相続とは人が死亡したときに、その人の財産上の地位を誰がどのような形で承継するのかという問題です。そのため、相続は人が生活していく上で、必ず直面する場面でもあります。特に経営者にあっては、事業を承継させるという面から相続に関してどのように計画を立てておけば良いのかという点が不安なこともあると思います。
例えば、会社の株式はどうなってしまうのか、会社の債務に関する連帯保証人としての地位はどうなるのか、不動産に付いている抵当権はどうなのか、などです。
本記事では、相続の際にどのように遺産を分けるのかという遺産分割について、一般的な解説とともに、経営者としてどのような視点から相続・遺産分割を考えれば良いのかという点を解説していきます。
なお、本記事での解説は、改正された相続法にもとづきます。この改正された相続法は、そのほとんどが2019年7月1日から施行されています。配偶者居住権・配偶者短期居住権の制度は2020年4月1日から、遺言書保管法は2020年7月10日に施行されます。
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遺産分割の意義や基礎知識
相続において、民法は権利義務の承継に関して遺言を優先し、遺言が無い場合に法定相続となることを原則としています。しかし、一定の法定相続人には遺留分といわれる被相続人の財産の一定割合について、相続権を保証する権利が保障されており、遺言の自由は制限されています。
また、遺言によって民法で相続人とされていない人を相続人とすることはできません。ただし、遺贈という死亡を原因とする贈与として財産を与えることはできます。そして、民法では遺産全てを一括して相続財産として把握し、かつ清算しないまま相続人に承継させる包括的な当然承継が基本となっています。
つまり、相続においては遺言がある場合には遺言が優先され、遺言が無い場合などに、相続人による協議にもとづく分割が行われます。
遺産分割協議・遺言・遺贈の相続方法の違い
遺産分割とは、民法の原則における共同相続にかかる遺産の共有関係を解消し、遺産を構成する個々の財産を各相続人に分配してそれらを各相続人の単独所有に還元することをいいます。つまり、遺産に対する実体的権利である相続人毎の具体的な相続分を現実化する手続きが、遺産分割ということになります。
遺産の分割は、遺産に属する物または権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して行うこととされています(民法906条)。その遺産分割の方法が遺言・遺産分割協議となります。
遺言
遺言とは人の最終の意思表示について、その者の死後に効力を生じさせる制度です。遺言は自由な意思のもとに行われる前提ですから、一定の判断能力(遺言能力)が不可欠で、死後の紛争を予防するために、遺言の成立要件には一定の方式(遺言の方式)が課されています。
また、遺言の特徴として、遺言は遺言者の単独の行為によって効力が生じるため、遺言できる事項が法定されており、受遺者による遺贈の放棄や、成年の子に対する遺言での認知に対する拒否など、利害関係人の意思を尊重する制度となっています。
他方で、遺言があったとしても、相続人全員の合意があれば、遺言内容と異なる遺産分割が認められます。
遺贈
遺贈とは、遺言によって無償で財産的利益を他人に与える行為であり、遺贈により利益を得る者を受遺者といいます。相続とは異なり、法人も受遺者になることができます。
また、生前に贈与を受ける者(受贈者)と「死んだらあげる」と約束している場合は、「死因贈与」といいます。死亡を契機とすることは共通していますが、遺言によって行うかどうかに違いがあります。さらに、生前に他人に無償で財産的利益を与える場合は、遺贈などと対比して「生前贈与」と呼ばれます。
遺産分割協議
遺産分割協議は相続に際し、遺言の無い場合、または遺言があっても全ての遺産についての指定が無い場合、もしくは遺言があっても相続人全員の合意により遺言と異なる遺産分割を行う場合において、共同相続人、包括受遺者、相続分の譲受人、遺言執行者を当事者として行う遺産の分割方法を決定する協議のことをいいます。この協議にもとづき作成された書面を、遺産分割協議書といいます。
