資産やリスクを切り離して別管理にできるSPC(特別目的会社)は、M&Aを進める際の手法の1つです。M&AでSPCを活用する場合には、SPCに関する基本的な事項として、SPCを設立する目的や活用方法、メリット・デメリットをおさえておく必要があります。
本記事では、資産を流動化させるSPCとは何なのか、SPCの仕組みやスキームの種類、活用事例を紹介します。
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
SPC(特別目的会社)とは
SPCとは「Special Purpose Company」の略で「特別目的会社」と訳されます。特別目的会社とは文字どおり、特定の事業を行うために設立される会社です。
企業が特定の事業を行う際、SPCを設立して事業を行えば、その事業に関する資産やリスクは企業本体から切り離されて別管理にでき、後述する様々なメリットがあります。SPCはM&Aや不動産事業などで活用されることが多い会社形態です。
▷SPCとTMK・SPVとの違い
SPCのうち、資産の流動化に関する法律(以下「SPC法」)によって資産の流動化を目的として設立される会社を「特定目的会社」(TMK)といいます。TMKはTokutei Mokuteki Kaishaの略で、TMKはSPCの1つです。
また、SPCと混同しやすい用語にSPVがあります。SPVとは「Special Purpose Vehicle」の略で「特別目的事業体」と訳されます。SPVは証券化などを目的に設立される組織の総称であり、SPCより大きな概念です。
つまり、SPVのうち法人格のあるものがSPCであり、SPCのうちSPC法により設立されたものがTMKという関係になります。
・SPV(特別目的事業体):特定の資産を保有するために設立された会社や組合、信託のこと
・SPC(特別目的会社):SPVのうち法人格のあるもの
・TMK(特定目的会社):SPCのうちSPC法により設立されたもの
▷SPCとペーパーカンパニーとの違い
ペーパーカンパニーとは、登記上は存在するものの事業活動の実態がない会社のことです。ペーパーカンパニーに法的な定義はありませんが、一般的には紙(ペーパー)のような何もない形式的な会社を指します。
SPCとペーパーカンパニーの違いは、その会社自体が何らかの目的をもって設立されているかどうかです。SPCの場合は、資産の流動化など特定の目的のために設立されてその目的を遂行しているのに対して、ペーパーカンパニーではその会社自体に目的はありません。
M&Aや不動産事業などで活用されるSPCは、それ自体は事業活動の実態がないとみえるため、「資産やリスクを企業本体から切り離すためだけの形式的な会社」と捉えると形式的な会社であるペーパーカンパニーと同じようにみえますが、SPCは特定の目的のために設立される点でペーパーカンパニーとは実質的に異なります。
SPC法とは
SPC法とは「資産の流動化に関する法律」の通称です。特定目的会社や特定目的信託を用いて資産の流動化を行う制度を確立し、一般投資者による投資を促進するための法律です。
企業本体から資産を切り離して特定目的会社や特定目的信託が資産を保有・運用し、その収益を裏付けとして証券の発行などを行う際のルールがSPC法では定められています。資産の流動化とは、SPC法において以下のように定義されています。
【資産の流動化に関する法律 第2条2項】 この法律において「資産の流動化」とは、一連の行為として、特定目的会社が資産対応証券の発行若しくは特定借入れにより得られる金銭をもって資産を取得し、又は信託会社若しくは信託業務を営む銀行その他の金融機関が資産の信託を受けて受益証券を発行し、これらの資産の管理及び処分により得られる金銭をもって、次の各号に掲げる資産対応証券、特定借入れ及び受益証券に係る債務又は出資について当該各号に定める行為を行うことをいう。 一特定社債、特定約束手形若しくは特定借入れ又は受益証券その債務の履行 二優先出資利益の配当及び消却のための取得又は残余財産の分配 |
平成10年に施行された「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律」(以下「旧SPC法」)では、流動化の対象となる資産が限定されていましたが、平成12年に改正が行われて対象が財産権一般に拡大され、名称も「資産の流動化に関する法律」に変更されました。
