社会の変化に伴い、企業を取り巻く環境が急激に変化しています。それは従業員側だけではなく、経営者側も同様です。
例えば、最近中小企業の多くが直面している後継者不在についても解決すべき問題の一つです。その後継者問題の解決のために、M&Aが昨今活発化しています。M&Aにはさまざまな手法があり、その一つに吸収合併があります。後継者不在の会社が吸収合併で事業を包括的に承継することで、事業と従業員の雇用の両方が継続できます。
それでは、事業と従業員の雇用継続ができる吸収合併を考えたときに吸収合併存続会社(吸収する側の会社)側と吸収合併消滅会社(吸収される側の会社)側はどのように手続きを進めていけばいいのでしょうか。また、吸収合併消滅会社においては会社が消滅することなどから、社会保険の手続きが重要になってきます。今回は事業承継問題の解決にも活用できる、吸収合併の手続きの流れや社会保険の手続きの注意点を解説していきます。
※本記事では、吸収合併を行った後に存続する会社を「合併会社」、吸収合併を行った後に消滅する会社を「被合併会社」とします。
▷関連記事:M&Aにおける吸収合併とは?手続きやメリット、登記方法を解説
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吸収合併の対象範囲や被合併会社の手続きの流れを確認
吸収合併とは、既存の会社が合併会社になり、被合併会社と合併を行うことです。合併は包括的な承継となるため、被合併会社の権利から債務までの全てが承継範囲です。また、吸収合併を行うと被合併会社が消滅することなどから、株主や債権者にも大きな影響があります。そのため反対株主の株式買取と債権者保護が必要になります。
吸収合併の対象範囲となる会社
会社法によって定められている会社の種類として、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社の4種類があります。会社法施行前に設立された特例有限会社を含めると、5種類になります。
どの形態でも吸収合併を実施することは可能ですが、特例有限会社が合併会社になることは認められていません。(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律 37条)
特例有限会社を合併会社にする場合、合併前に株式会社などへと変更する必要があります。
吸収合併における被合併会社の手続きの流れ
吸収合併を実施するには、まず合併会社・被合併会社の「合併契約の締結」と取締役会で「合併承認決議」を行います。取締役会設置会社においては取締役会決議、取締役会設置会社以外の会社においては取締役の過半数による決定を要します。どちらを先に行っても問題ありませんが、実務上は取締役会決議後に合併契約を締結し、そして株主総会で承認を得るという順序をとるのが一般的です。合併契約では、被合併会社側の株主への対価や効力発生日などの法律で定められた事項が決定されます。
次に、合併契約書などの事前開示書類を登記上の本拠である本店に備えるとともに、債権者に対する催告・公告を行います。債権者異議申述期間は1ヶ月以上設けることが義務付けられています。また、被合併会社が株券発行会社の場合は株券提出公告・通知を行わなければなりません。株券提出公告*1期間も、債権者の異議申述期間と同様に1ヶ月以上設けます。
そして株主に通知・公告、株主総会招集通知を発送します。株主総会招集通知は株主総会当日の2週間前までに送付しなければなりません。合併の効力が発生するまでの間、反対株主の株式買取請求期間が20日間設けられます。
債権者異議申述期間が満了になり、株主総会による吸収合併の承認を得ると合併契約締結時に取り決めた合併効力発生日から効力が発生します。
効力発生後の登記は効力発生日から2週間以内に行わなければなりません。また、合併会社は、効力発生日後遅滞なく合併に関する法令で定める事項を記載した書類を作成し、効力発生日から6ヶ月間、本店に備え置く必要があります。
*1.株券提出公告:株式会社が自社の株式を保有する株主に、株式を持っている旨を当該株券発行会社に提出するように通知すること
合併会社・被合併会社の手続きを個別に確認
次に、吸収合併の基本的な手続きの流れを説明します。
※ここで説明する合併会社、および被合併会社は「株式会社」とします。
合併会社の手続きの流れ
手順1「合併契約書の作成」
合併会社と被合併会社で合併契約書と合併覚書の作成をします。合併覚書には、基本事項や契約書に記載されない重要事項を記載します。
手順2「取締役会決議」
合併に対して、取締役会で合意を得ます。取締役会を設置していない会社は、取締役のうち過半数の合意が必要です。
手順3「合併契約締結」
合併会社・被合併会社双方で合併契約を締結します。
手順4「反対株主に対する株式買取請求通知・公告」
吸収合併では、被合併会社が消滅することから株主に大きな影響を与えます。そのため反対株主は投下資本を回収する目的で、株式の買取請求が可能です。
- 事前に反対する旨を通知し、株主総会において合併に反対した株主
- 株主総会で議決権を行使できない株主
- 株主総会での決議を要しない場合、すべての株主
これらの株主には通知・公告を、合併の効力が発生する20日前までに行う必要があります。
手順5「債権者保護の手続き」
政府が発行する機関紙である官報への公告と知れたる債権者への個別の通知が必要です。債権者異議の期間は1ヶ月以上で、1ヶ月を下回ってはいけません。官報公告かつ定款で決まっている公告方法から公告を行った場合、別途通知は不要です。しかし、定款で決められている公告方法が官報による公告の場合は、個別の通知を省略できません。債権者が異議を述べた場合には、債務を履行して債権を消滅させる弁済や相当の担保の提供、信託のいずれかを行う必要があります。ただし、当該債権者を侵害するおそれがない場合、手続きは不要です。