遺産分割の当事者全員の合意があれば、法定相続分や指定相続分に合致しない分割、被相続人の指定する遺産分割方法に反する分割も有効です。つまりこの限りにおいては、法律や遺言者の意思よりも協議が優先することになります。
また、当事者の一部を除外してなされた分割協議は無効となります。
そのため、相続人となるべき者が行方不明である場合などにおいては、利害関係人の請求にもとづいて家庭裁判所が不在者の財産管理人を選任し、この管理人と他の共同相続人との間で分割協議がなされることになります。また、この場合には、協議を開始するにあたり、家庭裁判所の許可を受ける必要があります。
遺産分割の対象
相続が開始すると、相続人は原則として、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することになります(民法896条)。
この一切の権利義務には、個別の動産・不動産などの権利、債権・債務、財産法上の法律関係や法的地位(たとえば売り主としての地位、善意者・悪意者などの地位)も含まれます。
分割の対象となる具体的な財産の例としては、土地・建物、車、株式、宝飾品、骨董品類などです。つまり、次に掲げないものは全て分割の対象となる遺産となります。
一身専属権
他方、被相続人の一身に専属したものは、相続人に承継されないとされています(民法896条ただし書き)。このようなものを「一身専属権」といいます。
一身専属権とは、個人の人格・才能や地位と密接不可分な関係にあるために、他人による権利行使・義務の履行を認めるのが不適当な権利義務をいいます。例えば、ピアニストとしてコンサートで演奏する義務や、婚姻費用分担請求権、生活保護の受給権などです。
祭祀財産
また、祖先祭祀のための財産、例えば家系図や位牌・仏壇・神棚・お墓などについては、相続の場合のルールと異なり、祖先の祭祀を主催すべき者が承継します。祭祀主催者は、被相続人の指定、指定が無い場合は慣習、慣習が無い場合は家庭裁判所の審判で決まります。
実際には相続人や親族の話し合いで祭祀承継者を定めることが多いですが、紛糾した際には結局、家庭裁判所の審判となります。
会社経営者などが被相続人の場合に留意する点
会社経営者であっても、遺産の範囲は上記と変わりません。
しかし、経営する会社の株式や出資持分なども遺産となるので、後継者などとの関係で注意が必要です。
また、会社に対する貸金や、会社からの借入金も相続されます。さらに会社が融資を受けた金員に対し、連帯保証している場合にはその保証人の地位も相続人に相続されます。相続においては、一部を相続して一部を相続しないということはできないため、連帯保証人としての地位を相続しないためには相続放棄をするしかなく、株式の相続をすることもできないことになります。
なお、会社に対する債権については、相続人が承継した後、相続人の債権者に差押さえられる可能性があります。そうすると、会社は当該債務について相続人の債権者に対し、弁済しなければならなくなりますから、その点も注意が必要でしょう。
また、個人事業主の場合には、事業に供していた資産についても、自己の名義で所有しているものですから、相続の対象となる遺産になります。
他方、会社における取締役の地位については、会社と取締役との委任契約が受任者の死亡により終了し(民法653条1号)、労働契約については、労働契約は一身専属的なものと考えられているため、相続の対象とはならずに終了し(最高裁平成元年9月22日判決)、ともに相続の対象にはなりません。
遺産分割の3つの方法と進め方
遺産分割の方法には(1)現物をそのまま配分する方法(現物分割)、(2)遺産の個々の財産を売却しその代金を配分する方法(換価分割)、(3)現物を特定の者が取得し、取得者は他の相続人にその具体的相続分に応じた金銭を支払う方法(代償分割)があります。
設例
遺産として被相続人が甲(時価9,000万円)・乙(時価3,000万円)・丙(時価6,000万円)の土地を有していたとします。相続人は被相続人の子A・B・Cの3人です。
(1)現物分割の場合