SPC法は資産の流動化を目的とした法律であり、SPC法があることで様々な金融商品の提供や投資の促進、資産の有効活用が可能となっています。
▷SPC法と会社法との違い
SPC法と会社法は、会社を設立する際の根拠になる法律である点では同じです。SPCはSPC法・会社法いずれの法律に基づく形でも設立できます。
ただし、SPC法は資産の流動化のための法律であり、SPC法によって設立される法人は社団法人なのに対して、会社法は株式会社や合同会社・合資会社・合名会社などの会社の設立、組織、運営及び管理について定める法律です。この2つの法律は趣旨や規定が異なり、以下のような違いがあります。
項目 | SPC法に基づく会社設立 | 会社法に基づく会社設立 |
資本金 | 10万円以上 | 1円以上 |
定款印紙 | 必要 | 必要(電子定款や合同会社の場合は不要) |
登録免許税 | 3万円 | 株式会社:最低15万円合同会社:最低6万円(資本金の額により変わる) |
内閣総理大臣への届出 | 必要 | 不要 ※登記のみ必要 |
最低限必要な役員数 | 取締役1名監査役1名 | 取締役1名(合同会社は社員1人) |
資産流動化計画の作成 | 必要 | 不要 |
業務開始届の提出 | 必要 | 不要 |
SPC法では資産流動化計画の作成や業務開始届の提出が必要なので、会社法に基づく設立に比べると手続が煩雑です。特定の目的のためにSPCを設立する際、SPC法と会社法のどちらの法律を適用すべきなのかはケースによって変わり、SPCを設立する目的などを踏まえて決めることになります。
SPCの設立・登記・手続
SPCを設立する際の手続の大まかな流れは、株式会社を設立する時と基本的に同じです。事業内容の決定や定款の作成、設立登記などを行います。
ただし、前述のとおり、SPC法・会社法いずれに基づいてSPCを設立するかによって資本金の額や登録免許税の税額、必要な手続が変わります。SPC法に基づく設立では内閣総理大臣への届出などの手続が必要で、一定の場合には会計監査法人が必要です。
会社法に基づく設立であれば、資産流動化計画の作成や業務開始届の提出が不要なので手続に伴う負担を抑えられます。
M&AでSPCを活用するケースでは合同会社・株式会社や匿名組合を設立するのが一般的です。
SPCでも会社法上の会社として設立する場合は、通常の株式会社や合名会社・合同会社・合資会社を設立する時と同じ手順で設立手続を行う必要があり、匿名組合の場合は契約のみで設立できます。
ただし、匿名組合の場合には契約により損益や金銭の分配についても決定してしまうので、弁護士の関与があるのが一般的ですが、会計及び税務上の確認も十分に行う必要があります。
SPCのスキーム
SPCを設立するスキームとしては主に3種類が挙げられます。
1)TMK(特定目的会社)
2)GK-TK(合同会社匿名組合)
3)REIT(不動産投資信託)
1)TMK(特定目的会社)
TMKはTokutei Mokuteki Kaisha(特定目的会社)の頭文字を指し、SPCとしてTMKを設立、不動産や信託受益権を取得し運用するスキームです。
TMKはSPC法を根拠としており税制の優遇を受けることが可能ではあるものの、事業範囲は定められており限定的になっています。
▷関連記事:特定目的会社(TMK)とは?設立の手順やメリット・デメリットについて解説
2)GK-TK(合同会社-匿名組合)
GK-TKはGodo Kaisya(合同会社)とTokumei Kaisya(匿名組合)の頭文字を指し、設立が容易かつ管理するコストが低いこともあり、SPCでよく利用されるスキームです。
SPCとして合同会社を設立し、投資家から匿名組合を通じた出資や金融機関からの借入を受け、不動産や信託受益権を購入し、その利益から匿名組合員への分配や金融機関への返済を行います。
3)REIT(不動産投資信託)
REITはReal Estate Investment Trust(不動産投資信託)の略で、投資家から調達した資金を不動産へ投資し、その利益で投資家への配当金や金融機関への返済を行います。
