
日本のパン消費量は増加傾向にあり、パン屋・ベーカリー業界は安定した市場規模を持つ業界です。一方、原材料費の高騰や人手不足などの課題を抱えており、経営上の課題解決手段の1つとして、M&Aが注目されています。
本記事では、パン屋・ベーカリー業界の特徴や現状、M&Aの動向を解説します。M&Aを実施するメリット・デメリットや最新事例も紹介するため、ぜひ参考にしてください。
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目次
パン屋・ベーカリー業界の特徴
パン屋・ベーカリー業界は、大手の製パンメーカーである「ホールセール」と中小企業や個人が経営するパン屋・ベーカリーである「リテールベーカリー」の2つに分かれます。
ホールセールの企業は、オートメーション化された自社工場でパンを大量生産し出荷します。出荷先はスーパーマーケットやコンビニエンスストアなど様々です。パン製造に加え、小麦や酵母など原材料の研究・開発を行う企業もあります。
一方、リテールベーカリーは店舗内でパンを製造し消費者に直接販売する業態です。例として、チェーン展開するベーカリーや個人で経営する地域密着型のパン屋などがあります。
製造形態は、全ての工程を店内で行う「オールスクラッチ製法」や、冷凍されたパン生地を利用する「ベイクオフ製法」など、パン屋によって様々です。
パン屋・ベーカリー業界の市場規模
株式会社矢野経済研究所の調査※によると、2023年度の国内パン市場の規模は1兆6,629億円でした。2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響を受けて一時的な市場縮小が見られたものの、回復傾向に転じています。
※出典:株式会社矢野経済研究所「パン市場に関する調査(2025年)」(2025年5月21日発表)
注:食パン、食卓パン、菓子パン、惣菜パン、デニッシュ、フランスパン、調理パン、及びそれらのパンの製造過程で利用される冷凍パン生地を対象とし、メーカー出荷金額べースで算出した。
2021年度以降は巣ごもり需要や流行商品(マリトッツオ・フルーツサンドなど)の影響を受け、パン屋・ベーカリー業界の市場規模は、パン食文化の広がりもあり、1兆5,000億円規模を堅調に推移しています。今後も市場規模は緩やかな拡大が予想され、安定した需要が見込める業界です。
パン屋・ベーカリー業界の現状と課題
パン屋・ベーカリー業界は安定した市場規模を推移する一方、原材料高騰や人手不足などの問題を抱えています。以下ではパン屋・ベーカリー業界の現状と課題を解説します。
原材料である小麦価格の高騰
パン屋・ベーカリー業界では、「小麦価格の高騰」が大きな問題となっています。
日本の気候条件は小麦の生産に適さないため、パンの原材料である小麦は約9割を国外から輸入しています。輸入小麦は国が購入し製粉会社へと販売されますが、2020年度10月期に1tあたり49,210円だった政府売渡価格は、2022年度4月期には72,530円に高騰しました。
農林水産省が小麦粉製品への影響額を試算した結果、原料小麦代金が約8%を占める食パンでは、一斤当たり2.6円(+1.5%)の上昇になるとしています。
小麦価格が高騰する要因としては、主要な生産地であるアメリカやカナダでの不作、円安の進行、ウクライナ情勢などが挙げられます。農林水産省の発表によると、2025年度4月期の政府売渡価格は63,570円と少し下落するものの、原材料高騰によるコスト高はパン屋・ベーカリーの利益を圧迫する大きな問題となっています。
人手不足と人件費の上昇
他業界と同じく、パン屋・ベーカリー業界は人手不足の問題を抱えています。日本の人口は、2025年2月1日現在で1億2,354万人であり、2008年の1億2,808万人をピークに減少しています。
パン屋・ベーカリー業界では製造や販売に労働力が必要であり、人手不足は店舗運営や提供サービスに深刻な影響を与えます。また、労働力を確保するために給与を上げる業界が多く、人件費の上昇も大きな課題です。
多様化するニーズへの対応
原材料高騰や人手不足などの問題を抱える中、パン屋・ベーカリー業界は消費者の多様なニーズに応える施策で活路を見出しています。
近年は、低糖質パン・グルテンフリーパン・全粒粉パンなど、消費者の健康志向の高まりに対応した商品開発が進んでいます。販売するパンに付加価値をつけて単価を上げれば、売上や利益の向上を見込めます。
その他、予約注文が可能なアプリやパンのサブスクリプションサービスを導入し、消費者の利便性に配慮したパン屋・ベーカリーも増えています。
パン屋・ベーカリー業界のM&A動向

近年、パン屋・ベーカリー業界では、コスト増・人手不足などの問題解消や中長期的な安定経営を目的に、M&Aが活発に行われています。