Aが甲、Bが乙、Cが丙の土地をそれぞれ相続する、というような分割の方法になります。相続する価値が異なりますが、相続人全員の合意があれば、このような分割も可能です。一番単純で、費用も抑えられます。
(2)換価分割の場合
甲・乙・丙の土地を全て売却して1億8,000万円の現金にし、A・B・Cがそれぞれ6,000万円ずつ相続する方法です。換価するために時間がかかり、経費もかかることになります。
(3)代償分割の場合
Aが甲、Bが乙、Cが丙をそれぞれ取得し、もらいすぎたAが3,000万円をBに渡すことで、全員の相続分を同じにする方法です。もらいすぎたAが代償金を用意できるのか、支払い方法をどうするのかなど、後に問題が生じる可能性もあります。
以上のことからわかるように、それぞれ1つの方法しか取り得ないわけではなく、その組み合わせも考えられます。
例えば、どうしても甲の土地が必要なAと、土地は不要なので現金で相続したいBとCがいる場合で、全員の相続分を同じにするために、乙と丙の土地を売却し、甲の土地はAが相続し、Aは3,000万円を代償金として出捐し、乙と丙の売却代金合計9,000万円と代償金3,000万円の合計1億2,000万円をBとCが平等にわけることがあります。
この場合、Aは甲土地(時価9,000万円)を相続して代償金3,000万円を出しましたから差引6,000万円を取得し、BとCは現金6,000万円ずつを取得したことになります。
遺産分割の進め方
遺産分割はすでに解説したとおり、まずは遺言がある場合には遺言にしたがい分割され、遺言が無い場合などに遺産分割協議を行います。相続が開始されてからの進め方をみていきましょう。
1.相続人の確定
まず、相続人を確定することが相続の第1ステップです。例えば、婚外子や前の婚姻で生まれた子の存在などが、後から発覚しせっかく合意した遺産分割協議をやり直さなければならない可能性もあるからです。これらは、被相続人の戸籍を追うことで調査していきます。
2.遺産の範囲
また、遺産に何があるのかをしっかり調査することが必要です。銀行・信託銀行などの口座、固定資産台帳などから遺産を確認したり、会員権などの存在や、貸金庫などに何があるのかなど、十分な調査を行う必要があります。特に小さくて高価な宝飾品などは後から問題となることもあります。
3.遺産分割協議
遺言が無い場合などには、遺産分割協議により遺産分割を行います。このとき、相続人などが全員合意しなければならない点が重要です。
また、一部の財産について先行して協議を成立させることもできます。例えば、車の車検のため名義変更をしなければならないため、車の所有者だけを先行させて合意するなどです。合意が成立したときは、遺産分割協議書を作成します。この遺産分割協議書を使用して、名義書換などの具体的な手続きに進んでいきます。
4.遺産分割調停
当事者間での遺産分割協議がまとまらないときは、家庭裁判所において調停手続きを利用することができます。調停においては、調停委員など第三者を交えた協議を行うことができますが、調停も当事者全員の合意がなければ成立しません。成立したときは、遺産分割協議書と同様の効力のある調停調書が作成されます。
5.遺産分割にかかる審判
調停でも遺産分割がまとまらず、不成立になったときは当然に審判手続きに移行します。審判手続きは、話し合いというよりも訴訟と同様に主張のぶつけ合いという色合いが濃くなります。
この審判では、裁判所が法律にもとづいて分割方法を指定し、必ず分割方法が決まります。他方で、審判では柔軟な分割方法をとることは難しくなります。
遺産分割に関するその他の留意すべき点
これまで相続の大まかな流れなどを解説してきました。ここでは、相続手続きに関して役立つ・留意すべきポイントなどを解説していきます。
遺産分割協議が無効になるケース
遺産分割協議は全員の合意が必要ですから、次のような場合には、遺産分割協議が無効になります。
・当事者の一部を除外して成立した協議
すでに説明したとおり、一部の当事者を除外して成立した協議は無効です。
・錯誤・詐欺・強迫など
合意ですから、民法の意思表示にかかる一般的な原則に従い、錯誤・詐欺・強迫などがある場合には、無効・取消が認められます。
