率化につながった事例があります。
2016年9月、日本調剤株式会社が合同会社水野を子会社化しました。水野は医療安全性向上への取り組みは業界最先端の会社であると同時に、日本で最初の調剤薬局「水野薬局」を運営する高い知名度とブランド力を持っています。
特に、水野が持つ業界最先端のICT(情報通信技術)を活用し、顧客の薬剤投与歴や薬剤の在庫管理、調剤の過誤防止のための特許技術を用いた仕組みを搭載し、薬剤師のミスを減らすことを可能にしました。
このシステムを効果的に用いて、薬局内での薬剤師と顧客の間での調剤の受け渡しの間違いを防ぐことは、店舗運営をするうえで効率性と安全性を獲得できることになります。日本調剤は、水野の効率的な店舗運営や医療安全性の向上などのノウハウを用いることで、調剤薬局事業におけるシナジー効果を見込めると発表しました。
このように、資本や事業といった目にみえてわかるものだけでなく、店舗運営のノウハウなどといった無形資産も立派なシナジー効果のひとつになります。
リスク軽減(多角化、事業の強化、拡大)
事業の多角化、強化や拡大などが図れることもメリットになります。事業の規模が大きくなることでスケールメリット(規模の経済)が得られるのです。同一商品の大量仕入れによるコスト削減や、知名度向上による広告費用の削減などがスケールメリットによって得られます。
事業承継を行い主要取引先の後継者問題を解決
こうした買い手企業側のメリット以外にも、後継者不在の企業を譲受けることで、売り手企業を存続させることができるというメリットがあります。例えば、自社にとって重要な取引先が後継者不在によって廃業を考えているような場合、M&Aによって譲受けることで後継者不在の売り手企業を存続できるのです。
▷関連記事:中小企業を廃業から救う「事業承継」にM&Aを使うメリット
買い手のデメリットと回避策
メリットの一方で、デメリットも存在します。デメリットを理解した上で、M&Aの検討段階から対応策を考えて進めましょう。
人材の軋轢、組織統合などによる時間とコスト
M&Aは最終契約を売り手企業と結ぶことで手続きそのものは完了します。しかし、M&Aの成約後にはPMI(Post Merger Integration)と呼ばれる両社の融合を進める必要があります。このPMIを上手く進められなかった場合、従業員の退職などが起きる可能性もあります。そのため、M&A後にどのようにPMIを進めるのかを早い段階から考えましょう。
▷関連記事:PMIとは?M&A成立後の統合プロセスについて株式譲渡を例に解説
見込んでいたシナジー効果が得られない可能性
M&Aによって得られるシナジー効果に関しても、M&A検討段階から洗い出しておきましょう。
M&Aによって見込めるシナジーを考えずに進めてしまうと、相手企業を見つけることも難しくなるばかりではなく、M&Aに要した時間、コストに見合う効果が得られなくなることもあるでしょう。特に、どの企業とであればどのようなシナジーが見込めるのかを熟考し、相手探しをすることでスムーズにM&Aを進めることができます。
具体的なシナジー効果として、収益向上のシナジーとコスト削減のシナジーの2つが例として挙げられます。
収益向上のシナジーには、企業間での問題解決法などの共有により得られる経営シナジーと、生産設備や流通経路などを共有化することで得られる販売シナジーが考えられます。また、生産ノウハウの共有によってコストが下げることが望めるコスト削減シナジーも目的になります。
各専門家への報酬、税金、登記費用や印紙代などの資金
M&Aには譲渡の対価として支払う金銭などの他にも、M&Aアドバイザー、弁護士や税理士などの専門家への報酬、税金、登記費用や印紙代などの資金が必要になります。また、買い手企業はデューディリジェンス(Due Diligence)という売り手企業の調査費用も負担することが一般的です。こうしたM&Aの資金は高額になることも多いため、事前に自社の財務状況などを見直しておきましょう。
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買い手の成功事例について
昨今、M&Aを活用した経営は、大企業に限らず中小企業でも行われています。また、あらゆる業界で活発化しています。ここではイオン株式会社の事例を紹介します。
イオン株式会社
「近所のスーパーマーケットがイオンになった。」という経験をされた方も多いのではないでしょうか。それは、イオンがM&Aを行った影響かもしれません。
小売業界1位のイオンは2015年1月に株式会社ダイエーを株式交換によって完全子会社化しています。また、こうしたスーパーマーケット業以外にもM&Aを行っています。2014年11月にはドラッグストアである「ウェルシア」を運営するウェルシアホールディングスをTOBによって子会社化しています。
イオンは、同業者をM&Aで買収することにより、拠点の拡大や新しい人材の確保といった初期コストを抑えつつ、事業の拡大をしてきました。これは先述したスケールメリットの獲得を目的としたM&Aに該当します。
また、経済産業省の調査でも2018年度の店舗数が過去最高を更新するなど成長が見込めるドラッグストア業界の企業を買収することで、さらなる事業規模の拡大を目指していると考えられます。
イオンは2000年時と比べ売上高を約5倍伸ばしていて、その背景には事業拡大という明確な目的をもって買収を行っていることが挙げられます。そのため、M&Aを検討する際は自社の状況を整理し、自社がM&Aを通してどのような目的を達成すべきか明確化することが重要です。
まとめ
経営戦略として注目されるようになったM&Aの、買い手企業に絞った目的に関して解説しました。買い手企業のM&Aの目的は、リスクの分散やシェアの拡大などが挙げられます。また、経営資源の獲得などのメリットとともに、M&Aにかかるコストなどのデメリットを考慮した上で、M&Aを進めるようにしましょう。
M&Aは法務、税務や会計などの専門性の非常に高い知識が必要になります。不明点などがある場合は、M&Aアドバイザーなどの専門家に相談して進めることがお勧めです。
▷参考:成約事例 | fundbook(ファンドブック )M&A仲介サービス