
PPA(Purchase Price Allocation)とはM&Aにおいて必須となる会計処理の1つです。M&Aを行う場合、譲受企業は譲渡企業の資産を適切に評価・配分して自社の財務諸表に計上・反映させる必要があります。
M&Aに伴う会計処理では、企業結合に関する会計基準に則った対応が求められます。無形資産は「識別可能な資産」と「のれん」に分けて計上しなければなりません。
本記事では、PPAの手続きの流れや無形資産の評価方法、仕訳例を紹介するとともに、M&AにおけるPPAの注意点をわかりやすく解説します。
目次
PPAとは
PPAとは、Purchase Price Allocationの略で「取得原価の配分」のことを指します。M&A実施後に譲渡企業の資産・負債を譲受企業側で確定する会計処理上のプロセスであり、買収した企業の資産・負債を適切に反映させるために行います。
PPAは、2010年に行われた企業結合会計基準法の改正によって必須となりました。そのため、M&Aを実施した場合、実施後1年以内にPPAを行う必要があります。適切な処理が実施されていないと、会計監査で指摘を受ける可能性があります。
特に注意したいのは、無形資産の計上が必要な点です。貸借対照表に載っている資産や負債だけでなく、無形資産も計上する必要があります。
M&AのPPAで「のれん」が重要な理由
M&Aの会計処理では無形資産を適切に評価・計上する必要があり、その際のポイントが「のれん」です。以下では、M&AのPPAで「のれん」が重要な理由を解説します。
「のれん」とは
「のれん」とは、M&Aの買収金額で支払った金額のうち、譲渡企業の純資産(帳簿価額)と実際の買収価格の差額です。
企業のブランド力や技術のノウハウなど目に見えない価値を指します。
M&Aによって譲受企業が譲渡企業から獲得する資産は有形資産だけではありません。譲受企業は、M&Aで非金銭的な資産(無形資産)も獲得するため、M&Aによる影響を財務諸表に適切に反映させるには、無形資産も評価して「のれん」として計上する必要があります。
▷関連記事:M&Aの「のれん」とは?償却期間や会計処理、注意点を分かりやすく解説
「のれん」と「識別可能な無形資産」は区別して計上する
企業結合に関する会計基準では「受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合
は、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱う」とされています。
つまり、譲受企業が譲渡企業から受け入れる無形資産は、識別可能なものとそれ以外に分けて計上するということです。無形資産のうち識別可能なものは資産として計上する一方、それ以外のものはのれんで計上します。
2010年4月から企業結合に関する会計基準が適用されたことで、法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産は識別可能な資産として取り扱われることになり、取得原価の配分対象として認識されることになりました。「のれん」と「識別可能な無形資産」のそれぞれが個別の勘定科目で計上され、各々の償却年数で償却されます。
無形資産の種類と例
無形資産とは、建物・備品などのモノではなく、文字どおり形がない資産です。具体的には、経営手法・顧客との関係性・技術力・企業のブランド力などを指します。
無形資産には「法律上の権利」と「分離して譲渡可能な無形資産」があります。
「法律上の権利」とは特定の法律に基づく権利のことで、「分離して譲渡可能な無形資産」とは企業・事業から独立して売買でき、価格が算定可能なもののことです。具体的には、以下の例が挙げられます。
具体例 | |
法律上の権利 | ・特許権 ・商標権 ・意匠権 ・著作権 ・実用新案権 など |
分離して譲渡可能な無形資産 | ・顧客リスト ・ソフトウェア ・特許で保護されていない技術 など |
M&Aを行う場合は、譲渡企業・譲受企業ともにM&Aの対象となる企業の無形資産を考慮する必要があります。
M&AにおけるPPAの手続きの流れ
M&AにおけるPPAは次の流れで行います。
1. 情報収集・分析:譲渡企業の資産・負債・事業内容などを把握
2. 無形資産の識別:何を無形資産として計上するのかを確認
3. 無形資産の評価:どのくらいの価値になるのか金額を算出
4. 会計監査:作成したレポートの監査実施
