M&Aや投資をするうえで、将来の収益を今の価値に換算する「割引現在価値」という考え方があります。割引現在価値の考え方を理解すると、どれくらいの値段で会社を買収するのが適切なのか、より正確に判断できるようになります。
本記事では、割引現在価値の算出方法や活用メリット、活用例をわかりやすく解説します。
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企業価値100億円の企業の条件とは
・企業価値10億円と100億円の算出ロジックの違い
・業種ごとのEBITDA倍率の参考例
・企業価値100億円に到達するための条件
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目次
割引現在価値とは?意味と定義
割引現在価値とは、将来得られるお金を、今すぐ手に入れるとしたらどれくらいの価値になるかを示す指標です。
お金には時間的な価値があるため、将来のキャッシュフロー(企業が現金で得る収入と支出の差額)は、現在の価値に割引いて評価する必要があります。例えば、今の10,000円を年利10%の定期預金に預けたとしたら、1年後には11,000円になっています。
この場合、現在の10,000円と1年後の11,000円は同価値、つまり今の10,000円の方が将来の10,000円より1,000円価値が大きいということになります。この変化する価値を、割引率を用いて計算したものが割引現在価値です。
現在価値とは
現在価値という言葉もありますが、現在価値と割引現在価値は基本的に同義で用いられます。現在価値の具体的な算出方法については後述しますが、まずは、将来価値と正味現在価値について説明します。
将来価値とは
将来価値とは、現在価値に対応して使われる概念です。現在価値を基に、金利や期待収益率などを用いて将来得られるキャッシュフローなどを計算することで求められます。
現在価値を将来価値から求める際に使う割引率と、現在価値から将来価値を求める際に使う期待収益率は表裏一体の関係にあります。混同しやすいですが、基本的には利率の表現の仕方が違うだけで同じものと捉えて問題ありません。
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割引現在価値と正味現在価値(NPV)の違いは?
割引現在価値と正味現在価値(NPV)は、どちらも将来のキャッシュフローを現在の価値に換算して評価する手法ですが、少し異なる概念です。
手法 | 目的 | 計算方法 |
割引現在価値 | 将来の収益の現在の価値を評価 | 将来のキャッシュフローを割引率で割り引いて合計 |
正味現在価値(NPV) | 投資プロジェクトの採算性を評価 | 割引現在価値から初期投資額を差し引く |
正味現在価値(NPV)とは、主に投資の際に、投資を実行することによって将来どれだけの利益が得られるのかを示す指標です。そのため、投資の際の判断において重要な要素です。
正味現在価値(NPV)は、将来発生すると見込まれる収益を現在価値に割り引いた合計額から投資額を差し引いた残額で表されます。理論的には、NPV=0ならそのプロジェクトに投資しても利益は出ず、0より上なら利益が生まれ、その場合、投資計画を実行すべきと判断する考え方です。
NPVを用いて投資を判断する際のメリットは、投資判断する際の共通の尺度として現在価値を用いて比較できる点です。投資のタイミングや金額が異なる際に、すぐに比較して判断できます。
デメリットは、現在価値の基となる割引率に大きく左右される点です。割引率自体が一定ではなく変化していくため、5年後、10年後も同じ数値、基準で使えません。
割引現在価値は将来の価値を現在価値に換算するためのツールであり、正味現在価値(NPV)はそのツールを使って投資の収益性を測るための指標です。
資産の価値全般を評価する際には割引現在価値、投資プロジェクトの採算性を評価する際には、正味現在価値(NPV)が用いられます。
割引現在価値の割引率とは
割引率とは、割引現在価値の算出にあたり将来受け取る金銭を現在価値に割り引く際、その割り引かれた金額を1年あたりの割合で示したものです。ディスカウントレートとも呼ばれます。
割引率の数値によって、現在価値の大きさも変動します。例えば1年後に1,000万円受け取る場合に、金利が10%・20%・30%だったときの現在価値を計算してみると、下記のような計算方式となります。
【金利が10%】1年後に受け取る1,000万円の現在価値=1,000万円÷(1+0.1)^1≒909万円
【金利が20%】1年後に受け取る1,000万円の現在価値=1,000万円÷(1+0.2)^1≒833万円
【金利が30%】1年後に受け取る1,000万円の現在価値=1,000万円÷(1+0.3)^1≒769万円
割引率にはいくつかの種類があり、例えばM&Aや事業に対する投資では、株主が要求する最低限の利益である「株主資本コスト」や株主と債権者の双方を考慮した割引率「WACC」などの指標を割引率に用いるケースがあります。
どの割引率を用いるかは、複数の割引率を用いながら、比較検討することをお勧めします。
割引現在価値の算出方法・計算式
割引現在価値の計算式は、以下のとおりです。
割引現在価値=n年後の価値÷(1+割引率)^n年
n年後の価値 | n年後に得られるお金の額 |
割引率 | 将来のお金の価値が、時間とともに減っていくことを表す割合。銀行の金利や投資のリスクなどを考慮して設定される |
(1+割引率)^n年 | 将来のお金を現在の価値に割引くための係数 |
・1年後の資産の割引現在価値 →(1年後の資産の価値)÷(1+割引率)^1
・5年後の資産の割引現在価値 →(5年後の資産の価値)÷(1+割引率)^5
ポイントは、n年後の価値が大きいほど、割引率と年数が小さいほど、割引現在価値が大きくなりやすいということです。
割引現在価値の計算例
年利10%で1年間預け、10,000円が11,000円になって返ってきた例をもう一度振り返りましょう。単純に数式で表すと、現在の10,000円=1年後の11,000円になります。つまり、1年後の11,000円の割引現在価値は10,000円と言えます。
