上場企業の成長戦略の一環として、近年多くのM&Aが実施されています。ある企業は自社の生き残りをかけ、ある企業では自社のさらなる発展を目指して、その目的は様々です。
実際にM&Aを実施するに至らなくとも、多くの上場企業でM&Aは検討されています。刻々と変化するビジネス環境の中で、顧客や人材、商品やサービスなどの経営資源を確保することは、多くの上場企業にとって重要な課題であるためです。
本記事では、上場企業におけるM&Aの現状から買収戦略、M&A実施の際の注意点まで解説します。上場企業によるM&Aの最新事例も紹介しているため、ぜひご一読ください。
上場企業に負けない 「高成長型企業」をつくる資金調達メソッド
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M&Aをご検討の方はもちろん、自社をもっと成長させたい方やIPOをご検討の方にもお役立ていただける資料ですので、ぜひご一読ください。
上場企業におけるM&Aの現状について
上場企業におけるM&A件数は2008年のリーマンショックによる経済不況から一時下落していましたが、近年は増加傾向にあります。現在もその傾向は継続しており、2023年に上場企業が公表したM&A件数は、1,000件を超えました。1,000件を超えるのは、リーマンショックが起きた2008年以降、初めてのことです。
M&Aの内訳としては、In-In型、すなわち国内企業同士のM&Aが多い点が特徴です。国内企業が海外企業を買収するIn-Out型、海外企業が国内企業を買収するOut-In型は、In-In型と比較すると少ない傾向にあります。
ただし、近年はIn-Out型やOut-In型の海外M&Aが増加傾向にあります。特に、2023年に実施されたIn-Out型の海外M&Aは、前年と比較して約60%増加しました。日本の上場企業が積極的に海外へと事業を拡大する様子が伺えます。
上場企業でM&Aが増加する背景には、人材や顧客、技術などを効率的に獲得したいという企業の考えが反映しています。1から新規事業を立ち上げるためには多くの時間や労力が必要です。また、失敗するリスクもあります。M&Aによりすでに事業を展開する企業を買収することで、時間や労力を節約し、リスクを軽減することが可能です。
上場企業がM&Aを実施する際の買収戦略
M&Aを実施する上場企業は、各企業の状況や目的、必要性に合わせ、様々な買収戦略を策定しM&Aを行っています。ここでは、数ある買収戦略から共通する要素をピックアップし、5つの類型により買収戦略を解説します。
・競合企業の買収
・サプライチェーンにおける垂直統合
・商品やサービスなどラインナップの拡充戦略
・規模拡大のための同業買収
・新規事業開拓
競合企業の買収
1つ目に紹介するのは「競合企業の買収」です。これは、同じ業種・同じ業態であり、生産している商品やサービス、事業を展開する市場や顧客が共通する企業を買収することで、事業の拡大や売上高の増加を図る買収戦略です。
同じ業種・業態の企業であれば、譲受企業はスケールメリットを得やすく、シェア拡大による競争力強化を図れ、M&Aによるシナジー効果が期待できます。また、業態が似ているため、間接部門の統合によるコスト削減も実施しやすくなります。
ただし、これまでライバル企業として競争してきたため、譲渡企業およびその従業員の心理的抵抗が生じやすいというデメリットもあります。
サプライチェーンにおける垂直統合
2つ目は、「サプライチェーンにおける垂直統合」です。こちらは、サプライチェーンにおける上流の企業(原材料や商品の仕入れ先やメーカーなど)または下流の企業(卸売や小売など)を買収することにより、バリューチェーンの強化や商品・サービスの競争優位性の向上を狙う戦略です。
垂直統合の戦略では原材料から製造、販売まで一貫した体制を構築できるため、生産の安定化、コストの削減などのメリットがあります。ただし、市場競争がなくなってしまうことによるインセンティブの低下といったデメリットもあるため、メリットとデメリットを把握したうえでの判断が重要です。
