中小企業の事業承継では、さまざまなスキームが用いられます。
事業承継を円滑に行うためには、それぞれのスキームの特徴やメリットを把握して最適な事業承継スキームを選択することが重要です。
本記事では、事業承継スキームの選び方や種類の他、事業承継を成功させるためのポイントも解説します。事業承継を検討している中小企業の経営者は、ぜひ参考にしてください。
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事業承継スキームとは?
事業承継スキームとは、経営者が後継者に会社・事業を引き継ぐための手法のことです。
事業承継といえば、以前は親族内承継が一般的でした。
しかし近年は、親族への承継が減少していることもあって、後継者不足に悩む経営者が増加傾向です。
また、中小企業の経営者の高齢化も深刻な問題となっており、後継者が決まらずに廃業を余儀なくされる企業もあります。
このような事業承継問題を解決するために、制度や法律を適用した多種多様な事業承継スキームが広がりつつあります。
事業承継は、簡単に後継者へ会社・事業を引き継げるわけではなく、長期的視点での実施が必要です。
自社の状況や後継者の性質に適した事業承継スキームを選択することで、事業承継を円滑に行える可能性が高くなるため、事業承継を実施する際は、事前に事業承継スキームの十分な検討が必要でしょう。
事業承継スキームの選び方
事業承継の手段としては親族内承継が一般的でしたが、近年は従業員への承継やM&Aを活用した第三者への承継といった手段も広く取り入れられています。
事業承継で主に想定されるスキームは以下のようになります。
後継者の選び方 | 事業承継スキーム |
---|---|
1.後継者候補が親族内にいる 2.候補者に事業承継する意志がある | 親族内承継 |
1.後継者候補が親族内にいないあるいは、候補者に承継する意志はない 2.候補者が従業員にいる 3.その候補者に事業承継する意志がある | 従業員に事業承継(MBO) |
1.親族または従業員に候補がいないあるいは、いても承継する意志はない 2.第三者への承継を検討 | 第三者に事業承継(M&A) |
その他、事業承継のスキームとして、持株会社・資産管理会社や事業承継ファンド、信託を活用する手段もあります。
事業承継を実施する際は、それぞれの特徴やメリットを押さえて、目的や要望に最適な事業承継スキームを選択することが大切です。
事業承継スキームの種類とメリット・デメリット
会社・事業を引き継ぐ際に活用できる具体的な事業承継スキームには、以下のようなものがあります。
・親族内承継
・従業員(親族外)への承継
・M&Aを活用した承継
・持ち株会社や資産管理会社を活用した承継
・事業承継ファンドを活用した承継
・信託を活用した承継
それぞれの特徴とメリット・デメリットを紹介します。
事業承継スキーム① 親族内承継
親族内承継は、従来から活用されている最も一般的な事業承継スキームです。経営者自身の子や兄弟等の親族に株式を贈与または相続することによって、会社・事業を譲り渡します。
後継者となる親族へは、あらかじめ本人と周りからの理解を得て、経営能力を育成していくことが重要になる他、贈与税や相続税といった税金対策も必要になります。
なお、親族内承継では、一般的に生前贈与のケースが多くなるものの、遺言による相続での承継も可能です。
主なメリット・デメリット
親族内承継では経営者の身内に会社・事業を引き継ぐため、従業員等の周囲からの心情的な理解が得やすいことや長期間の準備期間の確保がしやすいことの他、生前贈与・相続等による財産・株式の後継者移転ができるといった、事業承継の実施のしやすさがメリットです。
一方で、デメリットとしては事業承継により、贈与税や相続税が高額になる可能性が高いことが挙げられます。ただし、贈与税や相続税については、事業承継税制を活用することで納税の猶予を受けられるため、負担を軽減できる可能性があるでしょう。
事業承継スキーム② 従業員(親族外)への承継
経営者自身の身内ではなく、自社の従業員から後継者を選び、会社・事業を引き継ぐことも可能です。
従業員への事業承継は、主に、親族内承継ができない時に用いられることが多く、株式や事業用資産の贈与または譲渡によって行われます。
従業員への事業承継の場合、後継者は社風や企業理念、内部情報等を理解しているケースが多いため、円滑な事業承継が期待できるでしょう。
主なメリット・デメリット
従業員への事業承継は、経営者自らが経営者能力の高い人材を見極めて事業を承継できたり、既存の従業員から受け入れられやすく承継後の経営もスムーズに行えたりといったメリットがあります。
