M&Aを検討する場合、売却する自社の企業価値や買収候補企業の価値を評価する「企業価値評価」を行う必要があります。買収や売却をするだけの価値があるのか判断する際や、売却価額・買収価額を決定する際、重要になるのが企業価値評価です。
昨今では、会社の事業規模を短期間で拡大するなどの目的で、M&A取引が活発に行われています。M&Aは上場企業などの大企業だけでなく、ベンチャー企業をはじめとした中小企業同士のM&A事例も年々増加傾向にあり、企業価値評価をはじめとしたM&Aに関する知識の重要性が増しています。
本記事では、企業価値評価の基礎知識やM&Aで使用される企業価値の算出方法などについて解説します。
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
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目次
企業価値評価とは
「企業価値評価」とは、特定の会社自体の価値やその株式の価値を算出するための手法を指します。
特に非上場企業は株式が証券市場に出回っていないため、市場価値を知ることができません。そのためM&Aにより自社にどれくらいの価値が付くかを明確にするために企業価値評価が必要です。
企業価値、またその評価方法について理解を深めることで、譲渡価額がどれくらいになるのかを予測してM&A後の計画を立てられます。その算出方法を「企業価値評価(バリュエーション)」といいます。
算出された自社の企業価値が理にかなっているかどうかを把握することで、譲受企業との交渉に臨む際に、納得感を持って進めることができます。
企業価値評価の具体的な手法
M&Aの企業価値評価における企業価値とは、一般的に「事業価値(事業から創出される経済的価値)」と「事業以外の非事業資産の価値」を合わせた価値を指します。この企業価値の評価方法には様々な手法があり、大きく分けると以下のように3つに分類されます。
評価方法 | 概要 |
コストアプローチ | ・譲渡企業の純資産価値に着目した評価方法 ・「簿価純資産法」「時価純資産法」「時価純資産+営業権法」などの手法がある |
マーケットアプローチ | ・株式市場やM&A市場における取引価額を基準に算定する評価方法 ・「市場株価法」「類似企業比較法」「類似取引比較法」などの手法がある |
インカムアプローチ | ・譲渡企業の収益力に着目した評価方法 ・「DCF法」「配当還元法」などの手法がある |
後述するように、各評価方法にはメリット・デメリットがあり、どの評価方法を用いるべきなのかはケースごとに異なります。
評価方法を決める際は、評価を行う目的や評価対象となる会社を取り巻く環境、業種的な特性などを踏まえて、最適な評価方法を選ぶことが重要です。適切ではない評価方法を選ぶと、企業価値が正しく評価されずM&Aに影響する可能性があります。
また、いずれか1つの評価方法を用いることが適切なケースもあれば、複数の評価方法を組み合わせて企業価値評価を行うべきケースもあります。総合評価をする際の主な方法は以下の3つです。
総合評価の方法 | 概要 |
単独法 | ・特定の評価方法を使って企業価値評価を行う方法 |
併用法 | ・複数の評価方法を適用し、一定の幅をもって算出された各評価結果の重複等を考慮して評価額を算出する方法 |
折衷法 | ・複数の評価方法を適用し、各評価結果に一定の折衷割合を適用して加重平均値を算出する方法 |
コストアプローチ
コストアプローチとは、企業の保有している資産および負債をベースにして株式価値を算出する方法です。
メリット | ・企業が保有する資産および負債に基づく客観的な評価が可能 |
デメリット | ・収益性や市場の状況を反映できない |
純資産を基にしているため客観性に優れた評価を行うことができる点がメリットです。中小企業のM&Aではコストアプローチを採用することが多くあります。しかし、資産や負債の価値を重視しているため、業績や収益性、市況を評価に織り込めない点がデメリットです。
コストアプローチの中でもよく用いられるのは「簿価純資産法」と「時価純資産法」の2つです。
▷関連記事:【企業価値評価】コストアプローチとは?メリット・計算方法・他の方法との違い
▷簿価純資産法
簿価純資産法では、評価対象企業と、その企業が持つ事業の資産・負債を、帳簿に基づいて計算を行います。
計算方法は、帳簿に記載されている資産の合計から、同じく記載されている負債を差し引いた額を企業価値とします。
しかし、この方法は帳簿の数値のみを基に算出しているため、資産や負債に対して現在の市場価値が反映されていません。帳簿上の数字の差し引きがその企業の現在の正しい価値を表している可能性が低く、実際の市場価格との差分(含み益・含み損)が生まれます。
▷時価純資産法
時価純資産法では、譲渡企業の資産・負債を時価に直した上で、時価換算した資産合計から時価換算した負債合計を引いた額を算出します。
上記の簿価純資産法とは異なり、市場での資産価値の変化を追うことが出来ます。そのため、こちらの手法がM&Aでは多く使用されます。
なお、この手法は現在保有している資産と負債を基に算出するため、ブランドや技術力など、帳簿に反映されていない無形資産(「のれん代」といいます)を加味していません。そのため、のれん代を加味する他の算出方法と組み合わせて価値を算出します。
