米国では、「特別買収目的会社(SPAC)」が注目を集めています。
実際、2020年7月〜9月の米国の新規株式公開(IPO)市場が調達した630億ドル(約6兆6千億円)の約半分は、特別買収目的会社(SPAC)が占めました。
この記事では、特別買収目的会社(SPAC)について、現役のM&Aアドバイザーが解説していきます。
特別買収目的会社(SPAC)は、日本ではまだ認められていません。しかし、日本でも、2008年に東京証券取引所が導入を検討した過去があります。
経済界では、注目が集まる話題ですので、この記事をぜひ活用して頂ければ幸いです。
特別買収目的会社(SPAC)とは?
特別買収目的会社(SPAC)とは、未公開会社の買収を目的として設立される法人のことです。読み方は、「SPAC(スパック)」です。英語のSpecial Purpose Acquisition Companyの頭文字を取ったものです。
特別買収目的会社(SPAC)は、上場した時点では、自らは事業を行なっていないペーパーカンパニーです。上場後に、株式市場から資金調達を行い未公開会社の買収を行います。特別買収目的会社(SPAC)の上場後に買収された未公開会社は、従来の上場のプロセスを行わずに上場することになります。
買収を目的とした企業なので、特別買収目的会社(SPAC)は、「白地小切手会社」や「ブランク・チェック・カンパニー」とも呼ばれています。事業を持っていないため「空箱」にも例えられます。
特別買収目的会社(SPAC)には、著名な経営者や投資家が代表に就任します。そして、代表個人の信用力と「上場後は将来有望な企業を買収します」という宣言により、市場から資金を調達し、未公開会社の買収を行います。
なお、特別買収目的会社(SPAC)と名称が似ているものにSPC(特別目的会社)があります。SPC(特別目的会社)は、買収目的で設立されることがある企業です。長くなるため、詳しく知りたい方は、こちらの記事を参考にされてください。
▷関連記事:SPC(特別目的会社)とは?M&AにおいてSPCを導入するメリット・デメリット
特別買収目的会社(SPAC)のメリット・デメリット
特別買収目的会社(SPAC)のメリットとデメリットを詳しく解説していきます。
特別買収目的会社(SPAC)のメリット
特別買収目的会社(SPAC)のメリットは、主に以下のものです。
・少額の資金で未公開株式への投資に参加できる
・投資家保護の規定があるため、投資を回収できる可能性が高い
メリット1:少額の資金で未公開株式への投資に参加できる
特別買収目的会社(SPAC)を活用することにより、少額の資金で未公開株式取引に参加できます。
さらに、未公開企業は特別買収目的会社(SPAC)に買収された後は、上場企業となっているので、株式の途中売却も可能です。
通常の未公開企業へ投資した場合は途中売却が難しいので、この点は魅力的です。
メリット2:投資家保護の規定があるため、投資を回収できる可能性が高い
特別買収目的会社(SPAC)には、投資家保護の規定(買収期限や信託など)があります。そのため、投資したお金を回収できる可能性が高いです。
万が一、特別買収目的会社(SPAC)が未公開企業の買収に失敗した場合、投資した資金のほとんどが投資家に返還されます。
投資家保護の規定に関しては、長くなるので、後の章で詳しく解説します。
特別買収目的会社(SPAC)のデメリット
特別買収目的会社(SPAC)には、以下の2点のデメリットもあります。
・未公開企業の買収を短期間で完了する必要がある
・未公開企業への投資リスクがある
デメリット1:未公開企業の買収を短期間で完了する必要がある
特別買収目的会社(SPAC)には、「上場から24カ月以内に未公開企業を買収しなければいけない」というルールがあります。
そのため、未公開企業の買収を短期間で完了する必要があります。場合によっては、未公開企業に「早く買収を完了しなければならないのだろう」と足元を見られて買収価格が高くなる恐れがあります。
特別買収目的会社(SPAC)には既存の事業がないため、良い条件で買収ができるかは、代表の能力に左右されてしまいます。
デメリット2:未公開企業への投資リスクがある
特別買収目的会社(SPAC)は、未公開企業への投資リスクもあります。
特別買収目的会社(SPAC)自体は上場をしていても、買収する企業は未公開企業なので、簿外負債の有無やコンプライアンスの遵守など、経営状態を把握しておく必要があります。
2020年6月には、トラック事業の「ニコラ・モーター」が特別買収目的会社(SPAC)に買収され、ナスダックに上場しました。一時期は93ドルもの株価がつきました。
しかし、2020年9月には、「誇大広告」の話が持ち上がった際に株価は16ドルにまで急落し、投資家は未公開企業のリスクを体験することになりSPACに対する法制度や規制が整備されるきっかけにもなりました。
