M&Aでは、買収先の企業の株式を取得する方法が多く用いられています。本記事では、株式の譲渡によるM&Aを検討されている方に向けて、株式を譲渡したときの税金や、デューディリジェンス費用の税務上の扱い、株式を譲渡したときの税金の支払い方法などを解説します。
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年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
M&Aでの株式譲渡は税金も考えて計画が必要
M&Aの方法はさまざまですが、一般的には、株式の譲渡による方法が簡便なものとして中小企業などで活用されています。株式の譲渡によるM&Aとは、譲渡企業(売り手側)の株主が持っている株式を、譲受企業(買い手側)に譲渡する方法です。
中小企業であれば、会社の株式のほとんどすべてを経営者が個人で所有しているケースもあるでしょう。このようなケースで株式の譲渡を行う場合、注意したいのは個人の株主の税金です。
例えば、A社がB社を譲り受けるケースで、B社の株主CがA社に株式を譲渡し、その譲渡代金が支払われたとします。
このとき、株主Cが得た譲渡益は、個人所得として課税の対象になります。従って譲渡側は、個人の税金についても考えなければならないということです。
しかしM&Aは、譲受企業もさまざまな内外の手続きを行わなければなりませんし、相手企業とも交渉を行わなければなりません。
多くの会社にとって、初めてとなることが予想されるM&Aにおいて、何も対策をしなければ、株主個人の税金まで考えが及ばないというのが普通でしょう。そのためM&Aでは譲受企業だけでなく、譲渡側も税金を含めた計画的な準備が必要となるのです。
株式譲渡による譲渡益は申告分離課税
株式譲渡による譲渡益にかかる税金は、所得税と住民税です。さらに所得税には、令和19年12月31日まで「復興特別所得税」という税金も併せて徴収されます。
所得の区分は「譲渡所得」です。「譲渡所得」の税金の計算方法には、「総合課税」と「分離課税」という2つの方法がありますが、株式譲渡による譲渡益は「分離課税」となります。
「分離課税」とは、他の所得と合算せずに、その所得だけで税金を計算する所得のことです。分離課税の中にはさらに、「確定申告をしなければならないもの」と「源泉徴収だけで納税が完了するもの」がありますが、株式譲渡による譲渡益は前者です。よって、確定申告が必要となります。
このように、「他の所得と合算しない」「確定申告が必要」となる税金の計算方法のことを「申告分離課税」といいます。
株式譲渡による譲渡益は「上場株式等」と「一般株式等」で分ける
株式の譲渡所得は、「上場株式等」と「一般株式等」に分かれます。譲渡された株式が上場株式であれば「上場株式等」に、非上場株式であれば「一般株式等」として区別しなければなりません。
先ほどのB社が非上場会社であれば、B社の株主が得た譲渡益は、譲渡所得の「一般株式等」に計上されるということです。
参考として「上場株式等」、「一般株式等」の譲渡所得に計上される株式は、次のようになります。
上場株式等
一般株式等
・金融商品取引所に上場されている株式等
・店頭売買登録銘柄として登録されている株式
・店頭管理銘柄株式
・外国金融商品市場において売買されている株式など株式などのうち、上場株式等に該当しないもの
「上場株式等」「一般株式等」はいずれも申告分離課税(注1)となり、税金の計算方法は同じです。
同じ譲渡所得で、税金の計算方法まで同じなのになぜ区別するのかというと、この2つは損益通算ができないためです。「上場株式等」と「一般株式等」は、一方に損失があったからといって、もう一方の利益で相殺することができません。
例えば、B社の株主がB社の株式を譲渡して1,000万円の譲渡益(一般株式等)を得たとき、節税のために個人で行っている株式投資の損失(上場株式等)と1,000万円の譲渡益を相殺しようとしても、それは認められないということです。
そのため、この2つは確実に区別して申告する必要があります。
(注1)上場株式の譲渡所得は、一定要件のもと源泉分離課税を選択できます。詳しくは後述する「株式取得による税金の支払い方法」をご覧ください。
株式譲渡による譲渡益は株式の「取得費」が重要
株式を譲渡したときに、課税の対象になるのは「譲渡益」です。もし「譲渡代金」として5,000万円を受け取ったからといって、5,000万円すべてが課税の対象となるわけではありません。
課税の対象となるのは、受け取った代金から、株式(譲渡した株式)の取得費(取得価額)や購入のための手数料などを差し引いた額になります。
