M&Aでは、最終合意書を締結すると一方的な解約ができないため、M&A実施後のトラブルを防ぐためにも財務分析が大切です。
財務分析にはさまざまな指標があるため複雑ですが、理解しておくとM&A実施時はもちろん、自社の経営戦略にも役立ちます。
本記事では、M&Aにおける財務分析の基本的な内容や分析方法、重要な指標などについてわかりやすく解説します。
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目次
M&Aにおける財務分析とは?
財務分析とは、貸借対照表や損益計算書、キャッシュ・フロー計算書などの財務諸表のデータに基づいて、企業の安全性や収益性、成長性などを分析することです。
これらの分析は通常、自社の経営上の課題や問題点を見つけて今後の経営戦略に活かすために、経営者や財務担当者が行います。
しかし、M&Aにおいては、最終合意締結前に譲受企業によるデューデリジェンスが実施され、その際に譲渡企業の安全性や収益性、成長性などを分析します。
M&Aにおける財務分析の目的
M&Aで財務分析を行う目的には、主に次の4つが挙げられます。
・経営状況の把握
・M&A実施後に生じ得るリスクの評価
・譲渡企業の強みと弱みの把握
・買収価格の決定
譲受企業は財務分析を行うことで、M&A後に未払いの残業代・買掛金などの「簿外債務」が発覚するリスクを回避できる可能性が高くなります。
また、財務分析を実施した結果リスクを把握できれば、譲渡価額から債務額を差し引く交渉もできるでしょう。
その他、譲渡企業の強みと弱みを把握し、M&A後の事業計画を立てる参考資料として活用することも可能です。
M&Aにおける財務分析に必要な財務諸表
財務分析を行うためには、財務諸表が必要です。特に重要な財務諸表には以下の3つがあります。
・貸借対照表(B/S)
・損益計算書(P/L)
・キャッシュ・フロー計算書
それぞれ解説します。
貸借対照表(B/S)
貸借対照表は、企業の財政状態を知ることができる財務諸表で、省略してB/S(Balance Sheet)と呼ばれることもあります。
貸借対照表には企業の資産や負債、純資産が記載されており、現時点でどの程度の資産があって、どのように資金が調達されているのかを知ることができます。一般的に、左側に資産、右側に負債と純資産が記載されています。
貸借対照表に記載されている主な内容は以下です。
資産 ・流動資産 ・固定資産(有形固定資産、無形固定資産、投資その他の資産) ・繰延資産 | 負債 ・流動負債 ・固定負債 |
純資産 ・株主資本 ・評価・換算差額など ・新株予約権 |
※表左列の「資産」の数値と、右列の「負債」と「純資産」の合計値は、必ず一致します。
損益計算書(P/L)
損益計算書は、企業の業績を知ることができる財務諸表で、省略してP/L(Profit and Loss Statement)と呼ばれることもあります。
損益計算書には一会計期間の収益や費用が記載されており、企業の資金使途や業績の動向を確認できます。基本的には「収益-費用」で利益を求めて、企業の経営成績を判断します。
なお、経営成績を判断する時は収益と費用をそれぞれの性質によって区分し、5つの利益に注目するのが一般的です。
利益の分類 | 算式 |
企業の基本的な収益力 | 売上総利益(円)=売上高-売上原価 |
本業から生じた利益 | 営業利益(円)=売上総利益-販管費 |
経常的活動から生じた利益 | 経常利益(円)=営業利益+営業外収益-営業外費用 |
最終的な税金控除前の利益 | 税引前当期純利益(円)=経常利益+特別利益-特別損失 |
最終的な利益 | 当期純利益(円)=税引前当期純利益-法人税など |
特に営業利益は、その企業の本来の営業活動から生じた利益となるので、営業利益に着目して経営状況を分析することも多いです。
キャッシュ・フロー計算書
キャッシュ・フロー計算書は、企業のキャッシュの状況を知ることができる財務諸表です。企業の経営活動を3つに区分し、それぞれの活動に関するキャッシュの増減から企業の資金状況を判断します。
区分 | 内容 |
営業活動 | 企業本来の営業活動で得たキャッシュの増減額を示しており、企業の収益性をキャッシュという視点で捉えたもの |
投資活動 | 設備投資や有価証券などへの投資によるキャッシュの増減額をあらわしたもの |
財務活動 | 外部からの資金の借入や返済などによるキャッシュの増減額をあらわしたもの |
M&Aの財務分析で使われる指標と活用方法
M&Aの財務分析では、主に以下の5つの項目について分析を行います。
・収益性
・安全性
・効率性
・生産性
・成長性
それぞれの分析に使われる指標を解説します。
財務分析の指標①収益性
収益性分析は、その企業がいかに利益を上げているか分析する方法で、主に使われる指標と算式は以下です。
・総資本営業利益率(%)=営業利益÷総資本×100
・総資本経常利益率(%)=経常利益÷総資本×100
・自己資本利益率(%)=当期純利益÷純資産-新株予約権×100
