近年、日本では中小企業の経営者の高齢化が進んでいるため、事業承継を検討している経営者も多いのではないでしょうか。
しかし、事業承継では多額の税金を課せられるケースが珍しくなく、納税負担により事業承継が円滑に実施できないこともあります。
そのため、事業承継を検討している経営者の中には節税対策の情報を集めている方もいらっしゃるでしょう。
本記事では事業承継の節税対策についてわかりやすく解説し、贈与税・相続税の猶予を受けられる制度も紹介します。
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
事業承継の税金
事業承継の手段には相続、贈与、譲渡があります。
各手段によって課せられる税金の種類と納税者が異なるので、把握しておきましょう。
承継手段 | 税金の種類 | 納税者 |
---|---|---|
相続 | 相続税 | 後継者 |
贈与 | 贈与税 | 後継者 |
譲渡 | 所得税 | 経営者 |
相続、贈与による事業承継の場合は、譲受側である後継者が相続税または贈与税を納税することになりますが、譲渡による事業承継の場合は、譲渡側である現経営者が株式等を売却した際の利益に対して所得税を納税します。
なお、事業承継では上記3つの税金の他に、登記手続きの際に「登録免許税」や、土地や家屋といった不動産を取得した人に課税される「不動産取得税」等が必要になることもあります。
▷相続税
現経営者が死亡した際に会社を引き継ぐ場合は、相続による事業承継となり、承継を受ける後継者に相続税が課せられます。
相続税は累進課税となり、相続時の取得金額で1,000万円以下だと10%、1,000万円から3,000万円以下だと15%のように、取得金額に応じて段階的に税率が高くなります。
また、相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」となり、基礎控除額より相続税が少ない場合は納税の義務は生じません。
▷贈与税
事業承継の手段として生前贈与が可能です。
生前贈与では財産(会社)の承継を受ける後継者に対して贈与税が課せられます。相続時精算課税制度が適用されていない場合は「暦年課税」となり、基礎控除額が110万円となります。暦年課税は1月1日から12月31日までの1年間ごとに贈与を受けた財産が課税対象です。
また、贈与税が課せられる財産には一般贈与財産と特例贈与財産の2種類があり、それぞれ税率や控除額等が異なるため、確認しておきましょう。
なお、相続時精算課税制度については後の項目で詳しく解説します。
一般贈与財産
兄弟間や夫婦間の贈与、親から未成年(18歳未満)の子への贈与等は、一般贈与財産となります。
一般贈与財産の「基礎控除後の課税価額」「税率」「控除額」は以下のようになっています。
基礎控除後の課税価額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | — |
300万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円以下 | 20% | 25万円 |
600万円以下 | 30% | 65万円 |
1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
3,000万円超 | 55% | 400万円 |
特例贈与財産
18歳以上(贈与を受けた年の1月1日時点)の方が直系尊属(父母、祖父母等)から贈与を受ける場合は特例贈与財産となります。
特例贈与財産の「基礎控除後の課税価額」「税率」「控除額」は以下のようになっています。
基礎控除後の課税価額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | — |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超 | 55% | 640万円 |
▷所得税
事業承継の手段として譲渡を選択する場合は、経営者が譲渡所得を得られますが、譲渡所得には所得税が課せられるため、経営者は所得税を納めなければいけません。
所得税は譲渡所得に20%(所得税15%+住民税5%)の税率をかけて算出できます。所得税の算出方法は以下のようになります。
・譲渡所得=譲渡収入-(取得費+譲渡費)
・所得税=譲渡所得×20%(所得税15%+住民税5%)
なお、平成25年から令和19年までは通常の所得税に加えて、基準所得税額に対して税率2.1%の復興特別所得税が課せられることも覚えておきましょう。
事業承継の節税を考える前に把握したい自社の株価
事業承継にかかる税金は、承継する会社の株価によって決まるため、節税を考える前に自社の価値を把握しなければいけません。
非上場企業の場合の株価算定方法は主に以下の3種類になります。
・類似業種比準方式
・純資産価額方式
・配当還元法方式
それぞれの算定方式を見ていきましょう。
▷類似業種比準方式
類似業種比準方式は、自社と類似する業種や事業内容の上場企業の株価を基準にして自社の株価を評価する方法になり、主に規模の大きい企業の事業承継で用いられます。
上場企業の株価を基準にするため、上場企業の株価に影響を受ける他、国際情勢や景気の動向等の外的要因も受けてしまいます。
類似業種比準方式では、以下の3要素を比較して算出します。
・配当金額
・利益金額
・純資産価額
