事業承継では、先代の経営者が有する自社株式や事業用資産を後継者へと承継します。このとき、注意したい点が後継者以外に相続人がいた場合です。相続人には遺留分が保障されるケースがあり、事業承継後に遺留分の請求がなされることも考えられます。
本記事では、事業承継における遺留分の基本や遺留分で考えられるトラブルを解説します。遺留分対策として有用な「遺留分に関する民法の特例」についても詳しく解説するため、事業承継をご検討の方はぜひ参考にしてください。
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目次
事業承継における遺留分とは
遺留分とは、相続人に最低限保障されている相続の権利のことです。個人の財産は、原則自由に処分することができます。ただし、偏った相続がなされてしまうと、一部の相続人は少しの財産しか相続できず、被相続人の遺族の間で不公平が生じてしまう場合があります。遺留分は、このような遺族間の公平性や遺族の生活の安定を担保するために規定された制度です。
一方事業承継では、この遺留分が問題となる場合があります。事業承継後の経営を安定して行うためには、自社株式や事業用資産はできるだけ後継者に集中して承継したいところです。しかし、財産を後継者に集中して相続してしまった場合、ほかの相続人の遺留分を侵害してしまう恐れがあります。そのため、後継者以外に相続人がいる場合には、遺留分について注意する必要があります。
遺留分の相続財産に対する割合
遺留分の権利を持つ方は、被相続人(事業承継の場合は先代の経営者)の配偶者と子ども、直系尊属(被相続人の父母、祖父母)の方です。また、相続財産に対する遺留分の割合は、相続人の人数や被相続人との続柄により違いがあります。
相続人のパターン | 遺留分の割合 |
相続人が配偶者のみ | 1/2 |
相続人が子どものみ | 1/2 |
相続人が直系尊属のみ | 1/3 |
相続人が兄弟姉妹のみ | なし |
相続人が配偶者と子ども | 配偶者:1/4子ども:1/4 |
相続人が配偶者と子どもAと子どもB | 配偶者:1/4子どもA:1/8子どもB:1/8 |
遺留分の金額は、相続財産額に一定の生前贈与額を加算し負債などを引いた金額に対して、上記の遺留分の割合をかけ、さらに法定相続分の割合をかけて計算されます。
事業承継における遺留分の注意点をわかりやすく解説
先述のように、事業承継では遺留分への注意が必要です。以下では、遺留分がどのように問題となるのか、具体的に解説します。
遺留分侵害の恐れがある
遺留分侵害とは、生前贈与や遺言などにより、相続人が遺留分に相当する財産を受け取れないことです。例えば、父(先代の経営者)と母、兄(後継者)と妹の家族構成の場合は、母に1/4の遺留分、兄と妹にそれぞれ1/8の遺留分が保障されます。このとき、先代の経営者から後継者へと自社株式や事業用資産をすべて承継してしまうと、母や妹は遺留分に相当する財産を受け取れません。
事業承継では後継者へ株式や事業用資産を集中して承継する場合がありますが、推定相続人が複数いる場合には、上記のように後継者以外の遺留分を侵害してしまう恐れがあります。
遺留分侵害額請求を受ける可能性がある
遺留分を侵害された相続人は、裁判所に遺留分侵害額に相当する金額を請求することが可能です。この請求のことを「遺留分侵害額請求」と呼びます。
もし、後継者がほかの相続人から遺留分侵害額請求を受けてしまうと、遺留分侵害額に相当する金額を支払うために株式や事業用資産の売却を迫られるケースもあります。株式や事業用資産の売却や分散は、円滑な事業承継にとってマイナスです。そのため、事前に遺留分に対する対策をとる必要があります。
遺留分の事前放棄は相続人の負担が大きい
遺留分によるトラブルを避けるためには、「遺留分の事前放棄」の制度を活用する方法があります。遺留分の事前放棄とは、被相続人が存命中に相続人が遺留分を放棄することにより、事業承継での遺留分のトラブルを回避する方法です。
