クロスボーダーM&A

近年、日本企業と海外企業とのM&Aが増加しています。背景として、少子高齢化による国内の生産人口の減少や、製造業のビジネスモデルの変化による雇用の減少、インターネット技術の進歩による従来型産業の成長率の低下が挙げられます。

一方で海外市場は成長率が高く、日本の成長率の鈍化している状態を打破するために海外進出を行う企業が増加しています。また、企業が海外に成長を求めて進出する際、M&Aが活用されています。本記事ではクロスボーダーM&Aの目的や手法、海外市場の動きについて説明します。

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クロスボーダーM&Aとは

クロスボーダーM&Aとは、直訳では国境を越えて行うM&Aであり、海外企業とのM&Aのことを指します。一般的には、M&Aの当事者のうち、譲渡企業または譲受企業のいずれか一方が外国企業である場合を指します。

大きく分けてM&Aには、3つの種類があります。国内企業が国内企業とM&Aをする「IN-IN」(インイン)取引、国内企業が海外企業を譲り受ける「IN-OUT」(インアウト)取引、海外企業が国内企業を譲り受ける「OUT-IN」(アウトイン)取引です。このうち国をまたぐインアウト取引、アウトイン取引をクロスボーダーM&Aとよびます。

株式会社レコフの調査では、2016年の海外M&A件数は、627件と過去最多数を更新、金額においても前年度より33.8%増加して10兆9,127億円と、3年連続で過去最高を記録しました。

インアウト取引においては、日本企業はアジアなどの新興市場に加え、欧州などの巨大なマーケットにも事業規模を拡大しています。海外進出の時間を短縮したり、現地企業とM&Aすることで、海外進出が失敗するリスクを軽減することが可能なため、海外進出を行う際の手段のひとつとしても用いられます。

一方、アウトイン型のM&Aの件数は現在減少傾向にあります。その背景として、人口減少により日本市場の消費需要の縮小が予想されていることがあります。

クロスボーダーM&Aの目的・メリット

日本企業が海外進出を図る理由としては、人口減少による市場の縮小や、市場の成長が見込まれる海外での売上の獲得だけでなく、相手先が有する顧客基盤、技術、人材の獲得、ビジネスモデルの獲得により更なる成長を目指すケースが増えています。

現在、日本には安価な海外の製品や食品が多く輸入され、コスト削減の競争が激化し、国内での生産では価格競争への対応が厳しい状況にあります。また、少子高齢化によって労働力確保が難しく、人件費、採用費が以前より高くなることもあります。

また、原油を原料とした電力料金の上昇に伴うコストの高騰など、さまざまな要因によって運営のコスト負担が増加しています。そのため、コストの削減を目的に、海外に拠点を移す企業も少なくありません。

海外に進出することで主に削減が期待できる費用として、人件費、原材料費、税金が挙げられます。日本よりも安い賃金で人を雇い、その国での安い価格で原材料を集めることは、コスト削減に繋がるでしょう。また、日本よりも税率の低い国で事業を営めば、法人税などの税負担を減らすことも可能です。

クロスボーダーM&Aで用いられる手法と流れ

通常のM&Aのフローは、譲渡企業と譲受企業が秘密保持契約を締結後に基本合意し、買収監査を経て、クロージングを行い成約となります。また、国内企業同士のM&Aは主に株式譲渡や事業譲渡といった手法が用いられます。

株式譲渡とは、株主が保有する株式を、譲渡企業のオーナーが譲受企業に譲り渡すM&Aの手法です。また、事業譲渡は、会社の一部または全部の事業を譲受企業に譲渡する手法です。

そうした株式譲渡や事業譲渡といった国内のM&Aにおいて、よく使われる手法の他にもクロスボーダーM&Aでは、以下の手法が用いられます。

三角合併

三角合併とは、合併によって消滅する消滅会社の株主に対する合併の対価が、存続会社の親会社の株式である合併です。存続会社から、消滅会社へ交付することのできる対価の種類には会社法上制限はありません。

外国企業が三角合併を行う際に、日本に子会社がある場合、子会社と日本企業を合併させたのちに、自社株を対価として消滅会社の株主に支払うことで、多額の現金を用意しなくともM&Aが可能になります。

海外からの投資を促し日本経済を活性化させるため、2006年5月施行の新会社法に三角合併は規定されていましたが、外資系投資ファンドによる敵対的買収が続いたことを背景に、日本企業の買収防衛策の準備期間が必要との要望が高まり、2007年5月に1年遅れての導入となりました。

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LBO

LBO(Leveraged Buyout)とは、譲受企業が譲渡企業の資産や、今後期待される利益やキャッシュフローを担保として、金融機関などから資金調達をして買収する手法を指します。

特徴として、借金の担保に譲渡企業の資産やキャッシュフローを担保にすることが挙げられます。譲受企業が借金を自ら返済するのではなく、譲渡企業の持つ資産や、将来の収益を返済の原資とします。

