会社の価値やその株式の価値を算出することを、「企業価値評価」と呼びます。
企業価値がどのくらいになるかを算出することで、買収企業(譲受企業)、売却企業(譲渡企業)双方がM&Aの計画を立てられるようになります。
では、買収価格はどのように決まるのでしょうか?現役のM&Aアドバイザーがわかりやすく解説していきます。
買収価格の算出に失敗をすると、高く売れた会社を安く売却してしまったり、安く買収できる企業を高く買ってしまったりするリスクがあります。
本記事では、M&Aにおける買収価格の目安の算出方法を説明します。適切な買収価格の目安を算出したい方はぜひ参考にしてください。
なお、M&Aの全体の流れは、以下の記事でまとめていますので、ご活用ください。
▷関連記事:M&Aとは?M&Aの目的、手法、メリットと流れ【図解付き】
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M&Aの相場とは?
「あなたの会社は〇〇円です」というようには、一概に企業価値は決められません。
なぜならば、企業価値は、その会社の多岐にわたる性質(例えば事業規模、収益性、財務内容や従業員数等)や、複数ある企業価値算出方法の中からどの方法に重点を置くかによって異なるからです。
それでは、M&Aの現場では、どのように買収価格が決定しているのかお伝えしていきます。
取引(買収・売却)価格は交渉で決定する
M&Aにおける買収価格は、最終的には買収企業と売却企業の交渉により価格が決まりますが、交渉の際の価格の判断材料として企業価値評価を活用します。企業価値評価は営んでいる事業やその規模、財務状況、税務などあらゆる点を考慮して、売却企業の適切な価格を算出することが目的です。
買収・売却価格の相場の考え方
企業価値評価によって算出された買収価格の目安に対して、売却企業と買収企業では基本的な考え方が異なります。売却企業は企業価値を高く算出することを希望します。理由としてはこれまで行ってきた経営の苦労、保有している技術力、従業員など、自社への思い入れが強く、「自分の会社を高く買ってほしい」と買収企業に望むためです。
一方、買収企業は安く算出することを希望します。シナジー効果の見込める企業を、できるだけ安く買収することで、資金調達の負担を下げることを望むためです。
▷関連記事:シナジー効果とは?M&Aを成功させるシナジーの種類や事例と評価方法
M&Aにおける買収価格の算出方法
M&Aにおける企業価値の算出方法は、いくつかあります。
最終的な企業価値は、それらのうち1つの方法を採用して算出する場合もありますが、複数の方法で算出し、買収価格を「およそ〇〇円〜〇〇円」といった形で目安をつけることの方が多いです。
企業価値の評価方法は3種類
企業価値の評価方法は主に以下の3種類です。
- コストアプローチ
- マーケットアプローチ
- インカムアプローチ
それぞれ解説します。
▷関連記事:企業価値評価とは?M&Aで使用される企業価値の算出方法
コストアプローチ
コストアプローチとは、企業の保有している資産および負債をベースにして株式価値を算出する方法です。売却企業の純資産を根拠にしているため、客観的に企業価値を算定しやすくなります。
簿価純資産法
簿価純資産法では、帳簿上の純資産合計を企業価値としています。株主資本が株式価値に該当するため、これを発行済株式数で割ると、1株当たりの株価が算出されます。
しかし、含み益や含み損によって、帳簿上の資産が時価と乖離(かいり)していることもあり、一般的に活用されることはありません。
時価純資産法
時価純資産法では、帳簿上の資産および負債を時価にして、時価ベースの純資産で企業価値を算出する方法です。また、将来の一定期間の収益性も営業権として加味し、それを時価純資産に足す方法もあります(年買法)。
会社の純資産に注視する簡便的な方法であるため、中小企業に比較的採用されやすい手法です。
コストアプローチは、こちらの記事で詳しく解説しています。
▷関連記事:【図解付き】企業価値評価におけるコストアプローチとは?メリット・計算方法・他の方法との違いを解説
マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、株式市場に株式が公開されている類似する企業や、同一の業界の財務指標を参照して、企業価値を算出する方法です。
評価対象企業の決算書などの数値に一定の率の係数を乗じて価値を算出します。
株式市場の相場を反映させることができます。
類似企業比較法(マルチプル法)
類似企業比較法とは、上場している類似企業を選定し、企業価値や株式価値、各種財務指標を参考に対象企業の株式価値を算出する手法です。
実際に類似企業比較法にて企業価値評価を行う際に、一般的に用いられる指標は以下です。
- EV/EBIT倍率(企業価値÷利払い前、税引前利益)
- EV/EBITDA倍率(企業価値÷利払い前、税引前、減価償却前、その他償却前利益)
- PER(株価÷一株当たり利益)
- PBR(株価÷一株当たり純資産)
なお、自社と類似する上場企業がない場合は、使えない方法です。
類似取引比較法
類似取引比較法は、過去に行われたM&Aの企業価値や株式価値をベースに各種倍率を算出し、その倍率で対象企業の株式価値を算出する手法です。
マーケットアプローチは、以下の記事で詳細に内容を説明しています。ぜひ参考にしてください。
▷関連記事:企業価値評価の一つ、マーケットアプローチとは?よく使われる計算方法やシミュレーションも解説
インカムアプローチ
インカムアプローチとは、対象企業の将来にわたる収益を、リスクを加味して現在価値に割り戻すことで事業価値を算出し、企業価値を評価する手法です。
DCF法
DCF(Discounted Cash Flow)法とは、将来のキャッシュフローによって価値が算出される方法です。
具体的には、評価対象企業の将来のフリーキャッシュフローにリスクを反映させた割引率を適用して事業価値を算出し、現在の企業価値を算定する手法です。
