近年、スタートアップのM&Aが非常に活発です。2018年度1~5月の国内買収案件は前年同期比で実に3割を超え、IPO(新規株式公開)を上回り注目を集めています。
このようにスタートアップのM&Aが活発な状況から、「起業を考えているが、近い将来に開発した新しいサービスを譲渡することも可能なのでは?」と、自身でサービスの開発を行い、譲渡することに興味を抱いている学生も多いのではないでしょうか。
そこで、学生が起業した後にM&Aを行った事例を紹介します。今回紹介する事例では、多くの企業がシナジー効果を狙ってM&Aを行っています。シナジー効果とは日本語では「相乗効果・協働作用」を指します。企業がM&Aを行う際や多角化戦略を行う際に、経営資源の有効活用、または異なる事業同士を組み合わせることで、単なる利益の合計だけではない、成長や成果を生み出す効果を示します。
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なぜ今現在ITスタートアップが活発にM&Aされるのでしょうか。実際の事例をもとに、学生起業家によるITスタートアップのバイアウトについてどのようなケース・理由があるか見ていきましょう。
また以下の記事では、スタートアップ企業のM&Aにおいて抑えておくべきポイントやfundbookにいただいた相談例の一部を紹介しています。
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学生による起業、M&A事例
1.株式会社LABITが学生向けアプリ「すごい時間割」を株式会社ジョブダイレクトへ事業譲渡(2014年4月)
慶応義塾大学出身の鶴田浩之氏は、在学中の2011年4月に株式会社Labitを設立。学生に向けた大学の時間割共有アプリ「すごい時間割」をローンチしました。
2013年度で10万人のユーザーが増え、2014年時には総ユーザー数約20万人、登録された講義のデータは延べ110万件以上にのぼりました。その後、同サービスを設立3年後の2014年4月にリクルートグループの株式会社ジョブダイレクトへ事業譲渡しています。
時間割共有サービスは、ユーザーの増加を見込める時期が、大学生が講義を決めるタイミングである前期・後期の年2回のみとなります。そのため、時間と資本のある企業でじっくり拡大させていくことがサービス・ユーザーのためになることを検討し、譲渡を決断したということです。
創業者の鶴田氏は、その後も「Game8(2015年にGunosy社へ譲渡)」「ブクマ」「BOOK LAB TOKYO」と次々に事業を展開してきた若きシリアルアントレプレナーとしても知られています。2017年7月にメルカリにジョインし、現在は子会社であるソウゾウの執行役員に就任しており、今後の更なる活躍が期待されています。
2.株式会社リジョブが株式会社じげんへ株式譲渡(2014年9月)
望月佑樹氏は大学3年時に起業し、その後2009年11月に株式会社リジョブを設立。美容やヘルスケア領域に特化した求人メディアを運営していました。その後世界に挑戦するため渡米を決意、次の事業に集中するため、設立から約5年後の2014年9月、当時31歳の若さでリジョブ社を株式会社じげんに株式譲渡しました。
代表取締役の望月氏にロックアップ期間無しのバイアウトを提示、そんな交渉の流れの早いじげん社に魅力を感じ、自身の次なるチャレンジに100%集中する狙いでの譲渡でした。現在望月氏は、新たにライブ動画やチャットアプリのサービス展開に取り組んでいます。世界を目指す望月氏の挑戦は、多くの人にとって魅力あふれるものになるでしょう。
3.株式会社ゲームエイトがゲーム攻略サイト「GAME8」を株式会社GUNOSYへ株式譲渡(2015年12月)
首都大学東京出身の西尾健太郎氏は、在学中の2011年時に株式会社Labitの共同代表取締役に鶴田氏と共に就任。前述の「すごい時間割」を事業譲渡後、新たに立ち上げたメディア事業を株式会社ゲームエイトとして2014年8月に子会社設立し、代表取締役に就任しました。
