近年、日本の医療業界ではM&Aが活発になっています。その理由として診療報酬のマイナス改定の影響や、医師をはじめとした事業者の高齢化などがあげられます。
本記事では、医療業界の現状やM&Aの業界動向、実際に医療業界で行われたM&Aの事例を紹介します。病院を買収することによって得られるメリットや、買収する際の注意点、また価値評価の方法などを解説します。これから医療業界においてM&Aを検討している方はぜひご一読ください。
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目次
病院・医療法人のM&A動向
昨今、日本は少子高齢化が進み、先進国でも類を見ない超高齢社会へ突入しました。
それに伴い、病院や医療法人などの医療業界の市場は拡大し、2030年には医療・介護業界の就業者数が製造業や卸売・小売業を抜き、日本最大の産業になるともいわれています。
このように就業者数は増加が見込まれている中で、地方病院や医療法人では医師などの後継者不足が深刻化しています。しかし、地域の病院が後継者不在などを理由に廃業してしまうと、地域の住民への影響ははかり知れません。
この状況を防ぐ手段のひとつとして、近年M&Aに注目が集まっています。
なお、一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会、一般社団法人日本医療法人協会が発表した「新型コロナウイルス感染拡大による2020年7月分病院経営状況調査」によると7月の医療収益が前年比で6.3%も減少したとわかりました。
病院、医療法人を買収するメリット
病院や医療法人を買収するメリットは主に3つあります。
・新たな拠点を得られる
・地域の医療を継続できる
・事業基盤の強化
それぞれ順番に解説します
新たな拠点を得られる
医療法人が収益を増やす際、医療という性質上、基本的には患者の単価を上げて収益を増やすことはできないため、事業規模や拠点を拡大して患者数を増大させることが求められます。M&Aを活用することににより、病院を一から立ち上げる必要なく、施設を立てるコストなどを抑えて新たな拠点を構えることが可能です。
地域の医療を継続できる
一般的に地方ほど高齢者の比率は増加し、医療機関への需要は高まります。
しかし、地方ほど医師不足や後継者問題は深刻です。後継者が見つからず廃業となってしまうと、医療が受けられなくなるなど、その地域の患者に与える影響は大きいです。そのため、M&Aで地域医療の継続を図ることは地域住民にも大きなメリットがあります。
事業基盤の強化
M&Aによる事業規模の拡大は、仕入・調達の一本化や管理部門の適正化といったコスト削減などのスケールメリットを生み、事業収益を上げることが期待できます。
例えば、医療法人徳洲会は1980年代後半より買収によって事業規模拡大の戦略を行ってきました。医療業界においてM&Aを先駆けて行ったことにより、現在では日本最大の医療法人となりました。
医療法人の種類と区分
医療法人の種類と区分をお伝えします。
医療法人は大きく分けると以下の2つになります。
・社団医療法人
・財団医療法人
医療法人のM&Aを考えている人は、覚えておいてください。
社団医療法人
社団医療法人は、出資持分の定めがある「経過措置型医療法人」と、出資持分の定めのない「社会医療法人」「特定医療法人」「基金拠出型法人」に分けられます。
図表にすると以下のようになります。
出資持分の定めがある | 出資持分の定めがない |
経過措置型医療法人 | 社会医療法人 |
特定医療法人 | |
基金拠出型法人 |
これらの詳しい違いは、後の章で解説します。
出資持分とは社団医療法人に出資した者が、当該医療法人の資産への出資額に応じて有する財産権のことを指します。
財団医療法人
財団医療法人とは、個人や法人が無償で寄付する財産で設立された医療法人です。
構成員への払い戻しがないので、解散時の財産は国や地方公共団体に帰属されます。また、非営利というイメージが強いので、社団医療法人に比べて患者さんから好印象を持ってもらいやすいというメリットがあります。
しかし、財団医療法人は、法人に財産を寄付する際に贈与税がかかってしまいます。社団医療法人に比べて、財団医療法人は税金面で不利なので、現在は利用されることがほとんどありません。
