医院やクリニックは地域に密着しているケースが多く、廃業してしまうと地域医療に大きな影響を与える可能性があるため、できれば事業承継で継続させたいところです。
しかし、医院の承継は各種届け出が必要になるなど扱いが特殊な上、一般的な事業承継に比べて手続きが複雑なので、多くの注意点があります。
そのため、医院承継を検討している現院長は、承継時のポイントや流れを把握しておくことが大切です。
本記事では、医院・クリニックの承継を実施する際のポイントや、承継までの流れを解説するので、医院承継を検討している方は是非参考にしてください。
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目次
医院・クリニックにおける事業承継の現状
医院は、地域医療を支える重要な役割を担っている事業です。そのため、どのようにして次世代へ途切れさせることなく事業を承継するかという問題は、多くの経営者を悩ませています。次の章では、医院の事業承継の現状や、そこで起こっている問題を確認していきましょう。
開設者の高齢化と後継者不足
近年、経営者の年齢は全国平均が60.3歳と高齢化が深刻な問題となっていますが、医療業界においても同様であり、厚生労働省の発表では、医院の開設者または法人の代表者の平均年齢が、62歳となっています。
また、帝国データバンクの調べによると、医療業界の後継者不在は68.0%と、約3分の2以上の医院で後継者が決まっていない状態です。
このままでは、後継者不足によって地域医療が崩壊する可能性もあるため、事業承継で医院を継続させていくことが、いかに重要であるかわかります。
ただし、ここでの後継者不在には、「経営者が若くまだ後継者の選定をしていない」「候補者の意志決定がされていない」などのケースも含まれるため、実際は、全ての医院で後継者が見つからないわけではありません。
とは言え、医療業界の後継者不在率は他の業界に比べて数値が高いので、油断ができない状況といえるでしょう。
コロナ禍での減収が医院承継の妨げに
医院の事業承継に関する問題は、後継者不在だけではありません。コロナ禍における医院の外来患者数減少に伴う収益減も、医院承継の妨げとなっています。
なぜなら、医院の収益が減っている状態で事業を承継することは、後継者にとってリスクがあるからです。
日本医師会の調べでは、2020年の外来と在宅医療総件数の対前年同月比において、2020年5月を底に回復傾向にあるものの、一部を除き多くの診療所で収益が減少していることが示されています。
医院・クリニックにおける事業承継のポイント
医院承継におけるポイントを紹介するので参考にしてください。なお、開設形態による違いについては後述するので、ここでは割愛します。
後継者の選定が難しい
医療法第十条では、「病院又は診療所の開設者は、その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に、歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に、これを管理させなければならない」とされています。
医院やクリニックでは、「開設者=管理者」の場合が多いため、事業を承継する後継者も医師免許が必要になる可能性が高いです。
また、スムーズな医院経営を行うためには、経営のノウハウや保険制度、各種法律についての知識も必要になるでしょう。したがって、医院承継では、後継者がある程度限定される傾向にあり、選定が難しくなります。
譲渡手段が限られる
医院承継での主な承継方法は以下の2種類です。
- ・親族内承継
- ・M&A
M&Aにおいては医院に株式が存在しないため、一般的な企業のM&Aと異なり、株式譲渡などの手法が活用できない点に注意が必要です。
医院の開設形態によって異なる事項
医院でも、個人開設と医療法人開設では特徴が異なるので、知識を身につけておく必要があります。ここでは、医院に多い個人開設における事項の取り扱いをメインに、開設形態で異なる点を解説するので、参考にしてください。
譲渡スキーム
医院の承継は、個人開設と医療法人開設で、以下のようにスキームが異なります。