▷関連記事:M&Aで必ず知っておくべき「のれん代」を徹底解説
▷清算価値法
清算価値法は、主に会社を清算する際に使用されます。評価対象企業の全資産の売却額から負債の金額を差し引いた残額(正味売却価額)に着目して企業価値を算出する方法です。
企業や事業が廃業するのを前提としているため、清算価値が実際の株式価値を上回る際に用いられます。そのため、企業の売却を急いでいるときには利便性の高い方法とされています。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、株式市場やM&A市場における取引価額を基準に算定する評価方法です。
メリット | ・類似した企業や取引を基に評価するため客観性が高い ・市況を反映でき、実際の取引相場に近い評価額を算出できる |
デメリット | ・類似の事例がないと評価ができない ・市況に左右される |
外部情報に基づき評価が行われるため、比較的客観性の高い価額を算定できる点がメリットです。公開されている同業他社の株価や取引価額をもとに行う評価方法であり、他の評価方法と比較すると、複雑な計算が少なく比較的容易かつ早く評価額を算出できます。
一方で、中小企業の場合は、同程度の規模の企業で同じビジネスモデルの上場企業を探し出すことができない場合が少なくありません。そもそも類似事例が見つからず、マーケットアプローチを採用できないケースが多い点がデメリットです。また市場の影響を受けるため、業界全体が低迷していると評価額が低く算出されてしまう場合があります。
マーケットアプローチの中でもよく用いられる手法は「市場株価法」「類似企業比較法」「類似取引比準法」の3つです。
▷関連記事:【企業価値評価】マーケットアプローチとは?よく使われる計算方法やシミュレーション方法
▷市場株価法
市場株価法は、上場している会社の市場価格を基に評価する方法です。参考にする企業の株価と自社の株価を比較して評価するため、市場価格がある上場企業を対象としています。
株価は、現在の企業の状況や将来性、収益性など様々な要素が織り込まれて形成された価格であり、そのような株価を基に評価を行う市場株価法は客観性が高い評価方法といえます。3ヶ月や6ヶ月など、一定期間の株価の平均値を使って評価するのが一般的です。
▷類似企業比較法
類似企業比較法は、評価対象会社と事業内容や事業規模、収益性という観点で類似した公開会社を複数選出した上で、類似企業の企業価値と財務数値を基に比較し、評価対象会社の企業価値を算出する方法です。
財務数値は売上高、EBITDA、EBIT等の複数の指標から選んで計算するのが一般的です。多くの場合、企業価値とEBITDA倍率が使用されます。
▷類似取引比準法
類似取引比準法は、同一業界にて公開されている過去のM&A事例から入手可能な譲渡価額や各財務指標を基に取引倍率を算出し、その取引倍率から価額を計算します。
しかし、日本では類似取引や基準になる倍率のデータベース化が進んでいないため、実務ではあまり活用されません。
インカムアプローチ
インカムアプローチとは、譲渡企業に今後見込まれる収益やキャッシュフローから、リスクなどを考慮して企業価値を算出する評価方法です。
メリット | ・企業の将来性まで評価に反映できる |
デメリット | ・予測が困難な将来予測を織り込むため、客観性が低く恣意性が排除しづらい |
会社が持つ将来の収益獲得能力や固有の性質を評価結果に反映させられるため、仮にM&A時点では業績がそれほど伸びていない場合でも、将来性が見込めれば高い評価額として反映できます。
市場が変動しても、その企業の将来性が変わらなければ評価額が大きく変わることはなく、市場変動に強い評価方法である点もメリットです。しかし、未来のことを予測するという側面があることから、将来情報に対する恣意性が排除されづらいという難点もあります。
インカムアプローチの中でもよく用いられるのは「DCF法」と「配当還元法」の2つです。
▷関連記事:【企業価値評価】インカムアプローチとは?DCF法の計算方法
▷DCF法(Discounted Cash Flow =割引キャッシュフロー法)
将来的に見込まれるキャッシュフローから、リスクの大きさに合わせて設定した割引率(将来的な価値を現在の価値に直すための利子率)で引くことで算出します。
そのために事業計画を作り、将来のキャッシュフローの予測を出すことが必要になります。
譲渡企業の会計上に現れない無形の資産(のれん代)についてもDCF法では加味されるため、キャッシュフローだけでは測れない企業価値を正しく測ることが出来ます。
▷配当還元法
配当還元法は、株式の配当金と資本金を基準にして企業価値を算出する方法です。
過去2年間の配当金の10%を割戻して株価を算出します。3%〜5%程度の少数株式を保有している人が株式を譲渡する際に活用される手法です。
企業価値評価で算出する金額は「価格」ではなく「価額」
M&Aの譲渡に関する金額は「価格」ではなく、「価額」と表現されます。
まず、需要と供給のバランスで決まるものが「価格」です。スーパーで売っている品物など、他者がどのように評価した場合でも、その金額が表示されていれば、それが「価格」に該当します。