5. 会計処理:計上額・科目・償却期間など会計ルールに従って処理を実施
以下では、PPAの手続きの流れを各手順で解説します。
1 情報収集・分析
譲渡企業の資産・負債・事業内容などを把握するためには、情報の収集・分析が必要です。主に以下の資料を用意して確認します。
・株式価値の算定書
・M&Aに関する契約書類
・法務・財務・税務の調査資料
・売り手企業の事業内容や財務内容
・株式譲渡や事業譲渡などの買収スキーム
・無形資産評価に必要な買収の背景や目的
2 無形資産の識別
資料の確認や譲渡企業へのヒアリングなどをもとに、何を無形資産として計上するのか明確にして無形資産を識別します。無形資産の例としては、国際会計基準(IFRS)で以下の例が挙げられています。
・顧客関連の無形資産:顧客リスト・受注残・顧客契約
・芸術関連の無形資産:演劇・書籍・雑誌・音楽・写真・動画
・技術に基づく無形資産:特許技術・ソフトウェア・企業秘密
・マーケティング関連の資産:商標・商号・団体マーク・ドメイン名
・契約に基づく無形資産:ライセンス・ロイヤリティ・広告・フランチャイズ契約
無形資産確認の段階で、会計監査人とすり合わせを実施するケースもあります。早めにすり合わせを行うことで、やり直しの発生を防ぎ、スムーズなPPA処理が可能です。
3 無形資産の評価
計上する無形資産が決まると、次に、どのくらいの価値になるのか金額を算出します。無形資産の評価方法について詳しくは後述しますが、主な評価方法は以下の3つです。
・コストアプローチ
・マーケットアプローチ
・インカムアプローチ
無形資産の具体的な評価を行うには専門的なスキル・知識が必要になるため、無形資産の評価は専門家に依頼するケースが一般的です。
無形資産の評価が終わると、レポートを作成して無形資産や負債の選定プロセス・計算過程・計算結果を記載してまとめます。
譲受企業はレポートを確認し、認識・理解の齟齬がないかチェックします。会計の方針と照合し、受け入れられるかという確認も必要です。通常は、レポートをもとに専門家と話し合います。その後、会計監査人にレポートを提出して監査を受けます。
4 会計監査
会計監査では、作成したレポートの監査を受けます。なお、PPAの処理を専門家に依頼している場合も、レポートの提出は譲受企業自身が行います。
会計監査人はレポートに記載された評価の根拠をチェックし、無形資産の特定方法・価値評価が妥当かどうかレビューを行います。
レビューでは、譲受企業がレポート内容の妥当性・正確さを説明するのに対して、会計監査人が専門的かつ厳しい質問を投げかけます。そのため、専門家のサポートが必要です。
5 会計処理
会計監査が終わり、計上額・計上科目・償却期間などが決まったら実際にその内容に従って会計処理を行います。
なお、耐用年数は無形資産の種類によって異なるため、無形資産にあわせた耐用年数で償却していきます。
M&Aにおける無形資産の評価方法
M&Aにおける無形資産の評価方法には、以下3種類の手法があります。
・コストアプローチ
・インカムアプローチ
・マーケットアプローチ
評価方法によって特徴が異なるため、無形資産を評価する際は評価方法ごとの違いを踏まえて適切な方法を選択しましょう。特定の1手法を使うこともあれば、複数の手法を併用して評価額を算出するケースもあります。
以下では、各評価方法を解説します。
▷コストアプローチ
コストアプローチとは、同等の資産を再調達するために必要な金額にもとづいて評価する算出方法です。必要なコストから価値の減額調整を行い、評価額を算定します。
無形資産評価におけるコストアプローチには、「複製原価法」と「再調達原価法」の2種類あります。
概要 | |
複製原価法 | 評価対象の無形資産と全く同じものを再現する場合に、現在かかるコストをもとに価値を評価する方法 |
再調達原価法 | 評価対象の無形資産と同じ機能・役割(効用)を果たすものを作るのにかかるコストをもとに価値を評価する方法 |
▷インカムアプローチ
インカムアプローチとは、将来その無形資産によって得られる収益(キャッシュフロー)を現在の価値に換算して評価する算出方法です。具体的には、将来のキャッシュフローを「割引現在価値」に変換し、その中から無形資産に帰属する部分を取り出して、無形資産の価値とします。
インカムアプローチは、コストアプローチやマーケットアプローチと異なり市場データへの依存が少なく、多くの無形資産で柔軟に適用できます。無形資産評価におけるインカムアプローチには、「利益分割法」「企業価値残存法」「超過収益法」「ロイヤルティ免除法」の4つの手法があります。
