
近年、事業承継や事業拡大の手段の1つとしてM&Aを活用する企業が増えていますが、M&Aにおいて企業を買収するケースでは、多額の資金が必要になることもあります。
そのため、十分な資金の確保が難しい企業では、資金調達としてM&Aファイナンスの活用を検討する企業も多いのではないでしょうか。
本記事では、M&Aファイナンスの種類、概要や主な利用目的を紹介し、M&Aファイナンスの手法や利用手順、活用する際の注意点などを解説します。

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・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
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会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
M&Aファイナンスとは
M&Aファイナンスとは、Mergers and Acquisitions(合併と買収)の略称となる「M&A」と資金調達を意味する「ファイナンス」が合わさった言葉で、「買収ファイナンス」とも言われます。
支配権の獲得を目的とするM&Aにおける買収では、譲渡対象企業(買収対象となる企業)の50%を超える株式を、譲受企業(買い手)が譲渡企業(売り手)から取得することで譲渡対象企業の経営権を獲得することになります。
また、買収には株式だけでなく、事業のみの獲得(事業譲渡など)も含まれます。
M&Aファイナンスは、このようなM&Aにおける企業や事業の買収に必要な資金の調達を指しており、資金の調達先は主に金融機関や投資家などの外部となります。
なお、ファイナンスには、「エクイティファイナンス(新株の発行など返済義務のないもの)」と「デットファイナンス(ローンの借入など返済義務のあるもの)」の2種類があります。
M&Aファイナンスを行う目的
M&Aファイナンスを行う主な目的は、自社の手元資金だけでは難しい優良企業や大企業のM&A実行を目指すための資金調達です。
M&Aにおける買収では、譲受企業(買い手)が譲渡企業(売り手)へ、譲渡の対価(譲渡代金)を支払う必要があります。
しかし、M&Aを検討している企業の中には、資金不足によってM&Aに踏み切れないというケースもあるでしょう。M&Aファイナンスを活用することにより金融機関や投資家などの外部から資金の調達が可能となるため、自社の資金以上のM&Aを実施できる可能性があります。
資金調達の主体・与信対象の違いによる2つの種類
資金調達の種類は、資金を調達する主体・与信対象によって「コーポレート・ファイナンス」と「ノンリコース・ファイナンス」の2種類に分けられます。ここでは各資金調達の特徴を解説します。
▷①コーポレート・ファイナンス
コーポレート・ファイナンスは、譲受企業が資金調達の主体となり、自社の与信で資金の調達を行います。
一般的な設備投資などの資金調達と同様のイメージで、返済時に支払う金利も通常のコーポレートローンとしての借入利率が採用されることが一般的です。
▷②ノンリコース・ファイナンス
ノンリコース・ファイナンスとは、特定の財産から生ずる収益のみを返済原資とする資金調達であり、買収を目的で設立された特別目的会社(SPC)が資金調達の主体となり、譲渡対象企業(買収対象となる企業)の資産の担保価値や返済能力、今後の収益力などに依存して融資を行うものを指します。
そのため、譲受企業の信用力以上の資金調達が可能となります。
ノンリコース・ファイナンスとして、前述のようにSPCを用いたファイナンスが行われることがあります。
SPCは『Special Purpose Company』の略となり、「特別目的会社」と訳されます。SPC(特別目的会社)とは、特定の事業のために設立された会社を指します。SPCについては以下記事で詳細に触れていますので、ご参考ください。
▷関連記事:SPC(特別目的会社)とは?M&AにおいてSPCを導入するメリット・デメリット
企業の買収方法の1つであるLBO(Leveraged Buy Out)はノンリコース・ファイナンスの代表例です。
M&Aファイナンスにおける2つの手法
M&Aファイナンスの手法には「シニア・ローン」と「メザニン・ローン」の2つの手法があります。ここでは、それぞれの特徴とメリット・デメリットを紹介します。
▷①シニア・ローン
シニア・ローンとは、従来からある通常のローンと同様の仕組みで、M&Aファイナンスの中でも多く用いられる手法です。
後述するメザニン・ローンより返済順位が高くなり、金利を抑えて資金の調達ができるメリットがあります。