- ・個人開設:事業譲渡
- ・医療法人開設:出資持分譲渡+社員入れ替え
個人開設の医院は個人から個人、または個人から医療法人に経営権を譲渡するので、譲受側は譲渡対価を支払うことで譲渡が完了します。
一方、医療法人開設では、出資持分のある医療法人の場合、出資持分を全て買い取って経営権を引き継ぐのが一般的です。
出資持分とは、出資者の財産権を指します。例えば、法人設立時の出資金400万円の内100万円を出資した場合、法人の純資産が1000万であれば、4分の1の250万円を払い戻せるということです。
また、医療法人の場合は株式会社と異なり株式がなく、役員の選任権が社員一人ひとりにあります。そのため、経営をスムーズに行うには、出資持分の買い取りと同時に、従来の社員を自分の味方になる社員と入れ替えると良いでしょう。
行政手続き
事業譲渡で個人開設の医院を承継する場合は、許認可等が引き継がれないため、譲渡・譲受側の双方で手続きが必要です。
譲渡・譲受側で必要な主な手続きは以下の通りです。
譲渡側 | 診療所廃止届:保健所保健医療機関廃止届:厚生局 |
譲受側 | 診療所開設届:保健所保険医療機関指定申請書:厚生局 |
譲受側は、上記に加えて関係各所に事前相談が必要である他、従業員の引き継ぎには、社会保険事務所や労働局等で雇用についての手続きも必要となります。
また、医院にレントゲン機器がある・なしによって、エックス線装置設置または廃止届を提出する必要がある点にも注意しましょう。
なお、保健所に提出する開設届の期限は10日以内です。
保険医療機関コード変更の有無
個人開設の医院を承継する場合は、開設者が変わるため、保健医療機関コードも変更しなくてはなりません。
承継直後に行う診療報酬請求は、承継前に診察していた譲渡側(前院長)の保健医療機関コードで行うため、レセコンと電子カルテのコードの切り替えが必要になります。
承継後にトラブルにならないように、事前に取引先の電子カルテメーカーに相談しておくと良いでしょう。
なお、医療法人開設の医院を承継する場合は、保健医療機関コードが変わらないため、診療報酬請求も承継前と同じように行えます。
診療報酬の遡及請求について
遡及請求とは過去に遡って請求する方法です。医院で公的医療保険の適用を受ける診療を行うためには、開設者が「保険医療機関」の指定を受ける必要があります。
保険医療機関の指定を受けるには、診療を行う前月10日までに、厚生局への保険医療機関指定申請が必要ですが、指定申請は、同じ医院で同時に行うことができません。
つまり、前院長が診察を行っている、承継前の期間に指定申請の提出ができないことになります。
だからといって、承継後に指定申請を提出すると期間が空いてしまうため、診療を受ける患者が困ってしまいます。
したがって、前の開設者の変更と同時に引き続いて開設され、患者が引き続き診療を受けている等のケースでは、診療報酬の遡及請求ができます。
指定期日の遡及の取扱いについては、地方厚生局のホームページに詳しく記載されているので、そちらを参照してください。
資金調達について
個人開設と医療法人開設の譲渡では、譲渡における資金の調達方法も異なるので、覚えておきましょう。
個人開設の譲渡では、譲渡対価の支払いを買手個人の資金で行い、足りない場合は、買手個人が金融機関から融資を受けます。
一方、医療法人開設で譲渡側が受け取る対価は、譲受側が支払う出資持分と医療法人から譲渡側に対する退職金の合計になります。しかし、退職金は医療法人の預金により支払われるため、資金が不足した場合、不足分は医療法人が金融機関から借入れることになります。
このケースでは、譲渡が完了する前に医療法人が金融機関から借入れをするので、その時点で財産権のある譲渡側にも返済義務が発生するのでは、と不安になる方もいるかもしれません。
しかし、あくまで医療法人が借入者になるため、譲渡側が出資していても、返済の責任が及ぶことはありません。なお、連帯保証人が必要な場合は譲受側が保証人になります。
税金の区分
個人開設の場合、税金は主に譲渡側の譲渡益について課され、課税方法は課税譲渡資産によって異なります。