従って、株式譲渡にかかる税金を計算する際は、株式の取得費をいくら計上できるかがとても重要です。
M&Aで知っておきたい株式譲渡の税金の計算方法
続いて、株式譲渡による譲渡益にかかる税金の計算方法を見ていきましょう。
【譲渡所得の計算式】
総収入金額(譲渡価額)ー必要経費(取得費+委託手数料など)
「上場株式等」、「一般株式等」ともに、計算方法は同じです。
具体例で見てみましょう。
【例】
・譲渡金額 5,000万円
・取得費 2,000万円
・譲渡手数料 300万円
・譲渡所得 5,000万円ー(2,000万円+300万円)=2,700万円
このケースでは、2,700万円が課税対象になります。
つまり、株式の取得費などを正しく計算できるかどうかで、税金の額が大きく変わってしまうということです。株式の取得費については、次項の「計算に欠かせない「取得費」とは」で詳しく解説します。
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株式譲渡の税率は20.315%
株式譲渡による譲渡益にかかる税率は「上場株式等」「一般株式等」ともに20.315%となります。
内訳は以下の通りです。
・所得税・・・15%
・復興特別所得税・・・0.315%(所得税×2.1%)
・住民税・・・5%
概算するときは、譲渡益の2割で考えるとよいでしょう。
計算に欠かせない「取得費」とは
それでは、株式の譲渡にかかる税金を計算するうえで重要となる、株式の取得費について解説します。株式の取得費によって、課税対象となる額が変わるので、しっかり把握しましょう。
購入した株式の取得費は「購入のために要した費用」
株式を購入したときの取得費(取得価額)は、次のように定められています。
【法人税法施行令】
第119条第1項
内国法人が有価証券の取得をした場合には、その取得価額は、次の各号に掲げる有価証券の区分に応じ当該各号に定める金額とする。
同条第1号
購入した有価証券(中略) その購入の代価(購入手数料その他その有価証券の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)
断片的で少し分かりづらいかも知れませんが、「購入によって取得した株式は、その購入の代価を取得費(取得価額)に含めます」ということが書かれています。
「購入の代価」については、以下としています。
・購入手数料
・その他その株式を購入するために要した費用(以下、その他の費用)
さらに「その他の費用」は次のように解釈されています。
【法人税法施行令】
【法人税基本通達2-3-5】
令第119条第1項第1号《購入した有価証券の取得価額》に規定する「その他その有価証券の購入のために要した費用」には、有価証券を取得するために要した通信費、名義書換料の額を含めないことができる。(以下、省略)
国税局HP:「有価証券の取得価額」
ここには、通信費や名義書換料は「その他の費用」に含めなくてもよい(=取得費に含めなくてよい)ということが書かれています。
通信費と名義書換料は、一般的に少額であるため、取得費に含めなくとも支障がないためと考えられます。
払込みや購入以外で取得した場合の取得費
株式は先代経営者からの相続など、購入や払込み以外の方法で取得することもあります。その場合の取得費は、次のようになります。
相続、遺贈、贈与により取得した場合
先代経営者の死亡や、生前贈与などで事業を承継した場合です。この場合は、前の持ち主(被相続人、遺贈者、贈与者)の取得費を引き継ぎます。
特定譲渡制限付株式または承継譲渡制限付株式を取得した場合
会社から譲渡制限付きで交付される株式のことです。その譲渡制限が解除された日における価額を取得費とします。
発行法人から与えられた権利の行使により取得した株式など
新株予約権などによって取得した株式のことです。その権利の行使の日における価額を取得費とします。
払込みや給付をせずに取得した株式
新たな払込みや給付をすることなく無料で入手した株式のことです。取得費はゼロとなります。
上記以外の方法により取得した株式
上記の4つ以外の方法によって取得した株式です。その株式の取得のために通常要する価額を取得費とします。
株式取得費を計算する際の1単位当たりの価額の調整
株式の取得費の計算は、まず1株当たりの価額を求め、それに譲渡する株数をかけて計算します。
例えば1株あたり1,000円の株式を60株譲渡するとしたとき、その取得費は、1,000円×60株=60,000円と計算します。
ただし、次のようなケースで取得した株式については、1株当たりの価額(上記の1,000円にあたる部分)が調整されることがあります。