基本的に自社の利益や配当金、純資産の金額を減少させると株価は下落し、逆に増加させると株価は上昇するとされています。
なお、類似業種については国税庁のホームページを参照してください。
▷純資産価額方式
純資産価額方式は、課税時期の資産・負債の相続税評価額を基にして、自社の1株当たりに対する純資産価額を算出する方法で、主に中小企業の事業承継で用いられます。
純資産を用いた算出方法のため、類似業種比準法に比べて株価変動がしづらく、経営期間が長期の会社ほど株価が高くなる傾向があります。
▷配当還元方式
配当還元方式は株主に還元される配当金のみに着目し、過去の2年間の1株当たりの配当金額を10倍にして評価額を求める方法です。
主に、同族会社または同族株主がいる会社の少数株主が保有する株価を評価する際に用いられ、株主が配当金を目的として所有している株式の価額を算定する時のみの、特例的な評価方式となります。
ただし、配当還元方式では、算定に必要な1株当たり配当金額が、2.5円未満になったものまたは無配のものについては、下限価格の2.5円として計算されることを把握しておきましょう。
贈与税の制度を活用した事業承継の節税対策
事業承継で活用できる実践的な節税対策を紹介します。まずは贈与税の制度を活用した方法を2つ見てみましょう。
▷贈与税の基礎控除額を考慮した生前贈与
贈与税が暦年課税の場合は、1年間の基礎控除額が110万円となるため、基礎控除額の範囲内であれば非課税になります。
そのため、毎年基礎控除額の範囲内で株式の贈与を繰り返せば、大きな節税対策が可能です。特に小規模な会社や株価の低い会社の事業承継でおすすめの節税対策となり、できるだけ早く事業承継を完了させたいのであれば、株価の低いタイミングで贈与したり、株価の引き下げと組み合わせたりすると良いでしょう。
ただし、贈与税は株式以外の財産も含まれるため、他の会社の資産も考慮したうえで計画的に行うことが大切です。その他、場合によっては連年贈与(複数年に分割して履行された1つの贈与)として扱われ、課税されることもあるので注意してください。
▷相続時精算課税制度の活用
贈与税の課税制度には「暦年課税」と「相続時精算課税」があります。
相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の子・孫への生前贈与の際に選択ができる制度です。相続時精算課税制度を活用すれば基礎控除額が2,500万円となることに加え、税率も20%と一定になるので節税効果が期待できます。
ただし、暦年課税と相続時精算課税は一緒に適用されることがなく、税率や基礎控除額が異なることを把握しておきましょう。
・暦年課税:税率は累進課税、基礎控除額は110万円
・相続時精算課税制度:税率は一律20%、基礎控除額は2,500万円
また、相続時精算課税制度を選択した場合、以降は全て相続時精算課税制度となり、暦年課税への変更はできない他、生前贈与分の金額が相続税の計算に追加される点には注意が必要です。
どちらの制度を活用すれば良いのか、きちんと検討してから選択することをおすすめします。
株価の引き下げによる事業承継の節税対策
事業承継に伴う税金は株価に大きく影響を受けるため、株価を引き下げることで節税対策になります。
▷生命保険を活用する
高額な生命保険に加入して、会社の資産を減少させることで、株価を下げられることがあります。
生命保険は解約返戻金(解約時に手元に戻る金額)が資産となりますが、日本では生命保険加入の初年度は解約返戻金が0円に設定されているケースが多いので、生命保険に支払った金額分だけ会社の資産が減少することになります。
資産が減少して株価が下がったタイミングで事業承継をすれば、節税になるだけではなく、保険金の受取人を後継者や会社に指名しておくことで、事業承継に必要な資金を確保することも可能です。
ただし、契約期間中は保険料を支払う必要があるので、会社の財政を圧迫してしまう可能性がある他、途中解約等により解約返戻金が少なくなり、結果的に損失が発生してしまうリスクもある点には注意しましょう。
▷役員への退職金の支払いを活用する
一般的に役員への退職金は多額に支給されることになります。
そのため、会社の支出が大きくなり、利益額と会社の純資産価額が減少することから株価も下がるので、節税対策になる可能性が高いです。
また退職金は役員報酬と同様に扱えるため、経費として計上して法人税の対策にもなる他、通常の所得より課税負担が少ないため、税制面でも優遇を受けられます。経営者本人を含めた経営陣に退職金を支払うことで、節税対策になるだけでなく、会社にとっても経営陣にとってもメリットが大きくなります。
▷不動産を購入する
不動産を購入し、現金を不動産に変えることで株価が下がる可能性が高いです。
と言うのも、不動産の評価額は時価よりも低い価額で評価されるからです。
例えば土地の場合だと、評価額は国税庁が発表している路線価を基準とすることが一般的で、70%~80%程度の価額となります。
また、賃貸マンション等の収益物件の場合は、さらに価額が低くなるので、より株価を下げられる可能性があります。
事業承継税制を活用した節税対策
事業承継税制は、中小企業の非上場株式等を贈与または相続等で引き継いだ時に、円滑化法の認定を受けることで、本来支払うべき多額の贈与税や相続税の納税猶予が受けられる制度です。
