M&Aにおける人事の手続きは、M&Aの成功に関わる大きなプロセスです。
人事制度の統合や従業員の融和に失敗してしまっては、従業員のモチベーション低下や離職につながり、M&Aで期待していた効果が実現できない場合もあります。
今回はM&Aを検討している企業の経営者の方や人事担当者の方へ向け、M&Aにおける人事の課題や人事デューディリジェンス、人事PMIを解説します。
M&Aで失敗しないためのポイントも紹介しているため、ぜひ参考にしてください。
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
M&Aにおける人事とは?
M&Aでは譲渡企業の事業や設備、財産などとともに、人材も譲り受けます。
中小企業のように比較的規模の小さい企業では、特に企業の価値に占める人材の割合は大きくなり、M&A後に人材が流出すると大きな影響を与えます。M&A後の人材流出を防ぐためには、異なる企業文化をもつ2つの企業の人事制度を統合し、従業員同士の融和を図ることが重要です。従業員に不安や混乱が生じることのないよう、きめ細やかな対応が求められます。
人事デューディリジェンスと人事PMIは、M&A後のリスクを回避し、円滑に統合を進めていくために欠かせないプロセスです。次項から人事DD(デューディリジェンス)と人事PMIの詳細を解説します。
M&Aの人事デューディリジェンス
人事デューディリジェンスとは、人事制度とマネジメントの実態調査のことです。
譲渡企業の人事面でのリスクを洗い出し、M&A後の人事統合の準備を目的として実施されます。
人事デューディリジェンスで対象となるのは、譲渡企業の組織風土、採用制度、人事育成、人事構成、給与、福利厚生などです。労働組合やこれまでの労使係争も調査の対象となります。
人事デューディリジェンスが行われるタイミングは、譲渡企業と譲受企業の間で基本合意書が結ばれた後です。企業概要書や経営者同士のトップ面談だけでは把握できない、より詳細な人事の実態を調査します。
▷人事デューディリジェンスの流れ
人事デューディリジェンスの進め方は担当する専門家により違いはありますが、一般的な人事デューディリジェンスは下記のような流れで行われます。
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1:事前準備
2:資料分析
3:マネジメントインタビュー
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それぞれの手続きを項目ごとに解説します。
人事デューディリジェンス①:事前準備
人事デューディリジェンスを実施する際には、まず譲受企業が譲渡企業に対し、調査すべき対象の資料開示請求を行います。譲渡企業は開示請求に従い、資料を提出する流れです。
提出される資料には内部情報が含まれますが、一般的に人事デューディリジェンスが行われるまでに秘密保持契約が結ばれているため、情報漏洩のリスクは低減されています。
人事デューディリジェンスに関する主な資料は下記のとおりです。
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・組織図
・従業員リスト
・就業規則
・給与 / 退職金
・規定役員の退職慰労金規定
・給与台帳など各種台帳
・勤怠データ
・労使協定の書類
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人事デューディリジェンス②:資料分析
譲受企業は開示された資料をもとに、譲渡企業の人事制度の分析や把握作業を行います。人事面でのリスクはないか、自社の人事制度とどう違うかなど多角的な視点からの作業です。
例えば、譲渡企業の人件費の分析を行う場合には、給与台帳や各種帳簿などを確認し、給与の実態や支払い状況、退職金や福利厚生、労働時間や残業の実態などを調査します。
調査の対象を広げる、資料が不足しているなどのケースでは、譲渡企業へ追加資料の依頼をする場合もあります。
人事デューディリジェンス③:マネジメントインタビュー
資料分析を終えた後は、譲渡企業のマネジメント層に対してヒアリングを実施します。マネジメントインタビューと呼ばれる手続きです。資料だけではわからない部分、分析をつうじて生じた疑問点などを直接聞き取り調査します。
