近年、スーパーマーケット業界では、消費者の節約志向や多様化するニーズに応えるために、各企業がさまざまな戦略を打ち出しています。例えばPB(プライベートブランド)商品による低価格化の実現や、品揃えの充実などがあげられます。大規模のスーパーマーケットは、このような取り組みにより売上を順調に伸ばしています。しかしその一方で、中小規模のスーパーマーケットにとっては厳しい状況が続いています。
そのような状況の中で、中小企業は売上の低迷からの脱却を目的として、大企業は店舗数の増加を主な目的としてM&Aを行う事例が増加しています。
本記事では、スーパーマーケット業界の現状や業界動向を解説するとともに、スーパーマーケット業界で実際に行われたM&Aの事例について解説していきたいと思います。
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目次
スーパーマーケット業界の現状と業界動向
全国スーパーマーケット協会はスーパーマーケットを「単独経営のもとに、セルフサービス方式を採用している総合食料品小売店で、年商1億円以上のもの」と定義しています。スーパーマーケットには、さまざまな種類がありますが、大きく日常生活に必要な物を総合的に取り扱う総合スーパー(GMS)と、主に食料品を取り扱う食品スーパーの2つに分けられます。
2019年版スーパーマーケット白書によると、2017年度の業界規模は29.7兆円であり、前年比約1.4%の微増となっています。アベノミクスの影響による消費の増加や消費税増税前の駆け込み需要、食品価格の上昇などの要因により、2013年度以降業界規模は増加を続けています。
スーパーマーケット業界では、現在下記のような課題を抱えています。
- 消費者の節約志向やニーズの多様化
- 慢性的な人材不足や人件費の高騰
- 将来的な人口減少による市場規模縮小の見込み
大手企業は、PB商品による低価格化の実現や、スーパーマーケットの大規模化に伴って品揃えを充実させ、売上の向上を図っています。また、店舗へのセルフレジの導入や、ネットスーパーの運営などにより、人材不足の解消や人件費の削減に取り組んでいます。
その一方で、スーパーマーケット業界の中小企業は厳しい状況に置かれています。大手企業のように店舗拡充や商品開発ができず、セルフレジなどの新たな設備へのコスト投下も難しいため、前述の課題に直面して売上が低迷しています。
さらに、近年はコンビニエンスストアやドラッグストアでもスーパーマーケットの機能を持つところが増え、ECサイトでの購入も一般化しつつあるため、スーパーマーケット業界の中での競争も今後より激化していくと考えられます。
参考URL:一般社団法人 全国スーパーマーケット協会
参考URL:『2019年版スーパーマーケット白書』| 全国スーパーマーケット協会
スーパーマーケット業界のM&Aの動向・特徴
スーパーマーケット業界の大手企業は、地方への店舗拡大やスケールメリットの享受を主な目的としてM&Aを多く行っています。それにより、地方スーパーの既存の顧客や従業員、ノウハウをまとめて得ることができるため、新たに出店するよりもスピーディーに店舗拡大を図ることが可能です。
一方、中小のスーパーマーケットは、大手企業の傘下に入ることで経営基盤を強化することができるほか、大手スーパーの販路や流通経路を活用したり、大手企業のPB商品を販売できるようになります。
また、地域内でのブランド力の向上やシェアの拡大を目的として、同じ地域の中小企業同士が提携するM&Aも行われています。
さらに近年では、コンビニエンスストア業界やドラッグストア業界など、異業種によるM&Aを活用した参入も多く見られており、スーパーマーケット業界全体のM&Aは今後も増加していくと考えられます。
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業界大手のM&A事例3選
1.イオン株式会社による株式会社ダイエーの完全子会社化
2013年8月、イオン株式会社は株式会社ダイエーの株式を、TOB(株式公開買付)により約130億円で取得し、子会社化しました。
イオンはスーパーマーケット業界で国内最大手であり、グループ全体の2018年度の売上は約8兆3000億円となっています。ダイエーは1957年に神戸で創業し、「よい品をどんどん安くより豊かな社会を」を理念として1960年代から70年代にかけて大きく成長しました。しかしバブル崩壊後の1990年代に業績が悪化し、以降厳しい経営状況が続いていました。
イオンは、M&Aの目的としてダイエーの早期経営再生を掲げており、お客様第一主義の経営理念のもと、両社のブランドを尊重しつつ協力・協業していくことにより、更なる企業価値の向上を目指しています。また、両社を合わせるとグループ全体で営業収益が6兆円を超えるというスケールメリットを活かして、共同仕入や共同販促によるコスト削減や経営資源・ノウハウの共有化を図るとしています。
またイオンは、2015年1月に株式交換によりダイエーを完全子会社化しています。
今後、ダイエーグループは国内No.1の総合食品小売業を目指すために首都圏、京阪神に活動領域を特化し、強みである食品事業に経営資源を集中していくとしています。そのためには意思決定のスピードアップや機動的な資金投下、人材の最適配置等が不可欠であり、これを実行するためにダイエーの完全子会社化に踏み切りました。