ただし、遺留分の事前放棄は相続人がそれぞれに家庭裁判所へ申し立てを行わなければなりません。その他一定の要件を満たす必要もあるため、遺留分の事前放棄を活用する際には、相続人の負担が大きい点にも注意しましょう。
経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」
国は事業承継での遺留分トラブルに対処するため、経営承継円滑化法で「遺留分に関する民法の特例」を規定しています。「遺留分に関する民法の特例」では、下記の方法を採用することが可能です。
・除外合意
・固定合意
各項目を以下で詳しく解説します。
除外合意
除外合意とは、先代経営者の財産のうち、後継者に承継された自社株式や事業用資産の価額を遺留分算定の財産から除外する合意のことです。遺留分の計算は事業承継で承継された財産以外の財産にもとづいて計算されるので、事業に必要な株式や資産を守ることができます。
除外合意を行う場合には、後継者を含めた推定相続人全員の合意が必要です。また、経営承継円滑化法にもとづく確認や家庭裁判所の許可の手続きも行います。
固定合意
固定合意は、遺留分算定の基礎財産を合意時の時価に固定する合意のことです。除外合意とは異なり、遺留分の計算は事業承継で承継された財産も含まれます。しかし、自社株式の株価が上昇した分の金額は遺留分の計算に含めないことが可能なため、将来的な株価の増加による遺留分侵害額請求を回避できるメリットがあります。
固定合意は、除外合意と同様に推定相続人全員の合意や経営承継円滑化法にもとづく確認、家庭裁判所の許可の手続きが必要です。除外合意と異なり、固定合意は自社株式の贈与のみ活用できます。
事業承継で民法特例の適用を受けるための要件
事業承継で遺留分に関する民法の特例の適用を受けるためには、いくつかの要件があります。以下、会社の場合と個人事業主の場合に分けて解説します。
会社の場合
会社の事業承継の場合は、「会社(特例中小企業者)」「旧代表者(先代の経営者)」「後継者」それぞれに下記の要件があります。
会社(特例中小企業者) | ・中小企業者であること ・合意時点で一定期間(3年)以上継続して事業を行っていること ・非上場企業であること |
旧代表者(先代の経営者) | ・過去または合意時点で会社の代表者であること ・推定相続人のうち少なくとも一人に会社の株式などを贈与したこと |
後継者 | ・会社の代表者であること ・旧代表者から株式の贈与などを受けていること ・会社の議決権の過半数を有していること |
個人事業主の場合
個人事業主の事業承継の場合には、下記の要件を満たす必要があります。
旧個人事業者(先代の経営者) | ・個人事業者であること ・合意時点で一定期間(3年)以上継続して事業を行っていること ・事業用資産をすべて後継者に贈与していること |
後継者 | ・合意時点で個人事業者であること ・中小企業者であること ・先代の経営者から事業用資産の贈与を受けていること |
事業承継で「遺留分に関する民法の特例」を適用する手順
遺留分に関する民法の特例の適用を受けるための主な手順は下記のとおりです。
1.自社株式や事業用資産の生前贈与
2.後継者を含む推定相続人全員での合意
3.経営産業大臣の確認(個人事業者の場合は認定支援機関の確認も必要)
4.家庭裁判所の許可
推定相続人との合意をする際は、「合意書」の作成が必要となります。合意書には、合意が事業承継後の後継者の経営を円滑にする目的であることや「除外合意」「固定合意」などの合意内容などを記載します。
合意がなされたら、1ヵ月以内に経済産業大臣への申請が必要です。「確認申請書」や「合意書」のほか、会社の場合は「定款及ぶ株主名簿の写し」など、個人事業主の場合は「印鑑証明書」などが必要となるので、事前に準備します。
経済産業大臣の確認後、1ヵ月以内に「遺留分の算定に係る合意の許可」を申し立て、許可を受けると遺留分の合意の効力が発生します。