特に、従業員がおかれている組織風土や従業員に共通する理念・意識などは、資料のみでは把握できません。マネジメントインタビューにより、より具体的で現場に近い情報が得られます。
▷人事デューディリジェンスのチェックリスト
デューディリジェンスには、これまでの実務経験からある程度標準化されたチェックリストがあります。
人事DDも同様であり、人事制度や労働条件を確認する際にはチェックリストが利用されています。具体的には、労働基準法に関するチェックリストであれば「労働条件通知書」や「採用・試用期間」などの項目があり、各項目に応じてチェックする内容がリスト化されています。
一般的に人事DDを実施するときに使用されるものですが、チェックリストを利用して譲渡企業が事前に自社の人事制度や労働条件を確認する際にも活用できます。
▷人事デューディリジェンスの注意点
人事デューディリジェンスで譲渡企業の人事制度や労働契約を調査する場合は、M&Aの取引形態(スキーム)による承継の違いに注意しましょう。
例えば、合併(新設合併・吸収合併)や会社分割(新設分割・吸収分割)の場合と、事業譲渡の場合では承継の仕方に違いがあります。合併や会社分割の場合は権利義務が包括的に承継されるため、労働契約も承継されます。
一方、事業譲渡の場合は権利・義務が包括的に承継されません。したがって、労働契約を再び結びなおす必要があります。勤続年数や有給取得日数などの承継にも違いがあるため注意が必要です。
M&Aの人事PMI
人事PMIは、M&Aの成約後に譲り受けた企業や事業の統合を図るプロセスです。
PMIとはPost Merger Integrationの略称でありM&A後の経営統合作業全体を指しています。人事PMIはPMIの人事的な側面を担っています。
人事PMIの目的は、譲受した事業や従業員と自社の統合を速やかに行うことです。人事制度や業務プロセスの融合、従業員同士の融和を問題なく実施できると、M&A後の従業員のモチベーション低下を防止でき、M&Aによるシナジー効果を最大限発揮できます。 人事PMIを実施するタイミングはM&A成約後です。
なお、M&Aの準備段階や人事デューディリジェンスの段階で統合を見越した検討・調査を行っておくと、人事PMIをスムーズに進められます。
▷人事PMIの流れ
人事PMIでは主に意識面と業務面の2つの融合が大切です。
・意識面:従業員が相互理解し融和できるように、信頼関係を構築する
・業務面:人事面での業務・管理体制の統合
それぞれの項目を次で詳しく解説します。
従業員との信頼関係の構築
M&Aが実施されると、譲渡側の従業員は経営者の交代や所属する企業の変化に直面します。人事PMIでは、不安を抱きがちな従業員へのサポートが重要です。
具体的には、下記のような取り組みがあります。
項目 | 内容 |
---|---|
説明会 | ・M&A成立後、速やかに従業員に対して説明会を開催する ・譲受企業の詳細、M&Aの目的、今後の労働条件などを説明する |
個別面談 | ・M&Aの受け取り方は個人によりさまざま ・従業員一人ひとりと個別面談を行い、不安や悩みを聞く |
日常におけるコミュニケーション | ・日頃の挨拶や会話など、コミュニケーションをとることも大切 ・状況により、譲渡・譲受側双方が参加する交流会を企画する |
M&Aは経営層を中心に秘密裡に行われることが多いため、成立後の速やかな説明はとても重要です。
できるだけ早い時期に、全従業員に対して周知徹底を行いましょう。なお、事業に強い影響力をもつ従業員(キーパーソン)にはM&Aの早い段階で情報を開示し、M&Aのプロセスに参加してもらったほうがよいケースもあります。
人事面での業務・管理体制の統合
人事PMIの業務面では、業務・管理体制の融合を図ります。
業務・管理体制の統合は事業のさまざまな面に及びますが、主な要素をピックアップすると下記のようになります。
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・組織 / 人材配置の最適化
・人事システムや業務フローの統合
・人事 / 労務関係の法令への対応
・内部規定の変更
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例えば、同じエリアに譲渡企業と譲受企業双方の事業所がある場合は、事業所統合による人員配置の変更も重要です。また、異なる人事システムを併存させるのは非効率であるため、人事システムを統合する必要があります。