一方、デメリットは、事業承継の際に多額の資金が必要になるため、後継者が資金を用意するのが難しいことや、会社が保有する負債や担保等もまとめて引き継ぐため、後継者候補からの承諾を得られづらいといった、主に後継者候補の経済的な問題が多いことです。
なお、近年は、投資ファンドや金融機関から資金調達を行い、既存の株主(経営者)から株式の譲渡・譲受を行うMBO(Management Buyout)が活用されるケースも増えています。
事業承継スキーム③ M&Aを活用した承継
事業承継では、M&Aを活用して第三者へ会社・事業を引き継ぐ方法も用いられます。
主に親族または従業員に後継者がいない場合に活用される方法です。
近年、中小企業の事業承継では後継者不足が深刻な問題となっているため、事業承継にM&Aが活用されることも多くなっています。
なお、M&Aを活用した事業承継では、株式譲渡や事業譲渡が用いられるのが一般的です。
主なメリット・デメリット
M&Aを活用した事業承継は、親族や自社の従業員に適任者がいない場合でも、広く後継者候補を求めることが可能です。また、先代経営者は創業者利益を得られるため、セカンドライフや老後の資金等を確保できる点も大きなメリットでしょう。
一方、デメリットとしては、希望条件に合った譲渡先を探す手間が必要であったり、創業者利益に対して所得税等の税金を納める必要があったりといったことが挙げられます。
事業承継スキーム④ 持ち株会社や資産管理会社を活用した承継
事業承継には、持ち株会社や資産管理会社を活用する方法もあります。
持ち株会社とは「会社(子会社やグループ会社)の株式のみを管理する会社」で、資産管理会社とは「会社の資産(土地や建物、設備等)を管理する目的で設立する会社」のことです。
持ち株会社・資産管理会社を活用した事業承継スキームでは、「株式交換」または「株式移転」が用いられます。
・株式交換:後継者が持ち株会社・資産管理会社を設立し、先代経営者が株式を譲渡する方法
・株式移転:組織再編成で新しく持ち株会社・資産管理会社を設立し、承継したい会社の株式を移転させると同時に、持ち株会社の株式を自身に割り当てる方法
どちらも節税効果が高いのが特徴です。
主なメリット・デメリット
持株会社・資産管理会社を設立した場合は、後継者の資金で会社・事業を引き取るため、贈与税・相続税が課せられる心配がなく、節税効果が高い点が大きなメリットです。
一方、後継者は持ち株会社・資産管理会社の設立費、維持費が必要になる他、会社を設立するため手間も必要になる点がデメリットとして挙げられるでしょう。
そのため、持株会社・資産管理会社を活用した事業承継では、節税効果と会社の設立・維持に必要な費用や手間を比較し、検討することが重要です。
事業承継スキーム⑤ 事業承継ファンドを活用した承継
第三者への事業承継という点では、事業承継ファンドを活用するスキームもあります。
事業承継ファンドとは、事業承継問題に直面している中小企業に対して、経営支援を行う投資ファンドのことです。中小機構(中小企業基盤整備機構)のような公的機関の他、民間の事業承継ファンドもあります。
事業承継ファンドは、事業承継を考えている会社の株式を買収し、経営権を獲得後にその会社の市場価値を高めることで、より高値で売却して利益を得ます。
そのため、親族や従業員に後継者候補がいない場合やM&Aの活用が難しい場合でも、事業承継を行える可能性があります。
主なメリット・デメリット
事業承継ファンドを活用した事業承継では、必要な資金を確保した状態で事業承継を進められるため、従業員への事業承継のように資金面の心配をする必要がない点が大きなメリットです。
また、民間のファンドの場合は、基本的にファンドが事業承継を希望する会社の株式を取得し、経営権を握ってマネジメントを行なうことになるため、自社の人材を育てられたり、後継者候補の選定・育成のサポートが期待できたりといったメリットもあります。
一方、デメリットとしては、会社の状況によっては活用できない場合があることです。例えば、事業承継前に金融機関から多額の借入がある場合等が該当するでしょう。
その他、民間のファンドでは、費用の回収を重視するため、最終的には第三者へ売却することが多くなる点も注意が必要です。そのため、事業承継ファンドを利用する際は、そのファンドがどのような方針かを事前に確認しておくことが重要になります。
事業承継スキーム⑥ 信託を活用した承継
事業承継の際に信託を活用する方法もあります。
信託とは、財産を託す人(委託者)と財産を託される人(受託者)、利益を得る人(受益者)が委託契約で結ばれ、財産の管理・運用を行うものです。