一方、デメリットには、譲受企業の信用力に依存することで与信審査が厳しく資金調達に時間がかかること、目標の資金調達額に届かない可能性があること、多くの場合に担保設定が求められることなどが挙げられます。
特徴 | ・通常のローンと同様の仕組みで、弁済の優先順位は比較的高い |
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メリット | ・メザニン・ローンと比較して、金利を抑えて資金調達が可能 |
デメリット | ・与信審査が厳しく、資金調達に時間がかかる可能性がある ・目標の資金調達額に届かない可能性がある |
▷②メザニン・ローン
メザニン・ローンは、一般的にシニア・ローンで調達した資金の足りない分を補うのに利用されることが多いです。「劣後ローン」とも呼ばれ、返済順位はシニア・ローンより劣後します。
メザニン・ローンのメリットは、シニア・ローンに比べて与信審査が厳しくないため、比較的資金調達が容易な点です。
一方、デメリットは、劣後ローンとなるため貸付を行う金融機関のリスク(貸付金の回収リスク)が増す分、シニア・ローンより金利が高く設定されることが挙げられます。
特徴 | ・シニア・ローンによる資金調達で足りない分を補うために利用されることが多いローンで、弁済の優先順位はシニア・ローンより低い |
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メリット | ・資金調達がシニア・ローンに比べて容易 |
デメリット | ・シニア・ローンに比べて金利が高い |
M&Aファイナンスの利用手順

ここでは、M&Aファイナンスの手順(流れ)を、シニア・ローンを例に解説します。
▷①インディケーション・レターを取得
M&Aは社外に影響を与えるため、基本的に譲渡企業、譲受企業共にM&A成約の道筋が見えるまではその事実を伏せて進めるのが一般的です。
そこで、まずは譲受企業が金融機関に融資を打診し、その際に譲受企業と金融機関の間で守秘義務契約を締結します。その後、金融機関は譲受企業から提出されたM&Aに関する情報を基に分析と検討を行います。
譲受企業と金融機関の双方でおおまかな合意を得られた時点で、金融機関は融資額や金利などの条件をまとめた参考資料(提案資料)としてインディケーション・レターを作成します。
なお、インディケーション・レターは契約書とは異なり、法的拘束力はありません。また、この時点では融資の内容も確定していないので注意しましょう。
▷②コミットメント・レターを取得
コミットメント・レターとは、金融機関が融資を表明した書類です。
インディケーション・レターに記載された融資の条件に加えて、コミットメント・レターにはローン締結や融資実行の条件、コミットメントの有効期限といった内容(概要)も記載されます。
金融機関が与信審査後に融資条件を決定すると交付されるため、コミットメント・レターが交付されるということは、金融機関による融資の方向性が決定したことを意味します。
▷③タームシートの合意
先述しているコミットメント・レターより、さらに融資条件などの内容を詳細に記載した書類がタームシートです。
タームシートには融資の前提条件や表明保証事項などの他、融資額や金利などの細かな融資条件も記載されています。
法的な拘束力はありませんが、この段階で弁護士のレビューなどを経て内容が確定されていくことが多く、最終的なローン契約書とほぼ同内容となるため、タームシートに記載された内容は遵守されるのが一般的です。
▷④買収契約とローン契約を締結
タームシートを基に、譲受企業と金融機関の間でローン契約(金銭消費貸借契約)を締結します。
ローン契約書には、資金の使途や弁済に関する事項、誓約事項、貸付実行の前提条件、表明保証事項といった内容が記載されています。また、金融機関が譲受企業に融資を行うのは前提としてM&Aのための買収資金であるため、結果的にM&Aが成立しなければ融資は実行できません。
一方、譲受企業は金融機関からの融資がなければM&Aができません。そのため、買収に関する契約(譲渡企業と譲受企業との間で締結する株式等の譲渡契約)とローン契約(金融機関と譲受企業との間で締結する金銭消費貸借契約)は、ほぼ同じタイミングで締結または実行されるのが一般的です。
なお、買収契約の内容はローン契約にも影響を与えることがあるため、金融機関との間で買収契約の内容を共有しておく必要があります。
▷⑤担保の提供と保証の差し入れ
金融機関からの融資が実施される際、金融機関は債権を確実に回収できるように、ローン契約に基づき、譲受企業に対して担保設定や保証の差し入れを求めます。
譲受企業の保有不動産などの資産の他、譲渡対象企業(買収対象となった会社)の保有資産などを担保として設定するケースもあります。
ローン債権の回収時には担保権が行使されるため、譲渡企業の価値を損ねる可能性のあるような担保設定は避けるべきです。