・売上高営業利益率(%)=営業利益÷売上高×100
・売上高経常利益率(%)=経常利益÷売上高×100
総資本営業利益率と総資本経常利益率は、総資産がどれだけ効率的に使われたかを見ることができる指標で、「Return on Assets」を省略してROAと呼ばれることがあります。
また、自己資本利益率は、株主から集めた自己資本がどれだけ効率的に使われているかを見る指標です。自己資本利益率は「Return on Equity」を略してROEと呼ばれることもあります。
財務分析の指標②安全性
安全性分析は、企業の支払い能力を分析する方法で、主に使われる指標と計算方法は以下です。
・流動比率(%)=流動資産÷流動負債×100
・当座比率(%)=当座資産÷流動負債×100
・自己資本比率(%)=(純資産-新株予約権)÷総資本×100
・固定比率(%)=固定資産÷純資産×100
・内部留保率(%)=内部留保÷当期純利益×100
企業にとって支払い能力は重要です。安全性分析を行うことで、融資や信用取引をしたあとにその企業から資金を回収できるか予測できます。
財務分析の指標③効率性
効率性分析は、企業が資産や負債を活用して、どのくらい効率的に売上や利益を生み出しているかを分析する方法で、主に使われる指標と計算方法は以下です。
・総資産回転率(回)=売上高÷総資産
・有形固定資産回転率(回)=売上高÷有形固定資産
・棚卸資産回転率(回)=売上高÷棚卸資産
上記の指標は割合が高いほど、分母の資産や負債を使って効率的に利益を生み出していることになります。
財務分析の指標④生産性
生産性分析は、従業員や設備などの経営資源をどのくらい効率的に活用しているかを分析する方法で、主に使われる指標と計算方法は以下です。
・労働生産性(円)=付加価値額÷従業員数×100
・付加価値率(%)=付加価値額÷売上高×100
・労働装備率(円)=有形固定資産(建設仮勘定を除く)÷従業員数×100
労働生産性が高い場合、その企業では投入された労働力が効率的に利用されていることになります。また、付加価値率が高い時は、企業が新たに創造した価値の割合が大きいことを意味し、労働装備率が高い時は、労働者1人あたりに対する設備投資が高いことを意味します。
なお、付加価値額は以下の算式で求めることができるので、覚えておきましょう。
・付加価値額(円)=人件費+支払利息など+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益
財務分析の指標⑤成長性
成長性分析は、企業の売上高、総資産などの規模がどのくらい変化しているかを把握する方法として用いられ、一定期間の企業の成長度合いを測定し、将来の成長の可能性を見ることができます。
成長率は一般的に下記の算式で求めます。
・成長率(%)=(今期の値-前期の値)÷前期の値×100
成長性分析には、売上高成長率や総資産成長率が指標に用いられ、それぞれ以下の算式で求めることができます。
・売上高成長率(%)=(今期の売上高-前期の売上高)÷前期の売上高×100
・総資産成長率(%)=(今期の総資産残高-前期の総資産残高)÷前期の総資産残高×100
注意すべきポイントは、急激な成長は資金調達面や人材育成面でほころびが出る可能性が高いため、単に成長率が高ければ良いと判断できない点です。物価の上昇度や業界全体の成長を見据えながら、バランスのとれた成長をしているか見極める必要があります。
M&Aでよく使うその他の財務指標
M&Aの財務分析では、前述している指標以外にも「EBITDA」や「IRR」という指標が使われます。どちらも大切な指標なので、覚えておきましょう。
EBITDA
EBITDAは、「利払い前、税引き前、減価償却前の利益」を意味する企業価値評価の指標で、以下の頭文字をとった略称です。
・E=earning(利益)
・B=before(前)
・I=interest(金利)
・T=tax(税)
・D=depreciation(建物や設備など、有形固定資産の償却費)
・A=amortization(ソフトウェアや、のれんなど、無形固定資産の償却費)
EBITDAは、税や利息を差し引く前の営業利益に、有形・無形の固定資産の減価償却を加えた「営業利益+減価償却費」で計算することが可能です。キャッシュの出入りのみに注目した正確な会社の利益を知ることができます。
▷関連記事:企業の収益性を測るEBITDAとは?M&AでEBITDAが使われる理由
IRR
IRR(内部収益率)は「Internal Rate of Return」の略称で、投資に対する将来のキャッシュ・フローの現在価値と、投資額の現在価値とがちょうど等しくなる割引率のことです。
投資資金をどの程度の期間で改修できるかを考慮した投資の効率性を測る指標となっており、IRRが資本コストよりも大きい場合はその投資は有利、逆に資本コストよりも小さい場合は不利と考えられます。
M&A実施時に考慮が必要な「のれん代」とは?
