士業で個人の事務所を構えている方も多いですが、中には事業承継でM&Aの活用を検討している方もいるのではないでしょうか。士業におけるM&Aは、一般的なM&Aとは異なる点もあるため、流れやポイントを把握しておくことが大切です。
本記事では、士業の事業承継でM&Aを活用する流れや把握しておくべき知識を解説します。事業承継に関心がある、または検討している士業の方は参考にしてください。
幸せのM&A入門ガイド
・M&Aの成約までの流れと注意点
・提案資料の作成方法
・譲受企業の選定と交渉
・成約までの最終準備
M&Aによる事業承継をご検討の方に M&Aの基本をわかりやすく解説した資料です。
目次
士業とは国家資格保有者を持った専門家の総称
士業とは、高い専門性や国家資格を必要とする職業の俗称です。士業の代表的な種類は以下のとおりです。
・弁護士
・税理士
・弁理士
・行政書士
・司法書士
・社会保険労務士
・土地家屋調査士
・海事代理士
上記の士業は法律で規定されており、8士業と呼ばれています。8士業は戸籍謄本や住民票といった個人情報を依頼者の代理として請求できます。
弁護士や税理士、行政書士等は、M&Aにおいても重要な役割を担う職業です。例えば弁護士の場合、法的な知識が求められる各種契約書の作成等で活躍します。
ここでは各士業について紹介します。
弁護士
弁護士は法律に関する専門家です。金銭の貸借や交通事故、離婚、相続といった民事事件の法律相談や和解、示談交渉等に加え、刑事事件においても弁護人として、被疑者や被告人の弁護活動を行います。
税理士
税理士は税金に関する専門家です。申告納税制度の推進の役割を担っており、主な業務は税務代理や税務書類の作成、税務相談、会計業務等です。
弁理士
弁理士は知的財産に関する専門家です。特許出願の代理や実用新案出願の代理、意匠出願の代理、商標出願の代理といった願書の代理業務に加え、知的財産権全般の助言、コンサルティング等も行います。
行政書士
行政書士は行政手続きの専門家です。主な業務は役所に提出する書類の作成や代理、相談業務になり、以下のような書類を取り扱います。
- 官公署(各省庁、都道府県庁、市・区役所、警察署等)への書類関係
- 遺産分割協議書や贈与・売買・賃貸借、示談等の権利義務に関する書類
- 実地調査に基づく各種図面類(位置図、案内図等)、会計帳簿、貸借対照表等の事実証明に関する書類
行政書士が正確かつ迅速に書類を作成することで、国民は権利や利益が守られ、行政においても効率的な処理がなされます。
司法書士
司法書士は、弁護士と同様に法律の知識を有しており、主に遺産、相続手続きや登記業務に強い専門職です。
登記または供託手続の代理、(地方)法務局に提出する書類の作成、裁判所または検察庁に提出する書類の作成等に加え、これらの相談も業務に含まれます。
また、法務大臣の認定を受けた司法書士については、訴額140万以下であれば訴訟、民事調停、和解等にも対応します。
社会保険労務士(社労士)
企業の成長には人材、お金、モノが必要とされていますが、社労士は中でも人材に関する専門家です。社会保険労務士の主な業務は、以下のとおりです。
- 労働社会保険手続き
- 年金相談
- 労務管理の相談・指導等
社会保険労務士は、企業の発展と労働者の福祉向上において、重要な役割を担っています。
土地家屋調査士
土地家屋調査士は、不動産の表示に関する登記につき必要な土地または、家屋に関する調査および測量を行う専門家です。
土地家屋調査士の主な業務は不動産の調査・測量や表示に関する登記の代理申請等で、不動産に関するやり取りを円滑に行うための役割を担っています。
海事代理士
海事代理士は海上に関する事柄の専門家です。主な業務は、以下のとおり船舶に関するものが多くなっています。
・船舶の登記に関する手続き
・船舶の検査に関する手続き
・船舶の測度・登録に関する手続き
・船員手帳、船員の雇入、船員就業規則等の船員の労働条件に関する手続き等
士業における事業承継の現状
士業は、日本の法律に基づいて各種業務を独占的に行っており、業務は国内に限られます。つまり、国内の需要がなくなれば事業の継続が難しくなるということです。
近年は、少子化問題による後継者不足で中小企業も減少し、士業に対する需要が少なくなっていると考えられます。加えて、士業の登録者数は増加傾向にあるため、生存競争が厳しくなっています。
弁護士の登録者数の推移は、2020年まで右肩上がりに増加し続けており、税理士や行政書士等を含めた5つの士業の登録者数の合計は2022年、2023年時点で約21万人になっています。
・弁護士(2023年3月):44,982人
・税理士(2023年2月):80,634人
・弁理士(2023年1月):12,105人
・行政書士(2022年10月):52,264人
このような背景の中、これから60代、70代になる士業の方も多く、後継者が見つからずに廃業を余儀なくされる状況が生まれる可能性も考えられるでしょう。