- ・分離課税:不動産
- ・総合課税:医療機器・営業権
分離課税では、譲渡資産の保有年数により税率が異なるので把握しておきましょう。
区分 | 税率 |
短期譲渡所得 | 譲渡所得金額×41.1%(所得税30%+復興特別所得税2.1%+住民税9%) |
長期譲渡所得 | 譲渡所得金額×22.1%(所得税15%+復興特別所得税2.1%+住民税5%) |
譲渡した年の1月1日現在の所有期間が5年以下の場合は短期譲渡所得、5年を超える場合は長期譲渡所得になります。
また、総合課税に関する税率は以下の通りです。
所得金額 | 税率 |
1,000円 以上 1,949,000円まで | 5% |
1,950,000円 から 3,299,000円まで | 10% |
3,300,000円 から 6,949,000円まで | 20% |
6,950,000円 から 8,999,000円まで | 23% |
9,000,000円 から 17,999,000円まで | 33% |
18,000,000円 から 39,999,000円まで | 40% |
40,000,000円 以上 | 45% |
なお、総合課税に関する控除額も、税率同様に所得金額に応じて異なります。
開業医が医院・クリニックを承継する手順
医院承継は、主に「親族への承継」と「第三への承継(M&A)」の2種類です。それぞれの医院承継手順を見ていきましょう。
親族への承継
親族への医院承継を行う流れは以下の通りです。
1. 理念の共有と承継時期の決定
2.専門家への相談
3.資産と経営状況の把握
4.経営方針・診療科の決定
5.承継計画の策定
6.承継の実施
医院の場合は地域性が強いため、ニーズの変化に合わせて前院長と後継者が一緒に承継後の経営方針や診療科を検討したほうが良いでしょう。
また、医院の承継は一般的な事業承継とは違い手続きが複雑なため、親族間での承継でも専門家へ依頼することをおすすめします。
なお、医院承継を実施する際は、前院長と後継者の双方が行政手続きを行わなければいけないことも忘れないようにしましょう。
第三者への承継
第三者への承継の流れは以下の通りです。
1.専門家への相談
2.秘密保持契約・アドバイザリー契約の締結
3.各種資料の提出
4.医院の価値評価の実施と概要書の作成
5.ノンネーム登録
6.譲受先との面談・基本合意
7.デューディリジェンスの実施
8.最終合意
M&Aの場合は、まず仲介会社へ相談を行い、問題がなければ秘密保持契約とアドバイザリー契約を締結します。その後、譲渡側と譲受側の双方のニーズや希望を踏まえてマッチングが行われ、トップ面談を経て基本合意を行います。
最後に譲受側がデューディリジェンスを実施して問題がなければ最終合意となり、承継が完了します。
なお、デューディリジェンスとは、投資等を行う際に、投資対象の価値やリスクを調査する適正評価手続きのことです。
医院・クリニックの事業承継に関して不安がある場合は専門家に相談する
医院承継は一般的な事業承継より手続き複雑な他、前院長が所有する土地や建物、医療設備等の財産を特定して、引き継ぎを行わなければいけません。
第三者への承継はもちろんですが、親族への承継であっても、専門家を介して実施することをおすすめします。
高い知識を持つ専門家と相談することで、余計なトラブルを避けられる可能性が高いため、医院承継も円滑に実施できるでしょう。
まとめ
医院承継の現状は、後継者不足やコロナ禍の影響もあり、厳しくなっています。
また、後継者がいたとしても、譲渡スキームが限られることや診療報酬の遡及請求など、一般的な事業承継には見られない点も多い上、特殊な手続きが必要になるので手順も複雑です。
しかし、医院を継続させていくことは、地域医療を支えるためにも重要なミッションです。知識を身につけることで、円滑な医療承継を行えるよう、準備をしておきましょう。
医院の承継について不安がある場合は、知識のある専門家のサポートを受けることをおすすめします。
fundbookには医院・クリニックのM&A・事業承継を専門にするヘルスケアチームが在籍しています。是非一度お気軽にご相談ください。