近年、中小企業では、事業承継を検討している経営者の方が増えていますが、事業承継には多額の税金がかかる傾向があるため、事業承継に足踏みをしてしまう経営者も多いでしょう。
しかし、公的な税制を活用することで、納税の猶予を受けられる可能性があるのをご存じでしょうか。
本記事では、公的な制度となる事業承継税制の特徴や利用の流れ、メリット・デメリットを解説します。
また、事業承継時に発生する税金についても触れています。
事業承継を検討している方や、コストを抑えて事業承継を進めたい方は、ぜひ参考にしてください。
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事業承継とは
事業承継とは、後継者に自身の事業の経営権を引き継ぐことです。事業承継は、後継者の属性の違いによって3種類に分けられます。
類型 | 後継者 |
---|---|
親族内承継 | 親族 |
親族外承継 | 親族以外の役員や従業員 |
M&A活用 | 社内以外の第三者 |
親族内承継は子どもや兄弟等の親族が後継者になり、親族外承継では、社内で親族以外の役員や従業員が後継者になります。
また、M&A活用を活用した事業承継は、M&Aを行うことで社内以外の第三者が後継者になります。それぞれの承継方法で特徴が違うので、後継者の属性をきちんと把握しておきましょう。
事業承継に課せられる税金の種類
事業承継の手段は「贈与」「相続」「譲渡」の3つになり、承継の手段によって発生する税金が変わります。各手段で発生する税金の種類は以下のようになります。
承継の手段 | 税金の種類 |
---|---|
贈与 | 贈与税 |
相続 | 相続税 |
譲渡 | 所得税 |
各税金の特徴は異なり、課税率も変わるので把握しておきましょう。
贈与税
贈与税は財産の贈与に課税される税金であり、事業承継において後継者に対して課せられます。
「相続時精算課税制度」が適用外の時は「暦年課税制度」が適用され、年ごとに贈与された財産に対して課税されます。また、贈与財産の種類は「一般贈与財産」と「特例贈与財産」の2種類があり、贈与の対象によって変わります。
一般贈与財産と特例贈与財産は、それぞれ税率や控除額も違うので確認してみましょう。
一般贈与財産
一般贈与財産は、兄弟や夫婦間等、特例贈与財産の条件を満たさない贈与財産のことを指します。一般贈与財産の税率は、200万円以下の10%から3,000万円超の55%になっています。
課税価格(基礎控除後) | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | - |
300万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円以下 | 25% | 25万円 |
600万円以下 | 30% | 65万円 |
1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
3,000万円超 | 55% | 400万円 |
特例贈与財産
特例贈与財産とは、直系尊属からその年の1月1日時点で、18歳以上の人への贈与財産のことを指します。直系尊属とは父母・祖父母等、自分より前の直系親族のことです。
例えば、父から子や祖父から孫への贈与が特例贈与に該当します。
特例贈与財産の税率は、200万円以下の10%から4,500万円超の55%になっています。
課税価格(基礎控除後) | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | - |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超 | 55% | 640万円 |
特例贈与財産は一般贈与財産より税率の上昇が緩やかになり、控除額も高くなっています。
贈与税の計算モデル
贈与をした場合、実際に贈与税がどのような額になるのか具体的な例を見てみましょう。
贈与税の計算モデルに使用する条件は以下になります。
・贈与財産価格は500万円
・暦年課税制度が適用
一般贈与財産の計算は以下のようになります。
・基礎控除後の課税価格:500万円-110万円=390万円
・贈与税額:390万円×20%-25万円=53万円
また、特例贈与財産の場合は以下のようになります。
・基礎控除後の課税価格:500万円-110万円=390万円
・贈与税額:390万円×25%-10万円=48.5万円
上記のように、基本的には特例贈与財産のほうが一般贈与財産に比べて税金が少なくなりますが、課税対象額が200万円以下の場合は変わりません。
相続税
相続税とは、先代経営者の財産を遺言や相続で受け継ぐと発生する税金のことを指し、相続税の負担者は、先代経営者の財産を相続する後継者になります。
課税方式は、相続金額の増加に対して税率が上がる累進課税が適用されます。税率は1,000万円以下の10%から6億円超の55%になっており、課税対象になるのは相続時の取得金額になります。
法定相続分に応じた取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | - |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