商品やサービスなどラインナップの拡充戦略
3つ目は、「商品やサービスなどラインナップの拡充戦略」です。自社の顧客層にニーズがあり、機能面や価格面で自社と異なる商品・サービスを持つ企業を買収することで、自社商品やサービスのラインナップを拡充する戦略です。
日本たばこ産業株式会社によるロシアたばこ会社JSC Donskoy Tabakからのたばこ事業譲渡はその一例です。
ラインナップ拡大戦略では、M&Aにおけるシナジー効果の中でもクロスセリング(関連商品の勧奨による売上増)の効果が期待できます。ただし、十分なマーケティングを行わないと、顧客と商品・サービスをうまくマッチングできず、見込んだシナジー効果を得られない可能性もあります。
規模拡大のための同業買収
4つ目は、「規模拡大のための同業買収」です。異なる市場シェア、顧客を持つ同業他社を買収することにより、規模拡大によるスケールメリットを狙う戦略となります。自社よりも比較的小規模な同業他社を短期間で買収する「ロールアップ戦略」もこの戦略の1つです。
規模拡大戦略は市場シェア拡大による売上増が見込めるほか、販売経路の共有による販売シナジー、工場や機械の共有による生産シナジーが期待できます。異なる業種、異なる商品やサービスへの拡大と比較すると、得られるシナジーを計算しやすい戦略です。
新規事業開拓
5つ目は、「新規事業開拓」です。自社と異なる事業を展開する企業を買収し、経営の多角化や事業ポートフォリオの転換を目指す戦略となります。異業種の事業を1から開拓するには膨大な時間と労力を要するため、M&Aにより企業を買収し、比較的短期間で新規事業を立ち上げる方策です。
既存事業の属する市場が拡大期を過ぎ、安定期あるいは衰退期に差し掛かった場合、企業の将来的な収益性には不安が残ります。そこで、経営の多角化による多分野でのブランド戦略、事業ポートフォリオにおける新規事業の追加により、新たな成長を目指す狙いがあります。
新規事業開拓では新たなビジネスチャンスが見込まれる反面、同業の買収と比較するとシナジー効果を計算しづらく、M&Aが失敗する可能性もあるため、慎重に判断しましょう。
上場企業におけるM&Aの注意点
M&Aにおける買収戦略は企業にスケールメリットやシナジー効果をもたらす可能性を持つ一方で、投入したコストに見合うリターンが得られない場合もあります。M&Aを成功させるためには、どのような点に配慮すればよいのでしょうか。
以下では、上場企業におけるM&Aの注意点を解説します。
・目的を明確にする
・リスクの存在に配慮する
・専門家の活用を検討する
目的を明確にする
M&Aを成功させるために重要な点は、「M&Aの目的を明確にする」ことです。M&Aの目的が不明確であり、M&Aをすること自体が目的化している場合、期待するM&Aの効果が得られないケースがあります。
自社が置かれている環境や状況をしっかりと分析し、「サプライチェーンを確立する」や「事業規模を拡大する」などM&Aを実施する目的を明確にしましょう。そして、目的に合った譲渡企業を選定し、適切なスキームを選択することが重要です。
リスクの存在に配慮する
M&Aを検討する際には、スケールメリットやシナジー効果などのメリットの部分だけでなく、リスクの存在にも十分に配慮してください。例えば、株式譲渡をスキームに選択した場合、権利義務とともに負債も承継するため、簿外債務や偶発債務などのリスクがあります。
M&Aでは、上記以外にも法務・財務・税務など様々な面でリスクが存在します。M&Aを検討する段階からリスクを洗い出し、対処することが重要です。また、M&Aを進める中でデューデリジェンスを実施し、成約前にリスクを把握する必要があります。
専門家の活用を検討する
M&Aに関する分野は多岐にわたるため、法務・財務・税務など多方面での専門的な知識が必要です。自社の法務チームや財務チームのみで対処するには限界があります。