REITスキームを行う際には資産運用会社(アセットマネージャー)に資産運用を、資産保管会社に資産の保管を委託するケースがあります。
SPCを導入するメリット
M&Aや不動産事業でSPCを活用すると以下のようなメリットがあります。
・資金調達のしやすさ
・親会社からの倒産隔離
・資産のオフバランス化
▷資金調達のしやすさ
金融機関がSPCに対して融資を行うかを判断する際の信用力は、親会社の信用力ではなく、SPCの資産や事業の収益力に基づく信用力で判断されます。
親会社が直接事業を行おうとすると信用力が低くて融資を受けられない場合でも、SPCを設立すればSPCの信用力に基づいて融資可否が判断されるため、資金調達できる場合があります。
将来性のある事業であれば、親会社から切り離してSPCとして別管理にすることで資金調達がしやすくなる点がメリットです。
▷親会社からの倒産隔離
SPCは親会社の経営や財務状況から独立しています。仮に親会社が倒産してもSPCは影響を受けません。SPCは親会社の倒産から隔離されているので、親会社が倒産した場合でもSPCが保有する資産は差し押さえの対象とはなりません。
金融機関や投資家は、SPCの資産が親会社の倒産によって差し押さえられるリスクを気にすることなく融資や投資を行うことが可能です。融資や投資の判断にあたって親会社の信用評価を重視する必要はなく、SPCの事業が生み出す収益力や将来性を評価基準として判断を行うことができます。
▷資産のオフバランス化
オフバランスとは、資産・負債であってもバランスシート(貸借対照表)に計上されないことです。
SPCの資産・負債として計上すれば、特定の資産や負債を親会社の財務諸表から外すオフバランス化が可能になります。M&Aの実行にあたって巨額の負債が発生する場合でも、SPCの負債となるため親会社の財務状況を悪化させずに済む点がメリットです。
SPCを導入するデメリット
M&Aや不動産事業でSPCを活用するとメリットがある反面、デメリットもあります。主なデメリットは以下の2つです。
・手間・コスト
・借入による返済不能リスク
▷手間・コスト
SPCを設立する場合、適した設立方法の検討や弁護士・司法書士・公認会計士などの専門家への依頼など、手間がかかります。SPC法に基づいて設立する場合は、内閣総理大臣への届出や資産流動化計画、業務開始届出の提出などの手続もしなければいけません。
また、SPCを設立する際のスキームの検討や手続は専門家に依頼することが一般的であり、弁護士や司法書士などへの報酬の支払いも必要です。SPCの設立や運用では費用がかかり、社内関係者だけでなく専門家をはじめとした社外関係者との調整も必要になるため、手間がかかる点がデメリットです。
▷借入による返済不能リスク
一般的にM&Aでは買収する側が資金を用意します。しかし、SPCを利用してLBO(Leveraged Buyout)でM&Aを実施するケースでは、買収する側の企業ではなく買収される側の企業が負債を抱えることになります。
LBOとは企業買収方法の1つで、SPCが金融機関から高利率で買収資金を借り、その資金で譲渡企業を買収した上で合併し、当該買収資金を金融機関に返済していくものです。M&A実施後に買収された側の企業が負債を返済できなかった場合、倒産となりM&Aは失敗に終わる可能性があります。
M&AにおけるSPCの利用
M&AでSPCを利用すると、買収する側の会社においてはSPCが資金調達を行うため、自らは買収にかかる資金調達のリスクを負わなくてよい点がメリットです。少ない負担・リスクでM&Aを実行できます。
SPCは、M&Aの手法の1つであるLBOの手段としてもよく利用されます。LBOでは、買収・合併後の会社が金融機関に借り入れを返済することが前提であり、買収する側であるSPCは対象会社の株主全員から株式を取得するためにプレミアを上乗せした金額を提示するのが一般的です。
そのため、対象会社の株主としても高額で売却することが可能です。金融機関としては、回収できない可能性がある一方で、高利率での貸し付けを行うことができます。
ただし、LBOは買収後の借入金返済が過大な負担となり、返済不能に陥るリスクがあるので、LBOの活用を検討する際は十分な注意が必要です。
