株式交換とは、株式移転とともに、完全親会社を創設する制度です。
株式交換は、完全子会社となる会社の株式を親会社となる既存の会社に移転して、完全親会社を形成することです(会社法(以下「法」)2条31号)。他方、株式移転とは、完全子会社となる会社の全ての株式を新設する親会社に移転して完全親会社を形成することです(法2条32条)。つまり、親会社となる会社が既存の会社である場合が株式交換、新設の会社である場合が株式移転です。
株式交換・株式移転は完全子会社となる会社は消滅せず、法人格が維持され、原則、権利義務の承継の問題が生じない点で合併と異なります。そして、この権利義務の承継が生じないことから、完全子会社となる会社では原則、債権者保護手続きを必要としません。
また、完全親会社となる会社も、株式交換において完全子会社となる株主に対して交付する金銭などが完全親会社の株式その他これに準ずるものである場合には、債権者保護手続きは不要とされています。
原則として債権者保護手続きが不要ということは、例外的な場合には債権者保護手続きが必要ということになります。
本記事では、株式交換を行う際に債権者保護手続きが必要な場合と、その際の手続きについて解説します。
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債権者保護手続きとは
ここでは債権者保護手続きの意義と会社法との関係を解説します。
ここでは債権者保護手続きの意義と会社法との関係を解説します。
債権者保護手続きとは会社の行為によって勝手に会社の財産状態が悪化などすることで、債権者の引当てとなる財産が減少する可能性がある場合、つまり債権者がその債権を回収できなくなるリスクが生じる場合に、あらかじめ債権者にその旨を通知することにより、債権者を保護しようとするものです。
更に詳言すると、上記のように財産状態が悪化する可能性がある行為を行う場合には、会社はその債権者に対して「これから客観的に財産状態が悪化などする可能性のある行為を行うので、異議がある場合は一定の期間(1ヶ月以上の定めた期間)内に言って下さい」と通知します。
その行為をされてしまうと回収できなくなるリスクがあるので困ると考えた債権者は「異議があるので、支払いをするか支払えるだけの担保を提供して下さい」と述べることのできる制度といえます。
M&Aで利用される他の制度における債権者保護手続きの要否については下記の表のとおりです。
会社法と株式交換における債権者保護手続き
株式交換における債権者保護手続きは、会社法制定前にはなかった手続きです。ではなぜ会社法制定にあたり債権者保護手続きが必要になったかというと、旧商法時代には、株式交換(株式移転も)は単に株主構成に変動があるだけで、株式交換の当事会社相互で財産的移動がない手続きであり、財産状態が悪化する可能性がなく、債権者保護を図る必要がなかったためです。
会社法においては、株式交換(株式移転も)における新株予約権の親会社への承継が認められるようになったこと、株式交換対価の柔軟化が認められたことから、一定の場合には財産状態が悪化する可能性があるため、当該一定の場合には債権者保護を要することとなったのです。
株式交換において債権者保護が必要なケース
では、どのような場合に株式交換では債権者保護手続きが必要になるのでしょうか。
上記のとおり、株式交換で当事会社の債権者の利害に大きな影響を及ぼすケースは限られています。簡単にまとめると、(1)完全子会社の債権者については、新株予約権者を除き、その地位に変動はありません。また、(2)完全親会社も完全子会社の株主に対し完全親会社の株式を交付する限り、財産状態の悪化は生じません。そのため、債権者保護手続きが必要な場合は、次の場合に限定されます。
完全子会社
会社法が制定され完全子会社から完全親会社に対し、株式のみならず新株予約権付社債・ストックオプションなどの「新株予約権」も承継できることになりました。
このように改正されたのは、これらの権利が完全親会社となる会社に承継されなければ、これらの権利を行使した者が完全子会社の株主となってしまい、100%子会社の実現が将来的に不可能になってしまうという不都合を回避するためです。