特別買収目的会社(SPAC)の歴史
特別買収目的会社(SPAC)の歴史をお伝えします。
特別買収目的会社(SPAC)自体は、1980年代から存在していました。しかし、当時は以下のような不正にも使われていたため、悪いイメージがありました。
・市場から調達した資金を運営者が私的に利用する
・自分が出資している会社を高額で買収する
・買収のうわさを流し自社の株価を釣り上げてから売り抜ける
上記のような不正やトラブルが多発したため、1990年代に米国証券取引委員会(SEC)が特別買収目的会社(SPAC)のルールを厳しく定めた背景があります。ルールについては、後の章で解説します。
なお、1990年代や2000年代は、ITバブルで従来のIPOが盛り上がっていたため、特別買収目的会社(SPAC)はほとんど活用されませんでした。
しかし、数年前からは特別買収目的会社(SPAC)も注目を集めています。その理由は後の章で解説します。
従来のIPOとSPACのIPOについて
従来のIPOとSPACのIPOを表にまとめました。主な違いは、上場までの期間と上場審査の厳しさです。
従来のIPO | SPACのIPO | |
---|---|---|
上場までの期間 | 長い | 短い |
上場審査の厳しさ | 厳しい | 簡素 |
SPACのIPOであれば、IPOプロセスを簡略化することができます。既存の事業がないので、投資家に対して事業リスクに関する説明を省くことができるからです。IPOに必要なIPO登録明細書も最小限で済みます。
SPACは、従来のIPOに比べて上場までの期間が短く、上場審査も簡素なことが特徴です。
また、特別買収目的会社(SPAC)は上場後に買収をすることで、従来のIPOでは上場が難しい業態でも、上場をさせやすいとされています。
実際、ヴァージン・グループの創設者リチャード・ブランソン氏は、特別買収目的会社(SPAC)を使って、2019年に宇宙旅行会社のヴァージン・ギャラクティック (Virgin Galactic) を上場させました。宇宙旅行会社の上場は、史上初です。
特別買収目的会社(SPAC)のルール
特別買収目的会社(SPAC)には、投資家を保護し、不正を防止するためのルールがあります。
・上場から12~18カ月の間に買収をアナウンスして、24カ月以内に買収を完了する
・上場後は資金の9割近くを信託する
・買収には株主の一定数以上の同意が必要
・買収できなかった場合、利息をつけて資金を返還する
これらのルールにより、「資金を濫用する経営者」や「自分の出資している会社を高額で買収する経営者」から投資家たちは、守られるようになりました。
特別買収目的会社(SPAC)が米国で注目されている理由
続いて、米国で注目されている理由をお伝えします。
冒頭でもお伝えしましたが、2020年7月〜9月のアメリカの新規株式公開(IPO)が市場から調達した資金の約半分を特別買収目的会社(SPAC)が占めています。
その理由は、以下のものが考えられます。
・従来のIPOを選択しない企業が増えた
・著名人の参加による信用度の向上
・新型コロナウイルスの影響
それぞれ順番に解説していきます。
理由1:従来のIPOを選択しない企業が増えた
従来のIPOでは、上場するための審査に莫大な時間とお金がかかってしまいます。
それに対して、特別買収目的会社(SPAC)を使えば、IPOのプロセスを簡略化できるため、従来のIPOを選択しない企業が増えたと考えられています。
理由2:著名人の参加による信用度の向上
1980年代は不正に使われることが多かった特別買収目的会社(SPAC)ですが、近年は著名人が参加することで、信用度が向上しました。
実際、UBSの代表者を務めたセルジオ・エルモッティ氏や「物言う投資家」のビル・アックマン氏が特別買収目的会社(SPAC)への投資に参加しています。
理由3:新型コロナウイルスの影響
新型コロナウイルスによって、従来のIPO計画が破綻・頓挫した企業や投資家が特別買収目的会社(SPAC)の活用に走ったのも、理由の一つと考えられます。
まとめ:特別買収目的会社(SPAC)は日本では認められていない?!
冒頭でもお伝えした通り、特別買収目的会社(SPAC)日本では認められていません。
しかし、日本人にとっても馴染みが深い企業であるソフトバンクグループも米国での特別買収目的会社(SPAC)の設立を計画しています。
今後は、特別買収目的会社(SPAC)が日本でも認められる可能性はあります。
日本もアメリカと同じく従来の上場のプロセスが複雑なため、特別買収目的会社(SPAC)によって従来のプロセスを経ずに上場する企業が出てくるかもしれません。
特別買収目的会社(SPAC)の日本での動向に注意を向けておいてもいいでしょう。