
M&Aで自社譲渡や他社譲受を行う場合、企業の譲渡価格は重要な事項です。「自社はどれくらいで譲渡できるか」あるいは「あの企業はいくらで譲受できるか」など気になる方も多いのではないでしょうか。
企業の譲渡価格を算定する方法は多数あり、企業の規模や業種、業態などにより算定の仕方も変化します。また、算定する際には、「コストアプローチ」「マーケットアプローチ」「インカムアプローチ」という3種類のアプローチが存在します。それぞれの特徴を正しく把握しておきましょう。
本記事では、M&Aでの価格相場や、3つのアプローチによる価格算定方法、譲渡価格が決まるまでの流れ、価格算定時の注意点を詳しく解説します。
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。

・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
M&Aの価格相場
M&Aにおける企業の譲渡価格は、適正なアプローチに基づく価格算定を目安に、譲渡企業と譲受企業が交渉を行い決定します。価格相場は、固定的ではなく変動するものです。また、法律や会計基準などで明確に規定されているわけではありません。
したがって、M&Aでの譲渡価格を知るためには、価格の目安や基礎となる価格算定方法の理解が重要です。価格算定方法には、一般的に「コストアプローチ」と「マーケットアプローチ」、「インカムアプローチ」の3つのアプローチが存在します。
各アプローチでは、純資産や将来的な収益性、市場価値や無形資産などを考慮し、理論的に裏付けられた計算方法をもとに価格を算定します。企業のビジネスモデルや保有資産などの実情に合ったアプローチを選択し、適正な価格を算定することが重要です。
3つのアプローチによるM&Aの価格算定方法
企業の譲渡価格を算定する場合、前述のように3つのアプローチが存在し、各アプローチに複数の方法があります。算定方法に対する理解を深めることで、譲渡価格の大まかな金額が予測でき、M&A全体の戦略の指針を得ることも可能です。
日本公認会計士協会が公表している「企業価値評価ガイドライン」によると、各アプローチの「客観性」「市場における取引環境の反映」「将来の収益獲得能力の反映」「固有の性質の反映」の程度は以下の通りです※。
アプローチの種類 | コストアプローチ (ネットアセット・アプローチ) | マーケットアプローチ | インカムアプローチ |
客観性 | ◎ | ◎ | △ |
市場での取引環境の反映 | △ | ◎ | 〇 |
将来の収益獲得能力の反映 | △ | 〇 | ◎ |
固有の性質の反映 | 〇 | △ | ◎ |
※出典:日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」
以下では、3つのアプローチごとに、その概要や特徴、メリットやデメリットを詳しく解説します。
M&Aの価格算定方法:①コストアプローチ
コストアプローチは、譲渡企業の純資産価値に着目した算定方法です。貸借対照表に計上された資産の合計金額から負債の合計金額を差し引き、純資産額を算出することで企業の価値を算定します。別名「ネットアセット・アプローチ」とも呼ばれます。
主なコストアプローチの価格算定方法は、簿価純資産法、時価純資産法、時価純資産法+営業権(のれん代)などです。
コストアプローチによる価格算定には、下記のようなメリットとデメリットがあります。
メリット | ・会社の純資産額を基準として評価するため、客観性と公正性に優れている ・会社の純資産額を元に算出する手法であり、当事者の理解もし易い ・買収価格の目安にもなり得る |
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デメリット | ・直近の貸借対照表の数値を元に算出し、将来の業績(損益)やM&Aによるシナジー効果が考慮されないため、今後成長が見込まれる企業には適さない ・市場の環境変化に対応できずに価格が算定されてしまう場合がある |
以下では、コストアプローチの代表的な方法である「簿価純資産法」および「時価純資産法」に関して説明していきます。
また、コストアプローチに関してより詳しく知りたい場合は、以下の記事もご覧ください。
▷関連記事:「【企業価値評価】コストアプローチとは?メリット・計算方法・他の方法との違い
簿価純資産法
簿価純資産法とは、帳簿上に計上された資産の合計額から負債の合計額を差し引き、算出された純資産額を株式価値とみなす方法です。