将来のキャッシュフローや割引率を考慮するので、成長性がある企業の価値の算出には相性が良い手法です。
ただし、DCF法は売却企業が持つ事業計画の精度が低い場合、企業価値を正確に算定するのが難しいです。恣意的なものになる場合もあるので、注意が必要です。
インカムアプローチとDCFは、以下の記事も合わせてお読み頂ければ、より理解が深まります。
▷関連記事:【徹底解説】企業価値評価の手法の一つ、インカムアプローチとDCF法の計算方法を解説
中小企業のM&Aに必要なのれん代
のれん代とは、貸借対照表における勘定科目の1つです。具体的には売却企業の時価純資産と実際の買収価格の差額分を表します。
上述の企業価値の算出方法によって算出された金額を参考に、対象企業が持っている非金銭的な無形資産を価値として評価する、競合する買手に競り負けないようにさらに上乗せして評価するなど、実際の買収価格を検討します。
のれん代の内訳は、将来の収益性に対する期待値だけではなく、無形資産であるブランド力、技術力や従業員のポテンシャルなどが含まれます。のれん代は、「売却企業への期待値」とも考えることができます。
企業価値評価を行うための財務指標の中に、EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)というものがあります。
上述の通り、企業価値の構成要素はequity(株主資本)、earning(利益)に加えて、Intangible assets(無形資産)が含まれています。 中小企業のM&Aの現場では、EBITDAの3年分~5年分でのれん代が評価されることもあります。
「のれん代」については、こちらの記事で詳しくお伝えしています。
▷関連記事:M&Aで必ず知っておくべき「のれん代」を徹底解説
譲渡価格の適正価格と算出方法
譲渡価格の適正価格の算出方法は、先ほど紹介した算出方法を元に決めていきます。
- コストアプローチ
- マーケットアプローチ
- インカムアプローチ
企業価値の算出時に重要なのは、「その金額に客観的な根拠があるか?」ということです。例えば、「愛着がある会社なので、1億円で売ります」という主観的な根拠では、適正価格と乖離している可能性が高いです。
「企業価値をコストアプローチで算出した結果1億円」というように客観的な根拠に基づいて交渉を進めましょう。
特に買収企業である場合、「買収に使った資金を回収できるか?」「シナジーとのれん代」も判断しましょう。
なお、交渉が長引くと売却企業も買収企業も「結局、M&Aが成立しない」「相手が別の会社とM&Aを成立させてしまう」という事態に陥るリスクがあります。そのため、相手の希望金額にある程度歩み寄ってでも交渉をまとめる必要がある場合もあります。
M&Aにおける最終買収価格の交渉と調整
実際に上記の企業価値評価を行い、買収価格の目安を算出した後に、最終的な買収価格の交渉と調整をします。
ここでは、交渉方法と調整のポイントをお伝えします。
個別交渉方式
個別交渉方式は、売却企業が買収企業と1社ずつ交渉を行う方式です。条件が合えば、M&Aが成立となります。
別名、「相対方式」とも呼ばれています。
中小企業のM&Aは、個別交渉方式で行われることが多いです。次に紹介するオークション方式と違い、買収企業が1社でもあれば、活用できる方法です。
ただし、売却企業はM&Aの知識が乏しい状態で、知識が豊富な買収企業との交渉になると不利になるリスクがあります。こうしたリスクを防ぎたい場合、知識が豊富なM&Aアドバイザーに相談するのが有効です。
オークション方式
オークション方式とは、複数の買収企業から入札を受け、最も条件が良かった企業がM&Aの交渉権を得る方式です。一般のオークションとは異なり、買収価格以外にも、買収後のビジョンやスキームも提示条件に含まれます。
別名、「ビット方式」「競売方式」とも呼ばれています。
先ほど紹介した個別交渉方式よりも売却金額が高くなる場合があります。
買収価格だけでなく、会社同士の相性やM&A後のシナジーなども含めて総合的な観点から買収企業を選ぶことが重要となります。性質上、買収企業が複数社いないとオークション方式は活用できません。
希望価格に近づけるためのポイントとは
売却企業と買収企業の交渉によって、実際の買収価格は決定されます。極端な話ですが、売却企業と買収企業が合意すれば、買収価格が適正価格より安くても、高くてもM&Aは成立します。
相手の合意を得られれば、自分の希望価格に近づけたM&Aが成立しやすくなります。
両者が合意できる交渉をするためには、M&Aアドバイザーなどのパートナー選びが重要です。売却企業においては、自社の価値を理解して、場合によっては買収企業に対して説明や交渉を依頼できるパートナーを選ぶことも1つです。
一方、買収企業においては、のれん代などを含め、適正な買収価格を算出できるアドバイザーに依頼することをおすすめします。アドバイザーが適正に買収価格を算出するためには、売却企業の情報を網羅的に持っており、深く理解している必要があります。
M&Aの条件交渉のチェックポイントは以下の記事でまとめています。
▷関連記事:M&Aにおける条件交渉のチェックポイント。契約の前に確認したいこと
まとめ
企業の評価方法は複数存在し、重視する要素などによって算出される評価も異なります。売却企業は自社がどのくらいの価格になるのかなど、不明点が生まれることが考えられます。
また、希望の価格に近づけるためには、M&Aの専門的な知識も欠かせません。そのためM&Aを検討する際には、M&Aアドバイザーに希望の条件などを伝えたうえで相談することをお勧めします。
M&Aでは「高く売りたい売却企業 対 安く買いたい買収企業」という構造になりやすく、交渉が難航することも多くなります。その点、M&Aアドバイザーに相談すれば、第三者としてアドバイスをしてくれるので、希望の価格での成約に近づく可能性も上がります。
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