そして設立から約1年4ヶ月後の2015年12月、国内有数のゲーム攻略メディアへと成長した「Game8」を運営するゲームエイト社は、ニュースアプリ「Gunosy」を運営するGunosy社に全株式を譲渡し、子会社化に至りました。「Game8」は約1年4ヶ月で月間1,000万MAU(Monthly Active User=月間のアクティブユーザー数)を達成するまで成長し、更なるグロースを見据えた結果、Gunosy社の子会社となる道を選択しました。一方、Gunosy社もゲーム関連の顧客の取り込みや、MAU成長戦略の一環としての投資としてM&Aに至りました。
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4.株式会社VSBIASが株式会社メタップスへ株式譲渡(2016年7月)
株式会社VSbias(ブイエスバイエス)は、IT技術を活用した不動産サービスを展開するスタートアップ企業です。起業したのは、当時関西学院大学の4年生だった留田紫雲氏(当時22歳)。2015年11月の創業からわずか約7ヶ月で株式会社メタップスへ譲渡し、同社の完全子会社となりました。
VSbias社は、民泊運営社向けの物件管理ツール「Baberu」を運営しています。このサービスは、民泊を運営するマンションオーナーや大家に対し、予約管理や問い合わせ対応、清掃の手配などについて、複数のポータルサイトを横断して一元管理が出来るというものです。
M&A後も、留田氏はそのまま完全子会社化したVSbias社に残り、代表取締役を務めています。現在は企業のミッションである「テクノロジーによる空間価値の最大化」を目標に、ホテルや宿泊施設の無人化を目指して事業を拡大させている真っ最中であるとのことです。オリンピックの開催により宿泊施設の枯渇が懸念されている2020年に向け、成長が期待される企業の一つです。
5.株式会社CANDLEがクルーズ株式会社へ株式譲渡(2016年10月)
2014年4月、東京大学3年時に金靖征氏は株式会社Candleを創業しました。金氏は女性向けの美容・ライフスタイルを取り扱う情報メディア「MARBLE」や動画でメイクやヘアアレンジ解説を配信する「MimiTV」等、複数メディアを同社で立ち上げ、運営していました。そして2016年10月に、ファストファッションECサイト「SHOPLIST」を運営するクルーズ株式会社に、譲渡金額12.5億円でCandle社の株式譲渡を行いました。創業からわずか2年半で譲渡に至りました。
今後、金氏は組織改編を経て会社から離れ、暗号分野・ブロックチェーンの領域に力を注いでおり、「世の中の幸福貢献度を最大化する」ために事業を前進させていくとのことです。
6.株式会社POLIPOLIが俳句SNSアプリ「俳句てふてふ」を毎日新聞社へ事業譲渡(2018年6月)
慶応義塾大学に在学中の伊藤和馬氏(当時19歳)は、大学1年時に個人開発した俳句SNSアプリ「俳句てふてふ」を、毎日新聞社に事業譲渡しました。
会社創業の2018年2月から、わずか約4か月での事業譲渡となりました。
充実した俳句コンテンツを長年提供していた毎日新聞社が、「俳句てふてふ」と既存のコンテンツとのシナジーを見込み、M&Aを提案しました。本アプリは全国的な知名度を持ちながらも、開発者の運用リソースが限られており、毎日新聞社に譲渡することで安定した運用が可能になる点もM&Aを決断したポイントとなりました。
伊藤氏は、アドバイザーとして開発面で関わりながら、引き続き「俳句てふてふ」の幅広いユーザー確保にむけ、アプリ運用を毎日新聞社と協力して行うとのことです。
あの人も!学生時代に起業、M&Aを行った有名起業家
スタートアップのM&Aが主流になる前の時代から、先見の明があった学生は、自ら起業しM&Aを行っていました。今回はあの有名人のM&Aをご紹介します。
1.古川 健介氏
古川氏は国内最大級のHowtoサイト「nanapi」を運営している株式会社nanapiの創業者です。浪人中に、学生コミュニティサイト「ミルクカフェ」の運営を開始し、月間1,000万PVの大手サイトに成長させたのち、2009年に株式会社サイブリッジに譲渡しました。
早稲田大学在学中には、株式会社メディアクリップの代表取締役に就任、株式会社ライブドアに「したらば掲示板」の運営権を約1億円で譲渡しました。その後、株式会社nanapiを2009年に立ち上げ、「nanapi」のサービスを開始し、2014年に株式会社nanapiの全持分をKDDI株式会社に譲渡しました。