簡単に企業価値を算定できることが、簿価純資産法を用いる利点として挙げられます。ただし、帳簿価格と時価に差(含み益や含み損)が発生しているケースが多く、計算結果が実態と乖離する可能性があることも理解しておきましょう。
時価純資産法
時価純資産法とは、評価対象企業の資産・負債の項目を「時価」に置き換えて株式価値を算出する方法です。
簿価純資産法のデメリット(実態との乖離)を解消できることが、時価純資産法の利点です。ただし、資産・負債を全項目で時価評価する作業は実務的に困難な場合もあるでしょう。そのため、主要項目(棚卸資産・土地・有価証券など)のみを時価で評価する「修正時価純資産法」を用いるケースも見受けられます。
M&Aの価格算定方法:②マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、譲渡企業の市場価値に着目した方法です。
類似の上場企業を選定し、それらの企業の市場価値や各種財務指標を参考にする「類似企業比較法(マルチプル法)」、過去に実施されたM&Aを参考に価格を算定する「類似取引比較法」などの種類があります。
マーケットアプローチにおけるメリットとデメリットは下記のとおりです。
メリット | ・株式市場の相場や動向を価格に反映できる ・株式価格には企業の将来性も反映されるため、価格に将来的な収益性を反映できる ・上場企業の財務情報を基準にするため、情報が入手しやすく客観性を担保できる |
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デメリット | ・事業規模や内容の類似する企業がない場合は採用できない ・株式市場の影響を大きく受けやすい |
マーケットアプローチ、特に「類似企業比較法」は、企業の財務指標を基準とするため参考データを得られやすく、上場企業の他、非上場企業のM&Aでも幅広く採用されています。
以下では、マーケットアプローチの代表的な方法である「類似企業比較法」および「類似取引比較法」に関して説明していきます。
また、マーケットアプローチに関してより詳しく知りたい場合は、以下の記事もご覧ください。
▷関連記事:【企業価値評価】マーケットアプローチとは?よく使われる計算方法やシミュレーション方法
類似企業比較法(EV/EBITDA倍率などを使用)
類似企業比較法とは、類似企業の市場価格と比較して非上場会社の株式を評価する方法です。「マルチプル法」とも呼ばれます。
評価を実施する際に、指標として「EV/EBITDA倍率」が用いられることが多く見受けられます。EV/EBITDA倍率とは、「EV(企業価値)」を「EBITDA(利払い前、税引前、減価償却前、その他償却前利益)」で割ることで算出される数値です。上場企業の財務指標を使用するため、データの取得が比較的容易であるという特徴があります。
類似取引比較法
類似取引比較法とは、過去に実施された類似M&A事例における売買価格と評価対象会社の財務情報に基づいて計算する方法です。
ただし、中小規模の非上場企業に関しては、類似M&A事例の情報を入手することが困難なため、実際に用いられるケースは多くありません。
M&Aの価格算定方法:③インカムアプローチ
インカムアプローチは、譲渡企業の将来的な収益性に着目した方法です。
譲渡企業から期待される利益・キャッシュフロー・配当などを基準に、リスクを勘案して現在価値に割り引いて算定します。主なインカムアプローチには、DCF法や配当還元法などがあります。
インカムアプローチのメリットやデメリットは下記のとおりです。
メリット | ・将来的な収益性を価格に反映できる ・シナジー効果を考慮できる ・算定には事業計画も利用されるため、価格の妥当性を検討しやすい |
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デメリット | ・将来的な予測を考慮に入れるため、主観性や恣意性を排除できない ・情報の収集に時間がかかる場合もある |
インカムアプローチのうちDCF法は、上場企業や大手企業、成長性の高いベンチャー企業など多くのM&Aで採用される方法です。情報収集や算定プロセスが複雑となる反面、投資した金額に対してどれくらいの回収ができるのか把握しやすい側面を持っています。
以下では、インカムアプローチの代表的な方法である「DCF法」および「配当還元法」に関して詳しく説明していきます。
また、インカムアプローチに関してより詳しく知りたい場合は、以下の記事もご覧ください。
▷関連記事:【徹底解説】企業価値評価の手法の一つ、インカムアプローチとDCF法の計算方法を解説
DCF法