※手順4と手順5は同時に行うこともあります
手順6「合併契約書などの備置」
吸収合併契約書などの備置の開始日から合併効力発生後6ヶ月経過するまで、合併契約書などを本店所在地に備えおきます。また、備置開始日は次のうち最も早い日を指します。
株主総会2週間前
株主への株主買取請求の催告もしくは公告のいずれかの早い日
債権者保護の手続きに関する通知もしくは公告のいずれかの早い日
手順7「株主総会承認」
合併の効力が発生する前日までに行います。招集通知は原則として株式公開会社株主総会開催の2週間前までに、非公開会社は1週間前までに行わなければなりません。
種類株式を発行している場合には、それぞれ決議が必要な場合もあります。
また、略式合併や簡易合併を行う場合、株主総会での承認を省略することも可能です。
手順8「効力の発生」
合併契約の際に定めた日から吸収合併の効力が発生します。
手順9「合併による登記申請」
効力発生から2週間以内に、変更登記を行います。
手順10「事後開示書類の備置」
効力発生後に遅滞することなく事後開示書類を備えなければなりません。効力が発生したその日から、6ヶ月間は本店に備えておくことが必要です。
被合併会社の手続きの流れ
手順1「合併契約書の作成」
合併会社同様に、合併契約書、合併覚書の作成をします。合併覚書には、基本事項や契約書に記載されない重要事項を記載します。
手順2「取締役会決議」
合併に対して、取締役会で合意を得ます。取締役会を設置していない会社は、取締役のうち過半数の合意が必要です。
手順3「合併契約締結」
合併会社・被合併会社双方で合併契約を締結します。
手順4「反対株主に対する株式買取請求通知・公告」
吸収合併では、被合併会社が消滅することから株主に大きな影響を与えます。そのため反対株主は投下資本を回収する目的で、株式の買取請求が可能です。
- 事前に反対する旨を通知し、株主総会において合併に反対した株主
- 株主総会で議決権を行使できない株主
- 株主総会での決議を要しない場合、すべての株主
これらの株主には通知・公告を、合併の効力が発生する20日前までにする必要があります。新株予約権を発行している場合には、それらの買取請求手続きも必要です。
手順5「債権者保護の手続き」
官報公告及び債権者への個別の通知が必要です。債権者異議の期間は1ヶ月以上で、それを下回ってはいけません。官報公告かつ定款で決められた公告方法から公告を行った場合、通知は不要です。しかし、定款で定めた公告方法が官報による公告の場合は通知を省略することはできません。債権者が異議を述べた場合には、弁済や相当の担保の提供、信託のいずれかを行う必要があります。ただし、当該債権者を害するおそれがない場合、手続き不要です。
※手順4と手順5は同時に行うこともあります
手順6「合併契約書などの備置」
吸収合併契約書などの備置の開始日から、合併効力発生後6ヶ月経過するまで、合併契約書などを本店所在地に備えおきます。また、備置開始日は次のうち最も早い日を指します。
- 株主総会2週間前
- 株主への株主買取請求の通知もしくは公告のいずれかの早い日
- 債権者保護の手続きに関する催告もしくは公告のいずれかの早い日
- 新株予約権者に対する買取請求の通知もしくは公告のいずれかの早い日
被合併会社は、新株を予約している人にも通知・公告をしなければなりません。
手順7「株主総会承認」
合併の効力が発生する前日までに行う必要があります。招集通知は原則として株式公開会社は株主総会開催の2週間前までに、非公開会社は1週間前までに行わなければなりません。種類株式を発行している場合には、それぞれ決議が必要な場合もあります。
また、略式合併や簡易合併を行う場合、株主総会での承認を省略することも可能です。
手順8「効力の発生」
合併契約で定めた日から吸収合併の効力が発生します。
手順9「合併による登記申請」
効力発生から2週間以内に、解散登記を行う必要があります。
吸収合併における社会保険手続きの注意点を確認
ここからは吸収合併が行われる際の社会保険の扱いに関して説明していきます。合併では被合併会社が消滅することなどから、社会保険の手続きをきちんと行う必要があります。
吸収合併における社会保険手続きの3つの注意点
健康保険
手続きが遅れると、合併会社に移る被合併会社の従業員の新しい保険証の発行が遅れることにつながります。そうならないためにも、合併会社側は事前に被合併会社から移る従業員の情報を得るようにしましょう。
雇用保険
高年齢雇用継続給付金や失業給付金などは、一定の被保険者期間がないと給付金自体が受け取れないことがあります。受け取れた場合でも、被保険者期間の長さで給付額が変わります。合併により、被合併会社側の従業員が一度退職したことになってしまうと、被保険者期間も白紙に戻ってしまうという不利益が生じることもあります。
そのような状況にならないためにも、合併会社と被合併会社の双方が「同一事業主の認定手続き」を行わなければなりません。
労働保険(労災保険と雇用保険)
合併に伴い、労働保険料の精算と納付が被合併会社に必要となります。還付金が発生する際には、還付金請求の手続きも必要です。合併会社は、合併によって事前の申告よりも労働保険料が大きく増加することが見込まれるときには、増加概算保険料の申告と納付をしなければなりません。また、事業種類が同一であり、被合併会社を合併会社の営業所や事務所とする場合には、労働保険成立手続きと複数の営業所や支店を一括で手続きできる継続事業一括手続きを行います。
まとめ
吸収合併の契約締結から手続きの流れや、社会保険の手続きについてまとめました。吸収合併では、被合併会社の従業員が移籍することなどに伴い手続きは多岐に渡ります。また、社会保険の手続きは、従業員の生活に直接的な影響を与えるためきちんと行う必要があります。合併までに行う債権者などへの通知に必要な期間も細かく決まっているため、手続きについて不明な点は専門家に相談しましょう。