事業売却

M&Aにおける事業売却は、譲渡企業の組織再編、事業承継などさまざまな目的を達成するために使用されます。事業売却がどのような理由で行われているのか知ることで、自社にあっているのか判断ができるでしょう。

本記事では、事業売却とは何なのか、「企業」と「事業」の売却どちらがよいのか、事業売却後の従業員の処遇について説明します。

事業売却とは

事業売却(Asset Purchase)とは、事業を売却することを指します。M&Aの手法のひとつで、会社の事業の一部または全部を第三者に譲渡(売却)するため、事業譲渡(Business Transfer)ともよばれます。

事業売却では、自社の事業から譲渡するものを選択できるため、全てを譲渡する全部譲渡と、特定の事業だけを譲渡する一部譲渡が存在します。

また、この際の「事業」は、事業用財産である物や権利だけでなく、取引先、仕入れ先、販路、事業の運営組織など経済的価値のあるものを含むこともあります。また、多くの場合ノウハウなどの無形財産も一括で譲渡します。そのため、事業の時価純資産に「のれん」を加えることが一般的です。

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事業の売却理由1 個人事業主(自営業)となっている事業を譲渡したい

個人事業主とは法人を設立せず、個人で事業を行っている人のことを指し、自営業ともよばれます。所得税法にもとづき事業開始後、1ヶ月以内に個人事業の開業届出書を所轄税務署長に提出することにより、個人事業主になることが可能です。

個人事業主が事業承継を行う際には、事業を譲り渡す個人事業主が廃業し、譲り受ける側が開業するための手続きが必要になります。

譲渡側は、税務署に下記の書類を提出して廃業の手続きを行います。

・個人事業の開業・廃業等届出書

・所得税の青色申告の取りやめ届出書(青色申告者で青色申告を継続しない場合)

・事業廃止届出書(課税事業者のみ)

・所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請書(予定納税がある事業者のみ)

また、譲り受ける側は下記の書類を税務署に提出することで開業します。

・個人事業の開業・廃業等届出書

・所得税の青色申告承認申請書

・青色事業専従者給与に関する届出書

・社会保険手続き

また、屋号が登記されている場合には、法務局での商号登記の名義変更も必要になります。事業譲渡では、事業に必要な許認可については譲受対象者は原則、新たに許認可を取得する必要があります。

あわせて、事業承継した際には、取引先へ連絡しましょう。法人の代表が変更になった場合でも、交代の挨拶状を送るなどしますが、個人承継の場合は、加えていくつかの対応が必要になります。

例えば、個人事業の場合、取引上の口座は事業主名で登録されていることが一般的です。そのため、この口座の名義を承継者の名義に変更するか、口座を新たに開設するか判断する必要があります。

また、取引先に対しては、請求書の宛名の登録変更や、振込先の変更を依頼しておく必要があります。名義人や口座が異なっていると、取引先からの支払いが組み戻しになるためです。

個人事業を譲渡する場合の注意点は税金と不動産

個人事業主が事業を譲渡する際には税金がかかります。主に所得税、消費税が課税されます。ここでは税金について詳しく説明します。

所得税

個人事業主が事業を売却した際には、その譲渡益に対して所得税が課せられます。

所得は、所得の性質によって給与所得や事業所得など10種類に分類されています。加えて、所得区分によって課税方法が総合課税と分離課税に分けられます。所得区分が譲渡所得の場合、同じ所得区分でも譲渡する資産によって総合課税になることがあります。

総合課税では以下の計算式で譲渡所得の計算が行われます。

・短期譲渡所得

総収入金額ー取得費ー譲渡費用ー特別控除=譲渡所得

 

・長期譲渡所得

(総収入金額ー取得費ー譲渡費用ー特別控除)× 1/2 =譲渡所得

分離課税になるものの例としては、株式、建物、土地、機械装置などの譲渡所得が該当します。所得区分が分離課税に該当している資産は、譲渡所得にかかる税金を低くできることがあります。一方で、所得区分が総合課税に該当する資産は分離課税と比べて税金が高くなることもあります。

消費税

事業譲渡は資産の売買取引のため、消費税が課せられます。しかし、資産によっては税金がかからないものもあります。土地や有価証券、債権の譲渡に関しては消費税が非課税になります。また特例として車などの生活用資産も非課税になります。

また、事業用資産に土地や建物などの不動産が入っているときには注意が必要です。店舗や不動産などを譲渡しようとしても、承継者が買い取るだけの資金を保持している必要があります。そのため、不動産については売却せずに、貸し付ける方法をとることがあります。