以下ではパン屋・ベーカリー業界のM&A動向を3つの視点から解説します。
後継者不足解決のためのM&A
パン屋・ベーカリー業界では、経営者の高齢化が深刻な状況です。個人経営の店舗も多く、後継者がおらず廃業を余儀なくされるケースも少なくありません。
M&Aで第三者に事業を引き継ぐことができれば、廃業せずに従業員の雇用や顧客を守ることができます。
経営難解決のためのM&A
株式会社東京商工リサーチの「2023年度(4-3月)「パン製造小売の倒産動向」調査」によると、2023年度4-3月期の倒産件数は37件で、前年度に比べて85.0%増加しました※。原材料費の高騰に加え、人手不足や廃棄率の高さがパン屋・ベーカリーの経営を圧迫しています。
M&Aは、経営難が原因の廃業を避けるための有効な選択肢の1つです。また、資金力が不足する個人経営のパン屋・ベーカリーの場合は、安定した財務基盤を持つ大手企業のもとで、事業を立て直せる可能性もあります。
※出典:株式会社東京商工リサーチ「2023年度(4-3月)「パン製造小売の倒産動向」調査」
事業拡大に向けたM&A
製パンメーカーでは、中長期的な経営基盤強化・事業拡大を目的にM&Aを行う事例が見られます。国内大手の製パンメーカー「山崎製パン株式会社」が、包装パンの製造・販売に強みを持つ「株式会社神戸屋」の事業を承継した事例はその一例です。
また、国内のパン市場は、安定した規模を持つ一方で成熟状態にあります。新たな市場を開拓するために、海外企業を買収して市場シェア・事業エリアを拡大する企業も見受けられます。
パン屋・ベーカリー業界のM&Aのメリット
パン屋・ベーカリー業界のM&Aは、譲渡企業と譲受企業の双方にメリットをもたらします。以下では譲渡企業・譲受企業別でメリットを解説します。
譲渡企業のメリット
パン屋・ベーカリー業界でM&Aを選択する譲渡企業のメリットは以下のとおりです。
・後継者問題を解決できる
・事業を継続できる
・経営難を解消できる
・閉店費用がかからない場合がある
・創業者利益を得られる
後継者問題や経営難で悩むパン屋・ベーカリーにとって、M&Aは問題解決につながる有効的な手段です。大手企業・同業他社への売却によって、事業を継続したり経営難を解消できたりする場合があります。
また、店舗でパンを製造するリテールベーカリーの場合、廃業すると賃貸借契約解除に伴う原状回復や製造設備のリースに関する費用が発生する場合があります。M&Aで会社を売却できれば、閉店費用を抑えられる可能性がある点もメリットの1つです。
その他、自身が設立したパン屋・ベーカリーを売却すると創業者利益を得ることができ、セミリタイア後の生活資金や別事業を立ち上げるための資金として活用できます。
譲受企業のメリット
パン屋・ベーカリー業界でM&Aを実施する譲受企業のメリットは以下のとおりです。
・出店・開業のコストを軽減できる
・既存顧客を引き継げる
・営業エリア・事業の拡大につながる
・シナジー効果が見込める
パン屋・ベーカリーの出店・開業には、厨房設備・店舗・内装・外装工事などのコストがかかります。また、安定した売上を確保するためにチラシやSNSなどを活用した集客も必要です。M&Aで既存店舗を引き継ぐことができれば、新規出店や開業に必要なコストと手間を削減できます。
その他、M&Aで営業エリアや事業を拡大できれば、売上・利益の増加につながります。物流の最適化によるコスト削減や、パン製造ノウハウ・技術の共有をはじめ、企業統合によるシナジー効果が見込める点もメリットです。
パン屋・ベーカリー業界のM&Aのデメリット
パン屋・ベーカリー業界のM&Aは、複数のメリットが見込める反面、デメリットが生じる可能性があります。想定される主なデメリットを譲渡企業・譲受企業別に解説します。
譲渡企業のデメリット
パン屋・ベーカリー業界でM&Aを実施する際、譲渡企業は以下の点に注意が必要です。
・条件に合ったM&A先が見つからない可能性がある
・取引先とのトラブルが起こる可能性がある
・競業避止義務が生じる場合がある
M&Aでは、譲渡企業と譲受企業の交渉で条件が決定されます。交渉次第では条件に合ったM&A先が見つからない場合があります。
また、パン屋・ベーカリー業界では顧客や仕入先は店舗を運営するうえで重要な存在です。M&Aで経営が第三者に代わり営業方針が変更された結果、取引先とのトラブルや顧客離れが生じるリスクがあることを把握しておきましょう。
その他、契約で競業避止義務が取り交わされると一定のエリアや期間内はパン屋・ベーカリーを出店できないケースがあります。
譲受企業のデメリット
パン屋・ベーカリー業界でM&Aを実施する際、譲受企業は以下の点に注意が必要です。
・経営上のリスクを譲受する可能性がある