管理体制の統合では、人事・労務関係の法令に対応する、内部規定をM&A後の実情に合わせて変更するなどの対応も大切です。
▷人事PMIで検討すべきチェックリスト
人事PMIでは意識面と業務面の双方でさまざまな対応策を取っていきます。特に、業務面での統合は多岐にわたります。
例えば、人事・労務関係の法令への対応に不備はないか確認するだけでも、下記のようなチェックリストがあります。
項目 | 内容 |
---|---|
労働条件通知書や労使協定 | ・労働条件通知書の未交付はないか ・36協定の内容確認 |
社会保険や労働保険 | ・社会保険や労働保険の未加入者はないか ・被保険者資格取得届が未提出の従業員はいないか |
労働組合との事前協議 | ・労働組合との事前協議は行っているか ・労働組合との協調体制はどうなっているか |
職場環境 | ・安全衛生管理体制は法令を遵守しているか ・ハラスメントや労働災害は生じていないか |
(参考URL:中小企業庁「中小PMIガイドライン~中小M&Aを成功に導くために~」)
M&A後の短期間で、すべての統合に1度に対応するには困難が伴います。したがって、重要性や緊急性の高いものからリストアップし、行動計画を立てて統合を実行する必要があります。
▷人事PMIの注意点
人事PMIを実施する際にはいくつかの注意点があります。
例えば、事業所を統合し人材の配置転換を実施する場合には、従業員の勤務地変更が伴う場合があります。モチベーション低下につながらないよう、従業員への事前説明が大切です。
また、家族や親族が役員となり経営している中小企業を譲受する場合は、役員待遇の見直しが必要となる場合もあります。そのほか、人事システムの統合には、新システムの導入や譲受側のシステムへの併合などいくつかのパターンがあるため、コストや利便性を考慮して自社に適した方法の選択が重要です。
M&Aにおける人事で失敗しないポイント
それでは、M&Aにおける人事で失敗しないためにはどのような点に留意すればよいのでしょうか。
ここでは、過去に行われたM&Aを参考とした仮想事例をもとに、失敗しないためのポイントを解説します。
譲渡企業 | 小規模なグループホームを運営するA社 |
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譲受企業 | 訪問介護や居宅介護など複数の介護事業を運営するB社 |
内容 | ・介護人材不足の影響もあり、A社はなかなかケアを担当する人材を確保できなかった ・B社とM&A後は、B社が実施する採用活動に参加 ・B社の認知度の高さから人材確保がスムーズとなり、採用にかかる費用も軽減できた |
上記は、M&Aが人事面に好影響を与えた事例です。M&Aの相手方のノウハウや認知度を利用することにより、自社の事業の遂行が円滑となっています。
譲渡企業 | 電気工事業を運営するA社 |
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譲受企業 | 総合的な建設事業を展開するB社 |
内容 | ・人事面の問題はないと判断し、人事DDを適切に行わなかった ・M&A成約後、A社に人事・労務分野で重大な法令違反があることが発覚 ・世間的に知られることとなり、企業イメージを大きく損なった |
こちらは人事DDを適切に行わなかったため、M&A後にトラブルとなった事例です。自身で人事DDを適切に行う判断ができるのであれば、コストや重要性の観点から人事DDを専門家に依頼しない選択肢はあります。
ただし、その場合でもDD報告書不要の簡易的な調査を依頼するなど、専門家の支援を受けることはとても大切です。
M&Aにおける人事のまとめ
M&Aでは異なる文化をもつ企業が1つとなることから、双方の統合作業が重要なプロセスとなります。今回は、人事DDと人事PMIを中心に、M&Aにおける人事面の手続きを紹介してきました。
人事DDでは、資料分析やマネジメントインタビューをつうじて、譲渡企業の人事制度とマネジメントの実態調査を行います。人事PMIは、M&A後の従業員へのケアや業務・管理体制統合のためのプロセスです。人事DDや人事PMIでは、人事・労務関係の法令に対する知識や統合のためのノウハウも必要となります。
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