DCF法とは、事業によって将来生み出されるフリーキャッシュフローを予測し、「割引率」で割り引いて企業価値(株価)を算定する方法です。
DCFとは、「Discounted Cash Flow」の略です。また、フリーキャッシュフローとは、会社が自由に使える(株主などに自由に分配できる)キャッシュフローを意味します。割引率とは、将来もらえるお金を現在の価値に割り引くための指標のことを指します。
上場企業が買い手としてM&Aを実施する場合、利害関係者への説明責任を果たさなければいけません。そのため、企業価値を評価する過程を合理的に説明できるDCF法が用いられることが多く見受けられます。
配当還元法
配当還元法とは、実際の株式配当金から株価を算出する方法です。収益に関しては予想せず、配当金の金額から、簡単に計算できる点が魅力です。
ただし、一般的に相続の特殊な場合で用いられることが多く、M&Aで用いられるケースはあまりありません。これは、売り手の経営者が恣意的に配当金額を操作し、売却価格を高く設定するリスクがあるためです。また、配当が見込めない企業の場合は、株主価値の計算が困難であることも配当還元法を用いるケースが少ない理由として挙げられます。
M&Aの価格算定を実施する際の流れ

企業の価格算定は譲渡価格の目安となることから、比較的早期の段階で実施されます。企業の価値を評価するため「企業価値評価」とも呼ばれます。
例えば、M&A仲介会社に依頼してM&Aを進める場合、M&A仲介会社とアドバイザリー契約や秘密保持契約を結んだ後、企業の事業内容や財務状況に関する資料をM&A仲介会社に提出し、企業の価格算定(企業価値評価)が行われるのが一般的です。
そして、譲渡候補先企業が決まったら、譲渡企業と譲受企業間における交渉へと移行します。その後、価格算定で算出された価格をベースに具体的な価格交渉を実施し、基本合意書で譲渡価格を取り決めます。最後に、デューディリジェンスを実施し、結果を譲渡価格に反映させて最終契約書を結ぶ流れです。
なお、価格交渉の方法には上記のような個別交渉による方式と入札(オークション)による方式があります。実際のM&Aの現場では、個別交渉方式による価格交渉が一般的です。
M&A価格算定時の注意点
最後に、M&Aで価格算定を実施する際の注意点について解説します。自社譲渡や他社譲受を検討し、対象企業の価格算定を実施する際の参考にしてください。
算定方法は業種や市場動向などから総合的に判断する
これまで紹介してきたとおり、企業の価格算定方法には多くの種類があります。したがって、算定方法の選択は非常に重要なフェーズとなります。
例えば、コストアプローチは企業の保有資産を基準に算定することから不動産業や金融機関など、保有資産の直接的な収益が多い業種に適しています。また、マーケットアプローチの類似企業比較法は株式市場の影響を受けやすいため、市場が好況な場合は高く、値下がりしている場合には低く計算されることがあります。
企業の価格算定方法を選択する場合には、業種や市場動向、対象企業の規模や事業内容を総合的に判断し、決定することが大切です。また、1つの算定方法に限らず、複数の算定結果から包括的に判断する場合もあります。
のれん代の取り扱い
中小企業のM&Aでは、コストアプローチである時価純資産法にのれん代(営業権)を加算した算定方法がよく用いられます。算定方法が比較的簡便であるうえ、のれん代を加味することで対象企業の将来的な収益性を反映できるためです。
のれん代には、対象企業の将来的な収益性の他、ブランド力や従業員のポテンシャルなど無形資産の価値も含まれます。のれん代の算定には、企業価値評価の指標の1つEBITDAを用いる方法などがあり、実務上ではEBITDAの3年~5年分をのれん代として評価することが一般的です。
まとめ
M&Aでは、対象企業の規模や業種、業態などに合わせ、3つのアプローチによる算定方法を適用して企業の価値を算定します。
コストアプローチ・マーケットアプローチ・インカムアプローチの3つのアプローチについて、特徴や代表的な方法、メリット・デメリットを正しく把握しておきましょう。
各アプローチの価格算定方法としては、コストアプローチは「簿価純資産法」および「時価純資産法」、マーケットアプローチは「類似企業比較法」および「類似取引比較法」、インカムアプローチは「DCF法」および「配当還元法」が代表的な手法です。
企業の譲渡価格の算定には専門的な知識が必要であり、M&Aを初めて実施する方にとっては難しいプロセスです。fundbookではアドバイザリー契約を結ぶ前でも、簡易的な企業価値評価を無料で実施できます。企業の譲渡価格やその算定方法にお悩みの方は、ぜひfundbookまでご相談ください。