では、1年後の10,000円の割引現在価値はいくらになるでしょうか。上記の計算式にあてはめて考えてみましょう。
割引現在価値=10,000÷(1+0.1)^1=9,090
1年後の10,000円を10%で割り引いた割引現在価値は9,090円になります。
割引現在価値を簡単に算出できるサイト
割引現在価値の計算は、Excelなどのスプレッドシートで行うのが一般的ですが、手軽に計算したい場合や、複雑な計算を避けたい場合は、以下の専用のオンラインツールが便利です。
・CASIOの「Keisan」
・中京大学 会計学研究会 ― 割引現在価値計算機
割引現在価値を活用するメリット
割引現在価値を活用するメリットは、以下のとおりです。
・将来の利益を考慮した企業価値を判断できる
・個別の事業や案件ごとに評価できる
将来の利益を考慮した企業価値を判断できる
割引現在価値を用いることで、企業の将来的な収益力に基づいた、より現実的で正確な企業価値評価が可能となります。判断が難しい企業価値を数値で表せるため、M&Aにおける投資判断がより合理化されます。
個別の事業や案件ごとに評価できる
割引現在価値は、企業内の各事業やプロジェクトが抱えるリスクを割引率に反映させることで、それぞれの将来的なキャッシュフローをより正確に評価することが可能です。
高リスク・高リターンな事業と、低リスク・安定的な事業のバランスを定量的に評価し、企業全体のポートフォリオを最適化できます。さらに、事業ごとのリスクを可視化することで、リスク管理策の検討や、より戦略的な意思決定が可能です。
割引現在価値を活用するデメリット
割引現在価値を活用するデメリットは、以下のとおりです。
・不確実性を伴う
・主観的な判断が入る
不確実性を伴う
割引現在価値は、将来の売上高や利益といった数値を予測する必要があり、予測には必ず不確実性が伴います。割引現在価値を使って企業評価を行う際には、不確実性を考慮に入れる必要があります。
マクロな経済変動や市場リスクといった外部要因による不確実性も内包しており、将来価値の信頼性を確保するためには、多角的な視点からの評価が必要です。
主観的な判断が入る
割引現在価値法による評価は、評価者の主観に左右されやすく、客観性を欠く可能性があります。利害が対立する立場において、各々が有利に働くように主観が入る場合もあります。
将来のリスクを数値で正確に表現することは難しく、「どのリスクを割引率に反映させるべきか」「全てのリスクを網羅できているのか」といった点について、慎重な検討が必要です。
割引現在価値の活用例
割引現在価値の活用例を解説します。
・M&Aで譲渡企業の価値を把握する
・不動産投資で投資物件の価値を把握する
・会計基準に採用する
M&Aで譲渡企業の価値を把握する
M&Aでは、譲渡企業の真の価値を正確に評価することが、取引の成否を左右する重要な要素です。譲渡企業の将来価値を現在価値に換算する割引現在価値なら、適正な買収価格を見積もれるため、精度の高い合理的な意思決定が可能となります。
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買収価格における企業評価の算出方法
買収価格における代表的な算出方法には、コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの3種類があります。
コストアプローチ | 企業の純資産を基に、その価値を算出する評価手法 「簿価純資産法」と「時価純資産法」の2つがよく用いられる |
マーケットアプローチ | 類似企業の市場価格を基に、相対的な企業価値を算出する評価手法 「類似企業比較法(マルチプル法)」「市場株価法」「類似取引比準法」などがよく用いられる |
インカムアプローチ | 企業の将来キャッシュフローを現在価値に割引くことで、企業価値を評価する手法 将来のキャッシュフローを現在価値に換算する「DCF法」と、株主への配当を基に評価する「配当還元法」がある |
M&Aにおける企業価値評価では、一般的にインカムアプローチが最も広く用いられます。M&Aの目的が将来の収益力を高めることにあるため、将来のキャッシュフローを重視した評価方法が適切だからです。
DCF法(割引現在価値)は、インカムアプローチの代表的な計算手法の1つです。譲渡企業の将来のキャッシュフローを現在の価値に換算し、企業価値を算出する手法です。将来の不確実性を考慮し、より現実的な評価を可能にします。
将来の会社の収益獲得能力を企業価値に反映させやすく、企業独自の収益性などをもとに価値を測定するため、企業が持つ将来の収益獲得能力や固有の性質を評価結果に反映できるのが特徴です。
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▷関連記事:企業価値評価の一つ、マーケットアプローチとは?よく使われる計算方法やシミュレーションも解説
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不動産投資で投資物件の価値を把握する
不動産投資において、将来得られる家賃収入や売却益を現在の価値に置き換えて評価する割引現在価値は、投資判断の重要な指標となります。
この数値が投資物件の購入価格を下回れば、投資する価値があると判断できます。
会計基準に採用する
会計基準における割引現在価値の適用範囲は広範であり、減損会計や金融商品会計を始めとする様々な会計処理で採用されています。
近年の会計基準では、将来発生するキャッシュフローや債務額を、適切な割引率を用いて現在価値に割引くことが求められており、企業の財務状況をより正確に反映させられます。
まとめ
割引現在価値は、将来のキャッシュフローを現在の価値に換算した指標です。特にM&Aにおいて、譲渡企業の価値を客観的に評価し、適切な買収価格を決定するために広く利用されています。
将来の予測は困難であるため、割引率の設定やキャッシュフローの予測など、様々な要因によって評価結果が大きく変動する可能性がある点に注意が必要です。
割引現在価値の算出など、複雑な課題に直面された際は、専門家へ相談するなどして事前に準備しておきましょう。