・株式などの分割または併合が行われた場合
・同一種類の株式を株主割当てにより取得した場合
・課税の繰延べの対象となる合併により合併法人の株式などを取得した場合
・課税の繰延べの対象となる分割型分割により分割承継法人の株式などを取得した場合
・平成29年4月以後に行われる株式分配により完全子法人の株式などを取得した場合
・課税の繰延べの対象となる株式交換または株式移転により、株式交換完全親法人または株式移転完全親法人の株式などを取得した場合
こうした株式を譲渡する場合の取得費は、専門家に計算を依頼しましょう。
参考URL:国税庁HP「譲渡した株式等の取得費」
同一銘柄の株式などを2回以上に渡って取得した場合の取得費
株式の価格は変化するため、同じ株式を2回以上にわたって購入し、その株式の一部を譲渡しようとしたとき、その取得費に迷うことがあります。
例えば、1回目は1株あたり1,000円で取得し、2回目は1,500円で取得した株式を譲渡するときの、株式の取得費を計算するようなケースです。
この場合の取得費は、「総平均法に準ずる方法」によって、1株あたりの平均単価を計算します。
【例】
・2月1日・・・X社の株式を1,000円で20株購入(20,000円)
・6月1日・・・X社の株式を1,500円で20株購入(30,000円)
・12月1日・・・X社の株式を25株売却
<12月1日に売却したときの取得費>
・1株あたりの平均単価
(20,000円+30,000円)÷(20株+20株)=1,250円
・取得費 1,250円×25株=31,250円
計算式の詳細は、下記の国税庁HPをご覧ください。
国税局HP:「同一銘柄の株式等を2回以上にわたって購入している場合の取得費」
株式取得費が不明な場合の取得費(概算取得費)
株式の取得費がわからないというケースもあります。例えば購入した時期が古いため、購入の代価を確認できる書類がないというようなケースです。
取得費がわからない株式の場合は、その取得費を、譲渡代金の5%相当額とすることが認められます。この5%相当額を「概算取得費」といいます。
【例】
・譲渡価額 1,000万円
・取得費 不明
・譲渡所得 1,000万円-(1,000万円×5%)=950万円
5%であっても、まったく計上できないよりは良いといえます。
しかし、譲渡代金の95%もの額が課税の対象となってしまうので、まずは専門家にアドバイスを求めるとよいでしょう。
なお、実際の取得費が5%に満たない場合で、概算取得費の方が有利というケースがあれば、実際の取得費ではなく、概算取得費を代わりに取得費とすることもできます。
調査(デューディリジェンス)費用は株式の取得費か
M&Aでは、譲り受ける企業や譲り受けを検討している企業の調査を行うことが一般的です。この調査を「デューディリジェンス」といいます。
もし、株式を取得したときにデューディリジェンスを実行していたとしたら、その調査費用は、株式の取得費に計上するのでしょうか。
デューディリジェンスとは
デューディリジェンス(Due Diligence)とは、本来は何かを実行するときの然るべき努力といった意味合いの言葉となりますが、M&Aにおいては、譲受企業が譲り受け先のリスクの調査を行うことを意味します。
譲り受け先の情報は、一般的な資料だけではわからない部分がたくさんあります。もし譲り受けた後に、顧客から過去の契約について訴えられたり、不正な税務申告を指摘されてペナルティを受けるリスクがあります。
M&Aではこのようなリスクをできる限り回避するために、譲受企業は、譲り受け先の企業の法務や財務、税務などの面にリスクが潜んでいないか、事前調査を行います。
譲受企業に調査義務があるわけではありませんが、M&Aを成功させるには必須といえる調査になります。
調査には専門的知見を要するため、弁護士や公認会計士、税理士などの専門家に委託することが一般的です。調査の対象にもよりますが、その費用はかなり高額になることもあります。
従って、デューディリジェンス費用を株式の取得費に含めるかどうかの判断を誤った場合、その株式を譲渡するときの税額に大きな誤差を与えてしまうのです。
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デューディリジェンス費用は株式の取得費に含めるのか
結論からいうと、デューディリジェンス費用は、株式の取得費に含める場合と含めない場合があります。