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2.株式会社イズミによる株式会社ユアーズの子会社化
2015年10月、株式会社イズミは、食品スーパーを運営する株式会社ユアーズを第三者割当増資の引受けにより子会社化しました。
イズミは、中国、四国、九州地方を中心に、「ゆめタウン」などのショッピングセンターやスーパーマーケットを展開している会社です。ユアーズは、広島県、岡山県、山口県、福岡県で食品スーパーを中心に展開しています。
両社ともに広島県に本拠を構えており、出店エリアが重なるため規模のメリットが活かしやすいという利点があります。また一方で、ユアーズは小商圏型店舗が中心であり、イズミの広域型大型店舗を多く運営しているため、商圏が棲み分けられお互いに補完しながら成長できるとしてM&Aを行いました。
イズミは、同じく2015年に株式会社デイリーマートや株式会社スーパー大栄も子会社化しており、出店地域の増加やスケールメリットの享受を図っています。また2018年4月には、セブン&アイホールディングスとの業務提携を発表しています。
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3.株式会社バローホールディングスによる三幸株式会社の子会社化
2019年2月、株式会社バローホールディングスは、富山県でスーパーマーケットを展開する三幸株式会社の株式を取得して子会社化しました。
バローホールディングスはスーパーマーケット事業において、愛知県や岐阜県を中心に店舗展開を行っていますが、2019年2月時点で富山県内でも14店舗を運営しています。三幸株式会社は、富山県内でスーパーマーケット「サンコー」を8店舗運営しています。
バローホールディングスは今回のM&Aを通じて富山県内でのシェアを向上させるとともに、三幸のノウハウを既存の店舗へ波及させて収益増大を図るとしています。
バローホールディングスは他にも2016年8月に山梨県でスーパーマーケットを運営する株式会社公正屋を子会社化、2018年8月には滋賀県でスーパーマーケットを3店舗運営するフタバヤを子会社化しており、近年M&Aを活用した全国展開を積極的に行っています。
同一地域内の企業同士でのM&A事例3選
1.株式会社ヤオコーによる株式会社エイヴイの子会社化
2017年4月、株式会社ヤオコーは、株式会社エイヴイおよびエイヴイ開発株式会社の全株式を取得して子会社化しました。
ヤオコーは基本方針として「豊かで楽しい食生活提案型スーパーマーケット」を掲げ、関東圏でスーパーマーケットを展開しています。エイヴイは神奈川県南部を中心に、圧倒的な品揃えと低価格を徹底的に追求して、地域密着の食品スーパーを10店舗運営していました。
M&Aを通して、ヤオコーは両社の企業価値の向上につながるとしており、目標としている関東圏250店舗・売上高5,000億円の実現が可能と判断して、エイヴイを子会社化しました。
2.株式会社アルビスによる株式会社オレンジマートの子会社化
2019年4月、富山県でスーパーマーケットを運営する株式会社アルビスは、同じく富山県の株式会社オレンジマートを子会社化しました。
アルビスはこれまでに北陸三県で食品スーパーマーケットを55店舗展開しており、北陸地区の営業収益1,000億円を目標に積極的な出店を行っています。
アルビスは自社が出店していない富山県富山市の南部において、5店舗を出店しているオレンジマートを子会社化することで富山県内におけるシェアを拡大させ、スケールメリットを活かしてより多くのお客様に貢献していくとしています。
3. 株式会社マイヤによる株式会社片浜屋の全株式取得
2019年3月、岩手県と宮城県でスーパーマーケットを展開する株式会社マイヤは、同じく宮城県でスーパーマーケットを展開する株式会社片浜屋と株式譲渡契約を締結し、2019年5月に全株式を取得することを発表しました。
マイヤは地域のお客様方が健康で豊かな食生活を実現することを目標としており、2019年3月時点で岩手県と宮城県気仙沼市で18店舗のスーパーマーケットを運営しています。一方、片浜屋は宮城県気仙沼市と名取市で4店舗を運営しており、地元でとれた生鮮食品や地元のメーカーが製造した食品を積極的に扱っています。
両社は同じ気仙沼市に出店していながらも、片浜屋が事業展開しているエリアはマイヤの未出店エリアとなっています。また、両社共に被災を経験した会社であり、M&Aにより雇用維持を含めた地域貢献ができるとしてM&Aの実施に至りました。
異業種によるスーパーマーケット業界のM&A事例4選
ここでは、同じ小売業界でも異なる業種の会社がスーパーマーケット業界に参入している事例についてご紹介します。
1.株式会社ドンキホーテホールディングス(現 株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)によるユニー株式会社の完全子会社
2019年1月、株式会社ドンキホーテホールディングス(現 株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)は、ユニー・ファミリーマートホールディングス株式会社より、ユニー株式会社の株式のうち60%を取得しました。これにより、元々保有していた40%の株式と合わせて全株式を取得することとなり、完全子会社化に至りました。
