クリニック業界では経営者(院長)の高齢化や後継者不足により、廃業を余儀なくされるクリニックも見られます。このような状況の中、事業承継の手段としてM&Aを検討するクリニックの経営者も増ています。
本記事では、クリニックのM&Aについての特徴や流れを紹介していきます。また、譲渡側と譲受側別のメリットやクリニックのM&Aを成功させるポイントなども解説しているので、参考にしてください。
幸せのM&A入門ガイド
・M&Aの成約までの流れと注意点
・提案資料の作成方法
・譲受企業の選定と交渉
・成約までの最終準備
M&Aによる事業承継をご検討の方に M&Aの基本をわかりやすく解説した資料です。
目次
クリニックの事業承継の方法
医療法では、医業を行う場所として病院とクリニック(診療所)に分類されており、クリニックの定義は、「病床を有さないまたは、19床以下の病床を有する医療施設」とされています。そのため、一般的にクリニックは個人経営である場合が多く、従業員の人数もそれほど多くないのが特徴です。
近年、経営者の高齢化により廃業を余儀なくされるクリニックも見られますが、事業承継を行うことで後継者に事業を引き継ぐことが可能です。事業承継の手法には、「親族事業承継」「親族外事業承継」「M&Aを活用した事業承継」がありますが、ここではそれぞれの特徴を紹介します。
▷親族事業承継
親族事業承継は、一般的にクリニックの事業承継で最初に検討される手法です。経営者自身の親族に事業を引き継ぐ手法ですが、自身の子どもへ承継するケースが多くなります。
しかし、医療経営の引き継ぎは、原則として医師である必要があります。そのため、親族内に医師免許を取得している人がいない場合は、他の承継手段を検討する必要があるでしょう。
▷親族外事業承継
親族外事業承継は、親族外の院内の従業員(医師免許取得者)に事業を承継する手法です。クリニックの規模や状況にもよりますが、親族事業承継が難しい場合に検討されることがあります。
一般的に承継候補となるのは、クリニックで長期勤務していた従業員となるため、自院の方針や文化を理解しており、既存の従業員からも受け入れられやすいというメリットがあります。ただし、クリニックを承継する側は多額の資金が必要になるため、承継資金の準備が難しい点が課題となります。
▷M&Aを活用した事業承継
近年、事業承継の手段としてM&Aが活用されることも多くあります。仲介会社や金融機関などのM&Aの専門家に譲渡先を探してもらい、クリニックを第三者に譲渡できるため、後継者がいない場合でもクリニックを存続させられる可能性があります。
クリニック業界のM&Aの動向
近年、日本では会社経営者の高齢化と後継者不足が社会問題になっていますが、クリニック業界でも同様の問題があります。
事実、厚生労働省が発表した「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(2018年)」によれば、「診療所の開設者又は法人の代表者」の平均年齢は61.7歳となっています。
また、帝国データバンクの『全国企業「後継者不在率」動向調査(2020年)』によれば、病院・医療の後継者不足率は73.6%です。こちらのデータは病院も含まれますが、事業を引き継ぐ後継者が不足していることは見て取れるでしょう。
その他、一般的に個人経営のケースが多くなるクリニックでは、十分な資金がないことも珍しくないため、施設が老朽化した場合の修繕資金を確保できないといった問題もあります。このような理由から、M&Aを活用してクリニックの譲渡を検討する経営者も増えています。
クリニックのM&Aを行う流れ
M&Aは大まかに「準備フェーズ」「交渉フェーズ」「最終契約フェーズ」の流れで行われます。クリニックのM&Aに関しても基本的には同様の流れになります。
ここでは仲介会社に相談を行う場合として、譲渡側と譲受側のM&Aの流れを解説します。
▷譲渡する側の流れ
譲渡側のM&Aの流れは以下のようになります。
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1:仲介会社にM&Aの相談・問い合わせ
2:秘密保持契約・アドバイザリー契約の締結
3:M&Aに必要な各種資料の提出
4:仲介会社によるクリニックの価値評価の実施・概要書の作成
5:ノンネーム登録
6:譲受先との面談と交渉基本合意
7:デューディリジェンスの実施
8:最終合意
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クリニックのM&Aを検討する場合、まずは仲介会社に相談し、問題がなければM&Aアドバイザーと秘密保持契約・アドバイザリー契約の締結をします。
その後、譲渡側と譲受側の価値観やニーズなどを踏まえてマッチングが行われ、譲受先とのトップ面談を経て、基本合意が行われます。基本合意後は、譲受側(一般的には第三者の専門家)が譲渡側に対して「デューディリジェンス」と呼ばれる調査を実施します。
デューディリジェンスの結果を反映させ、問題がなければ最終合意となります。
▷譲受する側の流れ
譲受側のM&Aの流れは以下のようになります。
================
1:仲介会社にM&Aの相談・問い合わせ
2:買いニーズの検討
3:ノンネーム検討によりM&A候補のクリニックを決定
4:仲介業者との秘密保持契約とアドバイザリー契約の締結
5:候補先との面談
6:基本合意
7:デューディリジェンスの実施
8:最終合意
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M&Aでクリニックを譲受する側も、まずは仲介会社に相談し、ノンネームシートと呼ばれるクリニックを特定できない範囲の情報がまとめられた資料から、譲受先の候補を検討します。
候補のクリニックがいくつか決定したあとは、M&Aアドバイザーとの秘密保持契約とアドバイザリー契約の締結を行い、候補先とのトップ面談、基本合意という流れになります。また、基本合意後は譲渡側に対して法務や財務などのさまざまな観点から調査を行うデューディリジェンスを実施します。