また、相続税の基礎控除額は大きく、最低でも3,000万円です。加えて法定相続人の人数が一人増えるごとに600万円の基礎控除額が増えます。相続額が基礎控除額より少ない場合は相続税が発生しません。
相続税の基礎控除額は、以下のように計算されます。
・相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人数
モデルケースとして、相続人が妻と子供の場合の基礎控除額を見てみましょう。
・3,000万円(最低基礎控除額)+600万円×2(法定相続人による基礎控除額)=4,200万円
一般的に相続税のほうが贈与税より税額が少なくなりますが、現経営者が亡くなってから行われる相続は、事業承継がスムーズに成立しない危険性があります。
事業承継を考えるのであれば、相続時精算課税制度を活用する等、生前贈与を検討してみるのも良いでしょう。
所得税
事業承継で「譲渡」を選択した場合は、株式の売却で得た所得(譲渡所得)に課税されます。この時にかかる税金が所得税です。
非上場株式を譲渡した時の譲渡所得の計算方法は以下になります。
・譲渡所得=譲渡収入-(取得費+譲渡費)
上記で算出された譲渡所得に対して、定められた税率を掛けることで、所得税額が計算されます。
・所得税=課税譲渡所得×20%(所得税15%と住民税5%)
事業承継税制を活用すれば納税が猶予される
後継者が、円滑化法の認定を受けている中小企業の株式を生前贈与や相続で事業承継した際に、本来払うべき多額の税金の納税猶予を受けられる制度が事業承継税制です。
事業承継税制では猶予された税金が、将来的に一定の条件を満たすことで免除されます。
事業承継税制が創設された目的と理由
中小企業の事業承継では、承継時にかかる資金を十分に確保する必要があるという課題があります。その理由として、承継時に多額の贈与税・相続税が発生し、承継後の経営が締め付けられることで、事業承継を円滑に行うことが困難になるからです。
このような問題を解消するために、2009年度に事業承継税制が創設されましたが、創設からしばらくは適用要件が厳しく、活用する人が少ないという状況でした。現在は2018年度の税制改正で要件が緩和され、活用しやすくなっています。
事業承継税制の仕組み
納税の猶予と最終的な税金の免除は、相続税と贈与税(生前贈与)の両方に適用されます。それぞれで適用の流れが異なるので確認しておきましょう。
相続の場合
相続での事業承継税制は、手続きを行うことで相続時に発生する多額の相続税が猶予されます。その後も承継した事業を続け、株式を売らない限り納税の猶予を受けられ、最後に免除されます。
贈与(生前贈与)の場合
生前贈与の場合も相続と同様に、贈与時に発生する贈与税が猶予されます。相続の場合と異なるのは、先代経営者が亡くなる等で相続が起こると、相続税の納税猶予への切り替え手続きが発生することですが、最後に税金が免除になるのは相続税と同じになります。
事業承継税制を受けられる条件
事業承継税制を活用するためには、一定の要件を満たす必要があります。満たす要件は先代経営者、後継者、会社、税制適用期間中のそれぞれにあるので、きちんと把握してください。
先代経営者が満たす要件は以下になります。
・会社の代表であった
・相続・贈与時に、親族で自社株式の過半数以上を保有し、筆頭株主であった
・先代経営者は贈与時に代表ではない(贈与の場合)
後継者が満たす要件は以下になります。
・相続・贈与時に、後継者と親族で自社株式の過半数以上を保有し、親族の中で筆頭株主になる
・会社の代表である
・18歳以上で、贈与時まで役員を3年以上務めている(贈与の場合)
・相続直前に役員であり、相続してから5か月後に代表である(相続の場合)
会社が満たす要件は以下になります。
・中小企業である
・従業員が1名以上
・非上場会社で風俗営業でない
・資産管理会社ではない
また、事業承継税制スタート後の要件は開始から5年間と5年経過後で変化します。
期間 | 要件 |
---|---|
5年間まで | ・後継者が会社の代表であり筆頭株主 ・後継者が猶予株式を保有し続けている ・5年間平均で雇用が平均8割を下回らない |
5年経過後 | ・後継者が猶予株式を保有し続けている |
一般事業承継税制と特例事業承継税制の違い
事業承継税制には、一般措置と特例措置の2種類があります。それぞれの特徴は以下のようになるので、違いを把握しておきましょう。
一般措置 | 特例措置 | |
---|---|---|
対象になる株式 | 総株式数の最大3分の2まで | 全株式 |
適用期間 | なし | 2027年12月31日まで |
特例承継計画の提出 | 贈与:100% 相続:80% | 100% |
後継者 | 複数の株主から1人 | 複数の株主から最大3人 |
雇用条件 | 5年平均で相続 贈与時の80%以上維持が必要 | 実質撤廃 |
事業承継税制は2018年度の税制改正で、従来の一般措置に加えて、特別措置が創設されました。
特例措置の適用には特例承継計画の提出等、一般措置に比べて必要な手続きがありますが、納税猶予の割合等さまざまな面で優遇されています。
事業承継税制(特例措置)を利用する流れ
事業承継税制(特例措置)を利用して贈与税と相続税の猶予を受けるためには、「都道府県知事の認定」、「税務署への申告」の手続きが必要になります。