M&Aでは、譲受企業がデューデリジェンスを実施して譲渡企業の企業価値を算定する際に、のれんを考慮しておかなければいけません。ここでは、M&A実施時に大切なのれんについて解説します。
「のれん代」とは貸借対照表における勘定科目の1つ
のれん代は、貸借対照表における勘定科目の1つで、企業の買収・合併の際に発生する「譲渡企業の純資産」と「実際の買収価格(買収で支払った金額)」との差額を指します。
譲渡企業の価値を算定する時は、純資産額を時価に置き換えた金額に、企業のブランドや技術力などの無形資産も評価して上乗せするため、譲渡価額と時価評価に置き換えた後の純資産額に差が生じてしまいます。
譲受企業はM&Aの成立時、連結決算時においてこの差をのれんとして計上します。「のれん代」は一定のルールに則って減価償却されP/Lに直接影響するため、M&A時に欠かせない勘定科目です。
「のれん代」は会計基準によって異なる
のれん代は、M&Aにおいて日本の会計基準を採用するか、国際財務報告基準IFRS (International Financial Reporting Standards)・米国会計基準を採用するかで異なります。
日本の会計基準の場合、「のれん代の償却」といって、のれん代は20年以内に償却する必要があり、「のれんの償却」を計上すると毎年費用が増えます。
一方、IFRSや米国会計基準では「のれんの償却」が認められておらず、代わりに毎年のれんの価値評価を見直し、価値が大きく下がった場合はまとめて減損処理を行います。
のれんの減損が生じた場合はまとめて損失を負うことになるため、利益が大幅に減少する可能性があります。
▷関連記事:M&Aの「のれん」とは?償却期間や会計処理、注意点を分かりやすく解説
M&Aの財務分析を行う上で押さえておくべきポイント
M&Aの財務分析をする時は、以下のポイントを押さえておく必要があります。
・競合他社と比較する
・目的にあった指標を分析する
・複数年度の分析をする
・専門家のアドバイスを仰ぐ
財務分析では、企業の成長段階によってどの指標を重視するかが異なります。例えば、大企業だと収益性や安定性、成長段階の企業だと成長性というように、目的に合った指標を活用し、同業種かつ同規模の企業と比較することが大切です。
また、短期的な分析ではなく複数年度の分析をすることで、より正確に企業の経営状況を把握できます。
財務分析はさまざまな指標をもとに実施する必要があるため、基本的には専門家のアドバイスをもらいながら進めるほうが良いでしょう。
まとめ
通常、財務分析は自社の経営状況を把握し、課題の発見・改善や経営戦略を策定するために行われます。一方、M&Aでは、譲受企業(買い手)が譲渡企業(売り手)の抱えるリスクを理解し、適切な譲渡価額を決めるために、事前に財務分析を行います。
財務分析に使われる指標は多数あり、企業規模によってどの指標が重視されるのか判断する必要があります。また、より正確に企業の経営状況を把握するためには、複数年度の分析が必要です。
財務分析には専門的な知識が必要になるため、専門家に相談しながら進めるのがおすすめです。
fundbookにはM&Aにおける財務分析の豊富な経験と専門的な知識を持ったアドバイザーが多数在籍しています。M&Aの実施を検討している方は、一度fundbookにご相談ください。