会社の経営権を引き継ぐ際、親族や従業員への承継、M&Aによる事業承継など、選択肢は複数考えられます。しかし、経営状況や引き継ぐ対象によっては「事業譲渡」という手法が適していることをご存知でしょうか。
事業譲渡なら事業の一部を切り離して譲渡することで引退後・老後の生活資金に充てたり、事業を現金化して会社に資金的な余力を残すこともできます。ここでは事業譲渡の基本的な知識から混同しがちな株式譲渡・会社分割との違い、譲渡企業のメリットとデメリットについて説明します。
M&A自体の解説については、下記の記事を参照ください。
関連記事:M&Aとは?メリットや手法、流れなど成功するための全知識を解説
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
事業譲渡とは?会社の一部または全ての事業を第三者に売却するM&Aの手法
事業譲渡とはM&Aの手法の一つであり、会社の一部または全部の事業を第三者に譲渡(売却)することを指します。ここでの「事業」とは、対象となる事業を行うために企業が組織化し、機能している財産すべてを指しています。例えば商品などの物、工場などの設備、不動産・動産、事業組織、財産や債務、人材、ノウハウ、ブランド、特許権、取引先との関係などが含まれます。
中小企業の事業譲渡はおおまかに下記のような流れとなります。
1. 譲受企業探し
2. 基本合意書の締結
3. 買収監査(デューデリジェンス、DD)
4. 事業譲渡契約書の締結
5. 株主に対する通知または公告
6. 株主総会の開催
7. 財産や契約などの引き継ぎ
基本的にはM&Aの大まかな流れはどれも共通です。全体の流れを知りたい方は下記ご参照ください。
▷関連記事:M&Aの流れは?検討からクロージングまでの進め方を徹底解説
事業を譲渡する方法は大きく分けて3つ
事業を譲渡する場合では、「全ての事業を譲渡する」方法と「特定の事業を選択して譲渡する」方法があります。譲渡の手法における主な選択肢は、事業譲渡と株式譲渡、会社分割の3つがあります。
▷事業譲渡:会社の事業の全てまたは一部を譲渡
全ての事業を譲渡する全部譲渡、自社や経営者にとって譲り渡したい事業だけを譲渡する一部譲渡があります。
▷株式譲渡:大株主が持つ株を譲渡
株式を譲渡して、経営権を譲り渡す方法を株式譲渡といいます。株式譲渡は会社をまとめて譲渡する手法になります。
▷会社分割:会社の事業の一部だけを包括的に譲渡
事業の一部を譲渡する方法には事業譲渡の他に、会社分割があります。事業譲渡と異なる点として、包括的な承継になる点があります。
このように事業を譲渡する方法は複数存在しますが、事業の一部を譲渡するのか、包括的な譲渡になるかといった違いがあります。具体的な違いを以下でみていきます。
従業員の雇用維持とノウハウ(経験・技術)の承継
株式譲渡とは、譲渡企業のオーナー(大株主)が保有株式を譲受企業もしくは個人に譲渡し、会社の経営を承継させる手続きのことです。事業譲渡と会社分割が事業の一部を他の会社に移転するものであるのに対し、株式譲渡は事業や債権・債務を含め、会社という法人格そのものの経営権を譲渡します。
中小企業のM&Aでは事業譲渡と株式譲渡がよく用いられますが、株式譲渡は手続きが簡単でわかりやすいことから、最も多く行われている手法です。手続き自体は事業譲渡と通ずるものがあり、譲渡株主と譲受人(法人も含む)が株式譲渡契約書(SPA)を取り交わし、株式の対価の支払いが行われたら譲渡株主は譲受人に株式を交付します。その後、株主名簿の書き換えを行って完了となります。
また、事業譲渡では企業価値・ブランドが損なわれる可能性がありますが、株式譲渡では企業価値が毀損されにくいというメリットもあります。ただし、会社そのものを承継するという形になるため、帳簿などに記載されておらず表面化していなかった債務や訴訟リスクなどが含まれ、譲受人にとっては少なからずリスクがあり、デメリットになる可能性もあります。
株式譲渡によるM&Aを行う想定で交渉を進めていたものの、買収監査(デューデリジェンス、DD)により想定外のリスクが発覚し、事業譲渡に切り替えてM&Aを続行するケースも少なくありません。