この点、遺産の一部が分割の対象から漏れていた場合で、漏れていたことを知っていれば、そのような分割協議をしなかったであろうと思われるときには、錯誤による無効と解し、そうでないときには、漏れていた部分について分割協議をすることになります。また、遺言の存在を知らずに遺産分割協議をした場合も同様です。
・判断能力のない相続人がいた場合
合意する能力がありませんから、成年後見人などを選任しないでなされた協議は無効・取消の対象となります。
遺産分割協議のやり直しは可能か
例えば、父親の遺産分割に関し、母親の扶養や介護をすることを前提に、相続人の1人が多額の財産を取得することを合意したにも関わらず、当該相続人がその義務を果たさない場合、遺産分割協議を解除し、再分割をすることができるでしょうか。
この点、判例は共同相続人の1人が遺産分割協議で負担した債務を履行しない場合に、債務不履行による解除(民法541条)によって分割協議を解除することはできないと判示しています(最高裁平成元年2月9日判決)。
他方で、相続人全員の合意により遺産分割協議の全部または一部を解除した上で、改めて分割協議を成立させることはできると判示しています(最高裁平成2年9月27日判決)
これは前者の判決については、遺産分割協議の成立により、その後は当該相続人と他の相続人との債権債務関係のみが残るという点を理由としています。そうでないと、遺産分割協議が成立すると、相続開始時点に遡って権利関係が確定するという相続の構造上、法的な安定が著しく害されるためです。
他方後者の判決では、再分割によって第三者の権利が害される可能性はあるものの、これについては、第三者を保護する別の法理を適用することで妥当な解決を図ることが可能であるということを理由としています。
遺産分割の期限・時効
遺産分割請求権は消滅時効に関わらないため、相続人は、遺産分割の禁止がない限り、いつでも分割を請求することができます。ただし、個々の遺産について時効取得が完成したり、相続回復請求権の時効消滅によって、その財産が遺産分割の対象外になることはあります。
また、被相続人は遺言によって、相続開始のときから5年間、遺産の全部または一部について分割を禁止することができます(民法908条)。ただし、相続人全員の合意があればその遺言に関わらず、分割を実行することはできます。
また、相続の際に注意しなければならないのは相続税などの申告です。相続税の申告は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行うことになっています。
申告期限までに申告をしなかった場合や、実際に取得した財産の額より少ない額で申告をした場合には、本来の税金のほかに加算税や延滞税がかかる場合がありますので注意してください。必要に応じ税理士とも相談した方がよいでしょう。
遺言の書き方や内容などを弁護士に相談するなど、相続で揉めないための対策を
これまでみてきたとおり、相続の場合、まず遺言が重要になります。この遺言の書き方や分割の方法によっては、その意味が不明確であったり不平等に感じたりして相続人間での紛争を誘発してしまいます。
そうなってしまうと、揉めないようにと思って作成した遺言の意味がなくなってしまうばかりでなく、「誰に何を継がせたいか」「どのような相続を実現させたいか」と考えていた承継が実現せず、事業承継などにも影響を与えてしまう可能性があります。
そのため、遺言の作成においては、弁護士とよく相談して文言や分割方法についても決めていく方がよいでしょう。また、場合によってはその弁護士を遺言執行者として指名しておくことも考えられます。
まとめ
ここまで遺産分割の大まかな流れやしくみを解説してきました。相続においてはまず遺言の有無が重要であり、遺言が無い場合などに遺産分割協議となります。
そのため、遺言を作成する場合には、「どのような相続を実現させたいのか」というプランを十分に検討し、必要に応じて弁護士や税理士などとも相談することが必要になります。また、自分にはどのような資産や負債があるのかということをまとめてから考えていくことも重要です。
※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。