概要 | |
利益分割法 | 事業全体の利益やキャッシュフローに対する、無形資産の貢献度を見積もり、その割合に応じて評価する方法 |
企業価値残存法 | 事業全体の価値から、運転資本・有形資産・他の無形資産の価値を引き、残りを対象無形資産の価値とする方法 |
超過収益法 | 企業または事業全体の利益から、無形資産による利益のみを取り出し、それをもとに現在価値を計算して評価する方法 |
ロイヤルティ免除法 | 無形資産を第三者からライセンス供与されたと仮定し、本来支払うはずのロイヤルティ(使用料)に基づいて評価する方法 |
▷マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、評価対象の無形資産と同じか似たような資産を、市場での取引事例をもとに評価する算出方法です。具体的には、類似する無形資産の売買価格やライセンス取引の金額などを参考にして対象無形資産の価値を推計します。
無形資産におけるマーケットアプローチには、「売買取引比較法」「利益差分比較法」「概算法」「市場取替原価法」の4つの手法があります。
概要 | |
売買取引比較法 | 類似の無形資産についての実際の売買取引価格をもとに、対象の無形資産の価値を評価する方法 |
利益差分比較法 | 無形資産を活用している企業と、活用していない企業の利益の差に資本還元率を適用し、無形資産の価値を評価する方法 |
概算法 | 売上や利益などの経営指標と、類似資産の取引価格をもとに、無形資産の価値を目安的に評価する方法 |
市場取替原価法 | 無形資産と同等の効用を持つ資産を市場で再取得する場合の原価を外部の専門家によって見積もり、無形資産を評価する方法 |
M&AにおけるPPAの仕訳例
ここでは、純資産額1,200万円の企業を1,500万円で買収するケースを考えます。
<全額をのれんで計上するときの仕訳>
買収額と純資産額の差額300万円をのれんとして計上します。仕訳例は以下のとおりです。
借方 | 貸方 |
純資産:1,200万円 のれん:300万円 | 子会社株式:1,500万円 |
<PPAによって無形資産を識別して計上するときの仕訳>
識別された無形資産として特許権200万円、法定実効税率を30%とした場合、連結時の差異である繰延税金負債は「特許権200万円×法定実効税率30%」で60万円です。
仕訳は以下のようになります。
借方 | 貸方 |
純資産:1,200万円 特許権:200万円 のれん:160万円 | 子会社株式:1,500万円 繰延税金負債:60万円 |
M&AにおけるPPAの注意点

PPAにおいて「のれん」を評価する際には、以下の注意点があります。
・のれんの評価額は評価者によって変動する
・評価ミスがあると事業に悪影響を及ぼす可能性がある
それぞれ解説します。
▷のれんの評価額は評価者によって変動する
「のれん」を評価する際に注意するべきことの1つ目は、評価額は評価する人によって変わるという点です。目に見えない価値を評価するため、絶対的な評価は難しくなっています。評価者は個人の主観を排除して客観的な評価を行いますが、評価内容に個人差が生まれてしまう可能性がある点は理解しておきましょう。
▷評価ミスがあると事業に悪影響を及ぼす可能性がある
「のれん」を評価する際に注意するべきことの2つ目は、評価にミスがあると事業に悪影響を及ぼす可能性がある点です。「のれん」の評価を誤ると、「のれん」や企業価値を見直す「のれんの減損」が発生する場合があり、企業価値の見直しによって株価や株主に影響が出てしまうケースもあります。株価が下がると、事業の資金調達が難しくなる場合もあります。
また、株主が配当金を受け取れない事態に陥ると株主にも影響を与えます。「のれん」の評価ミスがあると、事業や株主に多大な悪影響を及ぼす可能性がある点を把握しておきましょう。
まとめ
本記事では、M&Aで行われるPPAについて解説しました。「のれん」の評価やPPAの処理について解説・紹介しましたが、自社のみで検討・実行するのは難易度が高いため、専門家のサポートが必要なケースが多いです。
さらに、PPAはM&Aを実施してから1年以内に実施する必要があります。
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