株式譲渡について詳しく知りたい方は下記の記事をご参照ください。
▷関連記事:事業譲渡と株式譲渡の違いとは?メリット・デメリットとM&Aの手法として判断するポイントを解説
事業譲渡と会社分割の違い
会社分割とは、ある会社が有している事業に関して、権利・義務の全部または一部を他の会社に承継させる手続きのことです。会社分割には2種類あり、新しく事業を運営する会社を設立して、一部の事業だけを分社化するような場合を「新設分割」、事業を現存する他社に売却する場合を「吸収分割」とよびます。
事業譲渡と会社分割はM&Aの手法のひとつであり、譲渡企業の事業を移転する、という点については同じです。しかし、事業譲渡は事業や財産などを指定して移転(特定承継)するのに対し、会社分割では事業に関する財産や権利義務の全部、もしくは一部を一括移転(包括承継)する、という契約の点で大きく異なります。
また、事業譲渡は会社法上の組織再編行為に該当しませんが、会社分割は該当します。ほかにも、株主総会での特別決議や債権者保護手続き、簿外債務の引継ぎリスク、許認可、従業員の雇用移転関係、課税などの面で異なっています。
会社分割については下記で詳しく解説しています。
▷関連記事:会社分割とは?メリットから意味や種類、類型までを解説
事業譲渡と営業譲渡の違い
古くから会社経営を行っていたり、譲渡関連に詳しい人は「営業譲渡」という言葉を使うことがあります。これは、2006年(平成18年)の会社法施行以前では「事業譲渡」のことを商法の用語を用いて「営業譲渡(営業権の譲渡)」と呼んでいたことに由来します。呼び方は変わりましたが、「営業譲渡」と「事業譲渡」はほぼ同義語といえます。なお、現在でも事業譲渡において、会社法ではなく商法が適用される場合には、営業譲渡となります。
M&Aのベストな選択とは?事業譲渡のメリット・デメリットを知る重要性
会社の事業を売却する際に事業譲渡を選ぶ背景としては、「資金の獲得のために事業の一部を譲り渡したい」「非中核事業を譲渡して資金を中核事業に集中したい」「オーナーに法人格を残して事業を売却したい」「会社再生の手法として用いたい」など、様々なケースが考えられます。
事業譲渡と株式譲渡・会社分割との違いについて理解したら、次は事業譲渡の譲渡企業側と譲受企業側それぞれに存在するメリットとデメリットについて把握し、状況に応じた選択をするのがベストです。
事業譲渡のメリット
事業譲渡における譲渡企業側の大きなメリットの1つは、会社の経営権が譲渡企業に残ることがあげられます。
経営権が移動しない事業譲渡であれば他事業を継続したり、貸借対照表に計上されていない簿外債務がある場合にもM&Aを比較的容易に行うことができます。また売却により現金が得られる、残したい資産や従業員の契約を選べる(事業の一部だけを選んで譲渡できる)など、必ずしもすべての債権者に対して通知や公告を行わずに手続きを進められるという点も経営戦略上のメリットです。
一方、譲受企業にとってのメリットも多くあります。まず譲渡される事業について、譲渡企業が選んだ事業をそのまま全て引き受けるのではなく、譲受企業側も選別が可能です。必要とする資産や従業員、取引先との契約だけ承継して、自社にとって取得したい財産だけを譲渡してもらうように交渉できるのです。
引き継ぐ財産の範囲を限定したり、契約の範囲を定めることで、簿外債務や偶発債務などを避けることができます。また、取得した償却資産やのれんを償却することにより、節税のメリットを受けることもできます。
簿外債務やのれん代については下記の記事にて詳しく解説しています。
▷関連記事:必ず確認しておきたい、貸借対照表に計上されない「簿外債務」とは
▷関連記事:M&Aで必ず知っておくべき「のれん代」を徹底解説
事業譲渡のデメリット
多くのメリットがある一方、デメリットもあります。譲渡企業に関しては、競業避止義務により、譲渡した事業と同じ事業を再度行うことが制限されます。また、株主譲渡と比べると高い課税率で譲渡益に税金が課されてしまいます。税金に関しては、事業を清算する場合の株主への配当に所得税、住民税の課税、消費税の課税など、課税対象が多くなっています。