そのため、M&A仲介会社や会計士、税理士などの専門家の活用も1つの手段です。M&Aの経験豊かな専門家の活用により、複雑な実務のサポートを受けられるほか、リスクを軽減しつつスムーズなM&Aの進行が可能になるかもしれません。
上場企業におけるM&Aの最新事例
上場企業におけるM&Aは、現在でも多数の業種・業態で活発に行われています。ここでは、上場企業が実施するM&Aの最新事例を紹介します。
日本製鉄によるUSスチールの買収
日本製鉄株式会社は、2023年12月にUSスチールの買収を両者間で合意しました。日本製鉄とUSスチールが生産する「鉄」は、経済活動を支える基礎素材です。アメリカは約1億トンの需要を持つ市場であり、日本製鉄は米国鉄鋼市場への進出の足がかりとして買収を目指しました。
その後、2024年4月12日に実施されたUSスチールの臨時株主総会で、日本製鉄の買収計画が承認されました。
ただし、全米鉄鋼労働組合(USW)の反対やアメリカ当局の承認手続きなどを考慮して、2024年5月には、当初2024年9月に予定していた買収の完了を、2024年12月までに延期すると発表しました。
東京ガスによる米ロッククリフ・エナジーの買収
2023年12月16日、東京ガス株式会社は、子会社を通じてアメリカの天然ガス開発・生産事業会社ロッククリフ・エナジー社の全株式を取得すると発表しました。
ロッククリフ・エナジー社は、アメリカ・テキサス州のヒューストンに本社があり、同州を中心に優良な天然ガス資産を持つ会社です。
東京ガス株式会社の100%子会社が出資するTGナチュラル・リソーシズ社は、テキサス州とルイジアナ州に天然ガス関連の資産を持っています。東京ガス株式会社は、ロッククリフ・エナジー社の子会社化により、北米での事業規模拡大を目指しています。
EQTによるベネッセホールディングスのMBO
2023年11月、スウェーデンに拠点を置く投資ファンドEQTは、ブルーム1株式会社を通じて株式会社ベネッセホールディングスへのMBO開始を発表しました。
ベネッセホールディングスは「進研ゼミ」で知られる教育事業のほか、同社が主体となって介護事業を展開しています。EQTは、少子高齢化が進む日本での介護市場の拡大を見込み、事業を拡大させる方針です。
ブルーム1株式会社によるベネッセホールディングスの株式公開買付けはすでに成立しています。2024年5月17日に、ベネッセホールディングスは上場廃止となりました。
TBJH 合同会社による東芝へのTOB
国内投資ファンドの日本産業パートナーズを含むTBJH 合同会社は、2023年8月8日から株式会社東芝へのTOBを行い、2023年9月20日に同社の公開買付けを終了しました。
株式会社東芝がTOBを受け入れた背景には、アクティビストと呼ばれる海外の投資ファンドを排除するために、自社の株式を非上場化する目的が挙げられます。
TOBの結果、株式会社東芝は2023年12月20日に上場廃止となりました。株式会社東芝は日本を代表する企業ですが、株式非公開化により、今後、新しい局面を迎えることになります。
まとめ
上場企業におけるM&A件数は、2023年時点でリーマンショック以降最高水準にあります。各企業ではそれぞれの置かれた環境や状況に合わせ、様々な買収戦略のもとにM&Aを実施しています。具体的には、今回紹介したサプライチェーンにおける垂直統合や規模拡大のための同業買収などです。
M&Aでの買収戦略策定には、法務・財務・税務など専門的な知識が欠かせません。企業のM&Aには様々な手法があり、手法ごとに関連する法律や会計手続きは異なるためです。
もし、M&Aで不明な点がある場合は、M&A仲介会社など専門家への相談をおすすめします。fundbookでは、豊富なM&A実績と高い専門性を誇るM&Aアドバイザーチームが、5年後、10年後を見据えたM&A戦略を提案します。この機会に、ぜひ弊社までご相談ください。