そのため、譲受企業は限られた自己資金でもM&Aが可能になります。

クロスボーダーM&A

クロスボーダーM&Aの事例

それぞれの国で異なった経済状況のため、日本企業が強みを活かして海外進出することがあります。ここでは、事例とともに紹介します。

1.アメリカのM&A動向

アメリカのM&A市場では、2019年の上半期時点で、昨年と比較すると件数自体は減少しているものの、上半期の取引金額では約1兆ドルに近い額を記録するなど、金額は上昇しています。

アメリカではロースクールやビジネススクールを経て、M&Aに関する理論や考え方を学んだ人が多く、M&Aが実施しやすい環境が整っています。また、ビジネススクールなどの人材育成機関も充実し、育成された人がすぐ活躍できるといった好循環により、ダイナミックなM&Aが行われます。

近年では、2018年の中国との関係悪化によって、情報や技術の流出を防ぐために、中国資本への規制を強めています。また、業界でM&Aの傾向をみると、IT分野が中心ですが、医薬品、ロボティクス、モビリティ、人工知能(AI)、MR*1(Mixed Reality)など多岐に渡ります。

*1 MR(Mixed Reality):日本語で「複合現実」と訳されます。仮想世界を現実世界に重ね合わせて体験できる技術で、現実世界の情報をカメラなどを通して仮想世界に反映させることができます。

アメリカの企業とのクロスボーダーM&A事例

2017年11月、化粧品の製造や販売を主な事業として展開する株式会社資生堂は、アメリカの現地子会社Shiseido Americas Corporationを通してGiaran, Inc.(以下ギアラン)を譲り受けました。

ギアランは、2016年に世界的に著名なAI専門家の科学者レイモンド・フーによって創設された
アメリカのAI関連のベンチャー企業です。高画質拡張現実(AR)を駆使してバーチャルにメイクアップを施したり、素顔に戻す技術に加え、メイクアップのアドバイスやカラーマッチング、パーソナルコンサルティング、顔の測定、肌色診断技術を提供しています。

ギアランのAI技術は、モバイル端末やタブレット、デスクトップパソコン、ARシステムを使ったスマートミラー*2に応用可能なため、資生堂傘下のメイクアップ、スキンケアブランドで活用することを目指します。また資生堂はギアランのAI技術を消費者動向やリサーチ、商品開発、商品の機能性向上に活用すると発表しています。

*2 スマートミラー:日常的に使われる鏡にタブレット機能が組み合わされたものです。Wi-Fi環境があれば、鏡の前で朝の身支度を整えながら、天気予報や交通情報、最新のニュースなどをチェックするといった使い方が可能です。

2.中国のM&A動向

デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の「世界のM&A事情 ~中国~中国 M&A・インバウンド投資市場動向」によると、中国国内での2018年度のM&A件数は1,263件、金額は2,589億ドルとなっていて、どちらも2017年度を下回りました。

M&Aの減少の理由として、貿易摩擦や、欧米による中国が関連する投資案件の規制強化、資本流出防止を目的とした中国政府による海外買収案件の審査の強化が挙げられます。

現在では、米中貿易摩擦などに対応するため、金融業や自動車産業など、規模の大きな産業での外資規制を撤廃する動きが見られるなど、国内産業の競争力強化や消費拡大、外交面でのイメージアップを期待した外資への市場開放の動きが活発化されています。

また、現在中国では「健康中国2030計画」が発表され、医薬品の生産について製造所選択の自由度が増し、輸入品や国産薬の区別が無くなるなどの規制緩和が行われました。そのため現在、海外の製薬会社による中国進出が盛んになっています。

中国の企業とのクロスボーダーM&A事例

2017年4月、「糸ようじ」や「のどぬ~るスプレー」などの商品で有名な小林製薬株式会社は、小林製薬(中国)有限公司を新たに設立し、中国の医薬品製造販売会社である江蘇中丹製薬有限公司の全持分を取得して子会社化しました。

小林製薬は海外事業に注力しており、米国、英国、中国やその他アジア地域で事業を展開しています。中国では「熱さまシート」や防寒用カイロなどを販売していましたが、中国の薬事法の規制により、一般用医薬品の販売には至りませんでした。しかし規制法の緩和に伴って行われた今回のM&Aにより、中国国内での一般用医薬品の販売事業の展開、拡大を目指しています。

▷関連記事:中国企業とのM&Aの特徴と注意点とは?