譲受企業のデメリットは、「許認可を取り直す必要がある」「商号の変更が必要」「譲渡の規模に応じて多額の現金が必要となる」「不動産取得税や登録免許税などの税負担がある」などがあげられます。取引先や従業員との新たな契約については、それぞれ同意が得られるかどうか確定していないという不安定な面もあります。
さらに、事業譲渡においては、引継ぐ債権・債務などを選べることの裏返しとして、引き継ぐ資産・負債・人材・契約などに関して、個別に明らかにして事業譲渡契約を締結する必要があります。これは当該事業に関する一切の権利義務等を包括的に承継する会社分割などと大きく異なる点です。しかしながら、事業譲渡により、リスクを最小限にした上でスムーズなM&Aを行うことができるので、デメリット以上にメリットのほうが多いでしょう。
▷関連記事:事業譲渡と会社分割の違いを比較!知っておきたいメリットやデメリット、税務、許認可なども解説
事業譲渡が向いているケース
事業譲渡が向いているケースには、主に以下の3つがあります。
・企業を存続させたまま再建したい
・不採算事業がある
・自社に残したい資産がある
それぞれについて解説します。
企業を存続させたまま再建したい
事業譲渡では、会社自体を売却するわけではないので、譲渡企業の法人格を存続させ、経営権を維持したまま再建させることが可能です。
また、事業譲渡により譲渡企業は主力事業や注力したい事業のみを残した上で、譲渡対価を運転資金として活用することができます。
不採算事業がある
不採算事業を切り離し譲渡することで、好調な事業や注力したい事業に経営資源を集中させることができます。
不調な事業であっても、譲受企業との強いシナジーが見込まれる場合には、事業譲渡ができる可能性があります。
自社に残したい資産がある
事業譲渡を活用することで、自社に残しておきたい知識やノウハウの外部への流出を防ぐことができます。
事業譲渡では、譲渡したい事業のみを譲受企業にそのまま引き継いでもらい、自社では価値の高い資産を残すといった、自由なスキームを設計することができます。
事業譲渡にかかる税金
事業譲渡では、譲渡企業、譲受企業それぞれに以下のような税金が課されます。
譲渡企業に課される税金
▷法人税
事業譲渡では、譲渡企業が受け取る事業譲渡益(売却金額から譲渡資産・負債の簿価を差し引いたもの)が法人税の課税対象となります。
ただし、法人税は事業譲渡益に個別に課されるものではなく、事業譲渡を実施した会計年度における企業のその他の損益の全てと通算され、その利益額に対して約34%の実効税率が課されます。
同一年度内に事業譲渡益やその他の利益を上回る損金が発生し、決算が赤字になった場合は法人税は課税されません。
▷消費税
事業譲渡の譲渡対象資産に課税対象資産が含まれている場合、譲渡企業では譲受企業から消費税を徴収して納税する義務があります。
譲渡対象資産には、土地以外の有形固定資産、無形固定資産、棚卸資産、営業権などがあります。
譲受企業に課される税金
▷消費税
譲受企業は、譲渡対象資産に課税対象資産が含まれている場合、消費税を負担する必要があります。
課税対象資産に対して10%の税率をかけた金額を譲渡企業に支払い、譲渡企業側が税務署に納付します。
▷不動産取得税
譲渡対象資産に土地や建物が含まれている場合、不動産取得税が課されます。
不動産の評価額に対して不動産取得税率をかけて計算されます。
▷登録免許税
事業譲渡により土地や建物といった不動産を譲受する場合、不動産の登記の書き換えも必要となります。その際に課せられるのが登録免許税です。
譲渡された不動産の固定資産税評価額に登録免許税率をかけて計算されます。
事業譲渡の手続きをスムーズに行うために
事業譲渡のメリットを享受するためには、専門知識にもとづいてさまざまな手続きを行う必要があります。
しかし、専門的な手続きを自社のみで行うことは難しいことも多く、M&Aアドバイザーなどのサポートを受けながら進めることが一般的です。M&Aアドバイザー以外にも弁護士や税理士、公認会計士などの専門家に相談することもあります。
複数の専門家に相談をして、M&Aの知識や経験、人柄などを比較してから選択することをお勧めします。
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