ドンキホーテホールディングスは、主に関東圏においてディスカウントショップの「ドンキホーテ」などを展開しています。一方、ユニー株式会社は「アピタ」や「ピアゴ」といったスーパーマーケットを運営しています。
2017年度に両社は業務提携を行っており、アピタ及びピアゴの既存6店舗についてドンキホーテとのダブルネームでの店舗を運営して大きな成果を残した実績があります。
ドンキホーテにとっては、ユニーが持つ中京圏を中心とした顧客から長く支持されている強固な信頼を活かして、アミューズメント性を強みとした新たなリアル店舗を創出し、更なる企業価値の向上が見込めるとしています。またユニーにとっても店舗運営の改善や商流の効率化、多様な消費者ニーズへの対応が可能となり、企業価値の向上が図れるとしています。
2.AMAZON.COM社によるWHOLE FOODS MARKET社の子会社化
2017年8月、アメリカのECサイト運営会社最大手のAmazon.com社(以下、Amazon)は、アメリカの食品スーパー大手のWhole Foods Market社を約137億ドル(約1兆5000億円)で子会社化しました。
Whole Foods Marketはアメリカやカナダ、イギリスで460を超える店舗を展開しており、自然食品やオーガニックフードの販売に強みを持っています。
Amazonは、このM&Aを通じて、食品小売業界での本格的なシェア獲得を目的としています。具体的には、自社サイトを通じてWhole Foodsの商品を販売し、生鮮品をAmazonを通して購入可能にしました。また、Whole Foodsの実店舗にAmazonのロッカーを設置して、ネットで注文した商品の受取や返品ができるようにするなどのサービスを提供していくとしています。
さらに、Whole Foodsから生鮮食品の取り扱い方法や販売オペレーションを学び、「Amazon Fresh」などの生鮮食品を取り扱うビジネスに取り入れていくとしています。
3.株式会社ローソンによる株式会社成城石井の子会社化
2014年10月、株式会社ローソンは高級スーパーを運営する株式会社成城石井の全株式を取得して子会社化しました。
ローソンはコンビニエンスストアの「ローソン」だけでなく、働く女性向けの「ナチュラルローソン」や、低価格帯の「ローソンストア100」など幅広いターゲット層に向けた店舗を運営しています。一方、成城石井は「食にこだわり、豊かな社会を創造する会社」を目指して高付加価値を追求したブランドを構築し、関東圏で約120店舗を展開していました。
ローソンは、一般的なスーパーマーケットおよび高級スーパーとは一線を画した成城石井との協業には大きな可能性があるとしています。また、ローソンが持つ店舗立地獲得、ロジスティクス、購買データの活用などに関するノウハウ提供を通じて、大都市圏市場における二極化への対応を強化できると考え、子会社化を行いました。
近年はローソンに限らず、コンビニ業界大手のセブン&アイ・ホールディングスも積極的にM&Aを行っており、コンビニ業界の類似した業界に対するM&Aは今後も行われていくと考えられます。
4.株式会社ゼンショーホールディングスによる株式会社フジタコーポレーションの子会社化
2016年11月、株式会社ゼンショーホールディングスは子会社の株式会社日本リテールホールディングスを通して、群馬県で食品スーパーを展開する株式会社フジタコーポレーションを約124億円で買収しました。
ゼンショーホールディングスは「すき家」や「なか卯」を運営する外食産業大手の会社であり、フジタコーポレーションは群馬県内で食品スーパー「フジマート」などを展開している会社です。
ゼンショーホールディングスは2012年11月の株式会社マルヤのM&A以降、MMD(マス・マーチャンダイジング)システム*1を基盤とする食材の調達力、商品開発力や店舗運営ノウハウを活かした食品小売事業の拡大を図ってきました。2016年11月現在、関東圏を中心に「マルヤ」や「マルエイ」などのスーパーマーケットを約100店舗運営しています。
ゼンショーホールディングスはM&Aを通して、商品開発、食材調達、物流、店舗運営、店舗立地開発などの各分野においての相乗効果と、食品小売事業の競争力の強化を目指しています。また、フジタコーポレーションがスーパーマーケットを展開している群馬県内への進出も目的としてM&Aを実施しました。
*1 MMD(マス・マーチャンダイジング):単品を大量販売する仕組みのこと。スケールメリットにより、品質を上げながら価格を下げることができる。
まとめ
スーパーマーケット業界では人材不足や売上の低迷が課題となっているうえ、将来的に人口減少が進むと、これらの課題がより深刻になっていくでしょう。このような状況を受け、大手スーパーマーケットは対策としてPB商品の販売や品揃えの充実だけでなく、店舗数増加や地方への進出を目的としたM&Aを積極的に行っています。
地方の中小規模のスーパーマーケットも、M&Aにより大手傘下に入って安定した経営基盤を手に入れたり、同一地域内のスーパーマーケット同士のM&Aにより、地元でのブランドの向上を図ることが可能となるでしょう。
そのため大手スーパーだけでなく、中小規模のスーパーマーケットにとっても、苦しい経営状況や将来的な売上減少への対策として、M&Aという選択肢も真剣に検討する価値があるのではないでしょうか。
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