▷関連記事:LBOとは?MBOとの違いと仕組み・手法から事例まで解説
SPCを活用した事例
実際にSPCが用いられた事例を紹介します。
ソフトバンクグループの事例
2021年9月に、ソフトバンクグループは愛知県と「愛知県スタートアップ支援拠点整備等事業」の基本協定を締結しました。
その後、ソフトバンクグループは事業主体となるSPCとして「STATION Ai株式会社」を設立しました。
STATION Ai株式会社が主体となる事業は、ユニコーン企業や人材育成の拠点として、SPCを活用して資金調達やベンチャー企業が共に成長できる環境を整えることを目的としたものであると考えられます。
ホテルオークラ東京の事例
2016年6月に、新日鉄興和不動産株式会社と大成建設株式会社が、株式会社ホテルオークラ等と設立したSPCを通じて「ホテルオークラ東京本館建替計画」に際したオフィス賃貸事業を推進することを発表しました。
新日鉄興和不動産株式会社と大成建設株式会社は、SPCからオフィスの企画やテナント募集、完成後の運営といったオフィス事業全般を受託していました。
吉本興業の事例
2009年に、吉本興業株式会社に対し、上場を廃止する目的でSPCを用いたM&Aが実施されました。
買収したのはソニーの元会長である出井伸之氏が代表を務める投資会社「クオンタム・エンターテイメント株式会社」で、吉本興業を買収するために作られた会社なのでSPCに該当します。
クオンタム・エンターテイメントにはフジテレビや日本テレビなどのテレビ局、電通、ソフトバンク、ヤフーなどが出資しており、メガバンクなどからも多額の資金を借り入れています。クオンタム・エンターテイメントはこれらの資金を用いて、TOBにより吉本興業を買収しました。吉本興業側もこのTOBを歓迎しました。
その後、クオンタム・エンターテイメントと吉本興業は合併し、現在は吉本興業ホールディングス株式会社という社名になっています。
SPCとの親子関係と計画段階での注意点
M&AでSPCを活用するケースにおいて、譲受企業が対象会社(譲渡企業)を譲り受けるために「買収目的会社SPC(会社法上の会社であってTMKではありません)に対して出資して設立する」というスキームを採用する場合には、SPCが金融機関などから借入を行い、当該SPCが対象会社の株式を取得後、SPCと対象会社を合併させて子会社化するとM&Aが完了します。
この場合、当該SPCと譲渡企業は100%親子関係になり、その後両者が合併し、買収会社と合併後の対象会社が親子関係になります。
しかし、SPCは特定の目的のために設立された法人をいうため、目的の如何によってSPCの設計は様々です。必ずしも設立を計画した会社と親子関係を有するわけではありません。
また、「親子関係」といっても、会計上連結されるのか、また税務上の扱いについてはそれぞれ判断の基準があるため、どのような取り扱いになるのか一概には言えません。
SPCを用いたスキームについて設計を誤ってしまうと税務上の優遇を受けられなかったり、会計上不利なものになってしまったりすることもあり得ます。
そのため、設立する会社とSPCとの関係については、その後の計画を踏まえて専門家と十分に協議して実行する必要があります。
▷関連記事:M&Aとは?M&Aの意味・流れ・手法など基本をわかりやすく【動画付】
▷関連記事:M&Aにおける合併とは?意味や手続き、種類の違いを解説
まとめ
特定の事業を行う際にSPCを設立すれば、資産やリスクを親会社から切り離して別管理にできるため、資金調達がしやすくなる点や親会社の倒産から隔離できる点がメリットです。
SPCを設立する時の手続の大まかな流れは株式会社の設立手続と基本的に変わりません。ただし、SPC法と会社法のいずれの法律に基づいて設立するのかによって必要な手続の種類が変わります。
SPC はM&Aで利用されることもありますが、M&Aにおいてどのようなスキームを選ぶべきかはケースによって様々です。M&Aではスキームの選択や法律・税金に関する知識など、専門的な知識や経験が必要になりますので、M&Aを検討中の方はfundbookにご相談ください。
※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。