デューディリジェンスは専門的な知識が必要になるため、第三者の専門家に依頼するのが一般的です。デューディリジェンスの結果を反映し、問題がなければ最終合意となります。
関連記事:M&Aの一般的な手続きの流れ 検討~クロージングまで
クリニック業界でM&Aを活用するメリット
事業承継の手段としてクリニック業界でM&Aを活用するメリットを紹介します。
▷譲渡側は売却益を得られてセカンドライフを考えられる
M&Aを活用してクリニックを譲渡することにより、譲渡側は創業者利益を得られるため、セカンドライフを考えることができます。例えば、アーリーリタイアをして余生を楽しんだり、利益を元手に起業したりすることも考えられるでしょう。
また、クリニックの譲渡によって、経営者としての重責から開放されるため、医師としてのセカンドステージを追求する方もいます。
関連記事:医療経営者のアーリーリタイア、セミリタイアという選択肢
▷譲受側は開業資金を抑えて人材の確保ができる
基本的にクリニックを開業する場合は、土地や建物、設備などで多額の開業資金が必要になりますが、M&Aでクリニックを譲受すれば開業資金を抑えられる可能性があります。
また、クリニックを運営するためには従業員が必要になるため、人材の確保が必須です。近年、医療業界では医師や看護師などの人手不足が問題となっていますが、M&Aを活用することで、譲渡されるクリニックの既存の従業員をそのまま引き継げるケースもあるため、人材の確保にも繋がる可能性があります。
▷地域の医療を守ることができる
地方では、住んでいる地域にクリニックしかないという地域もあるため、もし後継者が見つからずにクリニックを廃業してしまうと、その地域の医療環境が悪化してしまうことがあるかもしれません。
M&Aを活用して事業承継を行えばクリニックを存続させることができるため、「地域に医療を残す」「地域の医療を守る」ことに貢献できる可能性もあります。
クリニック業界でM&Aを行う際のポイント
M&Aを活用したクリニックの事業承継を成功させるためには、いくつか抑えておきたいポイントがあります。ここではクリニック業界でM&Aを行う際のポイントを紹介します。
▷譲渡側は譲渡価額を見極めることが大切
M&Aでクリニックを譲渡する場合、譲渡側はクリニックの譲渡価額を決めますが、譲渡価額は落としどころを見極めることが重要です。M&Aは譲受側が存在してはじめて成立します。高すぎる譲渡価額では、譲受側が購入できないケースもあるので、注意が必要です。
なお、譲渡価額の計算方法はいくつか種類があり、計算も複雑になります。そのため、譲渡価額は専門家と相談しながら決めるのがよいでしょう。
▷譲受側は既存の患者や従業員との関係性を考慮する
個人経営が多くなるクリニックの場合は、院長を信頼して診察に訪れる患者や院内方針を支持している従業員が多い可能性があります。
クリニックの譲受によって、譲受側は既存の患者や従業員を引き継げるメリットがありますが、M&A後に診察方法や院内方針を急激に変更してしまうと、患者や従業員が離れてしまう可能性があります。そのため、譲受側は、既存の患者や従業員との関係性を考慮する必要があるでしょう。
クリニックのM&Aを成功させるためには、M&A後も院内方針や勤務環境などの情報を共有して、患者や従業員との関係が壊れないように注意することが大切です。
▷信頼できる専門家に相談する
M&Aでは、M&A自体の知識はもちろん、法務や税務などの幅広い専門知識も必要不可欠です。また、クリニックのM&Aの場合は行政も関係してくるため、スムーズなM&Aを実施するためにも豊富な経験と知識を有した専門家に相談するのがおすすめです。
なお、医療経営者の場合、M&Aの相談先としては一般的に顧問税理士(または顧問弁護士)、取引金融機関、M&A仲介会社が多いとされています。
クリニック業界でM&Aを行う際の注意点
クリニックの事業承継では、一般的に以下の順番で検討されます。
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1:親族
2:親族外
3:M&Aの活用
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上記のように、M&Aを活用した事業承継は最後に検討されるのが一般的となっているため、そもそもM&Aを行うクリニックが少ない傾向となっている点に注意が必要です。
また、病院やクリニックといった医療機関は一般的な企業とは異なり、行政から認可(許認可)を得なければ業務を行えない業態のため、M&Aにおいてもさまざまな手続きが必要になります。
ですので、クリニックの事業承継にM&Aを活用する場合は、クリニックのM&Aに実績のある相談先を選ぶことが重要になります。
クリニック業界のM&A価格相場
クリニックのM&Aにおいて、譲渡価額は時価で評価した純資産に営業権を加えて算出する評価方法が一般的となっています。営業権については業績や診療科、病床機能、地域性などにより、一定の相場が存在しています。
ただし、クリニックの場合は診察や営業方法が経営者の判断となっていることも珍しくなく、患者や地域の評判も経営者に対する評価が大半を占めているのが一般的です。クリニックの譲渡によって経営者が変更となるので、営業権についてはそれほど高い評価を期待できないと考えておくのが無難でしょう。
なお、M&A後も前経営者が一定期間在籍したり、交通の便が良く好立地であったりなど、条件次第では営業権が高く評価され、相場以上の譲渡価額となるケースもあります。
まとめ
近年、クリニックの経営者の高齢化や後継者不足が問題となっていますが、M&Aを活用することで、第三者に事業承継を行うことが可能です。M&Aによって譲渡側は、創業者利益を得られてセカンドライフを考えることができる場合もあり、譲受側は開業資金を抑えられたり、人材の確保ができたりといったメリットがあります。
クリニックのM&Aは、一般的な企業のM&Aとは異なり行政も関係するため、さまざまな手続きが必要になります。M&Aを成功させるためには幅広い専門知識が必要となるため、クリニックのM&A実績が豊富な仲介会社などに相談するのがおすすめです。