現在、Supership株式会社取締役とサービス事業開発本部の本部長に就任しています。
2.有安 伸宏氏
有安氏はエンジェル投資家として、国内外多くのスタートアップ企業に経営支援をしていることで知られていますが、有安氏自身もこれまで3度の事業譲渡を経験しています。
慶応義塾大学在学中、19歳で起業してから、今まで4つの会社を設立し、内3つを譲渡しました。
直近では、2007年に創業したコーチ・ユナイテッド社にて、習い事のマーケットプレイス「Cyta.jp」を立ち上げ成長させたのち、同社を2013年にクックパッド株式会社に10億円で譲渡しました。2015年にはTokyo Founders Fundを共同設立。米国シリコンバレーのスタートアップ企業への出資も行っています。
3.柴田 陽氏
柴田氏はソーシャルレンティングの比較サイト「クラウドポート」を運営する株式会社クラウドポートの創業者です。
東京大学在学中に起業を経験し、2010年に株式会社コードスタートを創業。バーコード価格比較アプリ「ショッピッ!」の開発と並行して、秘書向け贈答花専門通販サービスを運営する青山花壇を設立しました。この2社を譲渡後、2011年株式会社スポットライトを新たに創業し、O2O(Online to Offline)スマートフォンアプリ「スマポ」を開発しました。2013年に楽天株式会社に同社を譲渡し、2016年11月に株式会社クラウドポートを創業しました。
まとめ
今後、IT業界のM&Aは更に増加すると思われます。
IT業界は社会状況の変化に伴い、急成長している業界です。運送業界や飲食業界など、まだまだアナログな部分が多い他業界においても、IT技術の進歩にキャッチアップすることは非常に重要な戦略です。そのため、IT部門を自社で1から築くより、スピードや人材確保を考え、IT企業を譲り受けたいという相談は多くの業界からいただきます。また、IT企業とのM&Aにより「シナジーが見込める」と判断する会社が多いことから、譲渡企業の企業価値が高く算定される傾向にあります。
オーナーとしても、イクジットを狙ってM&Aを検討されるケースも多くある一方、自社だけでは成長のためのリソースに限界があることを想定される場合、M&Aを成長戦略の一環として行うこともあります。譲渡企業のオーナーはM&A後も引き続き会社に残り、譲受企業との融合を経て自社の更なる発展を目指します。
また特徴としてビジネスを始める上での初期費用が掛からない点も大きく、学生の起業家にとっては、参入がしやすい業界だと考えます。例を挙げれば、飲食業は食品から店舗の用意が、運送業には車など多額の初期費用が発生するのに対し、IT業界はPCが1つあれば仕事を開始できます。加えて若年層は早くから日常生活でインターネットやSNSを活用しているため、情報に対して非常に敏感であり、トレンドに素早く反応できる事、ネットサービスやネットビジネスに抵抗がないことも他の世代と比べたメリットであると言えます。
このような特性から、学生起業家による起業、M&Aが近年活発であるように見受けられます。
スタートアップIT企業のM&Aを紹介しました。このように若い世代が起業しM&AをすることがIT企業には比較的多い傾向にあります。それは、若い世代の情報感度は非常に高いこと、IT技術に日常的に触れていてIT業界やテックに強みがあること、更にIT業界はブルーオーシャンであることが挙げられます。
IT業界は日進月歩の世界であり、小資本でも参入可能、情報感度も非常に高い若者にはまたとないビジネスのフィールドです。加えて学生でも魅力あるサービスを生み出せば、M&Aという経営戦略が選択可能です。
譲受企業になりえる企業側も若手スタートアップのM&Aに前向きであり、シリアルアントレプレナーが評価される社会に徐々に変化しています。
M&Aは経営戦略において有効な手段であり、今後ますます定着していくことでしょう。スタートアップのM&A事情は、今後とも目が離せません。サービスを成長させ譲渡し、その資金を調達を元に新しい企業を立ち上げる「シリアルアントレプレナー」、次に名乗りを上げるのはあなたかもしれません。