事業承継における遺留分に関するポイント
事業承継で遺留分を取り扱う際には、下記の点に注意しましょう。
・推定相続人全員の合意が得られないと民法特例を適用できない
・生前に遺留分権利者と充分に相談しておくことが重要
・生命保険の活用も視野に入れる
先述のように、遺留分に関する民法の特例の適用を受けるためには推定相続人全員の合意が必要です。会社や個人事業を継続して経営していくために必要な措置とはいえ、後継者以外の相続人にとっては遺留分が少なくなるデメリットがあります。そのため、先代の経営者と後継者双方が遺留分権利者と十分に相談し、了解をとっておくことが大切です。
そのほか、遺留分対策には生命保険の活用があります。生命保険は原則として遺産分割の対象となる相続財産には含まれないため、遺留分の対象となりません(特別受益に準じる場合などは除く)。そのため、後継者となる相続人を保険金受取人とした生命保険の活用により、後継者へ事業承継後に必要な資金を渡す場合があります。
民法特例以外で事業承継のために知っておきたい制度
中小企業の経営者や個人事業主の方の高齢化が深刻となっている状況から、円滑な事業承継は喫緊の課題です。国は事業承継がスムーズに進むよう、遺留分に関する民法の特例以外にもさまざまな支援策を実施しています。以下では、その一例を紹介します。
事業承継税制
事業承継税制とは、経営承継円滑化法の認定のもと、事業承継に伴う贈与税や相続税の負担を軽減する制度です。
事業承継では自社株式や事業用資産を贈与・相続などで承継しますが、株式や資産はまとまった金額となる場合も多く、多額の贈与税や相続税がかかるケースも存在します。事業承継税制は、このような贈与税や相続税の納税猶予や免除を行う措置です。事業承継税制には法人版事業承継税制と個人版事業承継税制があります。
事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継・引継ぎ支援センターは国が全国に設置している事業承継の公的相談窓口です。
事業承継を検討している経営者の方のなかには「後継者が見つからない」「事業承継の仕方がわからない」などさまざまな悩みが疑問を抱く方がいらっしゃいます。事業承継・引継ぎ支援センターでは後継者不在の場合の第三者への承継支援や事業承継計画の作成支援などのサービスを提供しています。サポートは原則無料で受けられるため、気軽に相談できる点もメリットです。
金融支援や経営者保証解除支援
事業承継を行う際には、相続税や贈与税などの税負担を含め、資金が必要な場合があります。日本政策金融公庫を始めとする金融機関では、株式買い取りのための資金や税支払のための資金など、事業承継で必要な資金の融資を実施しています。
そのほか、中小企業では金融機関からの融資を受ける際に経営者保証(経営者個人が連帯保証人となること)を設定しているケースがあり、この経営者保証の存在が事業承継の障害となっている場合があります。
近年では全国銀行協会と日本商工会議所により「経営者保証に関するガイドライン」が策定され、経営者保証の解除支援も行われています。また、財務省や金融庁との連携のもと、2022年12月には「経営者保証改革プログラム」も公表され、経営者保証にとらわれない融資慣行の流れが加速しています。
まとめ
事業承継では自社株式や事業用資産を承継する際に、後継者以外の相続人の遺留分が問題となる場合があります。
「遺留分に関する民法の特例」は遺留分の算定金額から自社株式や事業用資産を除外することが可能です。適用には相続人全員の合意や要件を満たすことが必要となるので、事前に準備を行いましょう。
「遺留分に関する民法の特例」の適用を含め、事業承継では法律や財務などさまざまな知識が必要となります。不明な点がある場合には、専門家のアドバイスが有用です。fundbookには公認会計士や税理士、司法書士などの有資格者をはじめとしたアドバイザーが在籍しています。ぜひ一度弊社までご相談ください。