信託を活用した事業承継では、事業承継の手続き中に委託者(先代経営者)に万が一、不慮の事態が起きた場合でも、受託者が希望通りの事業承継を実施してくれます。
信託を活用する場合は、以下のようなケースがあるので、状況に合わせて選択すると良いでしょう。
・信託銀行のような金融機関に依頼
・遺言の代用として信託を用いる
・受託者を親族にして、無償で財産管理を委託する民事信託
主なメリット・デメリット
信託を活用した事業承継では、承継内容を委託者(先代経営者)が自由に決められます。そのため、万が一、先代経営者が事業承継に対する意志決定をできない状態(死亡等)でも、受託者が意志を引き継いで事業承継を進めてくれる点が大きなメリットでしょう。
信託で後継者を決めておけば、自身が急に亡くなってしまった場合でも相続人同士で争うことがなく、スムーズな事業承継ができますし、経営者不在の空白期間が生まれないため、会社の経営が不安定になることも避けられます。
一方、デメリットは、信託契約を解除できる条項を組み込んでいなければ、後から後継者が不適切だった場合に、トラブルになる可能性がある点です。
後継者の決定には先代経営者の主観が大きく介入するため、最善な事業承継になっているかの客観的判断が難しくなる傾向があります。そのため、事業承継の専門家等に相談し、客観的かつ最適な信託を活用するのが重要になるでしょう。
事業承継を成功させるポイント
事業承継を成功させるためには、自社の状況や後継者の性質に合わせた最適なスキームを選択することが重要です。以下は各スキームのメリット・デメリットをまとめた表になるので、再度確認しておきましょう。
事業承継スキーム | メリット | デメリット |
---|---|---|
親族内承継 | ・実施がしやすい | ・事業承継に伴う税金が多額になる可能性が高い |
従業員への承継 | ・経営能力の高い人材を後継者にできる ・事業承継後の経営がスムーズに行える | ・後継者への経済的負担が大きい |
M&Aを活用した承継 | ・広く後継者候補を探せる ・創業者利益を獲得できる | ・自社の希望する譲渡先を探す手間がある |
持ち株会社・資産管理会社を 活用した承継 | ・節税効果が高い | ・会社設立のための費用や手続きの手間がかかる |
事業承継ファンドを活用した承継 | ・資金面の心配がなくなる ・人材の育成や後継者候補の選定等の サポートも期待できる | ・会社の経営権を握るのが外部の人材になる |
信託を活用した承継 | ・自由度が高く、柔軟な対応が可能 ・自身(経営者)に万が一の事態が生じても、 希望通りの事業承継を進められる | ・最適な事業承継かの客観的な評価が難しい |
また、事業承継では、幅広い知識が必要になる他、客観的な視点でスキームを選択することも大切です。そのため、事業承継を検討する際は、信頼できる専門家へ相談するのが良いでしょう。
政府主体の支援策の活用も検討する
最適な事業承継スキームの選択は重要ですが、事業承継を実施する際は、制度や法律を活用することも重要なポイントです。
中小企業の事業承継を後押しするため、政府もさまざまな支援策を実施しています。「親族内承継」「従業員への承継」「M&Aを活用した承継」の3つのスキームで活用できる主な支援策を紹介するので、覚えておきましょう。
事業承継スキーム | 主な支援策 |
---|---|
親族内承継 | 事業承継税制、遺留分に関する民法の特例・所在不明株主に関する会社法の特例、事業承継・引継ぎ補助金等 |
従業員への承継 | 金融支援、事業承継ファンド、事業承継税制、遺留分に関する民法の特例・所在不明株主に関する会社法の特例、 事業承継・引継ぎ補助金等 |
M&Aを活用した承継 | 事業承継・引継ぎ支援センター、事業承継・引継ぎ補助金、金融支援、事業承継ファンド、所在不明株主に関する 会社法の特例、経営資源集約化税制、事業承継・引継ぎ補助金等 |
政府主導の支援策の多くはそれぞれに要件があります。詳細は、中小企業庁の公式ページで確認できるので、利用を検討する際は、事前に確認するようにしましょう。
まとめ
事業承継といえば、以前は親族内承継が一般的でしたが、近年は後継者不足の問題もあり、さまざまなスキームが用いられています。
事業承継を検討する際は、自社の状況や後継者の性質を考慮して最適なスキームを選択することが大切です。
また、円滑な事業承継を実施するためには、幅広く専門性の高い知識が必要となる他、客観的な視点で考えることが重要になるため、専門家に相談するのが良いでしょう。