
偶発債務とは、現時点では債務として確定していないものの、特定の条件が満たされた際に発生する可能性のある債務を指します。
簿外債務や手形遡及義務などが該当し、貸借対照表に注記として記載されますが、計上されません。
見落としてしまうとM&A後に予期せぬトラブルにつながるリスクであるため、M&Aではデューディリジェンスを徹底することが重要です。
本記事では、M&Aの偶発債務の種類や具体例などを解説します。
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目次
M&Aにおける偶発債務とは?

「偶発債務」とは、貸借対照表を作成する基準日時点では確定した債務として計上されていないものの、将来特定の条件が満たされた場合に発生する可能性がある債務を指します。
財務諸表等規則第58条および会社計算規則第103条第1項第5号では、偶発債務に関する注記を行うことが求められていますが、貸借対照表に計上する義務はありません。
貸借対照表に計上されていない場合、企業の株式価値に適切に反映されないため、譲受企業はデューディリジェンスを通じて偶発債務の有無や影響を詳細に調査する必要があります。
偶発債務と簿外債務の違い
「簿外債務」とは、貸借対照表に計上されない借金や未払金などを指します。
本来、企業が抱える負債は全て貸借対照表に記載されますが、中小企業の税務会計では企業が極端に費用を計上して課税所得を減らさないように、退職給付引当金や賞与引当金などの未確定な債務を損金として認めません。
そのため、何らかの事情で貸借対照表に記載されない簿外債務が発生する可能性があります。
貸借対照表に計上されない点では偶発債務と同じですが、簿外債務は「すでに発生している債務」であることに対して、偶発債務は「将来発生するかどうか未定の債務」であるという点で性質が異なります。混同しないように注意しましょう。
▷関連記事:「貸借対照表に計上されない「簿外債務」とは」
偶発債務の種類・具体例
偶発債務の種類は以下のとおりです。
・債務保証
・手形遡及義務
・係争中の訴訟に関する賠償義務
・条件付きの先物売買契約
具体例とともに偶発債務の種類をそれぞれ解説します。
債務保証
「債務保証」とは、借入金や融資などの債務で、債務者が支払い不能になった場合に保証人が代わりに返済することを約束する保証です。
債務保証が設定され、対象となる借入金の返済が滞っている場合、債務者の代わりに債務保証を持つ企業に対して返済が求められる可能性があります。
仮に、M&Aで債務保証を持つ企業を買収した場合、一般的には債務保証も譲受企業に引き継がれるため、将来、譲渡企業の代わりに債務を返済しなくてはならない可能性があります。
手形遡及義務
「手形遡及義務」とは、支払期日に手形の所有者が手形の支払いを請求したにもかかわらず、支払義務者が弁済できなかった場合に、手形の振出人や裏書人が代わりに支払う義務です。
譲渡企業が割引手形や裏書手形を利用して資金調達や取引を行い、手形が不渡りになった場合、譲渡企業の代わりに譲受企業が債務を負う可能性があります。
予期せぬ債務負担を強いられるため、デューディリジェンスでは、企業が過去に発行や裏書した手形の状況を慎重に精査しましょう。
係争中の訴訟に関する賠償義務
M&Aを行う際に譲渡企業が訴訟を抱えている場合、裁判の結果次第で「賠償義務」が発生する可能性があります。
M&Aの取引進行中に訴訟の判決が確定していない場合、賠償義務は確定債務ではなく、偶発債務として扱われるため、貸借対照表に計上されません。
訴訟の結果が不利に終われば、譲受企業が想定外の賠償義務を負う可能性があるため、譲渡企業が係争中の場合は、訴訟リスクを考慮した価格調整や補償条項の設定を求めましょう。
条件付きの先物売買契約
「先物売買契約」とは、特定の商品や資産を、将来の決められた期日にあらかじめ定められた価格で売買することを約束する契約です。
一般的に、先物契約は確定した取引として扱われるため、簿外債務に分類されることが多く、偶発的な要素は少ないです。
ただし、契約が特定条件の成立を前提とする場合、条件が満たされるまでは売買義務が確定せず、将来、偶発債務として扱われる可能性があります。
例えば、一定の市場価格に達した場合のみ契約が履行されるなどの条項が含まれている場合、将来の不確実な要素に依存しているため、偶発債務として扱われます。
先物契約の市場価格変動リスクによって、予期しない負債を引き受ける可能性があり、注意が必要な内容です。
会計上での偶発債務の記載方法
偶発債務は貸借対照表作成時点では債務として確定していないものの、将来、特定条件が満たされた際に債務となる可能性があるものを指し、債務保証や訴訟リスクなどが代表的な偶発債務です。
偶発債務は、発生するかどうか未定、かつ負債額を正確に予測できないため、貸借対照表に計上せず、財務諸表の注記として記載することが求められます。
具体的には、貸借対照表の末尾に「偶発債務に関する注記」を設け、企業が抱えるリスクの詳細を以下のように明記しましょう。
書き方の一例 | |
債務保証 | 下記について債務保証を行っている ・設備の購入資金借入れ 〇〇〇万円 ・支社の銀行借入金 〇〇〇万円 |
手形遡及義務 | 手形の割引高 〇〇〇万円 手形の裏書譲渡高 〇〇〇万円 |
係争中の訴訟に関する賠償義務 | 当社を被告とする事件について○○と係争中であり、〇〇〇万円の損害賠償請求を受けている |
条件付きの先物売買契約 | 当社は、〇〇を対象とした先物売買契約を締結しており、契約内容に基づき、将来の市場価格が特定の条件を満たした場合に、当社に損失が発生する可能性がある |
M&Aの際には、譲渡企業は自社の偶発債務を整理して、上記のような形で貸借対照表に注記する必要があります。
また、譲受企業は偶発債務の注記内容を精査し、潜在的なリスクがないか慎重に確認することが重要です。
偶発債務を調べるデューディリジェンスとは?