一方、「価額」とはモノの実質的な資産価値を表す金額です。価格に比べて、客観的に評価されたものになり、そのものにいくらの価値がつけられるかで決まることが特徴です。そのため、売り手側が高い値段をつけたくても、客観的に見て適切でないと判断されれば、価額は下がる可能性があります。
企業を譲渡する際には、企業規模や事業などに適した手法で客観的に企業の価値を判断します。そのため、企業の譲渡に関する金額は「価格」ではなく「価額」であるといえます。場合によっては、譲渡企業の価値を判断する際に、譲受企業から当初期待していた評価を得られないこともあります。
評価の過程で、多額の買掛金や借入金残高などがある場合は含み損となることもあり、企業価値が低く評価されることも想定されます。しかし、独自の技術や業界内でのブランドを持っていれば、のれん代として高い評価を得ることができる場合もあります。
そのため、譲受企業によっては評価額が変わることもあります。譲渡企業は自社を最大限評価してもらえるよう、適切な経営管理を行うなど譲渡に向けた十分な準備をしましょう。
企業価値評価における譲渡企業・譲受企業の視点
売却する側の譲渡企業としては、当然ながら少しでも高い金額で評価してもらいたいと考えます。評価が高ければ、譲渡により得られる対価も大きくなるためです。財務状況や今後の事業計画・展望をもとに、様々なアプローチ手法で企業価値を算出し、譲渡価額の希望額を設定します。
希望額には、帳簿には反映されない要素が勘案されることがあります。具体的には、以下の内容が挙げられます。
・特許やノウハウ、ブランド
・優れた技術者などの人的資源
・特定の取引先などの外部との関係性
これらは定量化しづらい項目ではあるものの、金額交渉の後ろ盾となる場合があります。
譲受企業は逆に、少しでも低い金額で買収したいと考えます。取得価額を抑えて浮いた資金を対象会社の事業拡大などに充てられるだけでなく、買収時に発生するのれんの償却負担も抑えられるためです。
譲受企業は、譲渡候補企業から過年度の財務情報や事業計画などの情報を入手し、独自に企業価値の算出を行い、譲渡企業の希望額が妥当かどうかを判断します。その妥当性は、自社の買収戦略や譲渡企業の業種などによっても変わってきます。
企業価値評価を行うタイミング
M&Aでは、大きく2つのプロセスを経て最終的な譲渡価額を決定します。
1つ目は譲渡企業と仲介会社との話し合い、もう1つは譲渡企業と譲受企業の間で行われる譲渡価額の擦り合わせです。
前者の時点で、仲介会社がM&Aの交渉を進める上での基準となる「譲渡企業にどれくらいの市場価値があるか」について算出します。
企業価値評価は、譲渡企業が仲介会社との秘密保持契約・アドバイザリー契約を締結し終えた段階で行います。M&Aの交渉を行うにあたり、譲渡企業・譲受企業それぞれにとって、目安となる譲渡価額がなければ検討を進められません。
譲渡企業にとっては、M&A実行後にどれくらいの金額が手元に残るのかは非常に大きな関心事です。また譲受企業にとっても、M&Aでどの程度のお金が動くのかを予測することで、M&A実行後の事業計画が立てやすくなります。
【Q&A】企業価値評価のよくある質問
ここでは、企業価値評価に関連するよくある質問について回答していきます。
企業価値を評価する代表的な方法は?
企業価値評価の代表的な方法には、主に資産や負債から価値を出す「コストアプローチ」、株式市場からの評価に基づき価値を出す「マーケットアプローチ」、今後見込まれる収益やキャッシュフローからリスクを差し引いて価値を算定する「インカムアプローチ」の3つがあります。
詳細は記事内「企業価値評価の具体的な手法」をご覧ください。
企業価値の算出方法は?
企業価値の算出方法は、上述の3つのアプローチごとに個別の算出方法が複数あります。
代表的な算出方法として、コストアプローチでは「簿価純資産法」「時価純資産法」、マーケットアプローチでは「市場株価法」「類似企業比較法」「類似取引比較法」、インカムアプローチでは「DCF法」「配当還元法」が実務では多く用いられます。
詳細は記事内「企業価値評価の具体的な手法」をご覧ください。
企業価値は何で決まる?
企業価値は、評価対象会社が自ら決めるものではなく、社内要因や外部要因などの様々な情報を複合的に分析し、客観的に説明可能な根拠に基づいて計算されるものであり、非常に複雑なプロセスを経て決められます。
詳細は記事内「企業価値評価で算出する金額は「価格」ではなく「価額」」をご覧ください。
まとめ
企業価値評価は譲渡企業、譲受企業の双方にとって、M&Aをスムーズに行うための重要な指標になります。それは、譲受企業との話し合いの前に企業価値を算出しておくことで、譲渡額の目安を把握できるためです。
また、企業価値評価において完璧な評価方法というものは存在しません。本記事でご紹介したいずれのアプローチも、ある一定の仮定のもとに企業価値を算出するため、各アプローチ手法の長所と短所を認識し、相互補完的に分析を行うことが重要です。1つの手法で算出された企業価値を、他の手法で算出された企業価値と比較するなどして、その値の妥当性を適宜判断する必要があります。
企業価値評価をきちんと行うことは、M&Aを成約させるためには欠かせない重要なポイントとなりますので、しっかりと理解しておきましょう。
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