賃貸契約

承継者が子息などの親族の場合、相場よりも安い金額で貸し付けると、安くした価額だけ「贈与」としてみなされることがあるので注意が必要です。

使用貸借

承継者が無償で土地や建物を借り受けることができるのが大きなメリットです。使用貸借の場合は、賃貸契約と異なり、賃主は明け渡しを求められます。そのため、貸主(先代の事業主)とトラブルになった際は、立ち退きを求められる可能性があります。

承継者が事業運営を行ううえでは、不動産を買取するか、適正な賃料で賃貸契約を行うことで安定した運営ができるでしょう。

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事業売却

事業の売却理由2 ベンチャー企業によるイグジット

近年、ベンチャー企業などの経営者がイグジットを目的にM&Aを行うケースが増えています。イグジットとは、ベンチャー企業や企業再生における投資回収を指し、IPO(株式公開)もしくはM&Aによる第三者への売却(バイアウト)を通じて利益を手にすることで達成されます。

事業の売却を行う主な理由には、投資回収を行うことで次のビジネスに着手したり、自分のビジネスを大企業などの財務基盤の安定した企業へ譲り渡すことで事業の更なる発展を目指すことが挙げられます。

これまでベンチャー企業が目指すイグジットの手法はIPOが一般的でした。M&AはIPOに比べて短期間かつ低コストで、資金調達および創業者利潤の獲得を実現できる方法です。また、譲受側とのシナジー効果によって、今まで以上に企業の成長が見込めるという利点もあります。実際、米国ではイグジット戦略としてのM&Aが増えてきています。

また、日本においても若年層の経営者を中心にイグジット戦略が増加傾向にあります。

イグジットとしての事業売却

イグジット戦略としてベンチャー企業などが事業売却する際に、自社が事業売却を行ったら、譲渡価額がいくらになるのかということは、多くの経営者の方が気になる点ではないでしょうか。

譲渡企業の価額は、譲渡企業の持つ価値を評価して算出されます。複数の企業価値算出方法が存在し、会社の実態や事業の特性などに応じて適切な手法が選択されます。ここでは、一般的な算出方法をご紹介します。

インカムアプローチ

将来期待される収益やキャッシュフローを、その実現に見込まれるリスクなどを考慮した割引率で割り引くことにより、企業価値評価を行います。対象の会社の収益獲得能力を企業価値に反映させやすく、会社独自の収益性などをもとに価値を測定することから、会社が持つ将来の収益獲得能力や固有の性質を評価結果に反映させられる点において優れています。

コストアプローチ

会社の純資産を基準に企業価値を評価する方法です。純資産をもとにするため、客観性に優れた評価を行うことが可能です。

帳簿価額の数値を基に企業価値を評価する「簿価純資産法」評価対象企業の資産・負債の項目を時価に置き換えて株式価値を算出する「時価純資産法」修正された時価純資産に営業権を加算して株式価値を算出する時価純資産+営業権(のれん)の算出方法があります。

マーケットアプローチ

株式市場やM&Aの市場における取引価額を基準に算定する評価手法です。マーケットアプローチに分類される手法は複数ありますが、よく使用される手法として「類似業種比較法」「類似企業比較法」が存在します。

一般的には中小企業などの小規模M&Aにおいては、コストアプローチを採用することが多くあります。あわせて、中小企業の事業評価においては、「時価純資産」にのれん代を加える場合が多いです。

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事業の売却理由3 事業継続を目的とした中小企業の承継

事業売却の主な理由のひとつに事業承継が挙げられます。中小企業庁の調査によると、60歳以上の経営者の5割が廃業を検討しているという結果になりました。

また、そのうちの3割の経営者が廃業を検討している理由について、「子供に継ぐ意思がない」「子供がいない」「適当な後継者が見つからない」といった回答をしている結果になりました。

調査結果でも明らかな通り、中小企業における後継者不足の問題は深刻です。中小企業の中でも、特にオーナーが一代で築いた企業や家族経営で運営を行ってきた場合、後継者が不在となる傾向があります。

2016年の日本政策金融公庫総合研究所のアンケート調査では、60歳以上の中小企業の半数が経営者の後継者不足問題を理由に廃業を検討しています。これらの社会問題を背景に、M&Aを活用した第三者への事業承継が増えています。

また、事業承継には事業を譲り受けるだけの資金力が必要なため、譲り受けを検討する企業は十分な資金を持っていることが多いです。M&Aによる事業売却を選択した際には、十分な資金力を確保している企業の傘下に入ることで、経営の安定を図ることもできます。

▷関連記事:M&Aの課題と具体的な対策。中小企業のM&Aにおける懸念点とは?