「デューディリジェンス」とは、M&Aの際に対象企業の財務や法務、事業リスクを詳細に調査し、適正な企業価値を評価するプロセスです。特に、偶発債務は貸借対照表に計上されない事項のため、慎重な調査が必要になります。
偶発債務や簿外債務のリスクがM&A契約時に適切に考慮されていないと、買収後に想定外の債務が発覚し、譲受企業の財務負担が増加する可能性があります。
そのため、記載されていない偶発債務や簿外債務を見つけ出すために以下のような調査を行います。
概要 | |
開示資料の確認 | 財務諸表、契約書、訴訟関連資料などの精査 |
追加資料の請求 | 未公開の債務や潜在的なリスクを把握するための資料収集 |
マネジメントインタビュー | 経営陣や財務担当者へのヒアリングを通じた情報確認 |
収集資料の分析 | 偶発債務や簿外債務が企業価値や譲渡価格に与える影響を評価 |
適切なデューディリジェンスの実施によって、M&Aのリスクを最小限に抑え、譲受企業が想定外の債務を負担しないようにすることが可能となります。
ただし、デューディリジェンスは財務以外にも事業の将来性や税務申告、権利、債権など多岐にわたっており、適切に進めるためにはM&A仲介会社の協力が必要です。
▷関連記事:「M&Aで重要なデューディリジェンス(DD)とは?種類や手順・費用や注意点を解説」
偶発債務が発覚した場合の扱い
偶発債務が未計上のまま取引を進めると、譲受企業が予期せぬ負担を負うことになり、M&A後の経営に大きな影響を与える可能性あります。
そのため、M&Aのデューディリジェンスを通じて偶発債務や簿外債務が発覚した場合は、財務リスクとして以下のように適切に対応する必要があります。
概要 | |
M&Aスキームの見直し | 株式譲渡ではなく、事業譲渡や特定の資産のみを引き継ぐ形に変更する |
譲渡価額の調整 | 偶発債務のリスクを考慮し、企業価値を適正に評価し直す |
補償条項の設定 | 買収後に偶発債務が確定した場合、一定の補償を求める契約を結ぶ |
なお、デューディリジェンスで入手した譲渡企業の財務や経営情報は厳重に管理する必要があります。
情報が外部に漏れると、企業価値低下や関係者との信頼関係の崩壊につながり、M&Aが不成立になる可能性が高まります。
そのため、秘密保持契約(NDA)を厳格に適用し、デューディリジェンスの結果を適切に管理、活用しましょう。
偶発債務が発覚した事例

M&Aの交渉は非公開で行われるため、偶発債務が問題になった事例が公に出ることは極めて少ないものの、いくつかの有名な事例が存在します。
中でも代表的なものが、シャープの買収とタカタの賠償責任です。
シャープの買収と偶発債務の事例
2016年、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は、日本の大手電機メーカーであるシャープの買収を進めていました。
しかし、デューディリジェンスの過程で、シャープに約3,500億円もの偶発債務が存在することが発覚します。
内容は、液晶パネルや太陽光パネルの生産から撤退した場合に返還する補助金や、取引先債務などです。
巨額の偶発債務発覚によって、鴻海精密工業は当初予定していた買収契約の調印を保留し、買収手続きを一時延期する事態に発展しました。
最終的には条件を調整し、シャープは鴻海精密工業の傘下に入ることになりましたが、偶発債務の存在が買収プロセスに大きな影響を及ぼした事例として知られています。
タカタの賠償責任の事例
2017年6月、エアバッグやシートベルトなどを生産する自動車の安全部品メーカーであるタカタ株式会社はエアバッグの異常破裂問題により自力での再建が難しいと判断し、民事再生法適用を申請しました。
スポンサー企業が新会社を立ち上げ、問題のある部品以外の事業を買い取る形での再建を進める予定でしたが、大きな課題としてエアバッグの異常破裂に対する責任や対応を誰が負うのかという点が指摘されました。
最終的にエアバッグの異常破裂に関する責任やリコールの対応などはタカタから社名を変更したTKJP株式会社が負うことになりましたが、訴訟リスクに関する偶発債務の事例として注目を集めました。
まとめ
偶発債務とは、特定の条件が満たされた場合に発生する可能性のある債務であり、貸借対照表には計上されません。そのため、M&Aを実行する際には、慎重な調査が求められます。
偶発債務や簿外債務など、計上されていない債務の内容を把握するためには、デューディリジェンスの実施が重要です。
開示資料の精査、マネジメントインタビュー、追加資料の請求などを通じて、偶発債務や簿外債務の有無を詳細に確認し、企業価値の適正評価やリスク管理を行う必要があります。
また、M&Aのプロセスは複雑であり、交渉や契約手続き、デューディリジェンスなど多岐にわたる工程が含まれるため、スムーズに進めるには信頼できるM&A仲介会社に依頼しましょう。
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