そうすると完全子会社が新株予約権付社債を発行していた場合、当該新株予約権を完全親会社が承継しますから、新株予約権付社債の社債権者にとっては債務者が完全子会社から完全親会社に代わる、つまり免責的債務引受けまたは債務者の交替による更改となり、その回収リスクに客観的に影響がありますから、完全子会社の社債権者保護を図る必要があるのです。
そのため、新株予約権付社債を発行していた完全子会社においては、当該社債権者を対象とした債権者保護手続きが必要になります(法789条1項3号)。
完全親会社
(1)完全子会社の新株予約権付社債を承継する場合
完全子会社の新株予約権付社債を承継する場合、社債を承継するわけですから、完全親会社の金銭債務が増加します。そのため完全親会社においては、完全親会社の既存の債権者に対し、債権者保護を図ることが必要になります(法799条1項3号)。
(2)完全親会社の株式以外の交付
会社法により、株式交換において完全親会社が完全子会社の株主に対して交付する対価について、完全親会社の株式その他これに準ずるものとして法務省令(会社法施行規則198条)で定めるもの「以外」による株式交換も可能となりました。
この場合には、完全親会社の責任財産が変動することがあります。それは株式交換によって完全親会社が取得する完全子会社株式が無価値であっても、株式を交付している限り完全親会社の財産状態は悪化しないものの、他の資産を交付すると完全親会社の財産状態の悪化が生じ得るからです。そのため完全親会社の債権者にとっては、回収リスクに客観的な影響があり、債権者保護を図る必要性があるのです。
そのため、完全親会社の株式その他これに準ずるものとして定められているもの以外を対価として交付する完全親会社は、完全親会社の既存の債権者に対し、債権者保護手続きを行うことを要します(法799条1項3号)。
株式に準ずるもの
完全子会社の株主に対し交付する金銭などの合計額の5%未満の完全親会社株式以外の金銭などが「株式に準ずるもの」と認められます。
(3)株主資本等変動額のその他資本剰余金への計上
株式交換に際し、完全親会社が株主資本等変動額に対価として交付した自己株式の帳簿価額を加えた額のうち、自己株式の処分対価に相当する額を除く部分の全額を資本金・資本準備金にするのではなく、その他資本剰余金を増加させる場合には、債権者の異議手続きを行うことが必要です。
その他資本剰余金は配当原資とすることが可能で、資本金・資本準備金と比べて取り崩しが容易なため、債権者としては引き当て財産の減少の可能性があるためです。
債権者保護手続きの要否
株式交換で債権者保護手続きが必要な場合をまとめると次のとおりです。手続きの要否で迷った場合には、専門家に相談した方がよいでしょう。後述するように、債権者保護手続きを履践しなかったときは、株式交換の差止めや無効訴訟が提起される可能性があるためです。
債権者保護手続きが必要な場合の流れを確認
では、株式交換で債権者保護手続きが必要となった場合の手続きの流れを見ていきましょう。
全体の流れと債権者保護手続きが必要なタイミング
債権者保護手続きの始期については法定されていません。ただし、債権者が異議を述べる期間として最低1ヶ月を確保することが要求されています(法789条2項、799条2項)。そして、株式交換の効力を発生させるためには、債権者保護手続きの具体的な内容として下記で詳述する(1)公告(2)個別催告(3)債権者に対する弁済などの手続きを少なくとも効力発生日前に完了しておく必要があります。
株式交換の大まかな流れは次の図のとおりです。ただし、これは例示ですから、具体的な流れについては確認したほうがよいでしょう。
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債権者保護手続きの具体的な内容
債権者保護手続きの具体的な内容は次のとおりです。
(1)公告
会社法が定める事項を官報をもって公告します(法789条2項、799条2項)。広告の内容は次のとおりです(法789条2項・799条2項)。
・株式交換をする旨
・株式交換の相手会社の商号及び住所
・当事会社の計算書類に関する事項として法務省令(会社法施行規則188条、199条)で定めるもの
・一定の期間内に意義を述べることができる旨(1ヶ月以上)(法789条2項4号、799条2項4号)
なお、公告は当事会社が共同で行うことも考えられます。
(2)個別催告
