減少する親族承継
みずほ総合研究所が2015年に公表した「中小企業の資金調達に関する調査」によると近年、親族承継が減少しています。20〜25年前には事業承継を行った経営者の73.0%が息子・娘、12.4%が息子・娘以外の親族、9.1%が親族以外の役員・従業員、5.5%が社外の第三者へ事業承継を行いました。しかし、直近の5年間に事業承継を行った経営者のうち、26.7%が息子・娘、7.6%が息子・娘以外の親族へと事業承継を行いました。社外の第三者へ事業承継を行なった経営者が最も多く39.3%、親族以外の役員・従業員に事業承継を行なった経営者が26.4%となっており、親族に事業を承継した経営者が85.4%から34.3%にまで急速に減少しています。
このように親族承継を行う経営者は減少しており、社外の第三者や社内の従業員に事業承継を行うケースが増加しています。その理由はどこにあるのでしょうか。
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事業承継には多額の資金が必要
親族承継を行う場合、事業承継の際に発生する費用を後継者が用意できるかが大きな課題となります。
非上場企業の場合、親族内承継であれば株式、事業用資産を相続・贈与により後継者に移転するケースが一般的です。株式や事業用資産を買収する必要はないものの、相続・贈与の際に発生する税金を納めなければなりません。相続税・贈与税は共に最高税率が55%と高い税率がかけられます。相続税・贈与税を会社が負担するケースもありますが、事業承継後の会社運営に支障をきたす恐れがあります。
また、後継者が株式を承継する際に全株式を承継できない場合があります。例えば経営者が遺言等を残さず急死したケースです。他親族にも同様に株式や事業用資産等が承継されます。株式や事業用資産が分散することで後継者に経営権を集中させることが難しくなります。この場合、後継者はそれらの株式や事業用資産を買い取る等の対策を行わなければなりません。それらを資金不足等により買い取れない場合には株式保有者の意見を経営に反映させなければならず、健全な経営の妨げになる可能性も考えられます。
後継者が事業承継の際に必要となる資金を金融機関から調達することも考えられますが後継者が融資を獲得することは容易なことではありません。経営者交代により金融機関との信用関係の悪化につながる可能性があります。また、例えば後継者が経営を経験したことがないケースや承継以前は全く違う業界で働いていたケース、資産を持ち合わせていないケースなどは信用を得ることがさらに難しくなり、多額の融資獲得は難しいでしょう。
事業承継により負債も引き継がなくてはならない
事業承継により引き継ぐものは会社や資産だけではなく債務、個人保証、担保等非常にリスクの高い負債も引き継がなくてはなりません。万が一、事業承継後に会社の多額の債務や経営不振により業績が悪化し、借金を抱えた場合、経営者は自宅や車等の個人資産を明け渡さなくてはなりません。自己資産を失い、多額の借金を抱えることで生活が非常に苦しくなります。債務や個人保証、担保は事業承継後の大きなリスクになり、後継者の人生を大きく左右しかねません。
▷関連記事:経営者が知っておきたいM&Aによる個人保証と担保の解消
後継者の経営者としての資質、能力不足
上述のように事業承継の際、後継者は多額の資金が必要であり、事業承継後は保証や担保等のリスクを抱えなければなりません。これらの資金やリスク等以外に親族承継が減少している理由の一つとして後継者の能力不足が挙げられます。
中小企業庁が野村総合研究所に委託して行った調査「中小企業の事業承継に関する調査に係る委託事業報告書」によると親族内承継を行う際に生じる問題として約6割の経営者が後継者の経営者としての資質、能力不足を挙げています。
規制緩和やグローバル化の進展による競争の激化、大企業による業界再編、人口減少により収縮する国内マーケット等の理由により中小企業の生き残りは厳しさを増しています。そのため、後継者はこれまでの中小企業経営者以上に経営者としての資質、能力が求められます。更には多様な働き方が広がっており、経営者のご子息が経営者になるという固定概念も変化していることも要因に挙げられます。
多様化する事業承継
親族承継が減少し、社外への承継や従業員への承継が増加しているように事業承継の形態は多様化しています。それではどのような方法で行えば良いのでしょうか。非上場企業が事業承継を行う方法として考えられる選択肢は親族承継、社員・役員への承継、M&A(第三者譲渡)、株式上場の4つが考えられます。
親族承継
上述のように株式や事業用資産を後継者に移転するケース、もしくは後継者がそれらを買い取るケースがあります。経営者が後継者に株式や資産を移転するケースでも後継者は高額な相続税、贈与税を支払わなければなりません。また、後継者は個人保証や担保等も引き継ぐ必要があります。
社員、役員への承継
社員、役員への承継の場合、後継者が株式や事業用資産を買い取るケースが一般的です。経営者は引退後の生活のことも考えなければならないため、親族内承継のケースとは異なり、親族ではない後継者に株式や事業資産を移転することは経営者にとってリスクを伴います。
また、親族外への承継の場合、親族内承継と比べて借入金の個人保証や担保等の引き継ぎが難しくなります。上述した調査結果によると親族外承継を行う際に生じる問題として約38%の経営者が借入金の個人保証の引き継ぎが困難と回答しています。個人保証の引き継ぎが困難な理由として後継者が個人保証を引き継ぐだけの資産を持ち合わせていないことや金融機関の信用を得ることが難しいことが挙げられます。
さらに、上記の調査結果によると約38%の経営者が親族外承継の際に生じる問題として後継者による自社株式の買取りが困難、約27%の経営者が後継者による事業用資産の買取りが困難と回答しており、後継者の資金不足が見受けられます。
M&A(第三者譲渡)
上記したように20〜25年前にはわずか5.5%であった社外への承継は直近の5年間で39.3%にまで上昇しており、最も多くの経営者が社外への承継を選択しています。ではM&Aによる事業承継にはどのような方法があるのでしょうか。
M&Aには大きく分けて4つの手法があります。株式譲渡・事業譲渡、合併、株式交換・移転、会社分割の4つです。このようにM&Aの中にも複数の事業承継方法があるため、それぞれの会社に適した事業承継方法を選択することができます。M&Aによって会社を売却することで経営者は創業者利益を獲得することができ、個人保証や担保も譲渡企業に引き継ぐことができます。
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株式上場
非上場企業が株式を上場することで後継者は会社を買収する必要がありません。また、経営と資本の分離を行うことで経営者は個人保証や担保からも解放されます。しかし、上場するためには高い経常利益を確保する必要があります。2014年時点で約382万社が日本に存在していましたが、そのうち上場企業数は約3,500社で、全体のわずか0.1%ほどでした。このように株式上場は決して容易なことではありません。
会社の経営状況や業界の先行き、後継者の有無、後継者がいる場合には経営能力の有無、後継者の資金力、個人保証や担保の引き継ぎ等を考慮にいれた上で以上に挙げた4つの事業承継方法の中からそれぞれの会社に適した方法を早い段階から考えることが必要です。