▷⑥債務管理とローン返済
融資を受けた後は当然ながらローンの返済が開始となりますが、同時に資金使途が守られたかなどの厳しいモニタリングが金融機関によって行われます。
また、モニタリングはローン契約に基づいて継続的に行われ、譲受企業は金融機関の求めに応じて財務諸表の提出や財務に影響するできごとが起きた際の報告などの義務が課されることがあります。
このようなローン契約に基づいた義務を守りながら、譲受企業は債務管理を適切に行い、元本の返済と利息の支払いを返済の最終期日までに完了させます。
M&Aファイナンスを活用する際の注意点
M&Aファイナンスを活用することで、譲受企業は自社の資金力以上のM&A案件を検討できるメリットがあります。
一方、M&Aファイナンスを活用する際に注意すべき点もあるので、覚えておきましょう。
▷自社の利益に繋がるか見極める
M&Aファイナンスは、譲受企業の判断で行う場合の他に、金融機関から提案される場合があります。
M&Aファイナンスを金融機関から提案されるケースでは、金融機関の利益が重視されることがあるため、本当に自社の利益に繋がるM&Aファイナンスなのか、その要否や手法について慎重に判断の上で見極める必要があります。
▷信頼できるM&A仲介会社を選ぶ
M&Aには高度な専門知識が必要となるため、M&Aを成功させるためには経験豊富で信頼の置けるM&A仲介会社やアドバイザーの選択が重要です。
仲介会社はM&Aファイナンスを利用する金融機関から紹介されることもありますが、検討もせずに漫然と当該仲介会社に決定するのではなく、何社か相談したうえで自社に合った仲介会社を選択しましょう。
▷クロスボーダーM&Aを行なう際は海外との違いを考慮する
近年は、日本企業と海外企業とのM&A(クロスボーダーM&A)が増加しており、M&Aファイナンスを利用した海外企業の買収も行われています。
譲渡対象企業(買収対象となる企業)が海外企業である場合や海外に子会社がある企業である場合は、現地の税制、法制度、会計制度などの影響を受けることがあり、デューディリジェンス(DD)の範囲や内容も多岐に渡るため、手続きが複雑になります。
加えて、買収契約も海外の法律を考慮した内容にする必要があるため、M&Aファイナンスを活用した海外企業の買収を検討する際は、クロスボーダーM&Aに強い仲介会社や監査法人、法律事務所、その他の専門家に相談するようにしましょう。
M&Aファイナンスの活用事例
M&Aファイナンスを活用した具体的な企業買収の事例を紹介します。
▷昭和電工
昭和電工(株式会社レゾナック・ホールディングス)は、2020年に日立グループ内の日立化成を買収しました。
買収にともなう株式の取得に必要な資金は、みずほ銀行からノンリコースローンでの融資と、みずほ銀行・日本政策投資銀行の優先株式発行に基づく出資、さらに昭和電工から普通株での出資資金がもとになっています。買収される側にある日立化成の信用の大きさも、M&Aファイナンスをスムーズに進める一助になった事例です。
▷ゴールドマン・サックス
ゴールドマン・サックスは、M&Aファイナンスを活用したM&Aの成功事例が多く、その実績は書籍にも残されるほど有名です。
2007年には、投資ファンドであるTRGキャピタルと連携しながら、M&Aファイナンスを用いて携帯電話関連を取り扱うオールテルを買収しました。
▷ライブドア
2005年に株式会社ライブドアがLBOを活用して株式会社フジテレビジョンの買収を試みた事例は、世間を大きく騒がせました。
ライブドアは、フジテレビジョンの資産を担保にして多くの資金を集めることに成功します。さらに、フジテレビジョンの実質的な経営権の取得を目指して、株式会社ニッポン放送を子会社化する動きを見せました。
一連の動向に対してフジテレビジョンは、ニッポン放送の株式を取得するなどの対応を取り、ライブドア側の動きを拒否する姿勢を見せました。
結果としてライブドアの買収は失敗に終わったものの、M&Aファイナンスが世間の注目を集めるきっかけとなった、象徴的な出来事と言えます。
まとめ
M&Aファイナンスは、M&Aにおける企業の買収に必要な資金の調達を行うことです。M&Aファイナンスを活用すれば、自社の資金力以上のM&A案件を検討することが可能となります。
また、M&Aファイナンスの手法には、通常のローンと同じ仕組みである「シニア・ローン」とシニア・ローンによる資金調達で足りない分を補うために利用されることの多い「メザニン・ローン」があるため、自社の状況に合せた最適な手法を選択しましょう。
fundbookは、M&Aの専門家集団として、各業界に精通したアドバイザーや有資格者と連携しながら最適な解決方法を提案します。M&Aを検討している方は、一度fundbookにご相談ください。