官報による公告以外に、知れている債権者には各別にこれを催告しなければならないとされていますので、公告と同様の法定事項を債権者に催告します。
催告の方法は、実務的には普通郵便によるハガキまたは封書による例が多いようです。催告の期間は1ヶ月を下回らない一定の期間をとる必要があり、また、催告については到達主義(通知を発送したときではなく到達したときにその効果が発生する)とされていることから、郵送期間も加味することになります。
(3)債権者に対する弁済など
債権者が異議を申述したときは会社は債務を弁済するか、相当の担保を提供するか、弁済に充てる目的で信託会社に相当の財産を信託しなければなりません(法789条5項、799条5項)。
ただし、株式交換が当該債権者を害するおそれが無い場合はこの限りではありません(法789条5項ただし書き、799条5項ただし書き)。株式交換の登記に際しては、株式交換をしても当該債権者を害するおそれがないことを証する書面を添付する必要がありますが(商業登記法80条3号)、おそれがないと判断するケースはまれです。
なお、債権者が一定の期間内に異議を述べなかったときは、当該株式交換を承認したものとみなされます(法789条4項、799条4項)。
個別催告を省略する方法
原則として債権者保護手続きにおいては、上記に見たとおり、知れている債権者に対し個別催告を行う必要があります。この知れている債権者とは少額の債権者も含まれます。そのため、煩雑な事務処理や通知に関する郵送費などが必要となりコストがかかります。また、通知すべき債権者が抜け落ちてしまうリスクもあります。
そのため、会社法は一定の場合に個別催告を省略できる例外を定めており、官報の他定款で定める時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙か電子公告により公告するときは、知れている債権者への各別の催告は要しないとしています(法789条3項、799条3項)。
ただし、この方法は当事会社が会社の公告方法として、時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙に掲載する方法、または電子公告を定めている場合にのみ採用することができるので注意が必要です。公告方法として官報を定めている場合には、定款を変更するなどの手当てが必要になります。
必要な債権者保護手続きを行わなかった場合
債権者保護手続きを行わなかったり、法定された期間などを守らずに行った場合はどうなるのでしょうか。
この場合、株式交換が法令に違反する場合として、法令で定められた債権者保護手続きを行わなかった会社の株主から当該株式交換を止めることを請求される可能性があります。この請求を差止請求といいます(法784条の2、796条の2)。ただし、株主は相手方当事会社に生じた事由を差止め事由として主張することはできません。
また、株式交換が実行された後でも、当該株式交換が無効となる場合があります。ただし、株式交換のような組織再編の場合、その無効の解決を民法の一般原則に委ねてしまうと取引の安全を害することから、会社法は株式交換の無効を訴えのみによって主張できることとしました(法828条1項柱書・同項11号・同項12号)。
債権者保護手続きが履践されないことは、この無効の原因になるのです。この無効の訴えは株式交換の効力が生じた日から6ヶ月以内に、効力が生じた日において当事会社の株主などであった者、破産管財人若しくは株式交換について承認しなかった債権者が提起することができます(法828条2項11号・12号)。この訴えにおいては、被告は必ず完全親会社と完全子会社の双方となります(法834条11号・12号)。
まとめ
以上で見てきたとおり、株式交換においては原則として債権者保護手続きは不要とされています。
しかし、例外的に債権者保護手続きが必要な場合が法定されており、その場合に債権者保護手続きを履践しなかったときは、差止請求や無効訴訟が提起される可能性があります。そのため、行おうとする手続きが債権者保護手続きを要するものであるのかなどを十分検討する必要があります。場合によっては専門家に相談することも検討されて下さい。
※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。