事業継続のための事業売却における従業員へのアフターフォロー

事業譲渡は合併などと異なり、権利義務を包括的に承継するのではなく、各財産について承継する範囲を決定し、個別に承継を行う特定承継となります。

従業員の雇用契約も例外ではなく、譲渡企業の従業員の労働契約が、譲受企業に承継されるのかは譲渡企業、譲受企業、労働者間の合意のもとに行われることが原則です。

従業員との雇用関係については、基本的に事業譲渡は個別に労働契約を結び直す必要があります。また、当該従業員には譲渡される前の会社の退職金制度の条件による退職金請求の権利があります。

退職金の対応は主に以下の2つが考えられます。

  • 譲渡の際に譲渡企業で退職金を精算、譲受企業に移った際に、新たな退職金規定に従う
  • 譲渡企業内での退職金を譲受企業が引き継いだ場合には、従業員が企業を退職する際に、引き継いだ退職金を合わせた総額を譲受企業側が従業員に支払う

▷関連記事:事業譲渡による従業員の影響とは?退職金や転籍時の注意点を徹底解説

事業売却

事業の売却理由4 大企業の事業ポートフォリオ転換

事業売却を行う理由として、大企業の事業ポートフォリオ転換(ターゲットとする市場の変換)が挙げられます。ポートフォリオとは、事業の組み合わせを意味し、資産の構成や製品の組み合わせという意味でも利用されます。

事業ポートフォリオを整理することで、事業ごとの収益性や安全性、成長性を明確にすることができます。

さらに事業を整理すれば、限られた経営資源をより有効に活用するためにどこに投資していくべきかを明確にできます。あわせて、事業売却を行う際には、自社のポートフォリオを明確にすることで、ノンコア事業を切り離す必要性も明らかになります。そのため、ポートフォリオを見直し、事業の整理や経営資源の選択と集中を行う際に事業売却が行われます。

現在、日々変化する市場に対応するため、大企業は迅速な意思決定を可能にしようと事業部門に権限委譲を進めた結果、各事業部門の権限が強まり、グループ全体として適切な経営資源の配分ができなくなることがあります。

その状況を改善すべく、M&Aを活用した組織再編が行われます。例えば事業売却による不採算事業の切り出しも行われることも増えています。

M&Aは事業ポートフォリオの最適化を行うためのプロセスであり、事業ポートフォリオを作成することで、その会社の経済状況や業界・市場の動向などに適した、より効率的な体制になるよう、組織再編や事業強化を行っていく手段のひとつといえます。

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クロスボーダーM&Aにおけるカーブアウト取引

近年、増加傾向にある海外企業とのM&A(クロスボーダーM&A)における、カーブアウト取引(一部事業の譲受)についてここでは説明します。

外資企業に売却するIN-OUT型取引は、2012年から2014年までのレコフデータの調査で日本のM&A全体の約20%に及ぶなど、積極的に活用されています。また、2018年のEY Japan株式会社の調査によると、日本企業の84%が今後2年以内に事業譲渡・売却を検討していると回答しました。

その際に活用されることもある、会社の一事業を切り出すカーブアウト取引は、第三者への事業売却のみならず、持株会社化やグループ内再編などに利用されます。カーブアウトには事業譲渡、吸収分割、株式譲渡の手法が活用されます。

カーブアウト取引では、一部の事業を切り出して獲得した際に、その部分だけでは単独の企業と比較したときに機能が欠けていることがあります。これをスタンドアローン問題とよびます。

例えば、ある事業部を切り出した際に、事業部内で完結するITや会計の仕組みを所持していない時には、自社のシステムに組み込む必要があります。そのため、PMIを計画的に行うことに加え、M&A前から双方で発生するであろう問題を共有しておくことが重要です。

欧米などの海外企業の間では、事業ポートフォリオを改善するための手段としてカーブアウトが定着しているなど、今後海外企業とのM&Aの際に活用が見込まれる手法のひとつです。

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事業の売却を検討するならアドバイザーに相談を

事業の売却を選択する理由はさまざまありますが、どれも企業を成長させたり、事業を承継したりするための手法として、効果的であることが認識されるようになりました。

廃業や企業の更なる発展を検討する際には、M&Aによる事業売却を選択肢に入れることで、企業の新たな選択を増やす可能性があります。自社のニーズを明らかにし、今後企業を運営するうえで、適切な戦略をとるために早期の準備を行いましょう。