なお、日本国内の医療法人は約99%が社団医療法人で、財団医療法人は約1%のみです。
事業法人のM&Aと比べ買収手法が限られる
医療法人の開設主体は、前章でお伝えしたように主に社団医療法人と財団医療法人の2つに分かれ、そこから出資持分の有無などでさらに複数の法人に分類されます。
法人の種類が異なると監督する省庁が異なり、それにともない買収手法が異なります。そのため、それぞれの法人ごとにどの省庁が監督し、どのような買収方法が適しているのかを認識することが重要になります。
医療法人の種類。買収で注目すべきは「出資持分の定め」
医療法人の買収で注目すべきは「出資持分の定め」です。出資持分の定めがあるかないかで、医療法人の種類が変わってきます。
出資持分の定めがある | 出資持分の定めがない |
経過措置型医療法人 | 社会医療法人 |
特定医療法人 | |
基金拠出型法人 |
詳しく解説します。
経過措置型医療法人について
出資持分の定めがある経過措置型医療法人は、元々は社団医療法人であって、定款で出資持分に関する定めを設けている法人のことを指します。出資持分の定めとは、通常社員の退社に伴う出資持分の払戻しおよび、医療法人の解散に伴う残余財産の分配に関する定めのことです。
2007年施行の第5次医療法改正により出資持分の定めがある医療法人を新設することができなくなりましたが、当分の間は経過措置型医療法人として、存続する措置がとられています。
また、2017年に厚生労働省が「持分なしの医療法人移行に対する推進策」を開始したため、持分なしの社団医療法人への移行が進んでいます。厚生労働省の種類別医療法人数の年次推移では以下の表のように推移しています。
年度 | 社団医療法人の合計 | 持分ありの社団医療法人(経過措置型医療法人) | 持分なしの社団医療法人 |
2015年 | 50,480社 | 41,027社 | 9,453社 |
2016年 | 51,577社 | 40,601社 | 10,976社 |
2017年 | 52,625社 | 40,186社 | 12,439社 |
2018年 | 53,575社 | 39,716社 | 13,859社 |
出資持分の定めなしの医療法人について
出資持分の定めがない医療法人は社会医療法人、特定医療法人、基金拠出型医療法人とよばれ、それぞれ条件が異なり、それに伴い監督している省庁も異なります。
社会医療法人は公共性の高い医療法人を指し、救急医療や夜間医療など利益を追求しない部門を設置している病院が該当します。この社会医療法人の管轄は都道府県です。
特定医療法人は公的に運営され、社会福祉に強く貢献している医療法人のことを指します。社会医療法人よりも公共性が高いことから、税制の面で優遇されており、国税庁が管轄しています。
基金拠出型医療法人はそこで働いている医師や名士、または基金から出資してもらうことで運営される医療法人のことを指します。ひとつの都道府県で運営されている医療法人は所在地が存在する都道府県が、複数の県にまたがって運営されている医療法人は主たる事務所の所在地が存在する都道府県が管轄しています。
このように監督する省庁が異なると買収の手続きも変わります。特に、買収する側の企業は事業規模の大小で、監督する省庁が異なることもあるため注意する必要があります。
医療法人の買収手法
手法 | 概要 | 行政手続き | 病床引継ぎ | ポイント |
事業譲渡 | 特定の事業に対して必要な有形的・無形的な財産を一体とした上で、それらの全体または一部を譲渡すること | 許可 | なし (要行政説明) | 行政に対する事前相談を行う(行政に対する説明・了承が必要となるケースがあるため※1) 行政の了承後、病院・医療法人の新規開設と廃止の手続を同時に行う |
合併 | 2つ以上の法人が契約により存続する1つの法人に集約されること | 許可 | あり | 各都道府県の医療審議会に意見を聞く必要がある |
出資持分譲渡 および 役員などの交代 | 上院・医療法人に出資されている財産を売却すること 経営者の入れ替えのみで医療法人は存続可能 | 届け出 | 原則あり | 定款に定められている手続きをもとに、人員の入れ替えを行う |
※1 行政の了承を得るために、地域医療構想調整会議・医療事前協議会といった有識者会議での承認が必要となるケースもあります。