事業承継税制を活用すれば大きな節税効果が期待できます。中小企業の事業承継では、後継者に多額の納税負担が生じるケースが多いため、事業承継自体が難しくなったり、承継後の経営が締めつけられたりといった課題を抱えていました。
このような中小企業における事業承継の課題を解消し、円滑な事業承継が実施できるように創設されたのが事業承継税制です。2018年度の税制改正によって、以前の事業承継税制(一般)に加えて2027年までの特例措置として特例事業承継税制が創設されています。
▷改正された特例事業承継税制とは
特例事業承継税制 | 事業承継税制(一般) | |
---|---|---|
特例承継計画策定・提出 | 必要 | 不要 |
適用期間 | 2018年1月1日~2027年12月31日 | なし |
対象株数 | 全株式 | 株式総数の最大3分の2まで |
納税猶予割合 | 100% | 贈与:100% 相続:80% |
後継者 | 最大3人(10%以上の持ち株要件) | 1人のみ |
雇用確保要件 | 実質撤廃 | 承継後5年間、平均80%以上の雇用維持が必要 |
経営環境変化に対応した免除 | あり | なし |
相続時精算課税 | 60歳以上から18歳以上の者への贈与 | 60歳以上から18歳以上の推定相続人・孫への贈与 |
特例事業承継税制を活用すれば事業承継時の全株式に対して贈与税・相続税の納税が100%猶予されます。
また、事業承継税制(一般)では「承継後5年間、平均80%以上の雇用維持」といった雇用確保要件がありましたが、特例事業承継税制では実質撤廃となり、より活用しやすくなっているのが分かります。
▷事業承継税制が適用されるための条件
事業承継税制を活用するためには、事業承継を実施する会社、先代経営者、後継者の3者に満たすべき要件があります。
また特例事業承継税制では事業承継税制(一般)の要件に加えて「特例承継計画」の策定・提出も必要になるので、覚えておきましょう。
会社の要件
事業承継税制で会社が満たさなくてはいけない要件は以下のようになっています。
・中小企業である
・従業員が1名以上である
・非上場会社かつ風俗営業ではない
・資産管理会社ではない
先代経営者の要件
事業承継税制で先代経営者が満たさなくてはいけない要件は以下のようになっています。
・会社の代表であった
・相続・贈与時に親族で自社株式の過半数以上を保有し、筆頭株主であった
・先代経営者は贈与時に代表ではない(贈与の場合)
後継者の要件
事業承継税制で後継者が満たさなくてはいけない要件は以下のようになっています。
・相続・贈与時に後継者と親族で自社株式の過半数以上を保有し、親族の中で筆頭株主になる(※)
・会社の代表である
・18歳以上で、贈与時まで役員を3年以上務めている(贈与の場合)
・相続直前に役員であり、相続してから5ヶ月後に代表である(相続の場合)
(※)後継者が複数の場合は、それぞれの後継者が10%以上の議決権を有しており、議決権保有割合が2位または3位である必要があります。
▷事業承継税制を活用する流れ
事業承継税制を活用する基本的な流れは以下のようになります。
・特例承継計画の提出と確認
・贈与または相続(遺贈)の実行と認定申請・認定書の交付
・認定書の写しを添付し、贈与税または相続税の申告書等を提出
・申告期限5年間の書類提出と5年経過後の実務報告
事業承継税制を活用するためには、2024年3月31日までに特例承継計画を都道府県庁に提出する必要があるだけではなく、贈与または相続の開始後は、特例承継計画を添付して都道府県庁から「円滑化法の認定」を受ける必要があります。
注意点として、贈与と相続の場合で期限が異なるので、あらかじめ確認しておきましょう。
また贈与税、相続税の納税期限までに、認定書の写しや相続税の申告書等を税務署へ提出するのに加え、贈与税、相続税の申告から5年間は1年ごとに、都道府県庁へ「年次報告書」、税務署へ「継続届出書」の提出も必要になります。
なお、5年経過後も3年に1回、税務署に「継続届出書」が必要です。
事業承継の節税ではメリットとデメリットの把握が大切
事業承継の節税は、後継者の負担を軽減し、円滑な事業承継が実施できるメリットがありますが、過度な節税対策は脱税と判断されるリスクも伴っているので、節税にも限界があります。
事業承継税制についても、政府主導の制度ではありますが、活用するためには満たすべき要件がある他、適用後も継続要件を満たさなくては打ち切りになるリスクがあります。事業承継では節税対策は必須となりますが、デメリットもあることを考慮し、自社に最適な方法を選択しましょう。
また事業承継では税金だけではなく法律や財務等の幅広い知識が必要となり、事業承継税制を活用するにしても、基本的に個人では難しくなります。事業承継を実施する際は信頼できる専門家に相談すると良いでしょう。
まとめ
事業承継の手段によって生じる税金の種類は異なりますが、どの手段を選択するにしても、事業承継を円滑に実施するためには節税対策が必須です。
事業承継における節税対策には、贈与税制度の活用や株価の引き下げ、事業承継税制の活用等さまざまな方法があるため、自社に最適な方法を選択することが大切です。ただし、節税対策にはリスクもあるため、専門家のサポートを受けるのがおすすめです。
また、節税対策を含め、事業承継は時間と手間がかかるため早めに準備を始めましょう。
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