まず、購入した株式の取得費は、その購入に要した費用を含めるというルールでした。(「計算に欠かせない「取得費」とは」を参照)この点から、実務では、株式の購入の意思決定を行う時点を基準に、デューディリジェンス費用を取得費に含めるかどうか判断します。
購入を決める「前」のデューディリジェンス費用であれば、これは譲り受けるかどうかを判断する費用であるため、取得費には含めません。
これに対し、購入することを決定した「後」のデューディリジェンス費用であれば、これは株式を購入するために要した費用であるため、取得費に含めます。
この基準で計算するときは、意思決定をした日付を後から証明できるようにしておくことが大切です。例えば、取締役会の議事録などが考えられます。
デューディリジェンス費用の扱いを個人で判断するのは難しいため、専門家に相談しましょう。
株式取得による税金の支払い方法
最後に、株式を取得したときの税金の支払い方法について解説します。
株式取得による税金の支払いは「確定申告」で
株式の譲渡にかかる税金は、前述のように以下の3つです。
・所得税
・復興特別所得税
・住民税
納税先は、以下となります。
・「所得税」と「復興特別所得税」・・・税務署
・「住民税」・・・1月1日の住所地を管轄する市町村役場
「所得税」と「復興特別所得税」の支払い方法
「所得税」と「復興特別所得税」を支払うには、税務署への確定申告が必要です。
申告先は、納税地(一般的には住所地)を管轄する税務署になります。
確定申告の期限は、翌年3月15日(土日祝日の場合は、翌開庁日)ですが、納税の期限もこれと同じになります。
納税の方法は、以下のようにさまざまで、必ずしも税務署に出向く必要はありません。
・口座振替
・電子納税
・クレジットカード納付
・コンビニ納付
・現金納付
「住民税」の支払い方法
住民税は確定申告をすれば、その市町村役場が税金を計算し、金額を通知してくれます。
支払いは翌年6月からとなるため、所得税、復興特別所得税と支払いのタイミングが異なる点に注意しましょう。
住民税の支払い方法には、以下の2つの方法があります。
・個人で支払う方法(普通徴収)
・会社に天引きして支払ってもらう方法(特別徴収)
個人で支払う場合は、市町村役場から送付される納付書を使って、対応できる機関に出向いて支払いを行います。口座振替もできるため、それぞれの市町村のHPなどで手続きを確認しましょう。
会社に天引きして支払ってもらう場合は、毎月の給与から12ヶ月分(翌年6月分~翌々年5月分)に分けて住民税が徴収されます。
支払いは会社が行うため、個人の支払い手続きは不要です。
投資目的の株式取得なら「特定口座」による源泉徴収が便利
参考として、投資目的で取得した株式についても紹介します。
投資目的で取得した株式を譲渡して譲渡益が生じたときも、20.315%の税金(所得税・復興特別所得税・住民税)がかかります。
譲渡益の区分は、分離課税の譲渡所得の「上場株式等」です。ただし、口座の種類によっては確定申告をしなくてもよい場合があります。
株式投資は証券口座を開設して行いますが、その証券口座には次の3種類があります。
証券口座の種類
口座の種類
譲渡所得の申告・課税方法
源泉徴収あり特定口座
申告分離課税/申告不要も可
源泉徴収なし特定口座
申告分離課税
一般口座
申告分離課税
上記のとおり、「源泉徴収あり特定口座」を選択すれば、譲渡益から20.315%の税額を自動的に徴収してくれるため、確定申告をしなくとも納税が完了します。従って、この口座だけは確定申告をしないことを選択できます。
ただし、あえて確定申告を行って損益通算をすることにより、有利な申告ができる場合があります。もし株式投資で譲渡損が発生したときは、確定申告を検討しましょう。
「源泉徴収なし特定口座」、「一般口座」を選択したときは、申告分離課税となるため、譲渡所得が発生すれば、確定申告が必要です。
また、特定口座によって株式の取引を行うと、年間の取引記録を書類で送付してもらえます。
この書類によって、申告が必要な譲渡所得の額などを確認できるので、確定申告をするときにとても便利です。
まとめ
この記事では、以下について解説しました。
・株式を譲渡した譲渡益には、税金がかかること
・譲渡益の計算には、株式の「取得費」が重要であること
・「取得費」の範囲やデューディリジェンス費用の扱い
・株式を譲渡したときの税金の支払い方法
M&Aは税務をはじめ、さまざまな法令の知識が必要です。
多くの経営者にとっては何度も経験することのないことであり、誰もが不安の中で手続きを行います。M&Aでご不明な点がある場合は、専門家に相談しましょう。
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