医療法人の買収では、事業譲渡、合併、出資持分譲渡の3つの手法が用いられます。その中で、手続きが比較的簡便な「出資持分譲渡」が実務上多くの場面で活用されます。
それぞれの買収方法のメリット・デメリット
それぞれの売買手法のメリットとデメリットをお伝えします。得たい結果に応じて、手法を選択してください。
・事業譲渡について
・合併について
・出資持分譲渡について
重要なポイントなので、ぜひ覚えておいてください。
事業譲渡について
医療法人による事業譲渡は、病院にある特定の科などをほかのグループに譲渡することを指します。
メリット①:買収する範囲を指定できる
事業譲渡では、買収する事業の範囲を指定できるため、必要な事業だけを買収することができます。
メリット②:簿外債務を引き継ぐリスクが少ない
事業譲渡では、買収する事業の範囲を指定できるため、簿外債務を引き継ぐリスクが少なくなります。
デメリット①:手続きが複雑になりやすい
事業譲渡は、求められる手続きが多く、買収する前に申請が必要なことや、買収後に営業を再開するにも監督省庁へ届出をしなくてはいけません。
また、従業員との雇用契約を再度締結することが必要な点においても工数と時間がかかります。
事業譲渡については、以下の記事で詳しく解説しています。
▷関連記事:M&Aの事業譲渡とは?事業承継に代わる選択肢
合併について
合併とは、2社以上の医療法人が合わさって、1つの医療法人になることを指します。合併を受けた側の医療法人は消滅します。
メリット①:消滅した側の取引先や医師や看護師との関係を引き継げる
合併をすると消滅した側の医療法人が持っていた取引先や医師や看護師との関係を引き継げます。
メリット②事業のシナジー効果が期待できる
2社以上の医療法人が合わさるため、事業のシナジー効果が期待できます。
デメリット①:消滅側の負債も引き継ぐ
医療法人の合併は、病院それ自体、かつ消滅側の負債を、原則全て引き継ぐ必要があります。
デメリット②監督省庁や所在地の都道府県の医療審議会の許可が必要
また、事業譲渡と同様に事前に監督省庁からの許可が必要です。
さらに監督する省庁だけでなく、所在地の都道府県の医療審議会にも意見を聴く必要があります。ここで許可が出てはじめて合併を行うことができます。
合併は、社団医療法人同士、財団医療法人同士、または、社団医療法人と財団医療法人が可能です。
一般的な合併は、以下の記事に全体像をまとめています。
▷関連記事:M&Aにおける吸収合併とは?手続きやメリット、登記方法を解説
出資持分譲渡について
出資持分譲渡は、病院・医療法人に出資されている財産を、売却先に渡すことを指します。
メリット①手続きが簡単
事業法人における株式譲渡にあたり、登記変更のみで可能なため手続きも短く、経営者の入れ替えのみで医療法人はそのまま運営を行うことができます。他の買収スキームよりも手続きも少なく、短い期間で完了させることがメリットです。
デメリット①買収前の出来事にも責任を負う
出資持分譲渡は、買収前の出来事にも責任を負うことがデメリットです。
病院・医療法人の買い取り価格はいくらになる?
次に、病院・医療法人の買取価格はどのように決められるのかを解説します。算出方法は、一般的な事業法人と同様の手法を用います。
ただし、周辺地域の状況や立地、財務状況、事業規模など多角的な視点から算出するため、一般的な事業法人に比べて振れ幅は大きくなります。それらを踏まえたうえで、どのように価格が決められるのかをみていきましょう。
買収価格の算出方法は主に以下3つになります。
・コストアプローチ
・マーケットアプローチ
・インカムアプローチ
1つ目のコストアプローチは、譲渡企業の純資産価値に着目した評価方法のことです。企業の純資産が基準になっているため客観的な評価基準としては非常に優れていますが、将来的な利益は加味されていないのが特徴です。
2つ目のマーケットアプローチは、過去の病院の売買事例など、市場が決めた価値基準にもとづいて企業価値を算出する評価方法のことです。代表的なものに「市場株価平均法」「類似会社比準法」「類似取引比較法」があります。
3つ目のインカムアプローチは、将来見込まれる収益を予測して現在の企業価値に換算する算出方法のことです。将来的に得られると見込まれる収益や利益などを現在の価値に還元し法人や事業の価値を判断します。