制度を利用するための基本的なフローは同じですが、贈与税と相続税によって手続きの期日や申告内容等が異なるため、別々に紹介します。
なお、制度利用のフローについては令和4年4月1日の一部改定に伴い若干変更されているため、しっかりと把握しておくことが重要になります。
贈与税の猶予を受けるための流れ
贈与税の猶予を利用するための流れは以下のようになります。
1.特例承継計画の提出(都道府県庁)
2.贈与の実行と認定申請・認定書の交付(都道府県庁)
3.認定書の写しを添付し、贈与税の申告書等を提出(税務署)
各種必要書類の提出先は、主たる事務所の所在地を管轄する都道府県庁や税務署になります。また、特例措置は2018年1月1日以降の贈与について適用可能なことを覚えておきましょう。
①特例承継計画の提出
事業承継税制を利用するためには、特例承継計画を都道府県庁に提出する必要があります。特例承継計画は会社が作成し、認定経営革新等支援機関(商工会、商工会議所、金融機関、税理士等)が所見を記載します。
特例承継計画には以下を記載します。
・後継者の氏名
・事業承継の予定時期
・承継までの経営の見通しや承継後5年間の事業計画等
特例承継計画は、2024年3月31日まで提出が可能です。また、承継計画は株式等の贈与後に作成することもできますが、贈与後に作成する場合は、都道府県知事への認定申請時までに作成してください。
②贈与の実行と認定申請・認定書の交付
贈与の実行がされたあとは、贈与年の10月15日から翌年1月15日までに、特例承継計画を添付して都道府県知事の認定を申請し、審査後に認定書が交付されます。
③認定書の写しを添付し、贈与税の申告書等を提出
税務署へ認定書の写しと共に、贈与税の申告書等を提出します。また、この時点で納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を提供します。
提供できる担保には、以下のようなものがあります。
・特例を受ける非上場株式の全て
・不動産
・国債・地方債
・税務署長が確実と認める有価証券等
相続税猶予を受けるための流れ
各種必要書類の提出先は、贈与税と同じく、主たる事務所の所在地を管轄する都道府県庁や税務署になり、2018年1月1日以降の相続について適用されます。
贈与税の猶予を利用するための流れは以下のようになります。
1.特例承継計画の提出(都道府県庁)
2.相続(遺贈)の実行と認定申請・認定書の交付(都道府県庁)
3.認定書の写しを添付し、相続税の申告書等を提出(税務署)
基本的な流れは贈与の場合と同じになります。
①特例承継計画の提出
特例承継計画の提出は、株式等の相続後に作成することも可能なこと等、基本的な内容は贈与税の時と同じです。
②相続の実行と認定申請・認定書の交付
相続の実行がされたあとは、相続の開始日の翌日から8ヵ月以内に特例承継計画を添付して都道府県知事の認定を申請し、審査後に認定書が交付されます。
③認定書の写しを添付し、相続税の申告書等を提出
認定書の写しと共に、相続税の申告書等を提出します。この時点で贈与税の場合と同じく、納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を提供します。提供できる担保は贈与税の場合と同じになります。
事業承継税制を活用するメリットとデメリット
事業承継税制を活用する主なメリットは、以下のようになります。
・多額の贈与税や相続税を支払わなくて良いため、納税のために資金を準備する必要がない
・期間限定の制度となるため、後継者に事業承継を促しやすい
また、事業承継税制の主なデメリットは、以下のようになります。
・制度を利用するために手続きの手間が必要で、継続のための要件が厳しい
・猶予期間が長期で、取消になると猶予分の税金の他に利息も発生する
事業承継税制は、多額になる相続税や贈与税の猶予を受けられるため、本来であれば納税のためにかかる資金を考えなくても良いといった、資金面での大きなメリットがあります。
一方で、手続きが必要になり、取消事由の把握が難しくなります。取消になってしまった場合は、猶予分の税金に利息分を加えた支払いが発生するというデメリットもあります。
上記のような理由から、事業承継税制を活用して事業承継を行う際は、制度に精通した専門家のサポートを受けるようにするのがおすすめです。
まとめ
事業承継には相続、贈与、譲渡の3つの方法があります。それぞれ税金の種類や適用される税制が異なりますが、どの手段でも多額の税金を支払わなければいけないケースが多いです。そのため、事業承継時には税負担分の資金を用意しておかなければいけません。
しかし、事業承継税制を活用すれば、多額の相続税と贈与税の納税猶予を受けられます。事業承継税制は多額となる税金の支払いが猶予されるため、資金面では大きなメリットになることは間違いありません。
一方で、制度自体は複雑なため、専門的な知識が必要になります。事業承継税制を活用して事業承継を考えている方は、専門性の高い知識と豊富な経験をもったM&Aアドバイザー等の専門家に相談するのがおすすめです。
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