・期待したシナジー効果が出ない場合がある
・従業員が離職する恐れがある
M&Aで事業を引き継ぐ際は、経営上のリスクまで譲受する可能性を把握しておきましょう。例えば、株式譲渡によって譲受する場合は資産だけでなく負債も引き継ぐため、帳簿で把握できない簿外債務や偶発債務のリスクがないか、入念に調査する必要があります。
また、既存の厨房設備や店舗を引き継ぐ際は、状態によって修理費用がかかる場合もあります。
その他、M&Aの経営統合(PMI)に失敗すると、期待するシナジー効果が得られず従業員が離職してしまうなどの事態も想定されます。特に人手不足が深刻なパン屋・ベーカリー業界では、技術や経験を持つ従業員は貴重な存在です。M&Aを実施する際は、既存従業員に配慮して丁寧なフォローアップを行いましょう。
パン屋・ベーカリー業界の売却価格相場
パン屋・ベーカリー業界を含め、M&Aの売却価格は企業価値評価で算定された金額を基準に交渉で決まります。企業価値評価には複数の方法があり、大きく3つのアプローチに分けられます。
アプローチの種類 | 概要 |
インカムアプローチ | ・将来の収益に着目したアプローチ ・「DCF法」「配当還元法」などがある |
マーケットアプローチ | ・同業他社や市場の取引価額に着目したアプローチ ・「類似企業比較法」「類似取引比較法」がある |
コストアプローチ | ・企業の純資産に着目したアプローチ ・「年買法」「簿価純資産法」「時価純資産法」などがある |
例えば、コストアプローチの年買法で売却価格を計算する場合は、以下の計算式を用います。
売却参考価格=純資産(時価)+営業利益2年~5年分
直近の純資産が1,000万円で営業利益が200万円の場合は「1,000万円+200万円×2年~5年」となり、相場は1,400万円~2,000万円になる計算です。
なお、パン屋・ベーカリーでは、店舗の立地・設備状況・販売形態・ブランド力なども売却価格の算定に影響を与えます。
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パン屋・ベーカリー業界のM&A事例
パン屋・ベーカリー業界では、事業拡大やシナジー効果の獲得に向けて多くのM&Aが実施されています。以下では、パン屋・ベーカリー業界のM&A事例を紹介します。
森トラスト株式会社による株式会社浅野屋の子会社化
2024年12月、森トラスト株式会社は、森トラストグループの傘下である株式会社万平ホテルを通じて株式会社浅野屋の株式譲渡契約を締結しました。
森トラストは、ホテル&リゾート事業や不動産事業を手がける企業です。一方、浅野屋は1933年創業の老舗ベーカリー「ブランジェ浅野屋」を経営し、軽井沢に3店舗・関東に16店舗を展開しています。
森トラストは老舗ベーカリーである浅野屋の株式取得によって、浅野屋が持つパン作りの技術力と万平ホテルのホスピタリティを活かしたシナジー効果を見込んでいます。
株式会社OSGコーポレーションによる株式会社SakimotoBakeryの子会社化
2024年11月、株式会社OSGコーポレーションは株式会社SakimotoBakeryの株式を追加取得し、子会社化しました。
OSGコーポレーションは、生活密着型商品の開発・製造を展開する企業であり、食パン専門店「銀座に志かわ」を運営する企業を子会社に持ちます。一方、SakimotoBakeryは全国に15店舗展開するパン屋です。
OSGコーポレーションは、このM&Aによってグループ全体の飛躍に向けた新たな基盤作りを行い、フード事業のさらなる拡大を目指します。
株式会社ヒラタによる株式会社イワサの子会社化
2024年10月、株式会社ヒラタは、正栄食品工業株式会社の連結子会社である株式会社イワサの発行済株式を取得して子会社化しました。
ヒラタは洋菓子材料・パン材料・包装資材を供給する専門商社です。一方、正栄食品工業は製パンを始めとした仕入れ・販売を運営する企業で、連結子会社のイワサは製菓・製パン用の原材料や食品雑貨、製菓機械の販売を行っています。
ヒラタはシナジー効果の創出を目的としており、正栄食品工業株式会社はM&Aによって事業ポートフォリオの見直しを進めるとしています。
まとめ
パン屋・ベーカリー業界は1兆円を超える成熟した市場である一方、原材料費や人件費の高騰、人手不足などの問題を抱えています。M&Aは経営上の戦略として有効的な手法ですが、シナジー効果を得るためには、入念な準備と適切な進行が求められます。
M&Aを成功させるために、専門家の活用は有効な手段です。fundbookにはM&Aの経験豊富で専門的な知識を持つアドバイザーが在籍しており、M&Aのマッチング・成約をサポートします。M&Aを検討する企業の方は、ぜひfundbookのM&Aサービスをご活用ください。