上記の手法のように企業価値を算出することをバリュエーションといいます。
通常、正確性をより引き上げるために、上記の方法から複数を用いながら行われるのが一般的です。しかし、医療法人に関しては一般的な企業と価値評価の際と基準が異なるため、実務においては代表的な価値評価がないのも特徴です。
企業価値評価と企業価値の算出方法は以下の記事を参考にしてください。
▷関連記事:企業価値評価とは?M&Aで使用される企業価値の算出方法
病院・医療法人の買収と非営利性について
病院・医療法人は人命が関わるため、営利性が認められず、非営利性が求められます。病院・医療法人が営利性を求めた場合、お金持ちを優先したり、治療費が高額になったりするリスクがあるからです。
そのため、株式会社は営利活動を目的にしているため、非営利性が求めらる病院・医療法人の経営を行うことができるかが問題になります。
結論からお伝えすると、営利法人は医療法人の社員(株式会社の「株主」に該当する役割)にはなれません。
また、営利法人は医療法人の理事(株式会社の「役員」に該当する役割)にも原則なれません。
医療法人を買収しても、非営利性が要求されるということは覚えておきましょう。
病院・医療法人買収の事例
病院・医療法人買収の事例を紹介します。
・医療法人伯鳳会と医療法人十愛会の統合
・医療法人啓仁会と医療法人礼団礼仁会
病院・医療法人買収のM&Aを考えている人は、参考にしてください。
1.医療法人伯鳳会と医療法人十愛会の統合
医療法人伯鳳会は2007年10月に株式会社整理回収機構から、医療法人十愛会国仲病院を取得して明石はくほう会病院としました。
伯鳳会は兵庫県赤穂市において、4つの病院を中心とし、診療所、介護老人保健施設、訪問看護介護、グループ ホーム、各種通所施設、生活介護事業、生活習慣病管理事業、医療専門学校、保育所など計20を超える事業所を運営しています。この統合によって伯鳳会グループとしては30を超える事業所となり、赤穂中央病院に本部を置き、本部管理の下で各施設を運営しています。
一方の医療法人十愛会国仲病院は兵庫県明石市にあり、医療療養病棟と介護療養病棟を運営していました。経営の悪化から平成17年に倒産し、債権は整理回収機構(RCC)に移行していました。
今回の統合は経営の悪化した旧国仲病院に対して、伯鳳会が合併の手段を取っての経営再建を図ったいわゆる救済統合型の合併になります。
その結果経営再建に成功し、経営統合後1年で黒字化、5年後には整理回収機構からの落札額も含めて完了しました。
2.医療法人啓仁会と医療法人礼団礼仁会
医療法人啓仁会は2008年1月に秀島病院を吸収合併して、医療法人礼団礼仁会吉祥寺南病院としました。
啓仁会はワム・タウンとよばれる「健康に、安心して、生きがいをもって暮らせるように、自治体や関係機関とも連携して、医療・保健・福祉の密接なネットワークを構築する」という考え方をもとに、保健・医療・福祉の総合サービスを通して生きがいある街づくりに貢献しています。
埼玉県所沢市、埼玉県比企郡、静岡県伊東市、宮城県石巻市、東京都武蔵野市に医療施設や介護施設などで構成する複合施設を保有しています。
秀島病院は、元々診療所だったものを個人病院化し、バブル期に資金を借り入れて規模の拡大をしていました。しかし、経営が悪化し大幅な債務超過状態に陥っていました。
今回の統合は、債務超過に陥った秀島病院と銀行、啓仁会とで協議した結果、銀行の債権放棄を条件に、病院の土地・建物は、統合前に負債を圧縮し、医療法人化した上で啓仁会が引き取る形の吸収合併になります。秀島病院は個人病院だったため、医療法人化して名称を吉祥寺南病院と変更しました。
その結果、単年度の黒字化に成功し啓仁会としても経営上の効果があったとし、近隣に計画されている介護施設とともにワム・タウンを形成しつつあります。
まとめ
病院・医療法人の買収は拠点の拡大、地域医療の継続、資金力の強化といったメリットがあります。ただし、事業法人と異なり開設主体が複数あるため、買収の際には注意が必要です。
また、先述したように病院の買収を行うためには、非常に多くの専門的な知識が求められます。
また、新型コロナウイルスによって、病院・医療法人の業界は退職が増加したり、外来患者が減少したりと変化が激しいです。
不明点などがある場合は、M&Aアドバイザーなどの専門家に相談して進めることがお勧めです。