士業の事業承継でM&Aを活用する流れ
士業の事業承継でも、一般的な事業承継と同様に後継者が見つからない場合は、M&Aを活用して第三者に承継することが可能です。
法人化しているか、していないかでM&Aの手法は異なりますが、事業承継を検討する士業の多くは個人のため、ここでは個人事務所のM&Aスキームを紹介します。
M&Aを活用した事業承継の流れは以下のとおりです。
1.M&A仲介会社等の専門家に依頼
2.希望条件の整理
3.譲受側とのマッチング
4.契約の交渉と調整
M&Aは高い専門性かつ範囲の広い知識が必要となるため、専門家に依頼するのが一般的です。
依頼先が決まったら、希望する条件を整理し、譲受側とのマッチングを行います。その後、デューデリジェンス(適正評価手続き)が実施され、最終契約となります。
なお、法人化している場合は株式譲渡が用いられますが、個人事務所の場合は事業譲渡のスキームが用いられます。事業譲渡は、手続きも煩雑になり、税金やリスク等も株式譲渡と異なるので注意しましょう。
士業の事業承継でM&Aを活用するメリット
士業の事業承継でM&Aを活用する主なメリットを紹介します。M&Aの活用によって、さまざまな問題を解決できる可能性があるので、しっかり把握しておきましょう。
後継者問題の解決
業界に関係なく、少子化の影響で後継者が見つからず、廃業を余儀なくされるケースもありますが、M&Aを活用すれば、後継者が見つからない場合でも事業承継が可能です。
また、事業承継には後継者の育成には長い期間を要しますが、M&Aであればスムーズな世代交代が可能になります。
従業員の雇用を守ることができる
個人事務所で従業員を雇っている場合は、廃業してしまうと従業員が雇用先を失ってしまいます。
M&Aを活用して事業が継続できれば既存の従業員の雇用を守ることができるという点もメリットとなります。従業員の不安を解消してあげるのも、経営者としての重要な役目です。
売却による利益を得られる
廃業してしまうと何も残りませんが、M&Aで譲渡できれば売却益を得ることができます。得たお金をセカンドライフの資金に充てることもできますし、まだ働く意思がある場合は新規事業の立ち上げ資金として活用することもできるでしょう。
士業の事業承継でM&Aを活用するデメリット
M&Aによる事業承継のデメリットとしては、顧客との関係が維持できない可能性があることが挙げられます。
個人事務所の場合は、経営者の人柄や関係性等で顧客がついていることも珍しくありません。事業承継によって経営者がいなくなれば、顧客も契約を解除してしまうというリスクがあります。
また、M&Aは必ずしも希望の条件に合った譲渡先が見つかるとは限らないため、従業員の雇用条件といった重要な希望条件は、M&Aの成約前にしっかりと確認しておくようにしましょう。
士業におけるM&Aを活用した事業承継のポイント
M&Aを活用した事業承継で、士業ならではなポイントを紹介します。士業を生業としている方は参考にしてください。
資産・負債等の移動はない
一般的な企業のM&Aでは、資産の移動が生じます。例えば、製造業や建設業のM&Aでは、工場や重機等の資産は譲渡側から譲受側に移動します。
しかし、士業の場合は特別な場合を除き、基本的に資産の移動がありません。資産の移動がほぼないのは、士業ならではな特徴といえるでしょう。
個人事務所の場合は「雑所得」として申告する必要がある
法人ではない場合、士業の事業者がM&Aを実施して得た売却益は、「得意先あっせんによる対価」と考えられるため、譲渡所得ではなく雑所得で申告する必要があります。
そのため、士業のM&Aでは顧問先を数年かけて移行し、最終的に退職金として対価を受け取るのが一般的です。
一般的な計算で算出される金額と比べて高くなる傾向がある
通常のM&Aでの企業価額は「純資産+営業利益の2~3年」で計算されますが、士業の場合は、純資産の移動がないため0円として算出され、計算上では「営業利益の2~3年」が価額となります。
ただし、士業の場合は顧問料が主な収入源となり、M&A後も安定して長期的な収入が見込まれるので、営業利益の4~5年分程度がベースになるのが一般的です。そのため、一般的な計算式で算出される金額に比べて、高く評価される可能性があります。
まとめ
士業は国家資格を保有し、法律や税務等の専門的な知識を活用して生業とする職業の総称です。士業の登録者数は年々増加傾向にありますが、少子化の影響で将来的に需要が少なくなる可能性があり、廃業を余儀なくされる方がいるかもしれません。
事業承継を考えているなら早めに準備・実施することで、後継者が見つからない場合でも、M&Aによる事業承継ができる可能性があります。
M&Aを活用すれば、従業員の雇用を守ることができるだけでなく、自身も売却益が得られるので、選択肢の1つとして考えておくのも良いでしょう。
ただし、M&Aは専門性が高く、幅広い知識が必要になるため、M&Aを活用する際は専門家に相談するのがおすすめです。