3.東南アジアのM&A動向

KPMG税理士法人の調査によると、東南アジア諸国では、2019年1月から6月までのM&A件数は公表されている限りで162件、総額約4兆6,000億円です。またサービス産業分野では、三菱東京UFJ銀行や新生銀行など、金融業を中心に日本からASEAN諸国向けのM&Aも活発に行われました。

金額ベースで見ると、シンガポールとタイの2ヶ国で全体の約68%を占めています。M&Aが盛んな理由としてシンガポール政府が、外資の国内参入を奨励している点が挙げられます。

法人税率が17%であり、業種によっては軽減税率が適用できるといった理由から、シンガポールはアジアの統括拠点として注目されています。タイでは、グローバル企業、国内企業、PEファンドなどによる積極的な投資スタンスが継続して、M&A市場も好調です。

東南アジアの企業とのクロスボーダーM&A事例

2018年には、大手ゼネコンの樺島建設株式会社がアジア統括現地法人を通してInternational Facility Engineering(インターナショナル・ファシリティ・エンジニアリング、以下IFE社)を株式譲渡により譲り受けました。

IFE社は、医薬品や半導体などハイテク企業の生産施設を対象に、設計・エンジニアリングや調達、建設管理に特化したビジネスを展開するエンジニアリング企業です。近年は欧米系顧客からの引き合いも増加し、同国に加えマレーシア、中国、ミャンマーなど、アジア周辺国でも事業を展開しています。

樺島建設はアジア地域における企業買収は今回が初めてで、海外での更なる事業基盤の拡大を検討しています。

その他のクロスボーダーM&Aの事例は、以下の記事をご覧下さい。

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クロスボーダーM&A

クロスボーダーM&Aの成功のポイント

クロスボーダーM&Aを成功に導くためには、いくつかのポイントがあります。

契約書の準拠法・所轄地

M&Aで締結される契約書の準拠法や所轄地が、相手企業の所在する国などに準拠している可能性があります。

準拠法を海外の法律に設定した場合、日本の弁護士では対応が難しい場合もあり、現地の弁護士に依頼を行うことがあります。また、日本の経営に関わる法律と規定内容が異なっていることもあり得ます。

所轄地が外国であった場合も、自社の拠点を現地に保有していない際には、何らかの問題が発生しても、裁判所を通して訴訟を起こすことは実質的に困難な場合もあります。また、海外で経営を行う場合、現地の言葉に精通した人材や、ビジネス慣習に詳しい従業員などが欠かせません。

企業価値の判断

対象会社の市場規模や、成熟度、投資家の立場からの企業価値向上に取り組んでいるかなど、企業として外部からどのように評価されているか、企業価値判断のために情報収集することが重要です。

また、自己資本利益率(ROE)*3重視の外国人投資家による株式保有比率の増加などにより、上場企業に対する企業価値向上の期待が高まっているため、投資家からの評価も確認することが重要です。

また、海外企業においても、買収監査は企業価値判断のために欠かせません。その国の法律や会計の仕組みに沿って監査は進むため、現地の会計士や弁護士、税理士に依頼することも方法のひとつです。

*3 自己資本利益率(ROE):株主からの出資金を効率的に使えているかがわかる指標。当期純利益 ÷ 自己資本(出資金や利益の蓄積などの合計)× 100で求められる。

▷関連記事:企業価値評価とは?M&Aで使用される企業価値の算出方法

ブレークアップフィーの確認

ブレークアップフィーとは、M&Aの交渉の際に設定される条項であり、そのM&A案件が成約せずに流れてしまったとき、譲渡企業から譲受企業に解約金を支払ってM&A契約の進行を終了させる旨を定めたものです。譲受企業から譲渡企業に支払われる違約金はリバース・ブレークアップ・フィーとよばれます。

実務上、違約金の額の定めは、一般的に、取引金額の1%から5%の間に設定されることが多いとされています。

ブレークアップフィー条項を事前に締結しておくことで、さまざまな要因から契約ができなくなってしまった場合でも、違約金を受け取ることにより損害を抑えることができます。

M&A仲介会社を利用する

M&A仲介会社の中には、クロスボーダーM&Aの経験が豊富な業者も存在します。そうした業者であれば、クロスボーダーM&Aの相談も行うことが可能です。

また、現地の言語に対応できたり、海外企業の財務分析に強い専門のスタッフが対応することもあるため、海外企業とのM&Aのサポートの依頼や相談ができます。

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クロスボーダーM&Aの失敗要因・リスクと対応策

クロスボーダーのM&Aは、日本と海外での税制、法制度、会計制度の違いがあり、デューデリジェンスの範囲や内容も多岐に渡るため、その手続きが複雑になります。また、日本と海外では言語や文化が異なるため、M&A成約後のPMIが難しいものとなります。

そのため、通常のM&Aと同様に、クロスボーダーM&Aにおいても大切なのが、自社に適した相手企業を探すこと、買収監査によってリスクを洗い出すこと、契約締結後のPMIを適切に行うことです。

加えて、クロスボーダーM&Aでは、準拠する法律や所轄地に対応できるように、事前の確認と準備が欠かせません。クロスボーダー案件に対応しているM&A仲介会社や、専門家に相談することをお勧めします。

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